スポーツ
-
スポーツ 2014年11月04日 15時00分
クビの翌年に優勝チームのレギュラーに トライアウトを経て唯一キャリアハイを挙げた男・宮地克彦(2)
当時、宮地が発した言葉の1つに、「王貞治監督、新井宏昌コーチの指導は新鮮だった」というものがある。微調整ながら、打撃フォームの改造を勧められたのだ。 「新しいことを進んで取り入れる姿勢は大事です。でも、1年や2年で習得できるほど甘いもんじゃない。そのことも分かっていました。でも、この世界で10年以上やって来て、結果が出ていない。やってきたことは正しいのか、いつかできると信じているだけでいいのかと自分に問い掛けました。ホークスに行き、『打撃フォームを変えない』という選択もできたんです。変える勇気がないのか、プライドが邪魔をしているのかとも考えて…」 宮地の出した結論は冒険だった。 これまで積み重ねてきたスタイルを捨てるのだから、微調整でも大冒険だった。チームを変わったのに、今変えなければ、永遠に変わることができない。キャンプ、オープン戦で結果を出すことはできなかった。開幕は二軍で迎えた。「チャンスは絶対にある」と、二軍首脳陣も励ましてくれた。開幕から約3週間が経過した4月13日、一軍昇格の知らせが入った。そして6月に入って、宮地の打率は急カーブを描き、月間打率は3割9分6厘に上がった。ついに、外野のスターティングメンバーの座を勝ち取った。 「新しい打撃フォームのVTRを見るじゃないですか。不思議なもんで新フォームを習得できたと思ったら、だんだん昔のフォームに似てくるんですよ(笑)。変わったのは打撃フォームではなく、精神面なんでしょうね」 これまではヒットが1本出ると安心し、気持ちが守りに入っていた。しかし、いまは違う。1日に3本でも4本でもヒットを打ってやる。オレが首位打者のタイトルを獲ってもいいじゃないか…。気持ちに攻めが出た。 また、当時の宮地は2ストライクと追い込まれても3割強の高打率を残していた。野球アナリストのデータによれば、2ストライク以降のカウントから打って、3割以上の数値を残したのは、宮地1人だけである。 「全てを失いましたからね。ここで打てなくても給料が出ないわけではないし、こっちは、一度生活の糧を失ったわけですからね。『あしたからどうしよう』って思いもした。それに比べたら、怖いものなんかない」 同年、宮地は西武時代には果たせなかった打率3割(3割1分0厘)を残し、プレーオフでもスタメンに名を連ねた。翌05年には初の規定打席数に到達し、リーグ5位の打率3割1分1厘をマークする。 トライアウトを経験して、初めて前球団時代の成績を超えた選手の誕生だった。 「古巣を見返す」なんて、つまらない次元の話ではない。自分自身を変えたのである。
-
スポーツ 2014年11月04日 15時00分
サッカー日本代表監督・アギーレ解任に燃える浦和レッズ(1)
「11月の親善試合の代表メンバーが近く発表されますが、アギーレ監督(55)はセレッソ大阪のU-19代表FW南野拓実の当確を決めています。南野の“2階級特進”は波乱を呼びそうです」(専門誌記者) ハビエル・アギーレ監督は就任会見でも語ったように、本来は守備重視のスタイル。しかし、就任4試合で8失点と無残な結果が続いている。戦略面での建て直しはもちろんだが、メンバー選出はディフェンスからの再構築が急務のはず。どうやら、代表選出に隠された“陰謀”を打ち破ることの方が先かもしれない。 「代表選出の候補リストに“原枠”があるとの噂がもっぱらです」(同) 原枠とは、日本サッカー協会の原博実専務理事が推す『選手リスト』のこと。アギーレ監督はその“枠”から優先的に選手を選んでいるという。 「日本のサッカーがジリ貧状態に陥っています。U-16がW杯出場を逃し、同21もアジア仁川大会8強止まり。U-19もアジア選手権準々決勝で敗れ、A代表は周知の通り全く良いところがありません」(同) 代表の惨敗といえば、10月14日のブラジル戦が思い出される。格上相手とはいえ、ネイマール1人が4得点を挙げる“ショータイム”をアシストしたブザマさにガッカリさせられたファンは多い。 「原専務は代表がブラジル戦を戦っていた日に、プレミアリーグ戦の解説収録をしていました。