スポーツ
-
スポーツ 2018年01月23日 16時00分
貴乃花救世主論が息を吹き返す大荒れ理事選裏
冬の時代、到来の兆しか。 元横綱日馬富士の暴行事件に端を発し、制御不能の内紛状態に陥っている大相撲界。1月9日には初場所前恒例の3横綱による奉納土俵入りが東京の明治神宮で行われたが、この日の観衆はなんとこの4年間で最低。モンゴル人横綱だけの土俵入りだった去年の4200人を1400人も下回る2800人しか集まらなかったのだ。 この日は最高気温16度のポカポカ陽気でお出掛け日和。当然、大勢のファンが押しかけ大混雑となる、と思われた。だが、この不人気には明治神宮側もびっくりで、クビを傾げた。 「今年は(事前の)問い合わせがとても多かったので、すごい人出になると覚悟していたんですが…。参拝客は日によって違ってくるので、3連休の直後というのが影響したのでは」 ファンがソッポを向くのも分かる。1月4日の評議員会で貴乃花親方(45)の理事解任、2階級降下の役員待遇委員に処するという理事会の処分案が全会一致で承認されて決定した。 「(協会への)報告義務を怠り、忠実義務に違反しただけでなく、明らかに礼を失していた。この決議を厳粛に受け止め、真摯(しんし)に反省し、今後は礼を持って行動して欲しい」 記者会見に応じた池坊保子議長(75)はこのように説明し、貴乃花親方も協会からの通告に「分かりました」と連絡してきたことを明かしている。 しかし、その後も固く口を閉じて何もコメントしていないことから、この返事が「処分に服します」という意味なのか、それとも「そちらの決定は分かりました」というだけで、それに服するかどうかはこれから考えるということなのかは判然としない。少なくとも、これですべてが決着したとは、とても言い難い状況が続いているのだ。 その後も、この事態に油を注ぐような大相撲界の混乱は続いている。この評議員会が開かれた夜には、ただ1人の立行司で、文字通り行司界のトップである式守伊之助(58、宮城野)のセクハラ疑惑が明るみに出たのだ。 これは、昨年12月の冬巡業中、伊之助が宿泊先の沖縄のホテルで泡盛を飲んで泥酔。部屋まで送ったまだ10代の若手行司の胸や唇に触れたり、キスしたりするなどのセクハラ行為をはたらいたというもの。ショックを受けた若手行司は、年明けになってようやく危機管理委員会に報告した。 この前代未聞の不祥事に、相撲協会は大慌て。夜中の11時に緊急の記者会見を開いて事の顛末をつまびらかにし、伊之助にはただちに自宅謹慎を命じた。このため、9日の奉納土俵入りや、初日前日の土俵祭りは立行司抜きという事態に。 「三役格は、立行司の代役として常に準備しているので、それをやっただけです。(淡々と)心を込めて務めました」 急遽代役を務めた式守勘太夫はこう話したが、初場所初日には、早くも行司差し違えの失態があった。 13日、相撲協会は緊急理事会を開き、問題の伊之助には初場所からの3場所出場停止と、すでに提出している辞表届を3場所後に受理する処分を下した。だが、こんなことでは胸を張って天皇、皇后両陛下をお迎えできるはずもない。宮内庁は初日の3日前、恒例となっている両陛下の初場所観戦を取りやめると発表した。 「暴力問題に加えて、新たな不祥事を起こしてしまったことから、今週初めに1月場所の行幸啓をご辞退申し上げたいとお伝えしました。まことに申し訳なく、お詫び申し上げます」 辞退を申し出た八角理事長にとっては、まさに断腸の思いだったに違いない。 「大相撲人気はうなぎのぼり。一連の騒動を見ていると、それをいいことにあぐらをかき、タガが緩んでいたとしか言いようがない。いくら口では、こういう時こそしっかり脇を締め、言動に注意すると言っても、うわべだけ。今の八角理事長には緩んだフンドシを引き締める能力もパワーもない。この負の連鎖を断ち切る方法は1つだけ。思い切って“人心一新”を図ることです」(協会関係者) その難事をやってのけられる人間もまた、1人しかいない。貴乃花親方だ。つまり、沈黙を貫く親方が打って出る環境が整いつつあるのだ。問題は、何人の親方がこの危機に気付いているかだが、すでに貴乃花親方はその時に備えて着々と準備を始めている。 その一つが、初場所初日の2日前に明らかになった。突如、部屋付き親方だった音羽山(元幕内光法)が廃業し、代わって阿武松部屋の小野川親方(元幕内大道)が「音羽山」を襲名したのだ。光法は平成22年の理事候補選の時、立浪一門の縛りを破って貴乃花親方に票を投じ、これが大きくものをいって貴乃花親方は当選。この恩義に報いるため、後に自らの部屋に迎え入れていた。その恩人をどうして切ったのか。 「一門の結束を図るためですよ。小野川はもともと北の湖部屋の者で、元幕内北大樹が襲名するために返却を求められていました。そこで、同じ一門の大道の師匠の阿武松親方(元関脇益荒雄)との絆を強くするため、光法を辞めさせて大道に貸し出したんです」(一門関係者) すべては理事候補選のため。貴乃花親方は陰りが見えてきた大相撲人気復活のために、本気で立ち上がるつもりでいるのだ。 その理事候補選は2月の初め。いよいよ、風雲急を告げてきた。
-
スポーツ 2018年01月22日 12時50分
【新日本】再び“真ん中”へ!満身創痍の棚橋、みのるの“シーン現象”を覆せるか?
