スポーツ
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スポーツ 2014年11月08日 15時00分
巨人・原政権“泥沼ラストイヤー”ドタバタ組閣人事“舞台裏”
これも、クライマックスシリーズでボロ負けした影響だろう。原巨人がコーチ人事の改造で大混乱した。 「ペナントレース優勝後、読売首脳陣はこぞって、原采配を褒めちぎりました。CS惨敗はその直後であり、褒めた手前、原監督にその責任を負わすことはできません」(ベテラン記者) すでに巨人は今季終了までに、広島カープの二軍監督だった内田順三氏のコーチ就任を発表していた。若手育成には定評があり、二軍担当としての招聘だったが、「チーム打率がリーグ5位まで落ち込んだため、一軍でその立て直しを託すのでは」との声も聞かれた。 「橋上秀樹打撃コーチの退団決定と前後して、そんな噂が聞こえました。結局、内田氏は二軍打撃コーチに就きましたが…。今年はデータ解析がことごとく外れ、橋上コーチは戦犯のように見られたのです。楽天のコーチに転じますが、“クビ”を宣告される前に自ら辞表を出したのが真相。代わって白羽の矢が立ったのが、チーム最年長の高橋由伸です。本人は熟慮を重ねた末、『いい経験になるし勉強にもなる』と、来季の選手兼任コーチを受諾しました。ゴジラ松井にはソッポを向かれたままですし、めぼしい後任も見つかっていない以上、高橋に指導者への第一歩を、というわけです」(担当記者) 投手コーチ陣も刷新される。チーム防御率はリーグ1位だが、数字は3.58とむしろ悪い方。昨季は3.21で年々レベルダウンしており、総責任者の川口和久投手総合コーチが責任を負う形で退団となった。 「後釜は斎藤雅樹コーチ。“ヒラ”コーチからの昇格です。打撃の方も新設ポストの『打撃総合』に村田真一コーチが就きます。原監督の任期は来季まで。いわばラストイヤーです。監督が代われば、そのまま使ってくれるかどうかもわかりません。今回の組閣で生え抜きOBが残ったのは、ドロをかぶりやすいという面があったのかもしれません」(同) 表向き大きな粛清はなかったようにも見える巨人の組閣人事。舞台裏のドタバタは相当だったようだ。
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スポーツ 2014年11月07日 15時00分
大谷翔平デブ化まっしぐら CMオファーも敬遠される?
CM出演料より、将来のためにデブになる!? クライマックスシリーズファイナルステージを終えた北海道日本ハムファイターズの大谷翔平(21)は、11月開催の日米野球を控えて練習施設のある千葉県鎌ヶ谷市で練習に励んでいる。 「調整というより、体を鍛え直しているようなハードメニューです。鎌ヶ谷での練習初日(25日)こそ軽めでしたが」 調整というよりも、早くも来季を見据えての体作りが始まっているようだ。 大谷は鎌ヶ谷に向かう際、報道陣にこうも話していた。 「オフは体重を増やします。何キロ増やすとか決めてないけど、増やしていこうかなと」 昨年オフは約7キロ増えた。選手名鑑には体重90キロとあるが、見た目はすでに90キロとは思えない。大谷の肉体は急激な成長を遂げている。 「両肩の周辺、腹筋、背筋などの筋肉は高卒2年目の体とは思えないほど。プロ1年目のオフを越えて相当大きくなった」(関係者) オフの間に徹底的に鍛えたのだろう。2年目のオフも将来の向けた体作りがされるようだが、体重増に比例して顔が丸みを帯びてきた。さらに体重を増やすとなれば、女性ファンの印象も変わってくるかもしれない。 「今夏のサッカーワールドカップで日本代表が敗退して以来、CM業界は新しいスポーツスターを探しています。サッカーの本田、長友、香川らは露出度が増えすぎ、新鮮味もない。新たなスポーツスター候補の筆頭が大谷でした」(大手広告代理店社員) 日本ハム球団もCM業界が大谷に強い関心を寄せているのを聞かされている。有名企業数社が大谷を起用したいとしており、本田クラスと同じ出演料で契約したとすれば、「3〜6000万円×数社」で3億円近い副収入が入ってくる。オフの間、そういった副収入への影響を考えれば、急激な体重増は得策とは思えない。 「大谷は体重を増やした後、来春キャンプでまた絞り込むという二段計画です。