プレミアは録画で後日の放送ですから、一体どっちが大切なのかという話ですよ」(Jリーグ・クラブ関係者) しかもこの試合後、批判とも取れる爆弾発言がFW岡崎慎司から飛び出した。 「(アギーレ監督の言う)引いて守るサッカーより、自分たちで話をして、相手をつぶそうとしていました」 「話をして」ということは、代表メンバーがアギーレ采配に疑問を持っていたわけだ。 「アギーレ監督はいつまで“沈黙”を守れるのか…。スペイン1部リーグのサラゴサ(現2部)を率いていた2011年5月21日、スペイン検察庁は相手チームから八百長の報酬として総額85万ユーロ(約1億1500万円)の振り込みがあったとし、調査を続けています。うち、アギーレ監督の個人口座にも9万ユーロ(約1215万円)の振り込みがあったとされています。国外に居住する限り、告訴されなければ疑惑解明の義務はありませんが、検察庁が必要と判断し、各国裁判所に委任状を送る準備も進められています」(前出・専門誌記者) アギーレ監督の招聘を強く推したのは原専務。スペイン検察庁の動向はもちろんだが、ブラジル戦惨敗を知っても、「今後のテコ入れは霜田正浩技術委員長を中心にやっていく」と語っただけ。アギーレ監督が“潔白”を証明しきれなかった場合、同専務も無傷ではいられないはずなのに。
-
スポーツ 2014年11月03日 15時20分
プロ野球ドラフト会議 最も良い指名ができた球団は?
10月23日、プロ野球のドラフト会議が開催され、81人の新人選手と、23人の育成選手の交渉権が確定した。 そこで、「Yahoo!ニュース」では、「ドラフト、最も良い指名ができた球団はどこ?」との意識調査を、10月23日〜11月1日に実施。6万8620票(男性=86.2%、女性=13.8%)の回答があった。 ファンの関心はどうしても、「注目の選手がどこに指名されたか」に向いてしまうもので、最も多くの票を集めたのは、有原航平投手(早稲田大)の交渉権を得た日本ハムで2万8804票(40.2%)と断トツのトップ。 大学ナンバー1右腕との評価が高い有原を巡っては、阪神、広島、DeNA、日本ハムと4球団が競合。抽選の結果、日本ハムが引き当てた。 広陵高時代からプロ注目の投手だった有原は、最速156キロの速球投手。今春のリーグ戦まで、大学通算18勝(11敗)を挙げている。今秋のリーグ戦は右ヒジの違和感で登板機会が少ないが、その評価に揺るぎはなかった。 昨年のドラフトで3球団競合の末、広島に入団した大瀬良大地投手は、1年目から2ケタ勝利(10勝8敗)をマークした。有原も期待にたがわぬ活躍をしてほしいものだ。 2番目に票が多かったのは、意外にも巨人で7459票(10.9%)。巨人は12球団最少のわずか4人(他に育成で4人指名)しか指名しなかったが、高校通算73本塁打のスラッガー・岡本和真内野手(智弁学園高)を1本釣りに成功。 さらに、2位で最速147キロ左腕の戸根千明投手(日本大)、3位で最速153キロの高木勇人投手(三菱重工名古屋)、4位で今春の東都リーグで4勝を挙げた田中大輝投手(国学院大)と、即戦力候補の投手3人を指名できたことがファンの評価につながったようだ。 ヤクルトとの競合の末、高校ナンバー1投手の呼び声が高い安楽智大(済美高)の交渉権を得た楽天が3番目の得票で7172票(10.4%)。楽天は昨年も、5球団競合の結果、松井裕樹投手を引き当てており、日本ハムとともに“くじ運”の強い球団だ。その松井は今季、4勝(8敗)に終わったが、2人とも急がず大きく育ててほしいものだ。 4位は大幅に票が減って、中日で4962票(7.2%)。28年ぶりに2年連続Bクラスの屈辱にまみれた中日は、名より実を取った。1位指名の野村亮介投手(三菱日立パワーシステムズ横浜)を始め、即戦力候補の大学生、社会人9人を指名した(育成で4人指名)。 以下、5位=ソフトバンク=3663票(5.3%)、6位=阪神=3070票(4.5%)、7位=ロッテ=3054票(4.5%)、8位=DeNA=2976票(4.3%)、9位=広島=2822票(4.1%)、10位=西武=2032票(3.0%)、11位=オリックス=1718票(2.5%)、12位=ヤクルト=888票(1.3%)の順となった。 寄せられた意見を見ると、有原の他にも、横浜高の超高校級の浅間大基外野手、高濱祐仁内野手の交渉権を獲得するなど、バランスの取れた指名ができた日本ハムを評価する向きが多かった。 今ドラフトで指名されて、プロ入りする選手たちが、来季いかなる活躍を見せてくれるか、今から楽しみである。(リアルライブ編集部)
