スポーツ
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スポーツ 2014年01月10日 11時00分
部屋利権でドタバタ 稀勢の里の綱取りを揺るがすお家騒動“裏”
1月12日から東京・両国国技館で始まる大相撲初場所。注目は何といっても綱取りに挑む大関・稀勢の里(27)だ。昇進ラインは13勝以上の優勝だが、いまだ優勝経験がないだけに決して低いハードルではない。 しかし、もしこの障壁をクリアして横綱に駆け上がれば、平成10年の3代目若乃花以来、16年ぶりの日本人横綱誕生となる。それだけにファンの関心も高く、前売り券の売れ行きも上々。稀勢の里もこの年末年始、稽古を休んだのは元旦の1日だけで、暮れは大晦日の31日まで、正月明けも2日にはもう稽古場に降り、「正月気分なんて全然ない。やることは一つ。土俵で頑張るだけだ」と懸命に汗を流していた。 こんな稀勢の里にとって気掛かりなのは、周囲のゴタゴタだ。昨年末の12月26日、稀勢の里ら12人の所属力士たちは、長年住み慣れた千葉県松戸市から両国国技館に近い旧三保ケ関部屋に引っ越した。その理由は利権争いにある。 相撲協会は公益財団法人への移行に伴って年寄名跡の一括管理を決定し、親方たちに名跡証書の提出を求めている。ところが、師匠の旧鳴戸親方(元幕内隆の鶴)は証書の所有者である先代親方(元横綱隆の里)夫人との話し合いがつかず、期限がきても提出できない状態が続いていた。このため、25日に急きょ『田子ノ浦』を取得し、部屋も出ることを決めたのだ。 「先代が平成23年に亡くなって以来、後援会関係をはじめ部屋の利権は先代未亡人が握ったまま。2人の子供たちまでいちいち口を出す始末で、継承した旧鳴戸親方は思うように部屋作りもできない状態が続いていました。これでは稀勢の里の綱取りはおろか、部屋の存続にも関わる。そう思った師匠は先代未亡人と決別する決意を固め、思い切って実行に移したのです。見方によっては一種の謀反ですが、周辺にはスッキリしてよかったという声も多いようです」(担当記者) たびたび心の動揺が相撲内容にも表れる稀勢の里。今度こそ、このお家騒動が“災いを転じて福となす”となればいいが。
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スポーツ 2014年01月09日 15時30分
モナに人生狂わされた!? 元巨人・二岡が引退決断
08年7月、山本(現姓・中西)モナとのラブホ不倫騒動が報じられたことが原因で、巨人を追われた前日本ハムの二岡智宏内野手(37)が現役引退を決断した。 昨年10月3日に日本ハムから戦力外通告を受けた二岡は、他球団からのオファーを待っていたが、獲得するチームは現れず、現役を退くことを決めた。二岡は広島・広陵高校、近畿大学を経て、98年のドラフト2位(逆指名)で巨人に入団。1年目から遊撃のレギュラーの座を奪取し、打率.289、18本塁打、51打点の成績を残す。 その後、03、05年に3割を打ち、02、03、06、07年に20本を放つなど、巨人のスター選手として活躍。02年には日本シリーズMVPに輝き、巨人の日本一に大きく貢献。甘いルックスで女性人気も高く、将来の幹部候補と目されていた。 ところが、選手会長を務めていた08年、右足の故障で2軍に降格していた際に、モナとの不倫騒動が報じられ、球団からの信頼は失墜。同年、坂本勇人内野手に遊撃のレギュラーポジションを奪われた上、オフには日本ハムにトレードされ、事実上、追放処分となった。 日本ハムに移籍した09年以降は、足の故障もあり、もっぱら指名打者、代打要員で定位置を奪うことはできなかった。 昨季は36試合出場、42打数3安打0本塁打6打点、打率.071の成績にとどまり、シーズン終了後、自由契約となった。 二岡本人は現役続行を模索したものの、4月で38歳を迎える年齢と故障がネックとなり、どこからもオファーはなかった。今後の去就は未定だが、指導者になることを希望しているという。 モナとの一件がなければ、引退後、巨人の指導者として歩むことが確実だった二岡。性欲に目がくらみ、身から出たさびとはいえ、モナに人生を狂わされてしまったということか…。(落合一郎)
