スポーツ
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スポーツ 2014年12月12日 15時00分
番長・清原和博VS中日・落合GM 再び全面抗争が始まった!(2)
チーム内は平田、大島に同情する声がほとんどだという。しかし、中日事情に詳しい野球解説者によれば、この低評価には落合GMのある意図が込められているようなのだ。形を変えたこの男一流の“宣戦布告”なのだと。 「落合GMは、高木監督の2年間で緩みきり、危機感が全くなくなった組織を蘇生するにはチームを総入れ替えするしかない、と話しており、16人ほどの首を切る方針を持っています。その戦力外リストに入っていたのが平田と大島なのです。2人は落合GMとは水と油の関係。打撃理論が違うのが根底にあるのですが、落合GMが嫌うWBCに積極的に出ているのが、まず気に食わない。それ以上ともいえるのが、平田を何かと面倒を見ているのが清原氏だということ。さらに大島が目標として尊敬し、兄貴と慕うのが立浪氏であるということ。こんな輩をチーム内に置いておいては、いずれ大きながん細胞になりかねないと警戒して切除に踏み切ったのです」 2人は次回交渉で1000万円以上の増額を再交渉する腹積もりでいるものの、落合GMは「2回目は出ない」と明言。要はひれ伏して提示額を受け入れるか、新天地を探すしかない。調停に持ち込む方法もあるが、白井文吾オーナーのバックアップを持つ落合GMが不要と決断した以上、歩み寄りは期待できない。 一時が万事、“オレ竜改革”は急ピッチで進行している。中日を戦力外となって他球団への移籍ラッシュが続き、田中大輔捕手はオリックス。吉川大幾内野手と堂上剛裕外野手は巨人。森越祐人内野手が阪神、矢地健人投手が千葉ロッテへ。通告を受けた11選手中、半数以上が落合中日と袂を分かち、来季は他球団のユニホームを着ることが決まっている。 そんな不穏のさなかの11月28日、野球殿堂博物館が来年の殿堂入りの候補者を発表した。その中に立浪和義氏の名前もあった。通算歴代最多の487二塁打記録は十分の実績。しかし、殿堂入り=“一丁上がり”の印象もあり、現場に復帰して監督に就くケースはほとんどないことから、周辺では時期尚早論も強い。 それでもあえて立浪氏が意欲を燃やすのには理由がある。殿堂入りには「野球の発展に大きく寄与した者」の条件が付けられ、当選すればNPB(日本野球機構)から“正規の球界功労者”のお墨付きを得ることになる。先の中日の監督争いでは過去の女性問題や黒い交際疑惑が喧伝され、涙を飲んだ。その無念さを逆手に取ろうというわけだ。 「前回、白井オーナーの意中は“落合監督”の復帰でした。しかし落合氏は戦力を見て優勝は厳しいと判断し、断ったのです。次善の策として立浪監督案が浮上した。ところが、土壇場になって落合氏がGMを買って出た。長期政権が予想される立浪監督だけは御免被りたいとばかり、谷繁兼任監督案を持ち出したのです。もっとも実質的な監督は落合氏なんですけどね」(中日担当記者) 「現にほとんどが、落合GMの意を受けた森繁和ヘッドがやっているし、投手交代も森ヘッドと友利コーチの2人で決めている。谷繁監督はお飾りにすぎません」(前出の解説者)
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スポーツ 2014年12月11日 15時00分
宮崎ドタキャンで地元も冷める巨人のお寒いキャンプ事情
セ・リーグ3連覇を成し遂げながらも日本シリーズ進出を逃した巨人。11月19日に秋季キャンプを打ち上げた際、原辰徳監督は「それぞれ落ち着いて取り組むことができた」と満足そうに語っていたが、今回のキャンプは後々大きなトラブルに発展するかもしれない。 「宮崎はガッカリしているでしょう。いや、それどころか憤慨しているのかもしれません」(ベテラン記者) 今回の秋季キャンプは、川崎市のジャイアンツ球場で行われた。監督、コーチ、選手たちは自宅から球場に通い「キャンプとは名ばかりの練習」(同)にすぎなかった。その練習内容はさておき、巨人キャンプをサポートしてきた『読売巨人軍宮崎協力会』に与えたショックはかなり大きい。 「クライマックスシリーズ前、巨人と宮崎側が打ち合わせをし、『日本シリーズに進出できなかったら、この日程で』と伝えていたんです。