スポーツ
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スポーツ 2009年11月10日 15時00分
新日本 王者が吠える 中邑 指名挑戦者・永田をコキ下ろす
新日本プロレスIWGPヘビー級王者の中邑真輔が、次期挑戦者のミスターIWGPをお山の大将呼ばわりだ。9日に都内の同事務所で会見に臨み、12・5愛知大会で永田裕志とのV3戦が決定。早くも近年の永田の体たらくぶりを指摘し「ここ何年なにしてたんだって」と過激挑発弾を放った。 8日の両国国技館大会でライバル棚橋弘至を破ってV2を達成した中邑は試合後、次期挑戦者にG1タッグの直接対決でピンフォール負けを喫した永田を指名。この日は12・5愛知大会での防衛戦が正式決定した。 最近の永田はまるで評価していないが、過去の栄光だけは認めている。「最近の永田裕志ではなくミスターIWGPが残っているのであればそれと(闘いたい)」。中邑からしてしみれば、2002年から03年のIWGP史上最多10度の防衛記録を打ち立てたころの全盛期の永田でなければ、相手にならないと言い張る。 永田から「最近のIWGP戦はマンネリ化している」という指摘を受けたこともせせら笑う。 中邑は「じゃあここ何年、自分は何をしてたんだっていうこと。何かにつけて理由をつけて挑戦をしぶってきただけ」と永田の近年の体たらくぶりを指摘し、そっくりそのまま言葉を返す。 そればかりではない。最近は青義軍を結成し、リーダーとして3人を束ねているが、そのことすらもあざ笑う。「青義軍? なに部活動やってんの?」「正直、かかわりたくない」などとウザがり、最近の永田を酷評する。 タイトル戦決定直後にもかかわらず、すでに両者の中にはギスギスしたムードが漂い始めた。
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スポーツ 2009年11月10日 15時00分
全日本 王者が吠える 浜 三冠“食いたい”
全日本プロレス三冠ヘビー級王者の小島聡に挑戦状を叩きつけている浜亮太が、密かに“横綱超え”を狙っている。 小島政権発足後、いの一番に挑戦を表明した浜。現在、保持するアジアタッグも2度の防衛を果たし「今は体調もいいし、勢いもある。勢いが止まった時、取り戻すのにも非常にエネルギーがいるんで、早く三冠に挑戦したい気持ちがある」と思いを口にする。 とはいえ、年内は「世界最強タッグ決定リーグ戦」(21日、国立台湾大学総合体育館大会で開幕)を残すのみ。三冠挑戦は早くても年明けになってしまう。もちろん浜自身もすぐに認められるとは思っていない。 「小島さんからフォール勝ちすれば自信になるでしょうね。良くも悪くも来年につながりますから。今年1年納めのシリーズ、なおさら気合い入るっすよね」。きちんと結果を残して認めさせるつもりでいる。 すでにリーグ戦に向けて“肉体改造”も順調に進んでいる。ベンチプレスは入団時は170キロが限界だったが、200キロを挙げるまでになった。さらに、203キロだった体重も、最近では計測不能になってしまったという。それでいて「相撲の時より全然走れるようになった」というのだから、末恐ろしい。三冠挑戦に並々ならぬ闘志を燃やす浜だが、これにはやはりタッグパートナーでもある曙の存在が大きく関係している。横綱といえば、これまで他団体のシングル王座に何度か挑戦しているものの、ベルト奪取には至っていない。