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スポーツ 2014年01月09日 11時00分
読売が手本!? 田中将大「入札金」損害30億円を回収する楽天商法
田中将大投手(25)の争奪戦がいよいよ始まる。新ポスティングシステムは、上限金2000万ドル(約20億円)を設定した球団全てが交渉可能と改定され、事実上の“FA移籍”に他ならないが、楽天はこのマイナス分を取り戻すべく“秘策”を次々と繰り出そうとしているのだ。 楽天は暮れも押し詰まった昨年12月30日、大リーグ機構から“警告書”を送りつけられている。 「田中サイドから『できる限りの協力や寄付をしたい』との申し出があった旨を楽天が発表したのですが、それを受けて大リーグ機構は『選手からの寄付はルール違反になる』との文書を送ってきたのです。田中の契約は6年強、総額年俸は60〜100億円との予想がされており、楽天球団が田中の高額年俸からの寄付をアテにしていたのかもしれません」(事情通) それがダメならというわけではないが、オフに田中を引っ張り出し、イベント収益で回収する策も浮上しているという。 「日本野球機構の取り決めでは、日本人メジャーリーガーはオフの期間、基本的に球場施設を利用することができません。使わせてもらうのには諸々、許可申請をしなければならず、イチローや現役時代の松井秀喜が帰国するのが年末ギリギリになるのもそのためでした。そこで、楽天がオフも田中に施設を貸すと約束すれば、米移籍後も親密な関係を維持できるはず。加えて田中との友好な関係をファンに伝えるのが、最高の損失補填につながると思います」(スポーツライター・飯山満氏) 「読売グループと同じ作戦が一番手っ取り早い」と言うのは球界の関係者だ。 その作戦とは、田中が入団する米球団の本拠地球場に広告を出すというもの。読売は松井秀喜氏がニューヨークヤンキース在籍時、ヤンキースタジアムに広告を出した。日本語で『読売新聞』と記されたもので、ライトポール付近を選んだのは、左打者の松井が放つアーチを明らかに意識したものだった。 「楽天本社は米国でもビジネスを展開しており、市場拡大にもつながるはずです」(スポーツ紙記者) 倍返しなるか。
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スポーツ 2014年01月08日 11時00分
俺達のプロレスTHEレジェンド 第4R “善戦マン”から“日本人最強”へ〈ジャンボ鶴田〉
最近では「試合の勝ち負けよりも内容が大事」なんてことを言うプロレスファンも少なくない。しかし、果たして本当にそうなのか。 星条旗柄〜赤パンツ時代のジャンボ鶴田は、ジャック・ブリスコ、ハーリー・レイス、テリー・ファンク等々、歴代NWA王者と互角の勝負を繰り広げながら、結果勝ち切れなかった。そのためについた呼び名は“善戦マン”。ここに、憧れや尊敬の念は一切感じられなかった…。 「NWA王者はアメリカプロレス界の最大派閥だった同団体の利益の象徴なのだから、日本人の鶴田が長期王者となることは難しかった」などと、今になって言う向きもあろう。