宮崎側は巨人の日本一を祈願しつつ、準備を進めていました」(関係者) CSファイナルステージで、まさかの4連敗。巨人ナインは秋季キャンプで宮崎入りするはずだった。しかし、巨人側が「今回は申し訳ない」と“ドタキャン”を伝えたのだ。理由は明らかにされていない。 「阿部を襲った美人局事件が尾を引いていたのかもしれません。宮崎に移動すれば、原監督など首脳陣はこれまでお世話になった地元関係者にも挨拶しなければならない。『経費節減』の冗談も出ましたが、首脳陣の負担に配慮したのでは」(前出・ベテラン記者) 巨人は2011年から春季キャンプ後半を沖縄に移している。今回のドタキャンもそうだが、宮崎側は1959年から続く“良好”関係の亀裂を恐れている。 「九州一体はソフトバンクのファンが圧倒的で、宮崎も例外ではありません。読売新聞の拡販につながらないなどと強気なことを言っているとしたら、それこそ見当違いで、ホークスの人気に屈したようなものですよ」(同) 宮崎が心配してくれるうちに打開策を検討しなければ“巨人”というブランドもやがて死語になるだろう。
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スポーツ 2014年12月11日 15時00分
番長・清原和博VS中日・落合GM 再び全面抗争が始まった!(1)
シーズン中は巨人、阪神の影を踏めなかったばかりか、コイの尻尾にさえ手が届かなかった中日ドラゴンズ。スポーツ紙の話題になることもめったになかったが、ここにきて因縁の“落合vs清原”再戦が勃発、球界の主役に躍り出ようとしている。 地元テレビ局スタッフがその内実を明かす。 「イージス艦のように鉄壁な防御を固めてきた落合博満GMの管理術に、ほころびが出てきた。わずかな亀裂程度に映るが、これがどんどん大きくなっているのです。選手側の声を聞いてくれない落合GMに対抗すべく、立浪監督擁立の動きがかまびすしい。しかも強力な援護射撃をしているのが、PL学園の先輩で落合GMとは犬猿の仲の清原和博氏。これまではアンタッチャブルとばかり静観していた中日ナインや球団関係者が、落合GM憎しで清原氏擁護に回り、炎上しているのです」 両氏の因縁は、本誌昨年11/7号『番長・清原和博 独占インタビュー』の中で、落合GM-谷繁選手兼任監督体制に決まったことに対し、清原氏が「ふざけてるわ! 監督は立浪がならんとアカンでしょ。立浪の存在っていうのは巨人で言うたら原さんや。なのに落合さんがずっと邪魔し続けてるんや」「そういえば終身GMなんて報道もあったらしいな。一生、立浪を監督にさせない気かよ!」などと怒りをぶちまけたことが発端になったといわれている。 ところが落合氏がGMに就任した昨年来、契約更改交渉で球団の決定に楯突く選手は一人もいなかった。象徴的だったのは、チームの支柱ともいえる井端弘和内野手の年俸を2億5000万円から一気に88%ダウンの3000万円で提示し、井端が「冗談じゃない」と拒むや否や「じゃ、辞めてもらう」と、トドメのパンチを放ち、退団に追い込んだ“見せしめ更改”だ。 チームの功労者、しかも監督時代の落合氏に最もかわいがられていた井端にこの仕打ち。この一件で主導権を握った落合GMは、昨オフは8億円ものコストカットに成功。「減俸拒否」→「解雇」の構図が暗黙の了解となり、「ノー」を口にする選手は一人として現れなかった。 この流れは今オフも続いた。落合GMが最初の更改交渉相手に選んだのが谷繁元信監督。早速、選手として4000万円のダウンを提示し、9000万円でサインさせた。監督を最初に料理したことで、ケガで後半戦列を離れた和田一浩外野手は5000万円、30セーブに届かなかった岩瀬仁紀投手も7000万円、それぞれ減俸してサイン。 子飼いの荒木雅博内野手、森野将彦内野手こそアップさせたが、それも800万円と500万円。大きく削って小さく返す基本方針は変わらなかった。 そんな中で11月22日、敢然と反旗を翻したのが平田良介、大島洋平の両外野手。平田は大阪桐蔭高時代の夏の甲子園で清原和博氏(PL学園)以来の1試合3本塁打を放ち、中日にドラフト1位入団したスター候補生。大島は地元享栄高出身で駒大、社会人の日本生命で首位打者を獲得し、監督時代の落合氏が「外野守備は大島」と絶賛した地元選手である。 今季、大島は3割1分8厘の打率を残し、ゴールデングラブ賞も獲得、球団最多安打タイの186安打を記録したというのに1775万円増の7400万円の提示。平田も打率2割7分7厘、11本塁打、開幕4番も務めたのに1200万円増の4700万円。あまりにも低い球団の評価にサインを保留したのだ。
