M-1
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トレンド 2013年01月29日 15時30分
次クル芸人 〜新時代に輝くホープたち〜 (Vol12 ウエストランド)
爆笑問題の秘蔵っ子。『THE MANZAI 2012』では認定漫才師に選ばれ、元旦に放映された『新春レッドカーペット』ではレッドカーペット賞を受賞。なぜか、脳裏に焼きつく漫才師だ。(伊藤雅奈子) −−ひとつのボケにたいして、井口さんがたくさんのツッコミを入れる漫才は、どのように生まれたんですか? 井口「2012年の元旦に『爆笑レッドカーペット』のオーディションがあったんですけど、それまで、民放のオーディションに落ちまくってたんで、どうせ今回もダメだろうと思って、やけくそでツッコミまくったんですよ。そしたら、受かって(番組に)出られた。んですけど、そこからまったく自分のものにできなくて、『オンバト+』(NHK系)にも落ちるし、ウケないしで、半年ぐらい封印したんですけど、『THE MANZAI』の予選2回戦からやりだした。そこからですね、テレビに呼んでもらえるようになったのは。 河本「偶然生まれたツッコミですけど、もともと、こいつのツッコミは長かったんですね」 −−事務所の先輩である爆笑問題さんからのアドバイスは? 井口「去年の『漫才新人大賞』(社団法人 漫才協会主催)で、爆笑さんが司会で、僕らはたまたま決勝に残ってて、初めて僕らの漫才を見ていただくってことになったんです。でも、僕らが漫才をすると会場がザワつくという(苦笑)。漫才協会のビシッとした漫才ばかりの中、僕らみたいに、漫才と呼べるかどうかわかんないような、異質な漫才って、太田(光)さんは嫌いだろうなぁって思ったんですよ。終わってから、感想を聞きに行ったら、「おもしろかったよ。俺はああいうの、好きだよ」って言ってくれたんで、じゃあ、この路線で思いきりやろうと。『THE MANZAI』に落ちても、太田さんがおもしろいって言ってくれたから、言い訳できるやって」 河本「今みたいに基本、井口が全部しゃべっちゃうんで(苦笑)、もう(話すことが)ないんですけど…。飲んだ席とかで、太田さんとも田中(裕二)さんとも、お笑いとか真面目な話はしないですね。下ネタ、女…のことを僕が話すのを、聞いてくれてます。といっても、しゃべれないですけどね、爆笑さんの前だと緊張して」 井口「今もしてんじゃねぇか! ぜんぜん声出てないし」 河本「取材、苦手なんです…」 −−今年はどんな年にしたいですか? 井口「去年は、なんじゃこれ!? っていう珍しさとシステムでウケてたような気がするんです。今年、もうそれはなくなるし、進化を問われていくと思うから、やっぱり、『THE MANZAI』決勝に行きたいですね。みなさんに知られたうえで、勝ち上がる。そのためにも上半期、たくさんテレビに出て、いっぱいネタを作って。タイタンからは『M-1(グランプリ)』でも決勝に行けた漫才師はいないので、僕らが行って、恩返ししたいですね。あとは、タイタンにも若手がいるぞ! って見せたいです」 河本「クリーニング屋のバイトを、辞めたいです。今はだいぶ減ったんですけど、きれいさっぱり、辞めたいです」 井口「なんか、ほかないの?」 河本「スタッフさんに間違われないようになりたい。『THE MANZAI』(のワイルドカード)で僕だけ、ピンマイク付けられなかったから」 井口「おまえは究極の“じゃないほう芸人”だからなぁ」【プロフィール】井口浩之(左) ‘83年5月生まれ。河本太 ‘84年1月生まれ、ともに岡山県出身。タイタン所属。2008年結成。事務所ライブ『爆笑問題withタイタンシネマライブ』が2月8日(金)、19時半から開催http://www.titan-net.co.jp/cinemalive.php。井口のブログ http://profile.ameba.jp/westland-iguchi/井口のTwitter https://twitter.com/westiguchiタイタンの公式サイト http://www.titan-net.co.jp/index.php(この連載は今月で最終回)