2016年は5月に左肩剥離骨折と左腕二頭筋断裂、昨年も5月に右上腕二頭筋腱遠位断裂、12月に右ヒザ負傷により、2年間で3度のシリーズを欠場している新日本プロレスのIWGPインターコンチネンタル王者、棚橋弘至。1.4東京ドーム大会でジェイ・ホワイトを相手に王座を防衛した棚橋は、足を引きずりながらインタビュールームに現れた。 試合を見ていても、オカダ・カズチカとIWGPヘビー級王座を争っていた数年前に比べると程遠いコンディション。低迷期の新日本を支え続けてきた代償がここに来て肉体的に影響が出ているのは間違いないだろう。しかし、そんな満身創痍でボロボロになっても、棚橋は新日本の“真ん中”に戻ることを諦めていない。1.4ドーム大会では試合順が後ろから3つ目に“降格”したが、これが悔しくて仕方なかったようだ。 「試合順っていうのは、レスラーにとってものすごく大切なものなので、一つでも上の試合で組まれるように、これからやっていきます」 「“真ん中に戻る”というのは、再びメインに戻るということ。話題の中心になりたい。ぶっちゃけ言うと、チヤホヤされたい」 「悔しーい! 悔しい! 俺がメインの時にはこれだけ呼べなかったんでね。『悔しい』しか言葉がないです。俺も4万人集めたいです」 こうして素直な気持ちを口に出すのも棚橋の魅力なのだが、今でも根強い棚橋ファンの気持ちをさらに超える悔しさを本人が持っているのは、ファンにとってまだ救いだと思う。 「原因は分かってますから。俺自身にありますから」 そう語ると、「ケニー(オメガ)対(クリス)ジェリコが気になるんで」と記念撮影もそこそこに、足を引きずりながらインタビュールームを後にした。 そして、翌5日の後楽園ホール大会。“難敵”鈴木みのるの次なる標的として、目をつけられてしまった。1.4ドーム大会では後藤洋央紀に敗れ、NEVER無差別級王座を明け渡したことだけではなく、敗者髪切りルールに則り自ら頭にバリカンを入れて丸坊主になったみのるは、既に次の標的を棚橋と定めていたのかもしれない。1.5後楽園大会では8人タッグマッチにもかかわらず、棚橋一本に狙いを定め、ただでさえダメージが深い右ヒザを得意の関節技と椅子攻撃で徹底破壊。 「タナハシー! 次の標的はお前だ!」とせせら笑うみのるに対して、棚橋は「次は俺か…。気付くのが遅れたよ」と声を振り絞るのが精いっぱいだった。これを受けて1.27北海きたえーる大会でのシングル対決が決定。新日本の王座総取りを掲げているみのるの思惑通り、インターコンチ王座も懸けられた。 昨年も2.5きたえーる大会のメインに出場し、オカダのIWGPヘビー級王座に挑戦したみのるだが、敗れはしたものの、あまりにも冷徹な関節攻撃に札幌のファンが凍りつき、かつてのパンクラスの会場を思い出すような“シーン現象”を現在の新日本の会場で生み出した。当時のオカダと今の棚橋ではコンディションの差に開きがかなりあるので、今年も“シーン現象”が起こるようなことがあれば、棚橋の意志とは関係なく、レフェリーやドクターが試合を止めてしまう可能性もないとは言えない。みのるが右ヒザを中心に棚橋の負傷箇所を攻めて来るのは想定内だが、棚橋には最後まで会場のファンが希望を持てるような試合をすることで、“シーン現象”を覆してもらいたい。 札幌は棚橋にとって、2006年7月に初めてIWGPヘビー級王座を獲得(会場は月寒グリーンドーム)した思い出の地。ここで負けるわけにはいかないのだ。取材・文 / どら増田カメラ / 萩原孝弘
-
スポーツ 2018年01月21日 15時00分
プロレスラー世界遺産 伝説のチャンピオンから未知なる強豪まで── 「坂口征二」表と裏からプロレス界を支えた“世界の荒鷲”