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スポーツ 2014年12月10日 15時30分
三振と四球で分かる助っ人の意義 楽天・ジョーンズと西武・メヒアのチーム貢献度
東北楽天ゴールデンイーグルスのアドリュー・ジョーンズ(37)が保留者名簿から外れ、他球団との交渉が可能となった。一部で「原巨人が獲得に乗り出す」とも伝えられている。ジョーンズは13年の優勝、日本一の立役者でもある。今季もチームトップの24本塁打を放ったが、大久保博元・新監督(47)は推定年俸4億円という破格な金額も加味し、チームを作り直すと判断したのだろう。 そのジョーンズが埼玉西武ライオンズのエルネスト・メヒア内野手(29)と争っていた『リーグ記録』がある。三振数だ。1位 メヒア 156個2位 ジョーンズ 140個3位 西川遥輝 139個 メヒアはシーズン途中の5月14日にチームに合流し、翌15日に『5番・指名打者』でスタメン・デビューした。初打席初アーチという“名刺がわりの一発”が証明するように、同僚の中村剛也と本塁打王のタイトルを分け合った長距離砲である。 一方のジョーンズだが、選球眼の良さはメジャーリーグ時代から定評があり、楽天で過ごした2季で計223個の四球を選んでいる(昨季は105個)。NPB公式データによれば、2014年に選んだ118個の四球数はリーグ新記録。2年連続で100個以上の四球を選んだスラッガーは史上4人目だ。過去3人が王貞治、松井秀喜、落合博満とのことで、『好打者=選球眼』の定理も再認識できる。 メジャー通算434本塁打を放ったジョーンズが自分を押し殺し、四球を選ぶことによって、楽天打線に繋がりが生まれた。3割7厘しかなかったチーム出塁率(12年)は3割3分8厘まで上がり、逆転勝ち越しの本塁打も6本から16本に増えた(13年)。 三振と四球のジョーンズに対し、メヒアは三振と本塁打。メヒアが選んだ四球は45個。シーズン途中加入とはいえ、450打席に立っての45個だから、「10打席に1つ」、2試合で1つあるかどうかという計算だ。しかし、メヒアの三振も「チームを救った」のではないだろうか。 西武がメヒアを緊急補強した理由は、チーム低迷。伊原春樹監督(当時)も「打線がここまで打てない」とは予想外だったはず。メヒア獲得が決まるまでの3、4月の成績だが、チーム得点数102、チーム打率2割2分7厘、本塁打数13。全て12球団ワーストである。一発のあるメヒアは現場の要望にも合致したスラッガーだが、興味深いデータもある。 チーム打率2割2分7厘と苦しんでいた打線は、リーグトップの四球数127個を選んでいた。西武というチームは右方向への進塁打、機動力を絡めた攻撃は得意としている。四球と三振の両方が多いということは、相手投手のボールを見極めようとするあまり、打線全体が消極的になってしまっただろう。そんなチームを覚醒させるには、2ストライク後でも振り回してくるタイプを加えることだ。そう考えると、メヒアの三振がチームを活気づけたとも言えなくはない。 ジョーンズの四球はその前後を打つバッターが好調であれば、相手投手へのプレッシャーとなる。巨人打線は個々の能力こそ高いが、攻撃が淡白になりがちだ。巨人打線に必要なのはメヒアタイプではなく、ジョーンズのような『繋ぐこと』のできるスラッガーだ。1人の外国人選手の活躍がペナントレースを左右したのは、バース(阪神)、ブライアント(近鉄)がいたころ。今は助っ人が加わることで打線がどんな“化学反応”を起こすのかを検討しなければならない。巨人が本当にジョーンズに興味を示しているとすれば、決して誤った選択ではないと思うが…。(一部敬称略/スポーツライター・飯山満)
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スポーツ 2014年12月10日 15時00分
FA小谷野が西武ではなくオリックスを選んだのは幼少期のトラウマが原因?