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芸能 2013年01月23日 15時30分
お笑い芸人 豪快伝説 其の四十六『オードリー』
お笑い芸人。コメディアン。エンターテイナー。そんな彼たちがかつて刻んだ偉大なる伝説、爆笑列伝を紹介していく連載の46回目。フォーティーシックスバウトは、オードリーだ。 「すぐに消える」と言われながらも、“じゃないほう芸人”だった若林正恭のインテリが注目されてからは、新ステージに昇格。じつは、春日俊彰も意外とデキる芸人であることがバレ、オードリーはいつしか、腰を据えたコメディアンになっていた。 中高一貫の私立学校で出会ったふたりはその後、アメリカンフットボールを通じて、親睦を深めた。別々の大学に進学後、初のコンビとなるナイスミドルを結成。その5年後、オードリーに改名。わずか3年後、『M-1グランプリ 2008』で敗者復活戦を制して、まさかの準決勝に躍りでる奇跡をなしとげ、今なお引く手あまたの状態が続行中だ。 非・人間的なことをしても耐えられる根性と、尋常ではない思考回路こそが、真のお笑い芸人だと信じて疑わないのは、春日。ブレイク前の07年には、立ち技系格闘技・K-1の新人枠に出場。バラエティ番組の潜水企画にも果敢に挑戦し、しゃべりが下手な弱点面を、自慢の体力でカバーしている。 ちなみに、ネットで「春日 自宅」を検索すると、現在住んでいる住所が出てくるのも、春日が描く芸人像。売れてもなお、貧乏アパートのむつみ荘を離れないのも、ネタなのだ。 いっぽう、根暗で人見知り。読書好きで消極的。若林を説明するときは、マイナス要素ばかりがあがる。しかし、これこそが最大の賛辞。本人も認める性格の悪さが仕事につながり、南海キャンディーズ・山里亮太とのユニットライブ「たりないふたり」は、チケットが即日完売。深夜で放映された番組も好評だった。また、ニッポン放送のラジオ『オールナイトニッポン』も、毒づく若林が人気の理由だ。 おおらかな春日。だからこそ、神経質な若林が遊泳できる。オードリー。じつに均整抜群なコンビなのだ。(伊藤由華)
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芸能 2013年01月16日 15時30分
お笑い芸人 豪快伝説 其の四十五『サンドウィッチマン』
お笑い芸人。コメディアン。エンターテイナー。そんな彼たちがかつて刻んだ偉大なる伝説、爆笑列伝を紹介していく連載の45回目。フォーティーファイヴバウトは、サンドウィッチマンだ。 「安定している」という理由で、あのビートたけしも認める漫才師。サンドウィッチマン。運命を変えた2007年から現在まで、右肩上がりが止まらない。 07年、漫才日本一決定戦『M-1グランプリ 2007』(終了)で、史上初となる敗者復活戦からの優勝。この頂は、M-1史上稀に見る事件といえた。なぜなら、芸人も所属事務所(当時はフラットファイヴ)も、当時は無名。M-1=ガチンコレースであることを決定づけたからだ。 翌08年、ヴェールに包まれた素性を暴かれるため、バラエティ番組、ワイドショー、密着取材の仕事が急増。フジテレビでその担当レポーターになったのは、サンドと同郷のフリーキャスター・熊谷麻衣子さん。これを機に、伊達みきおと交際をスタートさせて、結婚。