増やしてまた絞るのなら、増量する体重分の具体的な数字を決めた方がいい」(担当記者) ひょっとしたら、CMやオフのテレビ出演に興味がないのかもしれない。 また、契約更改だが、打者大谷は打率2割7分4厘、本塁打10、打点31。投手大谷は11勝4敗。年俸1500万円から倍増の3000万円となった。 「打者、投手に分けて計算し、それぞれプラス約750万円。それが合算された」(前出関係者) 昨年の査定はこのような内訳だったという。日本ハムの先輩ダルビッシュはプロ2年目に12勝を挙げ、3000万円から7200万円に昇給。今年の契約更改の投手部門はこれに近い数字になるとされ、ここにグッズの売上げや観客動員への貢献度が加味され、1億円に到達するとの見方は支配的だ。 「日米野球で160キロを出せば、メジャースカウトの関心も高まり、ポスティングシステムによる米挑戦の時期も早まるでしょう」(同) オフの間、一時的にデブになっても、いまの副収入は気にしない。いずれ、メジャーリーグでいま以上のビッグマネーを掴むため。そういう人生設計なのかもしれない。
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スポーツ 2014年11月06日 15時00分
クビの翌年に優勝チームのレギュラーに トライアウトを経て唯一キャリアハイを挙げた男・宮地克彦(4)
トライアウトとは、ある意味で残酷なシステムともいえる。01年に選手会がその実施を認めさせたものの、1回目のそれは再起の試験の場とはならなかった。実戦形式でのフリー打撃が行われても、ポジションごとに受験者を揃えたわけではないので、二遊間には誰もいない状況だった。雨が降ってくると、各球団の編成員は球場の奥に隠れてしまい、形骸化の様相は受験者も感じ取っていたという。いまではプロ野球選手会労組が改善を重ね、各球団も受験選手に配慮しているが、彼らの合否はトライアウトでの結果だけでは決まらない。ドラフト、外国人選手の補強、トレード、FA…。トライアウト受験者のリストが編成員の目に止まるのは、補強の全てが終わった後の補足の段階になってからである。 「プロに入って13年目でクビになり、初めて分かったのは、自分は野球が好きなんだということ。失って初めてそれが分かった」 07年、宮地は2年連続のトライアウトに臨んだ。シートノック、シート打撃での守備においても堅実、かつスピーディーな動きと強肩ぶりをアピールしていた。 バッティングでは5打席が与えられた。その最後の5打席目、宮地のバットから快音が聞かれた。この日、2本目のヒットである。 「自分はこれで最後になるかもしれないと思いながら打席に入って、その打席できっちりヒットを打てた。そういうことですよ」 トライアウト会場に駆けつけたプロ野球ファンは、一塁ベースに立った宮地に拍手を送った。表情は変えなかった。 真剣勝負の打席は、これが最後となった。 ようやく、野球が分かってきた。正面から野球と向き合い、24時間、ユニフォームを脱いでも野球のことばかり考えてきた。人体の仕組みに関する本も読んだ。他競技の運動、トレーニング方法も勉強し、野球に取り入れたりもした。福岡、富山と渡り歩き、家族には申し訳なく思っているが、単身生活で野球と向き合い、ストイックになる心地好さも感じられた。情熱で野球をやるサンダーバーズの若者たちにも情が移っていた。 「鈴木監督の胴上げ、アルペンスタジアムを満員にすること、NPB復帰。3つの目標を公約に上げていたのに果たせなかった。11月末までこれからのことを考えようと思います」 現役引退を決断したのは、そんな言葉を発した後だった。 翌08年、宮地はホークスからコーチ招聘され、11年には古巣の西武に指導者として帰還した。3度もトライアウト受験もそうだが、現役引退以降、指導者として球団に残れる選手は少ない。流転で培われた『野球道』が彼を逞しくさせ、NPBから必要とされる理由にもなったのだろう。(スポーツライター・美山和也)※本記事は2008年1月13日発行『プロ野球戦力外通告』(OAK-MOOK194号/リストラの方が目指す「2度目の奇跡」・美山和也著)を加筆改定したものです。
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スポーツ 2014年11月05日 15時00分