少年時代のトラウマはなかなか消えないものだ。プロ野球選手といえども、それは例外ではない。 11月26日に国内FA権を行使していた小谷野栄一(34=前日本ハム)がオリックスバファローズ入りを表明した。「新たな場所でもう一度チャレンジしたい」と移籍に際しての決意表明を語っていたが、他球団との交渉が始まったころは「西武と相思相愛」と伝えられていた。獲得し損ねた西武側のショックはかなり大きい。 「11月23日にフェンフェスタが行われたんですが、鈴木葉留彦球団本部長が『小谷野選手から電話があった』と記者団に漏らしています。電話の内容を突っ込むと、『本人が意思表示をするのを待って…』と返してきました。その物言いから、オリックスを選択したことが分かりました」(スポーツ紙記者) 埼玉西武ライオンズは元所属選手の中島裕之(32=アスレチックス2A)にもオファーを出していたが、本命は小谷野だった。来季4年目の永江恭平(21)を正遊撃手に育てたい思惑があり、中島には「三塁で使う」と伝えていた。 「中島は遊撃手としてのプライドが高い。それを古巣の西武が知らないはずがありません」(球界関係者) 要するに、西武の補強ポイントは『三塁手』であり、三塁手として実績十分な小谷野の方が欲しかったのである。 「オリックスが小谷野と交渉したのは、西武よりも2日早い同17日でした。両球団が提示した条件は2年2億円。オリックスの方が条件がよかったと聞いていますが、それは出来高が少し違う程度で、大差はなかったはず」(前出記者) 小谷野は家族を東京に残しており、日本ハムでは単身赴任でプレーしていた。自宅から通える本拠地も、西武有利と言われていた根拠だ。19日の西武との交渉では小谷野はライオンズカラーのブルーのネクタイで現れ、小学校時代の思い出まで話が弾んだという。 「東京生まれの小谷野は、西武球場で森祇晶氏や東尾修氏が監督を務めていた時代のライオンズ戦を観戦していたそうです。西武ファンでした」(同) だが、野球小僧だったころの小谷野には“辛い思い出”も残っていた。西武球場で迷子になったことがあり、野球観戦どころではなくなってしまったことがあるというのだ。30代半ばともなれば、そういう幼児体験がいい思い出になる人もいるかもしれないが、小谷野はそうは捉えていない。ナーバスな性格が影響して、今回のFA移籍にも悲しい過去が影響していたのだ。 「日本ハムは独自に開発したBOS(ベースボール・オペレーション・システム)を使い、高額年俸のベテランには厳しい査定をするチームです。主力選手が毎年のように出て行くのはそのためです。小谷野も中田翔の三塁コンバート失敗に振り回され、さらには一塁や不慣れな外野守備にも挑戦させられることで、『自分は必要とされていない』と考え始めました」(プロ野球解説者) 小谷野が移籍会見で語った「年齢に関係なく勝負したい」という言葉が全てを物語っている。心機一転のためのFA宣言だとしたら、小谷野は少年時代のトラウマも払拭したかったのだろう。
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スポーツ 2014年12月10日 11時45分
藤浪の“反逆”から見える虎の近未来像
“トラの恋人”中島裕之内野手(32=アスレチックス2A)のオリックスバファローズ入団会見が行われた12月7日、藤浪晋太郎投手(20)が契約更改に臨んだ。 4000万円増の8500万円でサイン−−。3年目では球団史上最高額となったのは既報通りだが、約95分間に及ぶロング交渉は『トラの近未来』を切り開く契機ともなったようだ。 藤浪が球団事務所の一室に入ったのは、同日の午後3時。トラも獲得に乗り出した中島の入団会見、ドラフト同期の大谷翔平(20=北海道日本ハム)が1億円の大台突破を果たした“速報”は、すでに阪神・球団事務所に詰めかけたトラ番記者にも届いており、経営陣も知らないはずがなかった。予定の1時間を大幅に過ぎ、藤浪が記者団の前に現れた。 「いい評価をしていただいたと思っております」 サインをしたか否かを問われた後、藤浪はハキハキとした口調でそう切り出した。