それだけに「シングルのベルトを巻いてみたいっす。先にごっちゃんさしてもらいます」(浜)と“横綱超え”を目指している。浜は大いなる野望を抱きつつ、まずはリーグ戦に全力を注ぐ。◎ジュニアも世代闘争 F4のジュニアコンビが、世界ジュニアヘビー級王者のカズ・ハヤシに異議を唱えた。 カズは先シリーズ最終戦10・25神戸大会でヘイトを下し、6度目の防衛に成功。すでに全日プロジュニアをほぼ制圧し、その目は世界に向きつつある。そんな王者に「待った」をかけたのが、大和ヒロシとKAIだ。 大和は「やりたいことやって、好きなことやって、完全無視かよ。確かに実績ないですし、実力もないですけど、目標はベルトなわけで。なんとかジュニアの若手2人でチャンピオンにどちらかが挑戦したい」と不満を爆発させた。 さらにKAIも「ハヤシさんの目を世界からこっちに向けさせないといけない。(次のシリーズは)最強タッグがメーンですけど、前座で終わるつもりはない」と言い切った。 ジュニアの世代闘争も本格化していきそうだ。
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スポーツ 2009年11月10日 15時00分
大日本 佐々木 王者・宮本にダメ出し
佐々木貴が9日、大日本プロレスの新木場大会でBJWデスマッチヘビー級王者の宮本裕向にダメ出しをした。 2人は12・4横浜文体でベルトを懸けて激突するが、現時点で佐々木は暫定挑戦者という立場。宮本は11・20後楽園大会におけるタッグ対決で佐々木を査定し、「這い上がって来なければ挑戦者として認めない」スタンスをとる。 2年半前と立場は逆転した。「はい上がって来い」というフレーズは当時王者だった佐々木が、実績のなかった挑戦者の宮本に送った言葉だ。「まったく同じコメントを言い返すようでは器がしれる」という佐々木は、宮本の2度防衛戦については「立派な試合だった」と評価しながらも、「精神的には子供。挑戦したい人間がいるのに拒む理由が分からない。アイツがはっきりとした返事をしないからファンも戸惑っている」とバッサリ斬って捨てた。 後楽園で立ち止まるわけにはいかない。2年半前、「この男のデスマッチにハズレなし」と言われ、デスマッチ絶対王者に君臨した佐々木。「再び絶対王者に返り咲く」ことで、新世代に傾いた時代の針を戻すつもりである。 一方、王者の宮本はこの日、新世代のメンバーたちと蛍光灯タッグデスマッチを敢行。クオリティーの高い内容を示し、時代が動いていることを見せつけた。◎11・20葛西VS伊東 究極デスマッチ 11・20後楽園大会で実現する葛西純VS伊東竜二の試合形式がカミソリボード・デスマッチに決定した。葛西が伊東の呼びかけに応じて2005年に大日本マットに復帰して以来、何度となく2人のシングル戦の気運は高まったが、その都度どちらかが怪我をして対戦が流れてきた。 今回待望の一騎打ちが行われるが、葛西は自身の代名詞というべきカミソリボード・デスマッチを用意。伊東がこれを受けて立った。「俺の名前を出してギラギラしていた頃の伊東を引き出す。ただし、響くものがなければブッ潰す」(葛西)「最近の葛西純は丸くなっている部分がある。初めてカミソリをやった時のような狂気に満ちた部分を引き出したい」(伊東) 世代闘争が過熱するデスマッチ戦線において、すれ違ってきた2人が、本物のデスマッチを見せ付ける!