サッカー日本代表監督・アギーレ解任に燃える浦和レッズ(2)
また、代表メンバー選出の方だが、こちらは“疑惑”が他にもある。意図的に「浦和レッズの選手を外しているのではないか?」と、首をかしげる取材陣は多い。 通常、どの国も国内リーグの成績を加味してメンバーを選出する。だが、過去4試合で選ばれた浦和選手は、GK西川周作のみ。若手登用の一環として、国内リーグからの積極的選出を掲げていたのだが…。 「浦和は今年3月、サポーターによる人種差別的横断幕の掲示事件を起こしています。協会要人、関係者の中には『リーグ優勝=みそぎ』の図式だけは作らせたくないとの声もあります」(スポーツ紙デスク) 事件とA代表選出は、別問題である。年内の国際親善試合、ホンジュラス戦(11月14日)、オーストラリア戦(同18日)でも、ファンを納得させる人選の説明がなければ、アギーレ監督は“最恐”浦和サポーターを敵に回すことになる。 「ブラジル戦と重なったプレミアリーグ解説ですが、原専務は日本サッカー協会の許可を得てのテレビ出演でした。許可を出した協会も悪いのであって、浦和を厳しく制裁した以上、自らも襟を正す必要がある」(スポーツライター・飯山満氏) 一方、Jリーグの村井満チェアマンに求められるのは、横断幕事件と同様、迅速かつ公平な裁断である。村井チェアマンは浦和高校OB。高校時代はサッカー部に所属し、「レッズサポーター」を自称していただけに、より公正中立的な立場が求められる。 「今、A代表の正GK川島永嗣が絶不調です。所属チームのスタンダール・リエージュでミスを連発し、ホームなのにサポーターがピッチになだれ込み、自信を喪失しています。代表では9月のベネズエラ戦でも自らのミスを認めており、サポーターもブーイングを起こしています」(前出・専門誌記者) アギーレ監督は川島を使い続ける理由として、「彼はリーダーの1人だから」と語っていた。確かに功績と影響力はサッカーファン全員が認めるだろうが、2番手の西川をこれ以上ベンチに座らせたままなら、本当に浦和サポーターは爆発してしまうだろう。 「アギーレ監督の戦術に疑問を投げる選手が多いから、求心力にも影響が出つつある。スペイン検察庁の調査次第では、早期失脚もあり得ます」(同) もしも、身を守ってもらうために協会の言いなりになっているとすれば、浦和どころか全クラブのサポーターからレッドカードが突き付けられることになる。
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スポーツ 2014年11月05日 15時00分
クビの翌年に優勝チームのレギュラーに トライアウトを経て唯一キャリアハイを挙げた男・宮地克彦(3)
06年、開幕から間もないオリックス戦での守備で右手首を捻った。果敢に挑んだ結果だったが、その代償は大きかった。同年、出場試合数を激減させ、2度目の戦力外通告となってしまった。 まだ燃え尽きていない。トライアウトを再受験し、現役生活を続けてみせる…。 その06年のトライアウトと前後して、一本の電話が掛かってきた。「独立リーグでコーチをやってくれないか」−−。鈴木康友監督(現東北楽天コーチ)からだった。次年春、北陸、上信越地区で独立リーグがスタートする。現在の『ルートインBCリーグ』である。富山、石川、新潟、信濃(08年より福井、群馬参画)の4球団で年間約70試合を行うとし、その基盤作りが進められていた。その富山サンダーバーズ監督への就任が決まっていた鈴木が指導者としてのオファーをくれたのだ。 本当に有り難かった。野球に関わった仕事ができる…。しかし、宮地は返事を保留した。 2度目のトライアウト終了から約1週間が過ぎても、どの球団からもオファーはない。鈴木監督から再び電話が入る。今度は言葉を変えてきた。 「プレーイングコーチならどうだ?」 現役を続けたい、NPBでやりたいと考える宮地にとって、妥協できるギリギリの条件だった。 「自分は遅咲きだったと思いますが、コーチとしてもチームメイトとしても、良い刺激になれば。チームメイトのいい手本になりたい」(06年12月13日入団会見より) 独立リーグでは驚きの連続だった。 ゼロからのスタートとはよく言うが、本当に何もなかった。 まず、練習する場所がない。