昨年、長女に恵まれた。 そんな伊達とほぼ同じ時期、富澤たけしはお笑いライブで出会った一般女性と、長年の交際の末に結婚。伊達の前年に、一男に恵まれている。 現在は、M-1優勝時に所属していた事務所から独立して、グレープカンパニーを設立。稼ぎ頭は当然サンドで、年収は大幅アップ。テレビに出る時間以外はほとんどが、地方営業のため、年間500本の寄席に出るナイツに勝るとも劣らないほどのステージ本数だ。 巨体に怖い顔相。しかし、素顔はイイやつ。そのギャップが、他事務所の芸人からも愛されている理由。伊達はかつて島田紳助から、「おなべ」というあだ名をつけられたが、いまだにあらゆる芸能人からイジられている。ともに、みやぎ夢大使、東北楽天ゴールデンイーグルス応援大使、ベガルタ仙台仙台市民後援会名誉会員、喜久福親善大使、宮城ラグビー親善大使などに任命されている。地元・宮城県を愛しているというのも、イイやつに拍車をかける理由だ。(伊藤由華)
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芸能 2012年12月19日 15時30分
お笑い芸人 豪快伝説 其の四十二『ナイツ』
お笑い芸人。コメディアン。エンターテイナー。そんな彼たちがかつて刻んだ偉大なる伝説、爆笑列伝を紹介していく連載の42回目。フォーティートゥバウトは、ナイツだ。 およそ5年前、史上最年少で漫才協会(現:財団法人漫才協会)の理事に就任。漫才日本一決定戦『M-1グランプリ』(終了)では、2008年から3年連続で決勝戦に進出。ナイツ。テレビタレントとして十分な知名度を得た今でも、年間500本の寄席をこなす、舞台のプロフェッショナルだ。 骨の髄まで、漫才師。“ヤホー漫才”を生み出した塙宣之は、生粋のコメディアン体質といえる。見るもの、聞くものすべてにたいして、ボケざるをえない。その延長戦で完成したのが、言い間違い漫才。『M-1』では、持ち時間の4分間で37個ものボケを詰めこみ、あの松本人志をも驚愕させた。実兄は、ギター漫談のはなわ。異なる芸風にもかかわらず、兄弟そろって成功した稀なパターンだ。 めがねをかけて、有能な営業マンのような風貌の相方・土屋伸之は、塙の言い間違いを訂正する役割。実母は、演歌歌手。にもかかわらず、学生時代から芸事には興味がなく、公認会計士を目指していた。顔面偏差値の高さを全面的に打ちださない、地味なほう。いわゆる“じゃないほう芸人”の筆頭格で、かつては新宿カウボーイの地味なほう・石澤勤と思われたまま、密着取材をされたことがある。 師匠は、内海桂子。芸歴60年を超える浅草演芸界の生き証人。夫は24歳年下のマネージャーという、今はやりの年の差婚を先取りしていた。そんな内海を、ナイツは愛してやまない。浅草の師匠方と内海の話題を必ずトーク番組でするのは、寄席の灯火を消さないため。そして、内海にもっと若返ってほしいという弟子からの、ささやかなギフトなのだ。(伊藤由華)
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芸能 2012年12月12日 15時30分
お笑い芸人 豪快伝説 其の四十一『千鳥』
お笑い芸人。コメディアン。エンターテイナー。そんな彼たちがかつて刻んだ偉大なる伝説、爆笑列伝を紹介していく連載の41回目。フォーティーワンバウトは、千鳥だ。 「岡山の漫才番長」。これが、千鳥に名づけられたキャッチコピーだ。大悟、ノブともに岡山県出身。既婚者で子持ちというところまで、共通している。 大悟はスーパースターだ。といっても、故郷の岡山・北木島での話。漫才のネタになり、人気番組『ピカルの定理』(フジテレビ英列)ではみずからの出演コントにまでなっているこの、北木島という土地。