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スポーツ 2009年11月10日 15時00分
ポスト風香の一番手 紫雷姉妹
人気ナンバーワン・アイドルの風香が来春の引退を発表し、いま女子プロレス界でささやかれるのが“ポスト風香”の座だ。輝くビジュアルと抜きん出たタレント性がその必須条件となるが、現在、若手の中で、最右翼といわれるのが紫雷(しらい)姉妹である。 姉の美央と妹のイオは正真正銘の姉妹で、フリーの橋本友彦が主宰するMAKEHENで2007年3月にデビュー。当初から姉妹タッグで売り出され、試合巧者の植松寿絵がコーチ役となり、大事に育てられてきた。 この姉妹の可能性を最初に見いだしたのが誰あろう風香だったことは意外に知られていない。風香は自らがプロデュースする「風香祭」の第1回から姉妹を抜てき。リングアナでチョーク・アーティストのRICAと4人でパニック・パワーというユニットを結成し、歌や踊りのパフォーマンスで、2人の存在能力を引き出したのだ。 姉の美央はキックを得意とする美女系のルックスで、高飛車な姉御というキャラクター。格闘技的な闘いにも起用される、まさに風香を目標にする一人。妹のイオはヤンキー風の雰囲気だが、実際は歌手のmisono似のかわいらしさも兼ね添える。だが最大の魅力は、器械体操のキャリアを生かした立体殺法で、抜群の身体能力を持つ天才肌の逸材。今年の7月には夏樹☆たいようが保持したNEO認定ハイスピード王座にも挑戦した。 冷静沈着な姉と元気印の妹という、まるでザ・ファンクスの女版のような姉妹タッグだが、この2年半を振り返り「今までは人に顔が整っていると言われて意識してきましたが、実際は言いたいことをバッサリ言う男勝りなので、それを試合でも隠さずおくさず出すようにしたら、伸び伸びやれるようになった」(美央)。「最初は何が楽しいのかと思ってやってきたけど、プロレスの楽しさがわかってきて今後も続けたい」(イオ)という。 現在、TWL世界女子ヤング・タッグ王者に君臨する姉妹だが、これは今春トーナメントに勝ち抜き、初代王座を獲得。若手世代で唯一の本格的なタッグチームという自負がある。「自分たちが先陣を切って破天荒な紫雷姉妹としてガンガンつぶしていきたい!」と美央が言えば、「デビューした時からタッグを約束されたようなベスト・オブ・タッグなので、このベルトを防衛し続けたい!」とイオも強気の姿勢だ。 また、ポスト風香というテーマに関して美央は「ポスト風香ではなく、次に出てきたのは紫雷姉妹なんだと言わせたい」といい切る。イオは「ポスト風香の候補に選んでいただいて光栄ですが、風香さんとは部類が違うので(笑)。パニック・パワーをやっていたので暖かく見守ってほしいですね」と謙虚に語る。 これまで日本の女子プロレスの歴史で、姉妹タッグは皆無だっただけに、おのずと注目が集まる。 「タッグとしての地位を確立したいし、試合内容を良くしていきたい。私は周りから才能があると言われていたので努力したい。風香祭がなくなるので早いうちに紫雷祭を開催しますよ(笑)!」と宣言した。
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スポーツ 2009年11月10日 15時00分
「時代」を彩った男と女・あの人は今 元中日ドラゴンズ選手・藤王康晴さん
1984年1月8日、前年のドラフトで中日に入団した4人の新人選手が自主トレを開始した、と中日新聞が報じた。高校出身の期待のルーキーがナゴヤ球場で基礎トレーニングをしている姿の写真も添えられていた。その中にドラフト1位、いわゆるドラ1の藤王康晴の姿があった。 藤王は愛知県一宮市立大和中学から高校野球の名門・享栄高校に進学。第55回全国選抜高校野球大会で11打席連続出塁を記録して注目を集めた。 そして高校時代に通算49本塁打をマークしたことで、多くのプロ野球のスカウトから「超高校級のスラッガー」と称され、83年のドラフトでは地元中日球団が1位に指名した。 背番号は高校ルーキーながら、異例の「1」だった。これは引退した高木守道が付けていた背番号だが、引退後に付ける選手がいなかったこともあって、藤王に渡された。それほど期待されてもいたのだ。 