-
-
スポーツ 2014年11月03日 15時00分
クビの翌年に優勝チームのレギュラーに トライアウトを経て唯一キャリアハイを挙げた男・宮地克彦(1)
ドラフト会議が終わり、新たに誕生するであろうプロ野球選手もいれば、去っていく者もいる。今年もトライアウトのシーズンがやってきた。「再起を懸けて…」と言葉にするのは簡単だが、他球団編成マンの目に止まり、現役続行の道を勝ち取る選手は少ない。まして再出発後、レギュラーポジションを奪うなどの活躍を収めるのは奇跡と言っていいだろう。だが、宮地克彦(現埼玉西武ライオンズコーチ)はそのミラクルを成し遂げた。これは、自身3度目となる12球団合同トライアウト(2007年11月7日)に臨む前、宮地が語った“流転”と“啓蟄(けいちつ)”の系譜である。 2007年11月7日、12球団合同トライアウトで最も多くの拍手を贈られた男、それが宮地克彦である。2年連続の参加だった。この日に至るまで、彼は3つの目標を立てていた。自分に現役の道を与えてくれた鈴木康友監督(北信越BCリーグ・富山サンダーバーズ)を胴上げすること、サンダーバーズの本拠地、アルペンスタジアムを満員にすること、そして、NPBに復帰すること−−。 「完全燃焼しなければ、次の人生に進めない」 独立リーグでの啓蟄の1年間は、宮地を精神的に逞しくさせた。 福岡ソフトバンクホークスを解雇されたのは、06年オフ。悔やんでいても始まらない。2度目となるトライアウトの受験を決意した。 「まだ、燃え尽きていない。完全燃焼しないと、次の人生に進むことができない。野球をやり尽くしていない。その後の人生に進むにしても、完全燃焼してからでないと中途半端になってしまう。もし、今年1年で自分の野球人生が終わるかもしれないと分かっていたら、やり尽くすこともできる。その一心です」 “流転”の始まりは、03年オフだった。14年間も在籍した西武ライオンズ(当時)から、非情の通告を受けた。何故、自分が。悔しい。さまざまな思いが交錯する。まだ、自分は終わっていない。野球を続けたいという一心で、トライアウト受験を決意し、横浜、千葉ロッテ、近鉄の入団テストも受けた。 だが、おかしな風評も広がっていた。右膝の故障歴のことで、「終わった選手」と言われていたのだ。球団の編成担当者の前で50メートルを6秒1で走ってみせても、信じてもらえなかった。西武時代、たしかに「手術も…」と口にしたこともあるが、専門医は「その必要はない。プレーに全く障害もない」と断言してくれていた。 つまらない風評で野球人生を終わらせるなんて、絶対に出来ない。とはいっても、合格しないことには始まらない。 だが、運命とは分からないものである。ダイエーホークス外野陣の一角、村松有人がFA権を行使した。村松の残留を前提に補強を進めていたダイエーが慌てて、宮地にオファーを出した。 「初めて、自分で決めたことかもしれない」 戦力外通告を受けて、自分がどれだけ野球が好きだったかを知る者は多い。宮地もその一人だが、冷静に野球人生を振り返ってもいた。 思えば、尽誠学園高から西武に入団したのも、入団4年目に打者転向をしたのも“流れ”だった。ドラフト会議は球団が選手を選択するものであり、獲得した選手をどう育て、使っていくかは首脳陣が決める。福岡行きは、初めて自分自身で決めた。家族は残し、単身赴任で行くことにした。家のローンもある。またいつクビになるかも分からない。しかし、野球を続けると決めたのは自分だ。宮地は新しいユニフォームに袖を通した。
-
スポーツ 2014年11月02日 15時00分
俺達のプロレスTHEレジェンド 第44R 日本では不遇の日本人大スター〈キラー・カーン〉