しかし当時のファンの多くが、大事な試合に勝ち切れない鶴田をどこか侮蔑の目で見ていたことに間違いはない。 コスチュームをストロングスタイルのシンボルとされる黒パンツに変更してからも、しばらくそうした見方は変わらなかった。そもそも、いつから鶴田が黒パンツに替えたかを覚えている人は、どれほどいるだろうか(正解は1982年、リック・フレアーとのNWA戦から)。 では試合で勝てばいいのかといえば、プロレスはそんなに単純ではない。 '83年にはブルーザー・ブロディを破り、伝統のインター王座獲得、その翌年には世界三大王座の一つ、AWA王者としてアメリカツアーを行った。 かのブロディが「鶴田と好勝負するために身体を絞った」というぐらい(渕正信のブログ『酔々ブルース』より)、日本人の中では図抜けた力量を見せてはいた。 しかし、このとき鶴田にとっての“敵”となったのが、新日本プロレスをめぐるスキャンダル報道である。 先述ブロディ戦の直前には初代タイガーマスクが突如の引退宣言、猪木の社長解任クーデターなどが重なり、それらに話題を奪われてしまう。また、日本人初のAWA王座戴冠も、長州力の「維新軍旋風」の前にどこか霞んでしまった。 鶴田へのファンの関心が集まりはじめたのは、その長州との戦いからだった。'85年、60分フルタイムドローとなったシングルマッチでは、長州の身体の小ささやスタミナ不足が際立ち、対する鶴田の怪物性を目立たせるものとなった。 '80年代後半からの天龍源一郎との抗争もまた、鶴田株の上昇に一役買った。中でも'89年4月、大阪での三冠ヘビー級選手権試合。天龍を急角度パワーボムで完全失神させた試合は今も語り草となっている。 そうした日本人対決の中で鶴田は、何人かの選手を病院送りにしている。今のファンの基準からすれば「相手を怪我させる=下手クソの三流レスラー」ということにもなろう。だが、これらは鶴田の怪物ぶりを修飾する逸話となり、いつしか入場時にはファンからの「ツ・ル・タ! オー!」コールが巻き起こるまでになっていた。 こうした鶴田の歴史が証明するのは「やはりプロレスは内容だけではなく、話題性のある試合において勝利することが重要だ」ということではなかったか。 鶴田の評価がいよいよ“日本最強”レベルにまで上昇したのは、三沢光晴ら超世代軍の壁となってからであった。若手たちがいくらぶつかっていってもビクともしない。ジャンピングニーパット一閃で三沢を吹き飛ばし、川田利明の顔面を踏みつぶし、菊地毅を頭上高くまで持ち上げて雑作なく投げ飛ばす。まさに鬼神のごとき戦いぶりで、見る者全てがその天性の才を感じずにはいられなかった。 鶴田が対戦希望相手としてアントニオ猪木、前田日明、藤波辰爾、ハルク・ホーガンらの名を挙げても、誰も「ビッグマウス」などと陰口を叩くことはない。むしろファンからは「鶴田に勝てるわけがない。名前を出された相手がかわいそう」と見られるまでになっていった。 惜しむらくは、最初の三沢とのシングルマッチからわずか2年半ほどにして、病のためセミリタイアとなったことであろう。 当時鶴田は42歳。師匠の馬場が同年齢のときにはスタン・ハンセンとの抗争を始めたばかりで、それを思えば鶴田もまだまだファンの心に残る名勝負を残せたはずである。ジャンボ鶴田 1951年、山梨県出身。'72年、ミュンヘン五輪レスリング100キロ超級代表に。卒業後、全日本プロレスに入団すると、一躍エースにまで上り詰める。2000年、肝移植手術時、出血多量により死去。享年51。
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スポーツ 2014年01月04日 14時00分
新ポスティングシステムの入札額上限20億円の設定をファンはどう思う?