予定の交渉時間を30分以上も過ぎるとは経営陣も予想していなかったようだが、その理由は藤浪の成長の早さによるものである。 「藤浪は来年1月、広島・前田健太の自主トレに同行したいと話していました。阪神は『内規』で入団3年目までは自軍施設で行うよう、通達しています。藤浪は日米野球に招集され、マエケン(前田)や各球団の先輩投手から変化球の握り、調整法を伝授されたそうです。契約更改の席では、他球団の先輩投手のもとで勉強したいと訴えるつもりだと話していいまし」(報道陣の1人) ロング交渉になった理由はそれだけではなかった。藤浪は11月に招集された『侍ジャパン』の練習環境に衝撃を受け、それを阪神でも取り入れてほしいと訴えたという。 その1つが栄養学を学ぶ環境であり、滞在宿舎などに設けられた『プロテイン・バー』だ。阪神の練習環境が遅れているという意味ではない。練習器具を増やすのなら、代表チームが取り入れているものも参考にしてほしいと伝えたのだ。 プロでまだ2年しか投げていない20歳の若者が『環境改善』を訴えたのは意義深い。 秋季キャンプで二軍首脳陣が口をすっぱくして選手に伝えていたのが「自分で考えて…」の言葉だった。練習もコーチの指示がなければ何もできない若手ばかりである。それは他球団も同じだが、一流と呼ばれる選手には多かれ少なかれ、『自分流の練習スタイル』を持っている。自分自身で目標を掲げ、そのために必要な練習は何か、どんなトレーニングをやればいいのかを考え、実力を高めていく。秋季キャンプのテーマが『自立』だった。 「来春のキャンプで江夏豊氏を臨時コーチとして招聘するのも、その一環です。伝統球団の独特の緊張感、過度な期待、注目度の高さにより、自分を見失ってしまう若手が多い。精神面でのアドバイスを、レジェンドに伝えてもらおう、と」(球界関係者) その意味では、藤浪はルーキーイヤーから周りに流されず、成長の階段を確実に上ってきた。この若さでチーム全体のことを語れるのだから、藤浪は大谷にも勝る『エースの素質』を持っているのだろう。 契約更改の交渉にも当たった高野栄一・球団本部長は報道陣に対し、大谷よりも少ない8500万円を藤浪に提示した理由をこう説明している。 「向こうは2つ(二刀流)やっているから…。ダルビッシュ、田中(将大)、前田(健太)といった投手を参考に見ていますが、それ以下になっていないと思います」 プロテイン・バーの設置などの環境改善に関しても、「侍ジャパンにトレーナーを派遣しているので聞いてみます」と“前向き”に答えていた。契約更改で環境改善を訴える選手はこれまでにもいた。だが、どういうわけか、ケンカ腰になってしまう選手も少なくなかった。経営陣と膝を突き合わせ、チームの現状を理解してもらう。そこから改善すべき点の優先事項を話し合う…。藤浪はそんな大人の交渉ができる若者でもある。 阪神はFA補強に失敗した。だが、彼の言動を見ていると、近未来像に期待が持てるのではないだろうか。(スポーツライター・飯山満)
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スポーツ 2014年12月09日 15時00分
侍ジャパン会社人事で優位に立とうとする読売 球界の“脱巨人”は夢のまた夢
侍ジャパンが日米野球で24年ぶりとなる勝ち越しを決めた。しかし、その舞台裏では球界の主導権を巡り、読売グループの巻き返しが進められていたようだ。 11月21日に行われたオーナー会議で、侍ジャパンの興行会社『NPBエンタープライズ』の新社長が承認された。選ばれたのは、日本テレビのスポーツ局長代理兼スポーツ事業推進部長の今村司氏(54)である。 「NPBエンタープライズを運営する上で、球界が目標としていたのは脱読売でした。まだ一部に残っている巨人にぶら下がる図式を完全払拭する、と…」(ベテラン記者) 巨人戦がTV地上波から消えて久しい。確かにひと昔ほどではないが、巨人と他球団の興行能力には差がある。「巨人にぶら下がって」と指摘されるのは致し方のないところだ。