広大な面積にふさわしくない人口の少なさがあるため、島全体がアットホームだ。 大悟が帰郷した際には、フェリー乗り場に島民が集まり、日の丸の小旗を振って出迎える。さらに、実家には「山本大悟 生誕の地」という立て看板がある。家族の自家製だ。関西のローカル番組が取材に訪れた際、歩く人々全員が、大悟とのエピソードがあった。島民は家族。そんな土地である。 いっぽう、細い目のノブは、その温厚そうな風貌から、初めて出演した『アメトーーク!』(テレビ朝日系列)で、「ホトケくん」というあだ名をつけられた。妻は、高校時代から交際していた同級生。一途である。大悟の口調も容貌もヤンキーチックなだけに、相反するノブは必然的に、いい人キャラが定着。否定する要素は見当たらない。 うまくて、おもしろい。そう言われ続けながらも、同期の笑い飯に大きく差をつけられていたのが、漫才。しかし、今年の『THE MANZAI 2012』では、堂々のトップ通過でファイナリストに進出。『M-1グランプリ』の歴代チャンピオンを差し置いての頂点は、爽快に違いない。決戦はいよいよ、16日(日)。都知事選の開票に負けないほどアツい、漫才冬の陣。見せるか、岡山漫才。取れるか、大爆笑。必見だ。(伊藤由華)
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芸能 2012年12月05日 15時30分
お笑い芸人 豪快伝説 其の四十『中川家』
お笑い芸人。コメディアン。エンターテイナー。そんな彼たちがかつて刻んだ偉大なる伝説、爆笑列伝を紹介していく連載の40回目。フォーティーバウトは、中川家だ。 4分漫才や1分ネタ。そんなテレビサイズではなく、15分以上たっぷり見せる。それが、中川家の漫才だ。 漫才日本一決定戦を決める『M-1グランプリ 2001』で優勝。'10年には、1960年代から関西で続く上方漫才大賞の頂点に君臨。結成から19年目にしてようやく、横山やすし(故人)・西川きよし、ザ・ぼんち、オール阪神・巨人らと肩を並べ、真の話芸の達人になれた。 兄の中川剛と弟の礼二。兄弟がそろっておもろくなれたのは、おもちゃを買ってもらえなかった家庭環境と、対話に飢えた父にある。4人家族が住んでいたのは、父の会社が与えてくれた文化住宅。6畳と4畳半。風呂なし。銭湯の定休日には、玄関の土間にお湯をためて入った。プレゼントもケーキもないクリスマスには、焼き魚の目にローソクを立てた。 貧乏なわけではない。父がセコかっただけだ。ミニカーさえ買ってもらえず、反抗するとゲンコツで殴られた。仕方がなく、みずからの手をミニカーに見立てて遊んだ。大阪の街を行き交うオッサンやオバハンを観察して、ものまねをした。笑ってもらえた。「ウケる」という快感を知った小学生のころ、父がなんばグランド花月のタダ券をもらってきて、観劇した。日本一おもろい兄弟漫才師が、産声をあげた瞬間だ。 芸人になったあと、引っこみ思案な剛はパニック障害になった。元営業マンで、根から明るい礼二は、剛の回復をひたすら待った。解散なんて、考えなかった。礼二は結婚を経験したが、長くは続かなかった。そんな紆余曲折の末につかんだのが、M-1初代王者のタイトルだった。 そして、今年。M-1の進化版といえる『THE MANZAI 2012』に初挑戦して、ワイルドカード(敗者復活枠)にすべり込み。9組中でトップになれれば、決勝大会に進出できる。上方漫才の本質を見せられるか。運命のゴングは、12月16日に鳴る。(伊藤由華)
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芸能 2012年12月01日 17時59分
AKB48 卒業を発表した佐藤夏希はAKB48バラエティメンバーのパイオニアだった!