新たにMLB(大リーグ機構)とNPB(日本野球機構)との間に協定が結ばれたポスティングシステム(入札制度)では、日本の所属球団が入札希望額を設定できるようになったが、その上限は2000万ドル(約21億300万円)に規定された。 過去、超大物投手のポスティングでは、松坂大輔投手(西武)が約5111万1111ドル(当時約60億円)、ダルビッシュ有投手(日本ハム)が5170万3411ドル(当時約40億円)と、5000万ドルを超えた。 今回、田中将大投手(楽天)がポスティング申請を行ったが、上限がなかった旧ポスティング制度にならえば、入札金額5000万ドル超の収入を見込んでいた楽天にとっては、大きな誤算となった。 ただ、旧制度では最高入札球団に独占交渉権が与えられたが、新制度では上限を設定する代わりに、最高入札球団が複数となった場合は、複数球団との交渉が可能になった。その点が、申請する選手にとっての新たなメリットとなる。 入札上限額の設定は、資金力のある米球団だけではなく、資金力に乏しい球団も入札に参加できる米側の利点がある。 現実問題、これまで、2000万ドルを超えたのは松坂、ダルビッシュ、井川慶投手(阪神=2600万194ドル)の3例のみ。楽天のエースだった岩隈久志投手(1910万ドル=破談)、イチロー外野手(1312万5000ドル)ですら、2000万ドル以下で、田中クラスの超大物投手でなければ、上限設定はデメリットとはいえない。 賛否両論が渦巻くなか、「Yahoo!ニュース」では、「新ポスティングシステムの入札額の上限をどう思う?」との意識調査を、12月5日〜15日に実施し、2万895票(男性=87.3%、女性=12.7%)の回答があった。 田中問題の渦中の調査とあって、「上限は必要ない」との回答が1万3988票(66.9%)で、全体の3分の2を占めた。逆に、「20億円で上限」との回答は4803票(23.0%)に過ぎず、「その他、分からない」との回答が2104票(10.1%)あった。 松坂、ダルビッシュの入札金額を見れば、田中クラスの選手が申請した場合、上限は所属球団にとって、大きなデメリットとなる。しかし、そうでない選手の場合は、複数球団との交渉が可能になったという点で、選手側のメリットとなった。 今オフ、広島のエースであるマエケンこと前田健太投手が、近い将来のメジャー挑戦希望を口にした。過去にポスティング申請を認めたことがない広島が、前田の希望を聞くかどうかは定かではない。仮に、前田が申請した際には、どれくらいの入札金額になるか興味は尽きない。 一長一短がある新ポスティングシステム。今後ルール変更がポスティング動向に、どう影響してくるだろうか?(リアルライブ編集部)
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スポーツ 2013年12月30日 11時00分
阪神・新勝利の方程式「AFO」に早くも虎ファン「アホか」の大ブーイング
来季の阪神は投手がキーポイントになりそうだ。 「先発投手の頭数が足りません。能見、メッセンジャー、藤浪、そして、ドラフト1位の岩貞を4番手に数えなければならない状況で、オリックスから井川慶をトレードで呼び戻す交渉も進めています」(在阪記者) 窮地に陥った理由は明白だ。オフの補強に失敗し、先発、中継ぎ、クローザーの人数構成がアンバランスになったためである。 「中日からFA宣言した中田賢一を逃したのが痛かったですね。新クローザーとして、韓国から呉昇桓(オ・スンファン)を獲るには、外国人選手枠がネックとなり、リーグ3位の防御率を残したスタンリッジを断腸の思いで切りました。その穴を中田か、同じくFA権を行使した大竹寛で埋めようとしましたが、結局2人とも獲れなかった。さらに先発で実績のある久保康友までがFAで流出してしまい、投手編成そのものが瓦解してしまったのです」(前同) 先の井川復帰策もそうだが、阪神は国内トレードで先発投手の再補強を狙わざるを得ない。それでもそこが弱点となれば、自ずと救援陣の出番が増えていく。