そして、NPBエンタープライズの初陣となった今秋の日米野球は、5試合で総観客数は19万5228人を動員した。1試合平均約3万9千人となるが、「MLB側に人気選手や有名選手が少なかったのに、これだけの集客数に届いたのは読売のおかげ。認めざるを得ない」(NPB職員)という声が聞かれた。日米野球は読売新聞社が主催を務めているからだ。 「パ・リーグ6球団は脱読売を掲げてきましたが、日本テレビから社長を迎えるのを承認するなんて“有言不実行”ですよ」(前出記者) 巨人も12球団共存の時代性は認めている。とはいえ、今回の社長人事は波乱の幕開けになりそうだ。 「近年、オーナー会議はセ・リーグとパ・リーグが意見を戦わせる図式になっていました。NPBエンタープライズの新社長が日本テレビからの派遣となり、中日の出方が変わるかもしれません」(球界関係者) 中日は日米野球に選手を派遣していない。今季フル回転した又吉克樹投手(24)が候補に挙がったが、ドミニカ共和国で行われるウインターリーグへの派遣を理由に参加を辞退。当初の招集選手から3名が故障し、入れ替わることになったが、それでも中日選手は一人も選ばれなかった。西山和夫中日球団代表は「他意はない」とコメントしていたが、中日には09年WBCで選手派遣を断ったという前歴がある。当時の中日の言い分は「WBCは読売のイベントだから」だった。 「熊崎勝彦コミッショナーを推したのはセ6球団であり、パは財界からの選出を訴えていました。今村氏の登場で、読売と同業他社の中日が、セの結束を継続するか疑問です」(前出関係者) 対するパ・リーグは6球団で共同会社を運営しており、常に一枚岩である。他球団の主催ゲームのチケットも売る共存の姿勢には、DeNAやヤクルトも興味を示しているという。 「来季は輪番制により、パからオーナー会議の議長が選手されます。これまでセが議論を有利に進められたのは議長を出していたからであり、状況が変わっていくかもしれません」(前出記者) パ・リーグは交流戦の試合数を24試合に戻したいとしており、読売との距離を縮めない中日や、経営に興味を持つDeNAなどを取り込んでくる可能性も捨てきれない。 今村氏は日テレBSでの巨人戦を任されてきた。CS局の日テレプラスでソフトバンク主催試合(12年〜)や楽天主催試合(13年〜)の試合中継も担当しているが、読売グループから派遣された人間であることに違いはない。新社長のらつ腕に期待したいところだが、巨人が侍ジャパンで発言力を高めようとしている姿勢が垣間見える。 侍ジャパンとオーナー会議。それぞれの舞台で主導権争いが激しさを増している。
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スポーツ 2014年12月08日 15時30分
オリックスが急転直下で中島裕之を獲得! “本命”阪神がフラれた事情
し烈な争奪戦を制したのは、まさかのオリックスだった。 元西武でアスレチックスからFAとなっていた中島裕之内野手(32)をめぐって、国内球団での獲得合戦が激化。古巣の西武を始め、阪神、楽天、DeNA、中日、オリックスが獲得に名乗りを挙げていた。 条件面で西武、楽天、DeNA、中日は脱落。当初、優勢とみられていた阪神は4年10億円超の条件を提示。他球団の攻勢を察知し、さらに条件を上積みしていた。 ところが、実は阪神を上回る条件を提示していたオリックスが、急転直下、3年総額12億円で争奪戦を制した。 2年間で一度もメジャー昇格を果たせなかった中島のホンネは、米国残留希望。たとえ、マイナー契約でも、スプリングキャンプへ招待選手としてのオファーがあれば、米国に残りたかったのだ。しかし、3Aでも、目立った成績を残せなかった中島に色よいオファーが届かなかった。 そして、最大のポイントは中島が敏腕代理人のスコット・ボラス氏を付けたことだ。代理人としては、マイナー契約しか取れない米国残留を選択されても、ビジネスにならない。国内では複数球団がオファーしたため、条件は高騰。最終的には、最も高年俸を提示したオリックスに、“金”で転んだ格好。