選手たちは少年野球や草野球チーム同様、グラウンド貸し出しの抽選会に行くのだ。 打撃練習を行う際にも、こんなことがあった。2カ所でのフリー打撃を行おうとしたら、ホームベースが1枚しかない。段ボールを拾って、その大きさに切って置いてみたものの、風が吹けば飛ばされてしまう。フリー打撃にしても、終われば全員で外野に行き、ボール拾いをしなければならない。バットを折るようなことにあれば、選手は涙目でそれを見つめている。野球用具の手入れ、ユニフォームの洗濯、NPB時代なら裏方の球団職員がそれらをやってくれていたことも自分でやらねばならなかった。 いままで当たり前のように思っていたNPBの生活がいかに恵まれていたかを知った。 「NPBは夢を与える商売だから、それでいいんです。でも、野球をやりたいということは、こういうことなのかもしれません。NPBにいた時代は、フリー打撃でも打ったら打ちっ放し。自分たちで後片付けをやるなんて考えもしなかった。ここでは自分たちで工夫をし、時間を効率よく使い、道具のありがたさを知る。自分も練習しなければならないし、創意工夫の連続で、どうやって練習をやるかを考え、密度の濃い毎日が過ごせたように思います」 グラウンドが2時間しか使えないのなら、アップ運動やランニングは外でやればいい。プレーイングコーチの宮地は集合時間を前倒しした。独立リーグの若い選手たちは自炊もし、プラスチック容器に入れた白飯の上に豚バラ肉を焼いたものを敷きつめ、それを手弁当として持って練習や試合に臨んだ。技術的にも至らない部分はある。しかし、情熱はある。宮地自身もコーチとプレーヤーの兼任は肉体的に厳しかったが、前倒しした練習集合時間のさらに1時間前に来て、アップ運動やティー打撃を行った。それから若い選手に混じって練習を行い、指導もする。若い彼らの気持ちを掴むため、自ら話し掛け、携帯電話の番号も教え、コミュニケーションを図ってきた。
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スポーツ 2014年11月04日 16時00分
米FA交渉が解禁 青木宣親が“1番人気”のワケ
MLBは11月3日(日本時間)に、FA選手と旧所属球団との独占交渉期間を終え、4日から他球団との交渉が可能となった。 その期間を前に、上原浩治投手(39)は2年1800ドル(約20億4200万円)でレッドソックスと契約延長。今季、3年目でメジャー初登板を果たし、4勝を挙げた和田毅投手(33)は球団が選択権を保有していたが、新たに契約を結び直し、年俸400万ドル(約4億5400万円)+出来高200万ドル(約2億2700万円)の1年契約で、カブスに残留した。 現在、日本人選手では、黒田博樹投手(39=ヤンキース)、イチロー外野手(41=ヤンキース)、松坂大輔投手(34=メッツ)、藤川球児投手(34=カブス)、川崎宗則内野手(33=ブルージェイズ)、青木宣親外野手(32=ロイヤルズ)、中島裕之内野手(32=アスレチックス)、田中賢介内野手(33=レンジャーズ)らがFAとなっている。 日本人投手初の5年連続2ケタ勝利をマークした黒田は、5年連続で196イニング以上を投げており、その安定感からFA市場では人気が高い。しかし、来年2月で40歳を迎える高年齢と、決して安いとはいえない年俸(1600万ドル=約18億1600万円)がネックとなり、交渉は簡単にまとまりそうにない。 そんななか、FAとなっている日本人選手で最も多くの球団が興味を示し、“1番人気”なのが、ワールドシリーズにも出場した青木だ。 青木は11年オフにポスティングシステムを使って、ブルワーズと2年契約を結んだ。昨年オフには3年目の選択権が行使されたものの、ロイヤルズにトレードされた。今季、故障もあって、出場試合数は減ったが、3年連続で打率2割8分台をマーク。好守と俊足も魅力だ。 それでいて、年俸は190万ドル(約2億1600万円)と格安で、“お買い得な選手”として、各球団の注目の的なのだ。現在、ホワイトソックスなどが食指を動かしているもようだが、倍増させても、380万ドル(約4億3100万円)。リーズナブルな年俸で獲得できるわけだから、外野手を補強したい球団にとって、青木は非常に魅力的な選手なのである。 争奪戦となるのが必至の青木。果たして、来季、どこのユニフォームを着ているか?※年俸は推定。為替レートは本日の相場(落合一郎)