昨季中盤に出てきた松田は未知数であり、安藤、福原、呉昇桓の3人が軸となる。 しかし、その3人の頭文字は安藤(=A)、福原(=F)、呉昇桓(=O)で『AFO』。『AFOリレー』が失敗した場合、「AFOは『アホ』とも読める。継投ミスで負けたら、週刊誌の格好のエジキにされる」と、ファンの間で早くも囁かれているのだ。 「呉昇桓の獲得は、ソフトバンク、楽天も狙っていました。資金力のあるIT企業とマネーゲームになったら勝てない。そこで阪神は契約を急ぎ、また、呉サイドに誠意を示すため、『2年総額9億円』なんて破格の条件提示をしたそうですね」(パ球団職員) その呉の調印式は韓国で行われた。韓国の英雄投手にふさわしい船出を演出するためだが、中村GMは何と格安チケットで往復したという。 ケチケチするなら、破格の年俸を削るべきだ。
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スポーツ 2013年12月29日 11時00分
角界にも消費税アップの影響
相撲協会が消費税率のアップに伴い、5月の夏場所から入場料金を改定すると発表した。同じく消費税が3%から5%になった平成9年以来で、実に17年ぶりとなる。 新料金は、東京の両国国技館の場合、現行1万4300円の溜り席が500円のアップ、現行1万1300円のマス席Aが400円、同B、Cは300円値上げされる。ただし、子供の自由席だけは据え置きになる。 「相撲協会は人気が低迷し、このところ慢性的な赤字が続いています。八百長問題も、いまだ尾を引いている感じですし…。今回の料金改定は、消費増税分を除けば値上げ幅はごくわずか。とても赤字の補填までは無理ですが、平成10年夏場所後の3代目若乃花以来の日本人横綱誕生を期待される稀勢の里や、若手の遠藤、大砂嵐らが台頭し、値上げするなら『今でしょ』という思いが協会首脳にあるのは確かです。ようやく強気になれる条件が整ってきたということですね」(協会関係者) 問題は、彼らがどこまで銭の取れる力士になれるかだろう。 1月12日から始まる初場所(両国国技館)の目玉、稀勢の里は「自分にはもっとやることがありますから」と年末年始のテレビ出演はもちろん、決して嫌いではないというアルコール類もセーブして稽古漬けの毎日を送っている。横審から鼻先に突きつけられている“13勝以上の初優勝”を目指し、元日以外はまわしを締めて稽古場に降りる予定だ。 一方、左足首のケガに苦しみ、入幕2場所目の九州場所は6勝9敗と負け越した“史上最速入幕男”の遠藤も、ようやくケガが癒え、本来の動きを取り戻しつつある。 彼らの奮闘に相撲協会のメンツが懸かる。
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スポーツ 2013年12月28日 11時45分
2013年プロ野球界10大ニュース 最も記憶に残る出来事は?
3月に開催された第3回WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)で、侍ジャパンが準決勝で敗れて、3連覇を逃したのは記憶に新しいところ。 2013年のプロ野球界は、球団創設9年目にして、パ・リーグ初制覇を果たした楽天が巨人を破って、日本シリーズを制して幕を閉じた。 そこで、「Yahoo!ニュース」では、“ミスター・タイガース”掛布雅之氏が選んだ「2013年野球界10大ニュース」をもとに、「2013年のプロ野球界、最も記憶に残るニュースは?」との意識調査を12月19日から実施しており、26日午後3時現在で、8592票(男性=86.6%、女性=13.4%)の回答があった。 ファンの記憶に最も残ったのは、やはり日本新となる開幕24連勝(無敗)をマークした楽天・マー君こと田中将大投手の連勝記録で、4099票(47.7%)と約過半数の票を得た。 2番目は「楽天の球団創設初の日本一」で、1574票(18.3%)を集め、楽天絡みで66%を占めた。 