アイドルグループ、AKB48のメンバーである佐藤夏希が、自身のブログで、AKB48を卒業することを発表した。佐藤は同ブログで、東京ドームコンサートでの自分の立ち位置について、「決して目立つ方ではなかった」と自ら綴っている通り、同グループの中心メンバーというわけではなかった。そんな佐藤だが実は過去にお笑いコンビを組んでM-1に出場していたことがある。 2期生としてAKB48に加入した佐藤夏希。まだまだAKB48が陽の目を浴びていない時期に総合プロデューサーの秋元康氏が、メンバーに、それぞれ、担当を発表。佐藤は、“女優”とでも言われると思っていたのだが、なんと同期の野呂佳代とともに、“お笑い”と告げられる。そうして野呂とともに、お笑いコンビ「なちのん」を結成することとなり、M-1グランプリに2回出場。ともに2回戦まで駒を進めている。まだまだAKB48の知名度は世間的には皆無だった時期だったが、「M-1にアイドルが出場する」との珍しさから、メディアから一定の注目も浴びることに成功。このときは、秋元康も、「なちのん」をこれからプッシュしていくと話していたとか。 ただ、その後、「なちのん」は自然消滅。そして、SDN48のキャプテン、SDN48解散後はソロで活動する野呂は、今でもAKB48のメンバーを相手にテレビ番組で相撲をとるなど、バラエティ方面の活躍を見せるが、佐藤のメディア露出は減っていく。そして、結局、歌唱力など一定の評価はファンから受けていたものの、これまで4回行われた総選挙で一度もランクインすることができず、今回、卒業となった。 ところで、AKB48として、初の地上派レギュラー番組「AKBINGO」は、当初、「なちのん」の二人が司会をするという構想もあったという。秋元康氏は芸能界で生き抜くために重要な要素の1つに、“運”があることをよく語っているが、もし、今でも続いているこの番組の司会に抜擢され、佐藤のメディア露出がもっと増えていたら、その後の彼女のAKB48での立ち位置はどうなっていたのだろか。 いまでこそ、峯岸みなみ、指原莉乃、大家志津香がバラエティ番組で活躍、そして、R-1やキングオブコントにNMB48やHKT48のメンバーが参戦するようになったが、そもそも、AKB48として、お笑い方面へのパイオニアは、お笑いコンビ「なちのん」の佐藤夏希と野呂佳代であることは間違いのない事実だ。
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トレンド 2012年11月27日 15時30分
次クル芸人 〜新時代に輝くホープたち〜 (Vol10 流れ星)
ネタ番組『オンバト+』(NHK総合)の前身『爆笑オンエアバトル』では、前人未到の20勝を達成。『THE MANZAI』では2年連続でファイナリスト。ちゅうえいと瀧上で、流れ星。完全無欠の漫才師だ。(伊藤雅奈子) −−『THE MANZAI 2012』までおよそ1か月。現在の心境は? 瀧上「なんにも考えないようにしてるんです。去年は、『M-1グランプリ』はこうだったから、『THE MANZAI』ではこうだ、とかを考えすぎちゃって、結局、箸にも棒にもかからなかったんで。ちゅうえいとは思春期のとき、高校から一緒なんですけど、こいつ、1回もニキビなんてできたことないのに、去年は落選ってわかった瞬間、ボッてできましたからね」 ちゅうえい「瞬間に、ね。ずっとネットで結果を見てて。俺たちの名前がないから、ちょっとクリックが早すぎたのかなぁとか思いながら、ゆっくりめにして(笑)。それでも、優勝戦にもワイルドカードにも、ない。ってわかった瞬間に、ボッて悪性のニキビが(笑)。今年はもう、あんな気持ちを味わいたくないから、考えないようにしてますね」 −−『爆笑オンエアバトル』では、破られることのない記録を保持していますが、好影響はありますか? ちゅうえい「困るんですよ。僕らが歴代連勝記録のトップで、ひとつ下がタカトシさん。営業に行くと、舞台に出る前の紹介で、『オンエアバトルの連勝記録第1位。あのタカアンドトシよりもおもしろい、流れ星!』って言われるんです。キツイ」 瀧上「しかも、出囃子は『M-1』の♪ビーズカンカンカ〜ン♪で(※1)。俺らが夢にまで見た決勝のSEを、富山の営業先で聴くという(笑)」 ちゅうえい「もうひとつわからなかったのが、その営業先は東京03さんも一緒だったんですけど、彼らは『キングオブコント』の優勝者なのに、♪ビーズカンカンカ〜ン♪で出ていった」 瀧上「営業あるあるだね。