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スポーツ 2014年11月04日 15時00分
クビの翌年に優勝チームのレギュラーに トライアウトを経て唯一キャリアハイを挙げた男・宮地克彦(2)
当時、宮地が発した言葉の1つに、「王貞治監督、新井宏昌コーチの指導は新鮮だった」というものがある。微調整ながら、打撃フォームの改造を勧められたのだ。 「新しいことを進んで取り入れる姿勢は大事です。でも、1年や2年で習得できるほど甘いもんじゃない。そのことも分かっていました。でも、この世界で10年以上やって来て、結果が出ていない。やってきたことは正しいのか、いつかできると信じているだけでいいのかと自分に問い掛けました。ホークスに行き、『打撃フォームを変えない』という選択もできたんです。変える勇気がないのか、プライドが邪魔をしているのかとも考えて…」 宮地の出した結論は冒険だった。 これまで積み重ねてきたスタイルを捨てるのだから、微調整でも大冒険だった。チームを変わったのに、今変えなければ、永遠に変わることができない。キャンプ、オープン戦で結果を出すことはできなかった。開幕は二軍で迎えた。「チャンスは絶対にある」と、二軍首脳陣も励ましてくれた。開幕から約3週間が経過した4月13日、一軍昇格の知らせが入った。そして6月に入って、宮地の打率は急カーブを描き、月間打率は3割9分6厘に上がった。ついに、外野のスターティングメンバーの座を勝ち取った。 「新しい打撃フォームのVTRを見るじゃないですか。不思議なもんで新フォームを習得できたと思ったら、だんだん昔のフォームに似てくるんですよ(笑)。変わったのは打撃フォームではなく、精神面なんでしょうね」 これまではヒットが1本出ると安心し、気持ちが守りに入っていた。しかし、いまは違う。1日に3本でも4本でもヒットを打ってやる。オレが首位打者のタイトルを獲ってもいいじゃないか…。気持ちに攻めが出た。 また、当時の宮地は2ストライクと追い込まれても3割強の高打率を残していた。野球アナリストのデータによれば、2ストライク以降のカウントから打って、3割以上の数値を残したのは、宮地1人だけである。 「全てを失いましたからね。ここで打てなくても給料が出ないわけではないし、こっちは、一度生活の糧を失ったわけですからね。『あしたからどうしよう』って思いもした。それに比べたら、怖いものなんかない」 同年、宮地は西武時代には果たせなかった打率3割(3割1分0厘)を残し、プレーオフでもスタメンに名を連ねた。翌05年には初の規定打席数に到達し、リーグ5位の打率3割1分1厘をマークする。 トライアウトを経験して、初めて前球団時代の成績を超えた選手の誕生だった。 「古巣を見返す」なんて、つまらない次元の話ではない。自分自身を変えたのである。
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スポーツ 2014年11月04日 15時00分
サッカー日本代表監督・アギーレ解任に燃える浦和レッズ(1)
「11月の親善試合の代表メンバーが近く発表されますが、アギーレ監督(55)はセレッソ大阪のU-19代表FW南野拓実の当確を決めています。南野の“2階級特進”は波乱を呼びそうです」(専門誌記者) ハビエル・アギーレ監督は就任会見でも語ったように、本来は守備重視のスタイル。しかし、就任4試合で8失点と無残な結果が続いている。戦略面での建て直しはもちろんだが、メンバー選出はディフェンスからの再構築が急務のはず。どうやら、代表選出に隠された“陰謀”を打ち破ることの方が先かもしれない。 「代表選出の候補リストに“原枠”があるとの噂がもっぱらです」(同) 原枠とは、日本サッカー協会の原博実専務理事が推す『選手リスト』のこと。アギーレ監督はその“枠”から優先的に選手を選んでいるという。 「日本のサッカーがジリ貧状態に陥っています。U-16がW杯出場を逃し、同21もアジア仁川大会8強止まり。U-19もアジア選手権準々決勝で敗れ、A代表は周知の通り全く良いところがありません」(同) 代表の惨敗といえば、10月14日のブラジル戦が思い出される。