3番目は王貞治(巨人)、タフィ・ローズ(近鉄)、アレックス・カブレラ(西武)の55本を抜き、最多本塁打記録となる60本を放ったウラジミール・バレンティン(ヤクルト)の日本記録樹立で、852票(9.9%)を集めたが、田中の日本記録と比べれば、ファンの印象度は薄かったようだ。 4番目はシーズン中に明らかになった「統一球の極秘変更問題」で、565票(6.6%)。5番目は意外にも、「広島の16年ぶりのAクラス(初のCS=クライマックスシリーズ=進出)」で、550票(6.4%)。 以下、6番目は「ルーキー投手(ヤクルト・小川泰弘、巨人・菅野智之、阪神・藤浪晋太郎、楽天・則本昂大)の大活躍」で、199票(2.3%)。7番目は「WBCでのV逸とWスチール失敗」で、194票(2.3%)。8番目は「ルーキー、大谷翔平(日本ハム)の二刀流」で、153票(1.8%)、9番目は「アラフォー選手の活躍(引退)」で、77票(0.9%)。10番目は「元プロ選手の高校野球指導者への道の緩和」で、55票(0.6%)。「その他」への回答も、273票(3.2%)あった。 掛布氏は「“個の野球”が久しぶりに注目を浴びたシーズン」と分析した。田中やバレンティンの日本記録更新や、新人投手の活躍など、まさに“個”が印象に残るシーズンだった。 2014年は、プロ野球界でどんな出来事が起きるのか? 今から楽しみだ。(リアルライブ編集部)
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スポーツ 2013年12月27日 18時00分
ブラジルW杯対戦国がレッドカードを要求する「テコンドー・サッカー」
嫌韓の広がりは、スポーツにおいても例外ではない。特にサッカー界には「もう対戦したくない」といった声が渦巻いているのだ。 「『ACL』(アジア・チャンピオンズリーグ)や練習試合で韓国のクラブチームと戦うと、ボールではなく故意に足を削りにくる。まるでテコンドーで、対戦のたびに怪我を負い、古傷を痛める選手が続出。そのため、監督も『ボールを回し、あまり持ちすぎるな!』と指示を出しています」 そう語るのはJリーグチームの現役コーチ。こうしたプレースタイルは、韓国代表も同じだという。 「代表戦はオール韓国人選手なので、キツイ。ウチの選手には、正直言って日韓戦だけは出ないでほしい」(同) たとえば、10月の対ブラジル戦では、エースのネイマールがラフプレーを受け続け、「ブラジル側がブチ切れて、韓国に今後の対戦拒否を伝えたといわれている」(サッカー担当記者)ほど。 また、こうしたことはブラジルチームだけではないのである。 「世界のサッカー強豪国に、韓国代表が対戦拒否されているのは有名な話。フランスは'02年W杯直前の練習試合でジダンが負傷し、これが予選リーグ敗退の要因になりました。ポルトガルやスペイン、イタリアも同W杯でのラフプレーと不正ジャッジに嫌気がさし、10年以上経った今でも対戦を拒否し続けている」(同) 一方、韓国戦で大変なのは試合だけではないとか。 「アウェー戦時の夜間練習用に照明付きのグラウンドを希望しても、『用意できない』と断られることはザラ。自由時間の散歩中に相手サポーターに暴言を吐かれた選手もいて、ウチのチームでは安全に配慮して外出禁止にしています」(前出・Jリーグコーチ) ただし、そんな韓国代表の実力はどうなのか? 「日本代表が100なら95。でも、韓国代表は日本相手だと恨みの力で100〜105の力を発揮し、スポーツの場に政治を持ち込んでくる。だから、日本も対戦拒否すればいいんです」(前出・サッカー担当記者) フェアプレーは望むべくもなさそうだ。
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スポーツ 2013年12月27日 16時00分
俺達のプロレスTHEレジェンド 第3R 吹けよ風、呼べよ嵐! 〈アブドーラ・ザ・ブッチャー〉