“本命”だったはずの阪神は、マネーゲームでよもやのオリックスに敗れ、中島にフラれてしまった。 中島は兵庫県伊丹市出身で関西は地元。2年間、高いレベルでプレーできていない不安点があるだけに、セ・リーグよりは。勝手知ったるパ・リーグを選択することで、リスクを回避できるメリットもあるだろう。 西武時代の最終年(12年)の中島の年俸は2億8000万円で、今回の契約では出来高を含め1年平均4億円。米国で全く結果が残せなかったのに、渡米前より高年俸で日本復帰できたのは、ボラス氏の手腕によるところが大きい。 破格の大型契約を勝ち取った中島。問題は来季以降、その年俸に見合う活躍ができるかどうか。首尾よく獲得に成功したオリックスだが、損得勘定は中島の働きによるだろう。※年俸は推定(落合一郎)
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スポーツ 2014年12月08日 15時00分
オリックス・金子争奪最終局面 本命中日、対抗楽天、大穴阪神
『国内FA』と『ポスティングシステムによる米球界挑戦』のWブッキングを仕掛けたオリックス・金子千尋投手の今後を占う意味で、11月21日は大きな分岐点となったようだ。 同日、金子は日米野球を終えて帰阪した。空港で記者団に囲まれ、去就について質問されると、「それをこれから考える」と返すだけ。“時の人”となり、金子のマスコミ嫌いと口ベタもクローズアップされたが、米メディアは「あんな調子ではメジャーリーグでやっていけない」と苦言を呈していた。 しかし、瀬戸山隆三球団本部長はこう対応してくれた。「できたら、今年のうちに…」。残留交渉を年内に行うと明言したのだ。 「金子はマスコミ嫌いだが、ウソは付かない。米挑戦の確固たる信念が感じられないので、本当に決めかねているのでは」(在阪記者) 金子争奪戦から巨人がリタイアし、ソフトバンクは一歩引いて“様子見”している。国内では、本命中日、対抗楽天、大穴が阪神といったところだろうか。 「金子は中日の地元財界でもある社会人トヨタの出身で、当時の同僚である吉見もいます。落合GMは『FAは選手の当然の権利』とし、2、3年後に米挑戦で退団してしまう選手でも認めるとの考えを持っています。中日が本命に躍り出たのは、そういった理由からです」(同) しかし、中日が頼りとする“地元ルート”は機能しないかもしれない。 「地元財界の全てが落合GMに加勢するとは限りません。トヨタルートには楽天の星野仙一シニアアドバイザーと親密な者も多い。星野氏はそのパイプを使って動き出すタイミングを見計らっています」(関係者) 一方、阪神は金子がオリックスに入団したときの担当、熊野輝光スカウトを引き入れている。それ以外は特に何も伝えられていなかったが、ここにきて一発逆転の可能性が高まってきた。 「11月19日、中村勝広GMが金子の代理人と会っています。かなり突っ込んだ情報を得ることに成功したのです」(チーム関係者) 金子は12月中に国内球団との直接交渉に応じる予定。金子が何を求めてFAを行使したのか、それを知っているのは今のところ阪神だけだ。 「日米野球の序盤、日本の投手の大半は『国際球の違和感』を口にしていました。金子もその一人です。本当に米移籍の準備をしているのか疑問です」(スポーツライター・飯山満氏) メジャーリーグ公式サイト『MLB.com』の注目FA投手欄に金子の名前はない。オリックスが提示した残留条件は3年15億円だが、注目されるのが苦手な金子にとっては、残留が最良の選択かもしれない。
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スポーツ 2014年12月07日 15時00分
俺達のプロレスTHEレジェンド 第49R 興行主から技術と経験を重用された実力者〈マサ斎藤〉