藤王は1年目の夏、いきなり1軍に昇格、代打起用で優勝を争う試合で活躍した。初出場・初安打・初打点はともに84年7月14日の対太洋戦であった。 7回、藤王は投手・郭源治の代打で打席に立った。太洋の投手・古賀正明から1塁強襲の2塁打を放った。初本塁打は同年9月23日の対広島戦。9回、広島の投手・北別府学から左翼スタンドに打ち込んだ。華々しい1年目であった。 しかし、その後はレギュラー争いに加われず、89年オフには小松崎善久とともに日本ハムへ移籍。その年のオープン戦では打率3割4分7厘をマーク、その年は75試合に出場した。だが、翌91年からは出場機会が減り、92年には自由契約となって、そのままプロ野球から引退した。 中日、日本ハムでの通算成績は273試合に出場、418打数92安打、37打点、10本塁打、打率2割2分0厘であった。 その後、佐川急便中京支社に転職、セールスドライバーとして勤務しながら軟式野球部でプレーした。退社後は実家の繊維業を継いだ。 だが、03年にコンビニの店員を暴行して逮捕(不起訴)されたこともあった。
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スポーツ 2009年11月09日 15時00分
新日本 “真時代”開く 中邑V2
新日本プロレスIWGPヘビー級王者の中邑真輔が8日、東京・両国国技館大会でライバル棚橋弘至の挑戦を退けた。来春1・4東京ドーム大会を控えるこの時期に、新日きってのトータルファイター中邑が政権を保持したことは、新日マットひいてはプロレス界にとって大きな意味を持つ。中邑の歩む道の先に待っているのは、新日戦士なのか、はたまたアントニオ猪木やMMAファイターなのか。 新日プロにとって分岐点となる闘いだった。近年のセルリアンブルーのマットをけん引してきたアメリカンプロレス・スタイルの棚橋か、新日伝統のストロングスタイルの復興を掲げる中邑か。両雄の“イデオロギー闘争”にも注目が集まった一戦は、中邑が前王者のライバルを返り討ち。見事V2達成で幕を閉じた。 来春1・4東京ドーム大会が迫る中で中邑がタイトルを保持したことは、新日プロにとって一大事。脱ストロングスタイルの棚橋ではなく、ストロングスタイルを継承し“総合で勝てるレスラー”中邑なら「対猪木」や「対総合格闘技」という、2つのアンタッチャブルな闘いができるからだ。 打倒猪木については当の本人から、腰椎すべり症の影響によるバッドコンディションを理由に、闘えない旨の回答があったが、決して中邑は「まだどこで何が起こるかわからない」として完全に対猪木を諦めていない。いまだにIWGP創始者の猪木を超えることで、ベルトの輝きを高めるとともに“真時代”を切り開きたい意向がある。 ただ、猪木戦が実現できない状況において、これ以上こだわる必要がないことも分かっている。チャンピオンとして「ベルトに輝きを、プロレスに未来を」と憂う中邑には、対猪木ではなくても、時代を切り開くすべがある。それがプロレスというジャンルにとらわれない闘い、いわゆる異種格闘技路線だ。 中邑はV2達成後に謎めく言葉をつぶやいた。「自分は行きたい所に行く。なりたい自分になる。まだまだ強くなりたい」。最近は素人のケンカ自慢が集うアマチュア総合格闘技「OUTSIDER」を自腹でチケットを購入して観戦。その際には前田日明氏と密談したり、プロレスの垣根を越えたところでチャンピオンとして英気を養っている部分もあっただけに、今後の闘いの道標が注目される。 V3戦は早ければ年内最後のビッグマッチ12・5愛知県体育館大会、ないしはドーム大会で開催予定。中邑自身がこの日の試合後に対戦指名した永田裕志との対戦や、中邑へのリベンジに燃える真壁刀義の挑戦に可能性は残るが、いずれにせよその先にはすぐドームが待っている。果たして王者の闘いのベクトルはどこに向くのか、新日最強戦士の決断は団体の生死を左右するだけに、今後の展開から目が離せない。◎棚橋を顔面KO 防戦一方だった。ゴングが鳴るや意外にもスタンドの攻防を仕掛けてきた棚橋に面を食らって主導権を奪われた。必殺ボマイェを警戒されてしまい、低空ドロップキックとドラゴンスクリュー2連発で執ように左ヒザに集中砲火。 15分過ぎにはテキサスクローバーで絞め上げられ、思うように足が動かなくなった。