日本プロレス界の発展に、選手としてだけではなく裏方としても尽力した坂口征二。 筋骨隆々でいて均整のとれた肉体美。大型外国人と対峙してもその体躯はまったく見劣りすることがなく、アンドレ・ザ・ジャイアントらと真正面から組み合う姿を鮮明に記憶するファンも多いことだろう。 その一方で、坂口の“名勝負”となるとどうか。 アントニオ猪木には華麗さで引けを取り、巨漢といってもジャイアント馬場のような怪物性はない。常にどこか冷静なため、力道山のような苛烈さもない。 そのリング上のたたずまいや持ち前のパワーファイトから、「きっと強いんだろう」「実力では猪木を上回るんじゃないか」と思いはしても、それと試合が面白いかは別の話である。 決してチャンスに恵まれなかったわけではない。新日本プロレスの初期にはパット・パターソンや大木金太郎との因縁マッチ、あるいはUWF軍との抗争においても坂口が主役に躍り出る瞬間はあったが、結局は長くは続かなかった。 「柔道家に限らず、何かスポーツ競技で実績を残した選手は、本質的にプロレスに合わないところがある。勝った負けたですべてが決まる感覚が染みついているから、たとえ自分が負けても“相手を光らせて試合を盛り上げる”というような、観客を意識した試合運びができないんですね。理屈では分かっているのでしょうが、どこかぎこちなくなってしまう」(専門誌記者) 元レスリング五輪代表の長州力にしても、その人気は観客を意識して得たものではない。ハイスパートレスリングや“下剋上”というテーマが、そのときの時流に合ったという部分が大きかったのではないか。「坂口の技は無駄に痛いんだ」と某ベテラン選手が語ったように、格闘家とエンターテイナーの使い分けがうまくできない部分は、少なからずあっただろう。 「サカさんの場合、根っこが真面目なせいなのか、アングルにもどこか乗れないところがあった。明治大学の大先輩であるサカさんに、小川直也が噛み付くという仕掛けで胸倉をつかんだんだけど、その後にサカさんが『おい! こんなことやるなんて聞いてないぞ!』なんて記者のいる前で怒鳴り散らしたことがあり、そんな言葉は記事にできないから困っちゃったよ」(ベテラン記者) だがそんな、ある意味でプロレスラーらしくない人柄があったからこそ、会社として新日が存続できたという面は少なからずあった。 「昔、巡業のときはサカさんが日々の経費を仕切っていて、宿屋でオイチョカブをやって負けた連中が『サカさん、ハガミ(前借り)、お願いします』なんてよくやってたよ。猪木には周りの世話をすることなんてできないし、事務方の人間はレスラーの気持ちがどこか分かっていない。サカさんがいたからこそ、何かにつけてうまく回っていた部分はあっただろうね」(同) 坂口が柔道日本一になった後、日本プロレスの人間と会食した際に分厚いステーキを食べるのを見て、プロレスラーになればこんないいものが食べられるのか、と感激してプロレス転向を決意したという有名なエピソードがある。 つまり、坂口にとってのプロレスとはあくまでも飯を食うための仕事であって、自分自身がスターになって喝采を浴びることなど、きっと二の次だったのだろう。 猪木をトップスターとして盛り上げていくことが、新日にとってベターな選択であるならば、自分自身はあえて二番手の補佐役に徹することもいとわない。 「会社の中で猪木に対して唯一、ものを言える人間だった」(同) との評価もあるように、坂口の常識人的なかじ取りがあったからこそ、新日の運営がスムーズに進んだと言える。 1990年4月、新日のドーム大会に全日本プロレスの選手たちが参戦するという“歴史的事件”も、常識人である坂口を馬場が信頼したからこそ実現したものだった。 仮に、坂口が新日入りしていなかったならば、恐らく旗揚げして早々に、猪木はアントン・ハイセルのような金銭トラブルを起こして、あっけなく団体は崩壊していたのではないか。 猪木自身もそのことが分かっていたからこそ、長らく坂口をフロントとしても尊重していた。逆に、猪木が坂口を“煙たい存在”として遠ざけて藤波辰爾を社長に据えると、すぐに“プロレス冬の時代”が到来することにもなった。 つまり猪木の格闘技世界一決定戦も80年代の新日黄金時代も、あるいは現在のオカダカズチカや内藤哲也の活躍も、坂口なくしてはあり得なかったかもしれないのだ。 日本プロレス史の陰の立役者としても、坂口は記憶されるべき存在なのである。坂口征二1942年2月17日生まれ、福岡県久留米市出身。身長196㎝、体重125㎏。得意技/アトミック・ドロップ、逆エビ固め文・脇本深八(元スポーツ紙記者)