アメリカで築き上げたヒールレスラーとしての看板を引っ提げて、1981年に凱旋帰国を果たしたキラー・カーン。大型外国人選手と比べても遜色ないその体躯はファンの目にも頼もしく映ったものだが、このときはヒール役ではなく日本陣営の助っ人的立場の参戦。あくまでも主役の猪木を支える脇役であり、奇異な弁髪スタイルばかりが注目されるような状況だった。 だが、その直後の渡米でカーンは『アンドレ・ザ・ジャイアント足折り事件』で一躍名を上げることになる(実際はアンドレが自らの過失で足を故障したのをカーンがニードロップで攻めた結果と見えるようにフォローしたものだった)。 そうして“アンドレの足を折った男”との触れ込みで勇躍参戦した'82年のMSGシリーズ。カーンは膝の故障を理由に棄権した猪木の代役として決勝のリングに上がる。相手は“遺恨の相手”アンドレだ。 「このときの猪木の欠場は、本当は故障ではなく糖尿病の悪化が原因だったともいわれていて、確かにこの年に初めて猪木は糖尿病の診断を受けています。ただ、それもありながら一方で、あえて欠場することでカーンを売り出そうという意図もあったのでは」(プロレスライター) そうして迎えた決勝のリング。セコンドにはタッグパートナーのタイガー戸口だけでなく、若手のころからの親友でもある藤波辰爾も付き、檄を飛ばした。 そんな期待に応えるように、カーンは真っ向からアンドレと渡り合う。アンドレの脚に狙いを付けて攻め立てると、場内は一斉の「オザワコール」に包まれた。 最後はアンドレのデッドリー・ドライブ→フロント・ネック・チャンスリー・ドロップ→ヒップ・ドロップというフルコースの前に敗れたが、そもそもアンドレにそれだけ技を出させるのが異例のこと。“敗れてなお強し”の印象をしっかりとファンに刻み付けることになった。 それでいて、以後、日本におけるカーンのポジションは徐々に尻すぼみとなっていく。 長州力率いる維新軍への加入は、その一つの原因と言えるだろう。 「カーンとしては、アメリカでも世話になっているマサ斎藤に付いていったつもりだったのでしょうが、ファンはどうしても長州の脇役として見ますからね」(同・ライター) またカーンのアメリカンスタイルの試合ぶりも、当時の新日ファンから軽く見られる要因となった。 “ストロングスタイルこそが至高”という多くの猪木信者からすると、モンゴル人ギミックを前面に出すカーンは“アメプロに染まったニセモノ”ということになってしまう。そのスケールの大きな試合ぶりも、長州のハイスパートレスリングに人気が集まる中では“大味”と受け取られた。 ジャパンプロレスの一員として全日本に参戦するようになってからは、同じ新潟出身の御大ジャイアント馬場に気に入られたこともあり、いくらか見せ場を回されたが、それでもやはり主流とまではならず、ロード・ウォリアーズなど大型外国人選手の“噛ませ犬”が指定席となりつつあった。 '86年、長州ジャパンプロとの決裂は、カーンせめてもの自己主張だったろう。テレビ実況では「恩知らずのキラー・カーン」などとののしられながらも、日本陣営ではなく外国人扱いでの参戦は、かねてからのカーンの要望でもあった。 「新日時代から日本と並行して参戦していたアメリカのリングでは、最高で1試合2万ドルのオファーもあったといいます。それが脇役扱いでは、面白くないのも仕方ないでしょう」(同) ちなみにそのころの為替レートは1ドル250円前後、2万ドルともなれば500万円近い時代である。 そうして長州の新日復帰と時期を同じくして全日を去ったカーンは、'87年にWWFと再契約。トップヒールとしてハルク・ホーガンら名だたるベビーフェースのスーパースターたちと抗争を繰り広げ、およそ半年の後に引退する。 もともと40歳の前後には引退して第二の人生を送ろうという心積もりだったという。新宿歌舞伎町に開いた『スナックカンちゃん』は故・尾崎豊も常連だったことでも知られ、今も場所を変えながら続いている。〈キラー・カーン〉 1947年、新潟県出身。本名・小澤正志。中学卒業後、大相撲入りするも伸び悩み廃業。'71年、日本プロレスに入門する。'73年、新日に移籍し、海外修業中にモンゴル人ギミックのキラー・カーンと改名した。'87年に引退。現在は西新宿でちゃんこ居酒屋を経営。
-
-
スポーツ 2014年11月02日 10時00分