20分過ぎにはドラゴンスープレックスからのハイフライフローで絶体絶命。それでも間一髪でかわしてピンチを回避すると、リバースパワースラムで反撃ののろし。最後は22分47秒、痛むヒザを鼓舞して必殺ボマイェでライバルの顔面を打ち抜き勝ち名乗りを聞いた。 戦前にケガでベルト返上した前王者の棚橋から「暫定王者」呼ばわりされたが、試合後は開口一番「もう暫定王者じゃなくなった」とピシャリ。ライバルからの挑発が一番の発奮材料となった。◎永田 中邑からの指名願ったり叶ったり IWGPヘビー級王者中邑真輔からV3戦の相手に指名された永田裕志は「願ったり叶ったり」と応戦の構え。 前シリーズのG1タッグリーグ10・23新潟大会で中邑から、直接ピンフォール勝ちを奪ったことにより「先シリーズででっかい借りをつくってしまった」(中邑)として次期防衛戦の相手に指名された永田。この日は、大会後に指名されたことを聞かされ「(挑戦者指名)つまんねぇ理由だけど、まあでも願ったり叶ったり」とにんまり。 さらには「なんで俺なんだ。俺、実績ねーよ」とうそぶきながら、拳を鳴らしていた。
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スポーツ 2009年11月09日 15時00分
田中塾長が開いた道にロマンを求めた超危険な格闘王・桜木裕司
佐山サトル(掣圏真陰流総監)の一番弟子である桜木裕司が究極の格闘技に挑み、心身ともにスケールアップ。桜木は10月17日、ロシア・ハバロフスクで開催のロシアパンクラチオン大会に出場。左フックでカジエフ・アラブトディンをKOし、ロシアパンクラチオン無差別級王者となったが、その試合形式は想像を絶するものであった。 ロシアパンクラチオンのリングは金網に囲まれ、グローブの着用は義務ではなく任意のため、ほとんどの選手が素手で闘っている。だが、驚くべきはそれだけではない。噛み付き、金的以外は何でもあり。ロシアパンクラチオンは他に類を見ないオープンルールが採用されていた。 その危険な格闘技を発掘したのは掣圏真陰流総師範であり、スーパータイガージム田中塾の田中健一塾長だった。究極の格闘技を探し求める田中塾長は、2004年11月に単身ロシアに渡り、現地の格闘技を視察。「掣圏道(掣圏真陰流の旧名)のアルティメットボクシングでロシア人の強さに魅了された。ロシアに行けばすごい人間がいるはず」という狙いに狂いはなく、「町を歩けば日本の総合格闘技のチャンピオンクラスの人間がゴロゴロいる」という。 そして、ロシアパンクラチオンを目の当たりにした時、「こんな究極な格闘技がまだあるのかと衝撃を受けた。日本でやっている総合格闘技の観念が吹っ飛び、いままで俺がやってきたのは何だったんだとなった。それを見てしまった以上、見て見ないふりはできない」とロシアパンクラチオンと真正面から向き合うことを決意し、闘いを挑む日本人ファイターを募った。誰もやりたがらなかったが、最初に名乗り出たのは掣圏真陰流の瓜田幸造(現UKF総合ミドル級王座)だった。だが、瓜田が惜敗してしまった。 そこで現れたのが桜木だった。日本人ファイターのひとりとして、また掣圏真陰流の一員として「このままでは終われない」と出場を決意。それは、自分の生き方を貫くための挑戦でもあった。 「田中先生が言われたように、知ってしまった以上、そのルールを一度やらないと自分にうそをつくことになる。もともと佐山先生のところに入ったのも、自分が一番落ちていた時、優しいところに行けば自分から逃げたことになる。一番厳しいところに行って、それでダメならあきらめもつくというのが根本にあった」 そして見事、ロシアパンクラチオンのリングで勝利を収めてベルトを獲得。桜木は今回が初戴冠となるが、「これは一つの形であって、これで終わりでもなんでもない。その瞬間の相手に勝ったというだけで、また同じ相手とやったらどうなるか分からない」という。 桜木は今回の王座獲得は通過点ともいう。「いろんなメジャーなチャンピオンがいるけど、僕の中では誰にも恥じないベルトだと思っています。誰でも行けるわけじゃないし、誰でも挑戦できるものじゃない。お金でも名誉でもない。格好つけた言い方かもしれないですけど、男のロマンですね」と胸を張った。 