-
-
スポーツ 2018年01月21日 12時25分
オリックス帰還とは行かない!郷里の中日とジャイアンツがイチローに熱視線
イチロー(44)の周辺が騒がしくなってきた。現地時間1月16日、大リーグ公式サイトが代理人による入団交渉の中間報告を伝えた。タイトルは「MLBからオファーがなければ、日本に戻るかもしれない」――。これに敏感に対応したのが、古巣・オリックスだ。長村裕之球団本部長が記者団に応じ、「もし日本でやるなら、ウチでやってくれたらということは前々から伝えてあって」と、答えた。「1年でも長くメジャーでやりたいという彼の気持ちが最優先」「こちらから声をかけることはない」と前置きしてから答えたのもそうだが、言葉を選ぶように発言していたところから、慎重な姿勢が感じられた。 関西地区で活躍するプロ野球解説者がこう続ける。「オリックスはイチローの代理人とも定期的に連絡を取り合っているみたいです。大リーグ公式サイトのタイトルは『日本帰還』ですが、代理人はマリナーズ、パドレスとの交渉を続けているので、本部長の慎重な物言いはそのへんにも配慮したものでしょう」 中日・森繁和監督(63)もイチローの去就について発言している。獲得交渉を進めている旨を明かしていた。 「メジャーリーグ残留に固執するのなら、3月まで交渉が続くと思います。予定していた選手が獲れなかった、期待していた選手の調子が上がってこないなど、想定外の事態が起きた米球団がイチローと本格的な交渉を始めるので」(特派記者) その一方で、「急展開がある」と予想する声も聞かれた。ジャイアンツが水面下で動き出していたのだ。「トウキョー・ジャイアンツ」ではなく、サンフランシスコの…。「ジャイアンツは外野手の増員を補強ポイントに挙げていましたが、トレードでベテラン選手を獲っただけ。センターのレギュラー選手も『空席』のまま」(米国人ライター) 近年のイチローは「控え外野手」だった。20代や30代前半時のような強肩ではなくなったが、平均以上の守備レベルを維持している。とはいえ、クリーンアップを任せられるJD・マルティネス、L・ケインなどの有名外野手もまだ去就が決まっていない。このへんを懸念する向きもある。 「2016−17年オフも、ジャイアンツの補強ポイントは外野手でしたが、補強に失敗したままシーズンを迎え、今年もこの調子です。クリーンアップを任せられる外野手が理想、でも、本拠地のAT&Tパークは、外野フェンスからホームまでの距離がもっとも長い球場です。クリーンアップ・タイプの外野手は守備が得意ではないので、選手のほうが難色を示すとも聞いています。ジャイアンツ次第でしょう。クリーンアップ・タイプの外野手を獲る気か、無難にセンターを守ってくれるイチローがいいのか…」(前出・同) 代理人が交渉しているマリナーズとパドレスだが、実は、両チームとも条件提示には至っていない。交渉を進めるため、代理人は“催促”するものだが、それを行っていないということは、ジャイアンツとの交渉に入ったと見るべきだろう。 「イチローの話ばかりですが、同じ日本人外野手の青木宣親(36)も去就が決まっていません。青木の日本帰還も可能性が高い」(前出・同) 古巣・ヤクルトも、オリックスがイチローに向けた発言と同じ主旨のことを話していたが…。 イチロー獲得を匂わせた中日は、松坂大輔(37)に入団テストの温情も見せていた。第1回、2回・WBCで松坂とイチローは投打の中心選手として、侍ジャパンを世界一に導いてくれた。両雄はともに認め合い、深い友情で結ばれているという。ひょっとしたら、松坂に温情を見せたのは、イチロー獲得でオリックスを出し抜く作戦だったのでは?