地方の人はやたら、『M-1』のSEを使いたがる」 −−そんな記録が実証しているように、漫才師として安定しているという賞賛の声が多いです。素直にどう思いますか? 瀧上「恥ずかしいです。無茶苦茶な漫才やってるなぁぐらいの評価がいいですね」 ちゅうえい「もちろん、ありがたいんですけど、おもしろいって思われてるんなら、もっとテレビとか賞レースに出ていないといけないのにって意味で、僕は恥ずかしい。第一線で活躍してないのに、申し訳ないというか。ありがたいとふがいないの、両方かな」 瀧上「安定感があるとか、うまいとか言われると、ベテランになっちゃったなぁって感じますね。先輩に言われたんですよ、『たしかにうまくなったけど、昔のような危なっかしさが、ちゅうえいになくなった』って。“あしたのジョー”のジョーが、うまいボクシングを覚えてしまった、みたいな。ちょうど数日前、野生を取り戻そうって話を、相方としてたとこで」 ちゅうえい「安定より、人は不安定なもののほうが見たいですから。だから、今までやってきた土台を踏まえつつ、過去のいい部分を掘り起こしてみようかと、そんな話をしましたね。来年の目標は、自分たちを出せるネタをやる! なんで」 瀧上「人間力を出せる漫才を、ね」 ちゅうえい「あと、僕は衣装を変えたい。さわやかなのに。(現在の猫柄Tシャツから)犬に。…ここ、太字で、かっこ笑い」 瀧上「誰が笑うんだ。かっこ、誘い笑いだよ!」(※1)Fatboy Slimが歌う「Because We Can」。芸人がセンターマイクに向かう際に流れた曲で、大会を象徴する音源となった。【プロフィール】ちゅうえい(左) ‘78年7月生まれ。瀧上伸一郎 ‘78年12月生まれ、ともに岐阜県出身。2000年結成。浅井企画所属。トークライブ『痴話喧嘩』が12月17日(月)の19時〜、東京・渋谷シアターDで開催。info@theater-d.comでチケット受付中。流れ星のブログ http://ameblo.jp/asai-nagareboshi/瀧上のTwitter https://twitter.com/togashi1212浅井企画の公式サイト http://www.asaikikaku.co.jp/(この連載の次回更新は12月の最終週)
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芸能 2012年11月07日 15時30分
お笑い芸人 豪快伝説 其の三十六『笑い飯』
お笑い芸人。コメディアン。エンターテイナー。そんな彼たちがかつて刻んだ偉大なる伝説、爆笑列伝を紹介していく連載の36回目。サーティーシックスバウトは、笑い飯だ。 2010年に終了した漫才日本一決定戦『M-1グランプリ』。その最後の覇者である笑い飯が今、お笑いファンを再び唸らせている。佳境にさしかかっている『THE MANZAI 2012』の本戦サーキット初日(10月6日、東京・ルミネtheよしもと)で、もっとも高いサーキットポイントを稼いで、トップとなったのだ。残された1戦でも上位に食い込めば、『THE MANZAI』でもファイナリストになる。 そもそも、笑い飯は『M-1』の常連だった。10回の開催回数で、じつに9回も決勝舞台を踏んでいるのだから、時代が変わっても褪せない笑いを提供しつづけたことになる。『M-1』のラストイヤーは、笑い飯にとって結成10年以内の有資格者としても最後の年だった。つまり、文字どおり、有終の美を飾ったわけだ。 西田は、最終学歴が奈良女子大学文学部付属高等学校。哲夫は、奈良県トップの進学校である奈良高等学校を卒業後、関西学院大学に入学(卒業)。教員免許も取得しており、塾の講師も経験している。その秀才ぶりはしっかり買われ、昨年は東京大学で講座を開催。今年は、NHKの哲学教養番組に出演。インテリ芸人としての評価も高まっている。 2人が生まれ育った奈良は、今でも大好き。住民票も、移さないでいる。その郷土愛の強さは今年、「奈良市観光特別大使」の就任につながったほどで、県も認める貢献ぶりだ。 そのせいか、M-1歴代王者で唯一、優勝後に住まいを東京に移すという流れを汲んでいない。本格的な東京進出は不安であり、関西の需要が依然として高いというのが、その理由だ。ゆえに、露出は少ない。だからこその希少価値だ、という見解もある。 笑い飯に寄せられる意見は、いつも大きく分かれる。しかし、年末、『THE MANZAI』で初舞台を踏めば、何かがまた動くだろう。(伊藤由華)