小塚桃子ゴルフ連載(9) 第三部・100を切るゴルフ実践編「パットとアプローチの重要性(パット編)」
前回、ゴルフのイーブンパーは72である事を綴りました。そこから逆算するとパッティングの回数は3パットで54打…100を切る為にはこれが限界。これ以上、パットの打数は増やしたくありません。 つまり「100を切るためには3パットで決めなくちゃいけない」ということです。プロやセミプロ、100をコンスタントに切るプレーヤーだと3パットはあまり芳しくない数字です。 しかし、一般的なゴルファーにとって、3パットは敷居の高い数字と言っていいでしょう。では、パターに自信がない人や傾斜を読めないゴルファーは、どのような対策を取ればいいのでしょうか−−。 まず、グリーンに乗せる際、一般的にはピンから遠いグリーン上にボールを落とす…と考えがちです。ところが、これはあまり「効果的」とは言えません。というのも、(パターに)自信が無い人は力むあまり、ボールが四方八方…グリーン上を縦横無尽に転がり回ります。こうなると3パットどころの話ではありません。 比較的パターを得意とする私ですが、(私の)グリーン攻略法は「効果的」。皆さんの参考になるかと思います。 一番肝心なのは「いきなりにグリーンに乗せない」事。グリーン手前の花道にボールを落とす感覚を忘れないで下さい。そうすれば、パターを使わずアプローチでピンを狙う事になります。パー3の場合、2打目のアプローチでピンそばに落とし、ワンパットでカップイン…それでパー。2パットしてもボギーで上がれます。 パターが得意でない人はグリーンの手前(花道)にボールを落とし、アプローチでピンそばに寄せる戦術が効果的です。そうはいっても、花道から狙う事は容易ではありません。100を切る為に必要なパターとアプローチの練習方法を今週と来週の2回に分けてお伝えします。 今週はパターの練習法。まずは、ピンの周り1メートル四方にボールをたくさん置きます。ピンから1メートルは絶対に1パットで入れたい距離。その距離を20〜30球連続で入るまでパッティングする。それをクリアしたら次は3〜4メートルの距離を2打で入れる練習をしましょう。100を切りたいゴルファーにとって一番の練習法は3〜4メートルのツーパットかもしれませんね。2打でカップに入れる事を身体に植えつけた方が良いです。 必ず、目印は決めましょう。「あそこ(目印)まで行けば良いや」…と。私は1メートルの距離が得意。1メートル以内は1打でカップインが必須です。不思議なもので自分の得意な距離だと、ピンを意識しなくてもカップイン出来ます。ところがロングパットの場合、そうはいきません。どうしてもピンまで約1メートルのところを目印にしてパッティングします。ざっくり「あの辺で良いや」というアバウトで構いません。ピンまで1メートル以上、距離がある時は一発で入れようとしない事です。 先日、コース2回目の友達と一緒にラウンドした際、パー3のホールを見事、ワンオン。すっかりその気になった彼女は「私、初めてパー取れるかも」と、妙に気合いが入っていました。案の定、力み過ぎて、「絶対にパターを入れる」という感じになり、強気でパターを“カツーン”…ボールは勢いよくカップを超え、そのままグリーン奥にあるバンカーへ直行。結局、パットでバタバタしてしまい、せっかくのワンオンが水の泡…7オーバーでそのホールを終えました。 私の見解ですと「ピン手前にバント(野球のバントと同じで当てるだけ)してパーで良いのにな〜」という感じでした。《気合いが入り過ぎ…強く打ち過ぎ…バンカー入り過ぎ…》まさしく「三重苦」でした。 勿論、グリーンは全て一律ではありません。私にも苦手なライがあります。下りのライが苦手で、その場面、無理は禁物。あえてバントを多用してカップの手前を意識します。下りで「よし、入れよう」と思うと前述の友達の様に、打ち過ぎる傾向があり、3パットになってしまう。 上りの場合は(カップに)入れに行く感じで強気に打ちます。上りでバントをすると(カップまで)全く届きませんからね。
-
スポーツ 2014年11月01日 17時59分
2年20億円でレッドソックスに残留した上原の年俸は高い? 安い?