-
スポーツ 2018年01月21日 12時05分
イケメンプロレスラー・飯伏幸太「恋愛は続かないですね」
1月18日に放送された『アウト×デラックス』(フジテレビ系)に、イケメンプロレスラー・飯伏幸太が出演し、結婚願望や恋愛遍歴などを語った。 飯伏は「結婚したいです」と結婚願望があると口にする。縛られることが嫌いそうな飯伏の性格を察し、マツコ・デラックスは「(結婚すると)自由きかなくなるよ?」と聞くと「そうなんですよ。それ言われると結婚したくないなってなるんです」と速攻で前言撤回した。 だが、「でも、結婚したいんです。公園とかに行ったら親子が遊んでて、『子どもがかわいいな』みたいな。本当にかわいかったんですよ」と公園で見かけた結婚に憧れを抱いたのだという。 他にも結婚したい理由があるようで、「老後を考えたんですよね、35歳になったんですよ。あと30年くらいしたら65歳だなって思って…『あっ結婚しよう』って思って。劣化を感じるんですよ、最近。身体が痛いなとか」と身体的な不調が見え始めているらしく、今後の人生への不安が強くあるため結婚をしたいようだ。 ただ、マツコは「飯伏君だったら、そういうのを全部許してくれる、わかりやすい例えで言うと、年上ぐらいの、自分で会社とかやってる『あなた(飯伏)はそのカワイイままでいてくれればいいのよ』って言う人はいると思うよ」と飯伏の無邪気な性格を許容してくれる女性はいると話し、ナインティナイン・矢部浩之も「港区にいそう」と同意。それを聞いた飯伏は「港区…」と浮かれた表情を見せた。 さらに、矢部は「今までどうしてたの?恋愛」と飯伏の恋愛遍歴を質問。「恋愛は続かないですね、なんか…2週間。20歳くらいの時は2年ぐらい付き合ったことがあります。でも、よく考えたら今の感覚でしたね…めんどくさい、自由でいたい」と昔はそれなりに続いていたようだが、それでも恋愛をめんどくさいと感じていたようだ。最近は“めんどくさい”がすぐに頭に浮かぶらしく、なかなか長続きする恋愛ができていないと語った。 結婚願望を語った飯伏だったが、守るものがないからこそ、ハードな飛び技もバンバンできるのだろう。だが、守るものができた時に、飯伏がどんなファイトを見せてくれるのか、そちらも非常に興味がある。
-
-
スポーツ 2018年01月20日 12時48分
【DeNA】「横浜のファンと一緒に戦う」阪神からFA移籍の大和がサプライズ登場!
横浜DeNAベイスターズは、18日、2018年シーズンからビジターにて着用するキャップのデザインを変更すると横浜市内で発表した。 昨年までは、DeNAの頭文字である『De』を配していたが、ユニフォームロゴと同様、キャップにも地域名“YOKOHAMA”の頭文字である『Y』をあしらい、横浜色をさらに前面に押し出したデザインに。 これまでベイスターズは、本拠地である神奈川・横浜で地域に根付く様々な取り組みを実施してきた。2015年12月1日の球団創設5周年時には「横浜に根づき、横浜と共に歩む」という想いのもと、神奈川県の子どもたち約72万人に、ベースボールキャップをプレゼント。さらに、2016年シーズンからビジターユニフォームは、「海と港の街、横浜」をイメージしたデザインにリニューアルし、地域名の“YOKOHAMA”を配置している。昨年は、横浜市と包括連携協定「I☆YOKOHAMA協定」を締結し、選手寮で提供される「青星寮カレー」を横浜市内の小学校給食として提供を開始したり、横浜市内を中心にベイスターズのフラッグを街の街灯に設置するなど、年々市民球団として横浜市民の日常に触れる存在になっている。 今年は、ビジターユニフォームに続き、ビジターキャップのロゴも本拠地“YOKOHAMA”の頭文字『Y』に変更。昨シーズンは、主催試合71試合において約198万人のファンが本拠地横浜スタジアム来場し、横浜スタジアムの稼働率が96.2%に及び、日本シリーズ制覇には一歩届かなかったものの、シーズンを通じて横浜スタジアムが青く染まるほど市民に愛される球団になった。今回ビジターキャップにあしらった『Y』のロゴには、そんな地元“YOKOHAMA”に対するファンの想い・誇りと共に敵地で戦うという強い意志を込められているという。 