プロレスファンにとって年の瀬の風物詩といえば、何といっても全日本プロレスの『世界最強タッグ決定リーグ戦』だった。中でもアブドーラ・ザ・ブッチャー、ザ・シーク組vsザ・ファンクスをベストバウトとして挙げる人は多いだろう。 この4人による公式リーグでの対戦は、最強タッグの前身である世界オープンタッグリーグ選手権と合わせて3度実現しており、ブッチャーが無慈悲なフォーク攻撃でテリーの上腕を切り裂く姿は、日本のプロレス史の中でも1、2を争う残虐シーンとして今なお多くのファンの記憶にとどめられている。 初来日は1970年の日本プロレス。当時、日本のマット界ではほぼ無名の選手であったが、徹底した悪役ぶりによりシリーズ途中から外人側のエースに抜擢されると、それから以後40年以上にわたり、日本のさまざまな団体においてトップヒールとして人気を博し続けた。 会場にピンク・フロイドの『吹けよ風、呼べよ嵐』が流れれば、そこからはもうブッチャーの世界。先のファンクスはもちろんのこと、ジャイアント馬場、ミル・マスカラス、高田延彦から、ストーカー市川、レイザーラモンRGまで、相手が誰であろうとも、観客からは興奮をもって迎えられた。 そんなブッチャーにとっての唯一の“黒歴史”とでも言うべきものが、約4年間の新日本プロレス参戦ではなかったか。 1981年、最初に新日の会場へ登場した際のインパクトこそは強烈だった。掟破りの移籍劇。アントニオ猪木の提唱したIWGPを巡って、一体どんな名勝負を繰り広げるのかと期待に胸躍らせたファンは多かった。“プロレスの味方”村松友視も、その著書の中で、黒シャツに白いジャケットを羽織ったブッチャーのたたずまいを絶賛したものだ。 だがブッチャーは結局IWGPにエントリーすることはなく、また、わずか2回しか行われなかった猪木とのシングルマッチでも、さしたる印象を残せないまま新日のリングを後にした。 誰が相手でも名勝負を作ってきたブッチャーが、なぜ猪木との対戦においてはそうならなかったのか。 「それは仕方ないよ。そもそもファイトスタイルがかみ合わないんだから」(当時を知る新日関係者) 相手の猛攻を耐えに耐えたところから地獄突き一閃(猪木ならナックルパートか)。そこからの攻守逆転を見せ場とする“受け”のスタイルを持ち味とするだけに、そんな両者が戦えばどうしても試合は手詰まり気味に進行することになる。 「やるとすればブッチャーの反則攻撃を猪木が受けまくってから逆転するというパターンだろうけど、当時の猪木は体調が最悪だったから、フォークで刺されて大流血なんて試合はしたくなかったんじゃないかな。それにブッチャーは自分から動き回るタイプじゃないから、猪木の方から試合を動かすのも体力的にキツかったんだろう」(同・関係者) また、別の理由をスタン・ハンセンが自著『魂のラリアット』の中で、こう記している。 「“ブッチャー引き抜きは全日つぶしのために梶原一騎を介してやったことで、新日の看板外人にする気はない”との説明を、新間寿氏から受けた」 それが事実であれば、新日でのブッチャーの扱いがいまひとつだったことにも合点がいくというものだ。 ただ、猪木戦こそは振るわなかったが、ブッチャーの移籍自体が失敗だったかといえば、そうでもない。 「当時のブッチャー人気は全国区で、地方会場でも出ると出ないではチケットの売れ行きが段違い。だからあえて主要シリーズには呼ばないで、その谷間を埋める役割を担ってもらうことにしたんだ」(前出・関係者) そうであれば、会社経営上は、しっかりと新日に恩恵をもたらしていたということになる。 晩年になってインディ団体への参戦が増えたブッチャーは、試合に対するモチベーションを問われて一言、「マネー」と答えている。 カネ次第で誰とでも戦うし、観客もクライアントも十分に満足させる。ブッチャーの、そんな高いプロ意識が感じられる言葉ではないか。アブドーラ・ザ・ブッチャー 1941年、カナダ出身。'70年、日本プロレスに初来日。'72年からは全日本の常連に。'81年、新日に移籍するも、'87年に全日復帰。'96年、東京プロレスに引き抜かれて以後は、さまざまなインディ団体へ出場する。
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