レッドソックスは10月30日(日本時間31日)、FAとなっていた上原浩治投手(39)と契約を延長したと発表した。年俸は2年契約で総額1800万ドル(約20億2100万円)。 これを受けて、上原は自身のブログで、「この年齢で2年を取れたことは本当にありがたいことです。代理人に感謝です。でも、ここからが大変だと思います。いい契約をしたんだから、結果を出さないとね」と記している。 今季の上原はクローザーとして、64試合に登板、6勝5敗26セーブ、防御率2.52の成績を残した。今季年俸は425万ドル(約4億7700万円)と格安だったため、倍以上のアップとなるが、チームの守護神という立場を考えるとリーズナブルだ。 上原が単年契約で交渉を進めれば、1000万ドルを超える年俸を手にすることもできたと思われるが、あくまでも複数年にこだわったため、1年平均900万ドルの年俸に落ち着いたもようだ。 果たして、この上原の年俸は高いのか、安いのか? 同じ日本人で見ると、ポスティングでヤンキース入りした田中将大投手(26)は7年総額1億5500万ドル(1年平均で約24億8700万円)と“別格”で大きな差がある。 ヤンキースからFAとなった黒田博樹投手(39)は今季、単年1600万ドル(約17億9700万円)で、上原の新年俸はその約半分だ。 今季、自己最多の15勝を挙げ、マリナーズとの契約が延長された岩隈久志投手(33)の来季年俸は700万ドル(約7億8600万円)で、それと比べると、上原の方がかなり高い。 ただ、上原は来年4月で40歳を迎える。この高年齢で、2年1800万ドル以上の複数年契約を勝ち取った例は、メジャーでもほとんど例がないという。その意味では、今回の契約内容は“好条件”といえそうだ。※金額は推定。為替レートは本日の相場(落合一郎)
-
スポーツ 2014年11月01日 15時00分
楽天・デーブ新監督がチーム粉砕の“自爆テロ”
「これほど盛り上がりに欠ける新監督の就任会見は見たことも聞いたこともない。球団社長は取材陣の質問を受けずにさっさと退席するし、恒例の記者会見後の写真撮影もない。とても新監督誕生に沸く雰囲気じゃなかった。記録にも残したくない、そんな険悪なムードが漂っていました」 地元仙台のテレビ局カメラマンがこう振り返るのは、10月14日に開かれた昨シーズンの日本一球団・東北楽天ゴールデンイーグルス、大久保博元新監督(47)の就任会見だ。まだ監督のユニホームに袖を通す前から立花陽三球団社長との関係がギクシャクしているのがわかった。というより、むしろ強調しているようだったという。 立花社長は一貫して大久保氏の監督起用に反対していた。広告代理店関係者などから大久保氏にまつわるスキャンダル情報が数多く集まり、晴れ舞台に登場した途端、週刊誌やテレビ局のワイド番組の餌食になると予測していたからだ。そうなれば自身の任命責任を問われる。とばっちりは真っ平御免ということか。 「西武コーチ時代の菊池雄星投手に対する暴力沙汰はまだかわいい方で、高校時代のレイプ事件を得意気にテレビ番組でカミングアウトしたことがネットでガンガン話題になっている。東京、所沢、広島に愛人がいて隠し子までいるとも噂されおり、セックススキャンダルの総合デパートのような危険人物。そのことは社長が三木谷さんに十分説明しているはずなのに、そのオーナーの“鶴の一言”で大久保監督が決定したのです。ま、社長としては、最後の最後まで猛反対したことをマスコミにアピールしておきたかったのでしょう」(楽天担当記者) 危機回避能力に長けた三木谷氏のこと。大久保氏が監督に就けば長くは持たないことを知らないはずがない。