新ビジターキャップのお披露目は、150人のファンを前に発表されたのだが、この発表会ではアレックス・ラミレス監督に続いて、阪神からFA移籍した大和内野手がサプライズ登場。思わぬサプライズに会場は大いに沸いた。ビジター仕様で現れた大和は、「横浜市の『Y』の文字が刻まれるということで、横浜ファンの皆さんと一緒に戦えればと思います。何もかもが初めての経験ですので、しっかりとキャンプで鍛えて開幕から良いスタートを切りたいです。監督、ファンの皆さんから熱い思いが凄く伝わってますので、期待に応えて1試合でも多くチームの勝利に貢献したい」と力強くコメント。DeNAの大和として初のイベント出演とあって、緊張した表情も見せていたが、ベイスターズファンのウェルカムムードに安堵していたようだ。文・どら増田カメラ・萩原孝弘
-
スポーツ 2018年01月19日 12時50分
【DeNA】ベイスターズ新スローガンは「勝利は我らの中にある」
横浜DeNAベイスターズは18日、2018年のシーズンスローガンを『VICTORY is within US.』(日本語訳:勝利は我らの中にある)に決定したと横浜市内で発表した。 『VICTORY is within US.』は、球団史上初のクライマックスシリーズ突破を果たし、19年ぶりに日本シリーズへ進出した昨シーズンを糧として、更なる高みをファンと共に目指すために、アレックス・ラミレス監督が自ら考えたシーズンスローガン。2018年シーズンは、チームとファンがこのスローガンを胸に、20年ぶりのセ・リーグ優勝、そして日本一を目指して戦っていく。■アレックス・ラミレス監督のコメント「2018年シーズンは『VICTORY is within US.』をチームスローガンに掲げました。2017年シーズン、私たちは2年連続Aクラス、そして、球団史上初となるクライマックスシリーズ突破を果たし、19年ぶりに日本シリーズへ進出することができました。2018年シーズン、もう3位では満足できません。『VICTORY is within US.』(勝利は我らの中にある)には、チームそして選手一人ひとりが勝者のメンタルを持ち合わせ、目の前の相手に対して恐れることなく、自信を漲らせて臨んでもらいたいという想いを込めています。支えてくださるファンの皆さんにも私たちと同じ想いを胸に、優勝目指してチームと共に戦っていただけることを願っています。今年こそリーグ優勝、そして日本一を果たし、秋にはファンの皆さんと歓喜に沸きたいと思っています」■ラミレス監督就任後のDeNA歴代スローガン2016年『WE PLAY TO WIN』2017年『THIS IS MY ERA.』文・どら増田画像提供・横浜DeNAベイスターズ
-
スポーツ 2018年01月18日 20時00分
不祥事続きでもしっかり“焼け太り”した相撲協会
元横綱・日馬富士(33)の十両・貴ノ岩(27)に対する暴行問題や立行司の“ホモ・セクハラ問題”で揺れる角界だが、開催中の1月場所は大盛況のようだ。 「早朝から当日券を求めて長蛇の列ができており、連日、満員御礼。グッズはバカ売れ、懸賞金もバンバンかけられ、不祥事続きとは思えない雰囲気に相撲協会の幹部たちは笑いが止まらない」(相撲担当記者) そんな中、最大の武器であった立ち合い時のかち上げ&ヒジ打ちの自粛を求められ黒星が先行していた横綱・白鵬(32)が、「左母趾MP関節靱帯損傷、右母趾末節骨骨挫傷・爪下血腫で全治2週間を要する」との診断書を日本相撲協会に提出。18日の5日目から休場することになった。「今場所、明らかに白鵬は観客から“ヒール扱い”されていただけに、白鵬が休場したところでそれほど相撲人気に影響はなさそう。貴ノ岩暴行事件の際、事件現場に居合わせていた横綱・鶴竜はマイペースで相撲をとっているので、“漁夫の利”で優勝すると思われる」(同前) 相撲協会といえば、毎場所、NHKから約5億円、年間にして約30億円の放映権料を受け取っていることはすでに知られた話だが、今場所からまたまた巨額の放映権料を手にすることになったのだ。 「巨額赤字解消の“起爆剤”として、ならびに、若者への相撲の普及を目指し、AbemaTVが放映権料を獲得したのです。かなり力を入れていて、なんと午前中の前相撲から結びの一番まで中継。NHK並みの放映権料を支払ったといううわさです。民放キー局のワイドショーは不祥事を扱いタダで“宣伝”してくれますし、相撲協会は“焼け太り”の状態です」(テレビ局関係者) 協会幹部たちの高笑いは止まらないようだ。