マサ斎藤とアントニオ猪木の“巌流島決戦”が行われたのは、1987年10月のこと。はや四半世紀以上が過ぎたが、いまだ強烈なインパクトとともにこれを記憶する人は多いだろう。 この年、マサ斎藤は海賊ガスパーの乱入により観客の暴動を招いた不可解試合と、その再戦となったノーロープ手錠デスマッチ、IWGPリーグ決勝戦(この大会よりIWGPヘビー級王座を制定)と、猪木との重要な試合を立て続けにこなしていて、巌流島はその最終決着戦的な位置付けにあった。 とはいえファンの間に「またマサ斎藤?」というマンネリ気味の感情があったのも事実である。 ファンが望む前田日明とのシングルマッチは実現しないまま。近い将来、新日に本格復帰となる長州力との対戦も期待されていた。そんな中にあって、猪木とマサはいったんナウリーダー軍として世代抗争での共闘姿勢を見せていながら、再度両者が闘う、その意義からして曖昧だった。 それでも猪木が「巌流島での無観客試合」という未体験の試みに際してマサを指名したのは、恐らく「マサなら安心して任せられる」という考えがあってのことだろう。 もしこれが、同年に初来日したクラッシャー・バンバン・ビガロが相手であったなら、2時間を超える長丁場はもたないだろうし、そもそも“決闘”というムードを作ることすらかなわなかったはずだ。また、レフェリーの仕切りや観客の声で試合のリズムをつくることもできない状況なのだから、まだまだ若い前田が相手というのも、きっと難しかっただろう。 「しかもこのとき、猪木の体調は最悪。40度近い発熱と、試合途中には右肩の脱臼もあったらしい。そんな猪木をリードし、試合を形作ったのはマサの力があってこそでしょう」(プロレス記者)。 ちなみにこの試合、マサが松明にぶつけられる場面の印象が強いものの、フィニッシュはそれからまだしばらく闘った後の猪木のスリーパーホールド。満身創痍の猪木を引き立て、なおかつ試合を最後までダレさせなかったのはさすがとしか言いようがない。 実際、マサにはどんな状況にも対応できるだけの技術と経験があった。 技術面でいえば、レスリング東京五輪代表の実績からも疑いの余地はなく、経験でいってもアメリカでは数えきれないほどの修羅場をくぐってきている。 「ムタやカブキのようにギミックでスターとなったのも立派なことですが、マサのアメリカでの活躍はそれらと一味違います」(同・記者) マサがアメリカで獲得したタイトルにはタッグ王座が多く、これは興行の脇を固める人材として重用されていたことの証である。 「特にレスリング技術に長けた選手が好まれたAWAにおいては、帝王ニック・ボックウィンクルのパートナーまで務めるほど高く評価されていました」(同) 日本人という属性に関係なく現地のマットに溶け込んでいたともいえよう。 そのAWAでは、ヘビー級王座にも挑戦するなどメーンキャストの一員となったが、そこで予期せぬ事態に巻き込まれる。'85年、警察官への暴行容疑により収監されてしまったのだ。 重量挙げ五輪代表からプロレス入りしたものの日本ではイマイチ振るわなかったケン・パテラが器物破損の嫌疑を受け、これを逮捕しようと宿泊ホテルにアメリカンポリスたちが踏み込むと、同室のマサがこれを次々となぎ倒した…というのが巷間伝わる武勇伝だ(実際にはマサは手を出していないとの説もある)。 残念なのは、このときの1年6カ月に及ぶ監獄生活のため、アメリカでの選手活動が中断してしまったこと。40代半ばで選手寿命もそろそろ終盤という大事な時期で、この直前までロード・ウォリアーズやハルク・ホーガンとも抗争していたマサが、アメリカマットでどこまでキャリアアップしていたかは興味深いところである。 ただ、そうなればアメリカでの活動が主体となるだろうから、巌流島決戦が行われなかった可能性は高い。また、その後にマサがスカウトして日本マットに送り込んだビッグバン・ベイダーの来日もなかったかもしれず、きっとプロレスの歴史は大きく様変わりしていたことだろう。〈マサ斎藤〉 1942年、東京都出身。本名は斎藤昌典。明治大学在学中にレスリング日本代表として東京五輪に出場。卒業後の'65年に日本プロレス入り。東京プロレスに参加するも崩壊後は渡米してフリーに。猪木のライバルや維新軍の参謀として活躍。'99年引退。
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