にもかかわらず、危険極まりない爆弾を抱え込んだのは、この経営者一流の計算があるからだ。自爆テロともいえる“短命政権”を使って、何かとカネの掛かる星野一派の一掃と球団全体のダウンサイジングをもくろんでいるのだ。 三木谷氏は中日・落合博満GMのコストカッターとしての手腕を高く評価しており、大久保氏のミッションもまた、星野一派一掃を中心とした8億円規模の人件費削減に他ならない。 「こんな役は慶応ボーイでメリルリンチ日本証券執行役員から転身した超エリートの立花社長には務まらない。そこで使い捨ての大久保氏に託したのでしょう。大久保氏は三木谷氏の息子に野球を教えるなど家族ぐるみの付き合いをしており、あえて泥をかぶる役を買って出た。今季の楽天は最下位で、これ以上順位を落とすこともない。何だってできちゃいますよ」(大久保氏と親しいマスコミ関係者) 三木谷オーナーは、既に次のシナリオを用意しているという。大久保氏の次の本命は落合博満氏、そして対抗が元中日監督の山田久志氏。ともに東北秋田県の出身だ。事は、筋書き通りに進んでいる。
-
スポーツ 2014年10月31日 15時30分
関東ではさっぱり盛り上がらなかった日本シリーズ 低視聴率を連発
プロ野球日本シリーズはソフトバンク・ホークスが阪神タイガースを4勝1敗で破り、3年ぶりの日本一に輝いた。 昨年は、巨人対楽天のカードで高視聴率を連発したが、今年はソフトバンクの一方的な勝利に終わったこともあり、関東地区ではさっぱり盛り上がらなかった。<日本シリーズ 地上波テレビ視聴率>★第1戦(10月25日=甲子園=テレビ朝日系)関東=11.8%、関西=25.7%、北部九州=26.7%★第2戦(26日=甲子園=TBS系)関東=10.2%、関西=21.0%、北部九州=21.3%★第3戦(28日=ヤフオク!=テレビ朝日系)関東=8.3%、関西=17.3%、北部九州=24.3%★第4戦(29日=ヤフオク!=フジテレビ系)関東=8.4%、関西=18.7%、北部九州=23.9%★第5戦(30日=ヤフオク!=TBS系)関東=10.3%、関西=19.6%、北部九州=26.7% 上記の通り、ソフトバンクの地元・北部九州では全戦、高視聴率を記録したが、一方的な展開となったことで、阪神の地元・関西でもいまひとつ盛り上がらず。関東地区では低視聴率を連発した。今シリーズでは、NHK BS1が第2〜5戦を同時中継したため、地上波の視聴率に影響したと思われるが、それにしても低すぎる。 近年、巨人抜きの日本シリーズとしては、11年の中日対ソフトバンク戦があった。この際は、第1、2戦で視聴率1ケタ台(関東地区)だったが、じょじょに上昇し、第7戦では18.9%(関東地区)まで上がった。この例で明らかなように、両軍きっ抗した闘いにならず、第5戦で終わってしまったことも低視聴率の要因のようだ。 今シリーズと同一カードだった03年(阪神対ダイエー)の関東地区の視聴率は、第1戦=25.9%、第2戦=19.5%、第3戦=23.2%、第4戦=22.3%、第5戦=21.5%、第6戦=26.1%、第7戦=20.0%と良かった。ただ、11年前とはテレビの視聴動向に大きな変化があるため、同じ基準では比較できそうにない。 総じて、阪神が頑張って、第7戦までもつれていれば、関東地区でももっと高い数字が上がったと思われる。放送した各局としては、期待外れに終わってしまった。(落合一郎)
-
-
スポーツ 2014年10月31日 15時00分
巨人がセペダを獲得した真の理由 日本で成功したキューバ選手は全て巨人へ持っていかれる!