-
スポーツ 2018年01月18日 18時00分
幻に終わった星野巨人誕生の舞台裏を“仙友”ジャーナリストが寄稿
1月4日、中日、阪神、楽天の監督として指揮を執った闘将・星野仙一がすい臓がんで亡くなった。70歳だった。 昨年1月、星野は野球殿堂入りを果たした。そのとき、お祝いの電話を入れたのが最後だった。 私は元スポーツニッポン記者でマスコミの人間であったが、星野とは東京六大学時代からの付き合いがあり、同学年でもあったため、大学を卒業してからも親しくさせてもらった。 正直、すい臓がんを患っていたことは知らなかったが、現場の最前線で闘ってきた星野は常に“病”とも闘っていた。“仙友”の田淵幸一はこう語っていた。 「まだまだ監督をする気迫は持っていたが、阪神監督時に無理を押して采配を振るっていたから、体調面はずっと心配だった」 阪神監督時代、私は東京の宿舎をよく訪ねたものだ。その際、星野の部屋には常に10種類以上の薬が置いてあった。私の知る限りでは糖尿病と心臓病のため、グリセリンなども用意されていた。 「絶対に言うなよ!」 薬のことを星野からこう口止めされていた。 '05年、星野は巨人監督を要請されている――私は星野と近い関係者から情報を得た。周辺取材すると、すでにコーチングスタッフまで決まっていた。直接、星野に電話で確認したら「誰に聞いたんだ。うまくやれ!」と否定しなかった。 これまで間違った情報を星野にぶつけると「書いたら(記事にしたら)恥をかくぞ」と忠告してくれたので、“うまくやれ”は私なりに記事化のゴーサインと受け止めた。“星野巨人監督”は『週刊現代』で緊急連載した。結果的には、巨人OBなどの圧力により、星野の巨人監督誕生は実現しなかったが…。 私の取材では、もし北京五輪('08年)で星野ジャパンが金メダルを獲得していれば、間違いなく星野巨人は誕生していた。だが、ご承知のように星野ジャパンは惨敗(4位)し、幻となった。 ミスター長嶋茂雄に憧れ、その理想像を追い続けた闘将は静かに旅立った。(スポーツジャーナリスト・吉見健明)
-
-
スポーツ 2018年01月18日 12時56分
金本監督の奇策 トラの正捕手に意外な選手が急浮上
阪神・金本知憲監督(49)が早くも「奇策」を用いることを示唆していた。「備えとしてはいいんじゃない? 備えとはして…」 まだ迷っているような口ぶりだったが、金本監督の性格をよく知る関係者たちは「本気だ」と確認していた。新外国人選手のウィリン・ロサリオ(28)を捕手で起用するプランも温めているというのだ。これは、去る1月16日、記者団とのフリートークのなかで出たもの。ロッキーズでメジャーデビューしたロサリオは、元々は捕手だったのは有名だ。一般論として、日本のプロ野球チームは「捕手=日本人選手」と決めている。例外はあったが、日本人投手とのコミュニケーションや、バント処理など一球ごとにサインを変える守備指示の細かさから、外国人捕手は日本球界に適応しにくいと解釈されてきた。 しかし、ロサリオについて聞いてみると、「奇策」ではなく、「正攻法の作戦」のようなのだ。「ロサリオは強肩捕手でした。チームの都合で一塁も守っていましたが、フットワークも軽いし、守備も上手でしたよ。配球などのインサイドワークまでは分かりませんが…」(米国人ライター) 阪神渉外は「右の大砲」として、ロサリオを獲得した。守備位置も一塁か外野で制限して探していたように、捕手ウンヌンは話に入っていなかった。ロサリオが候補者リストに上がり、そのプロフィール上で「元捕手」と分かっただけだ。関西地区で活動するプロ野球解説者がこう続ける。「どのチームもそうですが、捕手は守備優先。『打てなくてもいいから、味方投手を巧くリードしてくれ』と思っています。でも、攻撃中、得点圏に走者を置いた場面で捕手に打順がまわってきても代打を出しにくいんです。