厳しい指導で知られる田中塾長だが、桜木をはじめ、さまざまな格闘家が師事しているのには理由がある。桜木は「怖いけど、田中先生のところに行けば本物を感じられる」という。さらに「ベルトを取ったことでいろんな意味で恩返しをしたい。自分が教えている子たちの自信になればいいし、僕の中で一番世の中に発信したいのは、田中先生の興行論でなく実戦論という考え。それが間違っていないと、もう一回世間に投げかけたい」と言葉を続けた。 桜木は9月13日にUKFキックボクシングのインターナショナルヘビー級王座も獲得しており、現在2冠王に君臨するが、それは飽くなき向上心と探究心が呼び込んだ結果である。総合格闘技をつくった佐山サトルの愛弟子が、格闘技に新たなうねりを起こしそうだ。◎田中塾の成り立ち 田中塾長は修斗ライト級初代世界王者で、シューティングの頂点を極めた後も、国内にとどまらず強さを追求し、さまざまな国で単身武者修行を敢行。世界の強豪と手合わせをしている。27歳で師範となり、1999年に田中塾を結成。 04年、素手で戦うミャンマー・ラウェイの試合のため、敵地ミャンマーに乗り込んだ。田中塾の生徒が現地の王者をKOしたことは、ミャンマーだけでなく、日本格闘技界にも衝撃を与えた。 究極の格闘技を目指すスーパータイガージム田中塾・船橋武道センターでは、「格闘技だけの指導ではなく、人間としての礼節、マナーをしっかりと教える」形を取っている。<プロフィール>桜木裕司(さくらぎ・ゆうじ)。1977年7月20日生まれ。宮崎県宮崎市出身。高校入学を機に極真会館宮崎支部に入門。わずか1年9カ月で初段を許され、ジュニア時代には高校タイトルを総ナメにし、エリート空手家の道を期待される。 高校卒業後、自衛隊を経て日本体育大学入学と同時に上京。顔面攻撃の重要性とより実戦性を追求して、さまざまなジムで練習を積み、2000年7月に生涯の師である佐山サトルと出会い、掣圏道に入門。入門3カ月目にアルティメットボクシングでプロデビューを果たす。国内外のさまざまなプロモーションでルール、対戦相手を選ばず激闘を繰り広げている。現在は掣圏真陰流師範を務めている。
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スポーツ 2009年11月09日 15時00分
新日本 真壁 血の海で飯塚KO
新日本プロレス8日の東京・両国国技館大会では、“暴走コング”真壁刀義が因縁が絡む飯塚高史とチェーンデスマッチに臨み、大流血戦の末に遺恨清算マッチを制した。飯塚との抗争に決着をつけ、新日最強のデスマッチキングであることを証明。次なる獲物をIWGPに定め、9月の王座決定戦で敗れたIWGPヘビー級王者中邑へのリマッチを要求した。 暴走コングが恨みを晴らした。1日の後楽園ホール大会終了後に菅林直樹社長と接待に向かうところ、駐車場で飯塚からテロ攻撃された真壁は「観客が喜ばない凄惨で静まり返る試合。消し合いになる」としていたが、フタを開ければまさにその言葉通りの潰し合いだった。 入場とともに襲いかかってきた飯塚に引きずられてリングイン。互いにチェーンで結ばれる中、場外でチェーンナックルを食らい額を割られた。額に噛みつかれて出血し、10分過ぎにはエプロンサイドで絞首刑。飯塚の猛攻に、普段は「チェーンデスマッチの事なら任せとけ」と豪語している暴走コングも成す術がない。 額の流血で駐車場での惨劇がよぎったのか、新日最強のデスマッチファイターはへたり込むばかり。その光景に観客からもタメ息が漏れる。だが、15分過ぎにトップロープでの攻防で息を吹き返し、スパイダージャーマンでブン投げて一気に形勢逆転。そのまま最後は16分55秒キングコングニーを首もとにブチ込んでなんとかKO勝ち。 ほぼ見せ場がない試合ながら、一瞬のスキをついて憎き飯塚の息の根を止めて担架送りにした真壁は「この試合は存在の消し合い。観客が喜ばない試合をやっただけ。飯塚とは3段も4段も格が違うんだよ」とミッション遂行にご満悦。飯塚との抗争にケリをつけたデスマッチキングは「次の標的はIWGPだ」とIWGP挑戦を要求した。 「俺はG1獲った男だぞ。オイ中邑、次は俺だ」。G1決勝で勝ち、9月神戸大会の王者決定戦では敗れたが成績1勝1敗の中邑との再戦を熱望していた。