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トレンド 2012年10月30日 15時30分
次クル芸人 〜新時代に輝くホープたち〜 (Vol9 ハマカーン)
眼鏡をかけている神田の姉は、神田うの。そんなブランドに頼らずして、『THE MANZAI2011』でファイナリストになるほどの腕前だ。浜谷と神田で、ハマカーン。漫才は、掛け値なしのおもしろさ。(伊藤雅奈子) −−「下衆(げす)の極み」と発しているほうの浜谷さんは、『THE MANZAI』以降、顔がさすようになったのでは? 浜谷「これは半々ぐらいで、神田うのの弟ってほうがやっぱり強いです」 神田「うちらコンビそろって、“じゃないほう芸人”なんです(笑)。僕は、下衆の極みじゃないほう。相方は、うのの弟じゃないほう」 浜谷「珍しいパターンなので、同時にできた目標として、漫才で有名になりたい!で一致しました」 −−そもそも、あのフレーズの数々はどのようにして生まれたんですか? 神田「ずっと“漫才コント”をやってたんですけど、『M-1グランプリ』(※1)で9年目まで、ぜんぜんダメで。ラストイヤーは、すべってもいいから、漫才コントをやめようってことにしたんです。そしたら、半年ぐらいはずっとすべって」 浜谷「人生でいちばんすべり続けた時期だね」 神田「じゃあ、罵ってみようかと。それもうまくいかなかったんですけど、たまたま、僕にたいする悪口だけはポンポン出た(笑)」 浜谷「普段はぜんぜん怒んない人間なんですけど、神田さんにだけは怒りが出てくる。で、『爆笑レッドカーペット』(フジテレビ系列)に出られたとき、『人に非(あら)ず』って言ったんです。『遠山の金さん』のイメージの決め台詞を、言ってみたかったんで」神田「その次に出たとき、ノリで『下衆の極み』って言ったら、たまたまパネラーに歌舞伎役者さんがいて。『あれ、言ってみたくなるね〜』って言いだして、やりだした感じ」 −−『M-1グランプリ』で決勝戦に進めなかった悔しさと、『THE MANZAI』で優勝できなかった悔しさ。違いはありますか? 浜谷「鋭い質問ですね(苦笑)。たしかに、違います。『M-1』には、箸にも棒にもかからない悔しさ、はがゆい、自他共に認める実力不足っていうのがあったんですけど、去年は優勝戦線に絡めなかった悔しさ…がありました。おこがましい話ですけど、もっと上に行けると思ったのに、認めてもらえなかったっていう」 神田「『M-1』は、打席にも立てなかった。『THE MANZAI』は、結果を出せなかったっていう悔しさ。でも、逆にラクになれて、僕も相方にだけは底意地が悪いところがあるから(苦笑)、そこをネタに落としこんで、お互いに地が出はじめてる」 −−作りこむことをやめた芸人さんは、おもしろくなりますよ。 浜谷「もうね、10年以上も売れてないから、ヤんなっちゃうんです(笑)。努力してネタを作ってすべるんだったら、体ひとつで行ってすべったほうが、飯がうまいって話ですよ! こっから稼いでも、同級生には追いつけないですから。ただ、ひとつだけわかってほしいのは、力を抜くってことが、どれほど恐ろしいかってこと」 神田「昔は、できるツッコミだと思われたいとか、センスあるトークでバシバシ回したいとか、あこがれてましたけど、できないことを無理してやっても楽しくない。楽しそうだと思って入ってきた業界で、苦しんでどうするんだって。そう思ってから、変わりましたね。今ですか? 何やったって楽しくって、しようがない!」(※1)2010年に終了した漫才日本一決定戦は、エントリー資格がプロ・アマ問わず結成10年以内に限定されていた【プロフィール】浜谷健司(左) ‘77年11月生まれ、埼玉県出身。神田伸一郎 ‘77年3月生まれ、神奈川県出身。2000年結成。ケイダッシュステージ所属。浜谷のブログ http://hamakan.blog77.fc2.com/神田のブログ http://kandashin.blog77.fc2.com/(この連載の次回更新は11月の最終週)
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