捕手は怪我の多いポジションでもあるので、ベンチに控え捕手を残しておきたいというのが指揮官の心境です」 金本監督は、キャンプ、オープン戦で「捕手・ロサリオ」をテストしてみるという。通常、どの球団も3人の捕手を出場登録して試合に臨む。ロサリオが「使える」と判断すれば、「第3の捕手」として計算に加えるそうだ。「スタメンで起用した捕手に対し、躊躇わずに代打を送れるようになりますし、捕手の登録人数を2人に減らすのなら、その分、投手を増やすこともできます」(前出・同) 捕手・ロサリオはテストする価値がありそうだ。先の米国人ライターもこう言う。「ロサリオはウインターリーグに参加し、そこでも捕手として守備に付いています。阪神に移籍するにあたって、現地で新しいキャッチャーミットをオーダーしています。去年まで在籍した韓国球界でも、自ら志願して捕手をやっています」 阪神入りにあたって、背番号20を希望した。「20」番は2011年9月、メジャーデビューした際につけていた番号であり、彼の憧れの選手であった元ヤンキースの正捕手、ホルヘ・ポサダの背番号でもある。捕手というポジションが好きな選手のようだ。ウインターリーグでマスクをかぶり、かつキャッチャーミットを新調した経緯からして、金本監督の「第3捕手構想」はロサリオにとっても好都合のようだ。「去年のちょうど今頃、金本監督は原口(文仁=25)に対しても、同じような話をしていました。肩に故障歴もあるのでこのまま捕手として育てるべきか、一塁手に専念させるかでコーチ陣の意見は二分していました。金本監督だけは『両方やらせてみて…』という言い方でしたね」(前出・プロ野球解説者) 複数のポジションを守れるようになれば、出場機会は自ずと増える。しかし、投手をリードする捕手に関しては、話は別だ。自軍投手の持ち球、相手打線の攻略、守備陣営の確認など試合前に準備しなければならないことがたくさんある。原口が昨季、打撃不振に陥ったのは、兼任守備による負担も影響していたのではないだろうか。 ロサリオの第3捕手構想によるメリットはたしかに大きいが、近年の阪神にはフル出場を果たした捕手がいない。いっそ、ロサリオを捕手で使い続けてみてはどうだろうか。
-
スポーツ
ハッスル消滅!? 小川H軍休止宣言
2006年12月27日 15時00分
-
スポーツ
大みそかボビー弟と対戦 金子賢 前田道場入り
2006年12月14日 15時00分
-
スポーツ
珍指令 KID 秒殺禁止
2006年12月12日 15時00分
-
スポーツ
生還小橋に捧ぐ 三沢 GHC奪還
2006年12月11日 15時00分
-
スポーツ
猪木 緊急提言 想定外プロレスをやれ!
2006年12月05日 15時00分
-
スポーツ
1・4東京D「レッスルキングダム」 新日本 全日本“乗っ取り”へ秘策 長州3冠戦出撃
2006年11月16日 15時00分
-
スポーツ
復活1・4東京D大会へ秘策 新日本最終兵器サイモン猪木 IWGP挑戦!?
2006年11月07日 15時00分
-
スポーツ
来春ビッグマッチ パンクラス芸能人最強決定戦 坂口憲二 今田耕司 押尾学
2006年10月31日 15時00分
-
スポーツ
大みそか参戦ほぼ決定 芸能人対決 金子賢vs押尾学
2006年10月10日 15時00分
特集
-
岡平健治「19」解散は「お金の問題じゃない」 岩瀬敬吾、地元に戻るのを「止められてよかった」 今後はバラエティーで「ポンコツっぷりを見て笑ってほしい」
芸能
2025年08月05日 23時00分
-
野球人生“燃え尽きた”元プロ野球選手・宮國椋丞氏 今後は「周りの人に頼られたり、笑顔にしたい」
スポーツ
2025年07月25日 23時30分
-
-
豊ノ島、YouTubeチャンネルで若乃花とコラボ熱望 タレントとして相撲番組で「冠番組」持ちたい
芸能
2025年07月21日 12時00分
-
宮迫博之「雨上がり決死隊」再結成は「蛍原さん次第」 ドジャース始球式の裏話も明かす
芸能
2025年07月14日 17時00分
-
元ザブングル松尾陽介、沖縄で芸人のセカンドキャリアサポート 芸人引退に「心境の変化」
芸能
2025年04月28日 19時03分