巨人の“先行投資”が功を奏した。今季はキューバ選手の海外プレーが公式に認められた解禁イヤーだった。4月に巨人がフレデリク・セペダと契約したのを皮切りに、DeNAはユリエスキ・グリエルと、千葉ロッテもアルフレド・デスパイネを獲得したが、結果は、巨人だけが外れクジを引かされたようなものだった。グリエル、デスパイネともに打率3割を超えたが、セペタは52試合で打率・1割9分4厘、本塁打6、打点18と、不本意な成績に終わった。 「獲得前に巨人の渉外担当も現地入りし、当初から『セペダは年齢的に厳しい』と見ていました」(球界関係者) それでも、34歳のセペダと契約した理由はメンツだった。セペダは2013年のWBCでも四番を務め、過去3大会の通算成績は打率4割を超えている。国内リーグでも圧倒的な存在感を見せ続けた英雄であり、キューバ政府も「日本でプレーする第1号は、多大な貢献をしてくれたセペタでなければならない」と強く訴えていた。巨人はそうしたキューバの国内事情を汲んだのである。 「クライマックスシリーズファイナルステージの初戦、セペダは代打で登場しましたが、無死満塁の好機を潰し、3戦目もいいところがありませんでした。最終ゲームの九回裏にソロアーチを放ちましたが…」(スポーツ紙記者) DeNA、千葉ロッテはグリエルとデスパイネについて、キューバ政府に来季の契約延長を訴えているという。巨人ファンはセペダに帰国していただきたいと思っているはずだが、状況が変わりつつある。 こんな情報が飛び込んできた。キューバ政府は選手の日本派遣に、新たにポスティング・システムを設けようとしているという。 「選手獲得の窓口は政府で一本化されています。要するに、日本の球団が単独でお目当ての選手を獲得するための交渉をしてきましたが、日本の海外FA権を持たない選手が米挑戦するのと同じように、一定額の落札金を支払う約束をさせる前段階を設けよう、と」(プロ野球関係者) 落札金は、当然ながら政府に入る。キューバ政府が海外プレーを認めた本来の理由は外貨獲得である。契約金、年俸がどれくらいの割合でキューバ政府に上納されるのか分からなかったが、グリエルがDeNA入りしたときに「選手9、政府1」と割合が漏れ伝わってきた。セペダは契約金5000万円、年俸1億5000万円の計2億円。その10%である2000万円分を上納した計算になる。グリエル、デスパイネの上納金は合わせて1700万円だ。 キューバからしてみれば、国内リーグの主力3人を送り出した見返りが7000万円にも満たなかった。ゆえに、キューバ政府はさらなる外貨獲得法として、ポスティングという前段階を設けようとしているのだ。 「キューバ政府はセペダを獲得してくれた巨人に感謝しています。巨人に有利な交渉を約束したとしても不思議ではありません」(同) この制度の詳細はまだ決まっていない。しかし、セペダとグリエル、デスパイネは1年契約。特にグリエルとデスパイネは日本でも通用することが十分に証明された。両者は引く手あまたの再来日になるであろう。しかし、入札制度が必要になれば、実績ある2選手の獲得には巨人が有利だ。金銭面での強さもさることながら、キューバ政府の協力が取り付けられれば、他球団の入札金額がリークされることもあるかもしれない。 巨人が圧倒的有利な状況の中、キューバ選手たちは来季どの球団所属になるのであろうか。
-
スポーツ
ハッスル消滅!? 小川H軍休止宣言
2006年12月27日 15時00分
-
スポーツ
大みそかボビー弟と対戦 金子賢 前田道場入り
2006年12月14日 15時00分
-
スポーツ
珍指令 KID 秒殺禁止
2006年12月12日 15時00分
-
スポーツ
生還小橋に捧ぐ 三沢 GHC奪還
2006年12月11日 15時00分
-
スポーツ
猪木 緊急提言 想定外プロレスをやれ!
2006年12月05日 15時00分
-
スポーツ
1・4東京D「レッスルキングダム」 新日本 全日本“乗っ取り”へ秘策 長州3冠戦出撃
2006年11月16日 15時00分
-
スポーツ
復活1・4東京D大会へ秘策 新日本最終兵器サイモン猪木 IWGP挑戦!?
2006年11月07日 15時00分
-
スポーツ
来春ビッグマッチ パンクラス芸能人最強決定戦 坂口憲二 今田耕司 押尾学
2006年10月31日 15時00分
-
スポーツ
大みそか参戦ほぼ決定 芸能人対決 金子賢vs押尾学
2006年10月10日 15時00分
特集
-
岡平健治「19」解散は「お金の問題じゃない」 岩瀬敬吾、地元に戻るのを「止められてよかった」 今後はバラエティーで「ポンコツっぷりを見て笑ってほしい」
芸能
2025年08月05日 23時00分
-
野球人生“燃え尽きた”元プロ野球選手・宮國椋丞氏 今後は「周りの人に頼られたり、笑顔にしたい」
スポーツ
2025年07月25日 23時30分
-
-
豊ノ島、YouTubeチャンネルで若乃花とコラボ熱望 タレントとして相撲番組で「冠番組」持ちたい
芸能
2025年07月21日 12時00分
-
宮迫博之「雨上がり決死隊」再結成は「蛍原さん次第」 ドジャース始球式の裏話も明かす
芸能
2025年07月14日 17時00分
-
元ザブングル松尾陽介、沖縄で芸人のセカンドキャリアサポート 芸人引退に「心境の変化」
芸能
2025年04月28日 19時03分