格上相手とはいえ、ネイマール1人が4得点を挙げる“ショータイム”をアシストしたブザマさにガッカリさせられたファンは多い。 「原専務は代表がブラジル戦を戦っていた日に、プレミアリーグ戦の解説収録をしていました。プレミアは録画で後日の放送ですから、一体どっちが大切なのかという話ですよ」(Jリーグ・クラブ関係者) しかもこの試合後、批判とも取れる爆弾発言がFW岡崎慎司から飛び出した。 「(アギーレ監督の言う)引いて守るサッカーより、自分たちで話をして、相手をつぶそうとしていました」 「話をして」ということは、代表メンバーがアギーレ采配に疑問を持っていたわけだ。 「アギーレ監督はいつまで“沈黙”を守れるのか…。スペイン1部リーグのサラゴサ(現2部)を率いていた2011年5月21日、スペイン検察庁は相手チームから八百長の報酬として総額85万ユーロ(約1億1500万円)の振り込みがあったとし、調査を続けています。うち、アギーレ監督の個人口座にも9万ユーロ(約1215万円)の振り込みがあったとされています。国外に居住する限り、告訴されなければ疑惑解明の義務はありませんが、検察庁が必要と判断し、各国裁判所に委任状を送る準備も進められています」(前出・専門誌記者) アギーレ監督の招聘を強く推したのは原専務。スペイン検察庁の動向はもちろんだが、ブラジル戦惨敗を知っても、「今後のテコ入れは霜田正浩技術委員長を中心にやっていく」と語っただけ。アギーレ監督が“潔白”を証明しきれなかった場合、同専務も無傷ではいられないはずなのに。
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スポーツ 2014年11月03日 15時20分
プロ野球ドラフト会議 最も良い指名ができた球団は?
10月23日、プロ野球のドラフト会議が開催され、81人の新人選手と、23人の育成選手の交渉権が確定した。 そこで、「Yahoo!ニュース」では、「ドラフト、最も良い指名ができた球団はどこ?」との意識調査を、10月23日〜11月1日に実施。6万8620票(男性=86.2%、女性=13.8%)の回答があった。 ファンの関心はどうしても、「注目の選手がどこに指名されたか」に向いてしまうもので、最も多くの票を集めたのは、有原航平投手(早稲田大)の交渉権を得た日本ハムで2万8804票(40.2%)と断トツのトップ。 大学ナンバー1右腕との評価が高い有原を巡っては、阪神、広島、DeNA、日本ハムと4球団が競合。抽選の結果、日本ハムが引き当てた。 広陵高時代からプロ注目の投手だった有原は、最速156キロの速球投手。今春のリーグ戦まで、大学通算18勝(11敗)を挙げている。今秋のリーグ戦は右ヒジの違和感で登板機会が少ないが、その評価に揺るぎはなかった。 昨年のドラフトで3球団競合の末、広島に入団した大瀬良大地投手は、1年目から2ケタ勝利(10勝8敗)をマークした。有原も期待にたがわぬ活躍をしてほしいものだ。 2番目に票が多かったのは、意外にも巨人で7459票(10.9%)。巨人は12球団最少のわずか4人(他に育成で4人指名)しか指名しなかったが、高校通算73本塁打のスラッガー・岡本和真内野手(智弁学園高)を1本釣りに成功。 さらに、2位で最速147キロ左腕の戸根千明投手(日本大)、3位で最速153キロの高木勇人投手(三菱重工名古屋)、4位で今春の東都リーグで4勝を挙げた田中大輝投手(国学院大)と、即戦力候補の投手3人を指名できたことがファンの評価につながったようだ。 ヤクルトとの競合の末、高校ナンバー1投手の呼び声が高い安楽智大(済美高)の交渉権を得た楽天が3番目の得票で7172票(10.4%)。楽天は昨年も、5球団競合の結果、松井裕樹投手を引き当てており、日本ハムとともに“くじ運”の強い球団だ。その松井は今季、4勝(8敗)に終わったが、2人とも急がず大きく育ててほしいものだ。 4位は大幅に票が減って、中日で4962票(7.2%)。28年ぶりに2年連続Bクラスの屈辱にまみれた中日は、名より実を取った。1位指名の野村亮介投手(三菱日立パワーシステムズ横浜)を始め、即戦力候補の大学生、社会人9人を指名した(育成で4人指名)。 以下、5位=ソフトバンク=3663票(5.3%)、6位=阪神=3070票(4.5%)、7位=ロッテ=3054票(4.5%)、8位=DeNA=2976票(4.3%)、9位=広島=2822票(4.1%)、10位=西武=2032票(3.0%)、11位=オリックス=1718票(2.5%)、12位=ヤクルト=888票(1.3%)の順となった。 寄せられた意見を見ると、有原の他にも、横浜高の超高校級の浅間大基外野手、高濱祐仁内野手の交渉権を獲得するなど、バランスの取れた指名ができた日本ハムを評価する向きが多かった。 今ドラフトで指名されて、プロ入りする選手たちが、来季いかなる活躍を見せてくれるか、今から楽しみである。(リアルライブ編集部)