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スポーツ 2009年11月09日 15時00分
新日本 “消化不良”のIWGPタッグ
両者リングアウト決着にファンの怒りが爆発。IWGPタッグ選手権は、ブーイングに包まれる後味の悪いものとなった。 声援は王者のチーム3Dにではなく、挑戦者のジャイアント・バーナード&カール・アンダーソン組に集中する。ファンは常連外国人として新日本魂を宿す2人にベルト奪回の期待を寄せていた。 そんな中、キラリと光る存在感を見せたのがアンダーソンだ。いぶし銀と呼ばれた木戸修を彷彿させるインサイドワークは絶品。献身的なサポートにより、バーナードの力強さが如何なく発揮されていく。 勢いは明らかに挑戦者組にあった。ゆえに引分け防衛は、ペースを乱された王者組の苦し紛れの策という印象は拭えない。試合後、会場はブーイングに包まれたが、大半は3Dに向けられたもので、ベルトを投げ捨てる行為などがファンの怒りに拍車をかける。 だが、3Dはブーイングの本質を理解しておらず、そのことに質問が及ぶと「質問の意味がわからない。殴られたいのか? 俺たちはベルトを持って帰れればそれでいいんだ」と報道陣に食ってかかる始末。なお、結果に納得がいかぬバーナード組は再戦を要求した。
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スポーツ 2009年11月09日 15時00分
新日本 敗れたかずちか ストーカー宣言
岡田かずちかが闘魂を見せつけた。打倒TAJIRIに燃える岡田はゴングと同時に猛進。攻撃力で上回り、外敵の余裕を奪う戦いぶりをみせた。 最後はマヒストラルに丸め込まれたが、その奮闘ぶりは評価されてしかるべきだろう。本人はこのまま引き下がるつもりはなく「アイツが棚橋さんに付きまとうなら、俺もアイツに付きまとう」とストーカー宣言をした。一方、ブーイングを「声援」と解釈するTAJIRIは、田中将斗&邪道&外道とスクラムを組む体制を敷いた。
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ハッスル消滅!? 小川H軍休止宣言
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大みそかボビー弟と対戦 金子賢 前田道場入り
2006年12月14日 15時00分
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珍指令 KID 秒殺禁止
2006年12月12日 15時00分
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生還小橋に捧ぐ 三沢 GHC奪還
2006年12月11日 15時00分
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猪木 緊急提言 想定外プロレスをやれ!
2006年12月05日 15時00分
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1・4東京D「レッスルキングダム」 新日本 全日本“乗っ取り”へ秘策 長州3冠戦出撃
2006年11月16日 15時00分
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復活1・4東京D大会へ秘策 新日本最終兵器サイモン猪木 IWGP挑戦!?
2006年11月07日 15時00分
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来春ビッグマッチ パンクラス芸能人最強決定戦 坂口憲二 今田耕司 押尾学
2006年10月31日 15時00分
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大みそか参戦ほぼ決定 芸能人対決 金子賢vs押尾学
2006年10月10日 15時00分
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