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スポーツ 2014年11月03日 15時00分
クビの翌年に優勝チームのレギュラーに トライアウトを経て唯一キャリアハイを挙げた男・宮地克彦(1)
ドラフト会議が終わり、新たに誕生するであろうプロ野球選手もいれば、去っていく者もいる。今年もトライアウトのシーズンがやってきた。「再起を懸けて…」と言葉にするのは簡単だが、他球団編成マンの目に止まり、現役続行の道を勝ち取る選手は少ない。まして再出発後、レギュラーポジションを奪うなどの活躍を収めるのは奇跡と言っていいだろう。だが、宮地克彦(現埼玉西武ライオンズコーチ)はそのミラクルを成し遂げた。これは、自身3度目となる12球団合同トライアウト(2007年11月7日)に臨む前、宮地が語った“流転”と“啓蟄(けいちつ)”の系譜である。 2007年11月7日、12球団合同トライアウトで最も多くの拍手を贈られた男、それが宮地克彦である。2年連続の参加だった。この日に至るまで、彼は3つの目標を立てていた。自分に現役の道を与えてくれた鈴木康友監督(北信越BCリーグ・富山サンダーバーズ)を胴上げすること、サンダーバーズの本拠地、アルペンスタジアムを満員にすること、そして、NPBに復帰すること−−。 「完全燃焼しなければ、次の人生に進めない」 独立リーグでの啓蟄の1年間は、宮地を精神的に逞しくさせた。 福岡ソフトバンクホークスを解雇されたのは、06年オフ。悔やんでいても始まらない。2度目となるトライアウトの受験を決意した。 「まだ、燃え尽きていない。完全燃焼しないと、次の人生に進むことができない。野球をやり尽くしていない。その後の人生に進むにしても、完全燃焼してからでないと中途半端になってしまう。もし、今年1年で自分の野球人生が終わるかもしれないと分かっていたら、やり尽くすこともできる。その一心です」 “流転”の始まりは、03年オフだった。14年間も在籍した西武ライオンズ(当時)から、非情の通告を受けた。何故、自分が。悔しい。さまざまな思いが交錯する。まだ、自分は終わっていない。野球を続けたいという一心で、トライアウト受験を決意し、横浜、千葉ロッテ、近鉄の入団テストも受けた。 だが、おかしな風評も広がっていた。右膝の故障歴のことで、「終わった選手」と言われていたのだ。球団の編成担当者の前で50メートルを6秒1で走ってみせても、信じてもらえなかった。西武時代、たしかに「手術も…」と口にしたこともあるが、専門医は「その必要はない。プレーに全く障害もない」と断言してくれていた。 つまらない風評で野球人生を終わらせるなんて、絶対に出来ない。とはいっても、合格しないことには始まらない。 だが、運命とは分からないものである。ダイエーホークス外野陣の一角、村松有人がFA権を行使した。村松の残留を前提に補強を進めていたダイエーが慌てて、宮地にオファーを出した。 「初めて、自分で決めたことかもしれない」 戦力外通告を受けて、自分がどれだけ野球が好きだったかを知る者は多い。宮地もその一人だが、冷静に野球人生を振り返ってもいた。 思えば、尽誠学園高から西武に入団したのも、入団4年目に打者転向をしたのも“流れ”だった。ドラフト会議は球団が選手を選択するものであり、獲得した選手をどう育て、使っていくかは首脳陣が決める。福岡行きは、初めて自分自身で決めた。家族は残し、単身赴任で行くことにした。家のローンもある。またいつクビになるかも分からない。しかし、野球を続けると決めたのは自分だ。宮地は新しいユニフォームに袖を通した。
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