スポーツ
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スポーツ 2016年12月17日 16時38分
糸井だけではない! 金本改革2年目のキーマンは高代ヘッド
秋季キャンプを終え、改革2年目の展望が見えてきた。金本知憲監督は関西メディアの取材を受け、「腹が立って、目が覚めるときもあった」と、今季低迷の悔しさを語っていた。不甲斐ない選手に対しても腹立たしく思った日もあっただろうが、「自分自身にも腹が立って…」と話していた。 「采配が裏目に出たこともあったようです。監督1年目だから仕方ないと思いますが、サインを出すタイミングを見誤って、好機を逸する場面があったそうです。バントのサインを出そうとして、迷っているうちにバッターのカウントがすでに2ストライクまで追い込まれていたとか」(在阪記者) チームとして、レベルアップしなければならない部分もある。 チーム総盗塁数59。リーグワーストであり、パ・リーグ盗塁王・糸井嘉男の53を足して、リーグトップの広島の118にほぼ同じ計算になる。セ・リーグ対戦チームも糸井に対してはかなり警戒しているだろうから、53の盗塁数は減るかもしれない。しかし、チーム全体に「走る」の意識が浸透すれば、芽生えれば、糸井一人に頼りきる図式にはならないだろう。 攻撃陣に「走る」の意識を定着させるのと同時に、着手しなければならない『守備の課題』もある。盗塁阻止率だ。今季、チームでもっとも多くスタメンマスクを被った原口文仁の盗塁阻止率は2割3分3厘。一時期は2割を切っていた。秋季キャンプでは坂本誠志郎が盗塁を刺すバッテリー練習でかなり高い阻止率を見せた。第2クール初日まで100パーセントだった。打撃力のある原口を一塁にコンバートする案も検討されたが、矢野燿大作戦兼バッテリーコーチは坂本、梅野らを含め、正捕手争いを続けさせる結論を出した。 「盗塁阻止率が悪いのは、投手にも責任があるんです。阪神投手陣は全体的にクイックモーション、牽制がヘタ。秋季キャンプではブルペン投球でクイックや牽制の練習もさせていました」(プロ野球解説者) 走塁強化と、この盗塁阻止率向上を含めた投内連携の練習を統括指揮していたのは、高代延博ヘッドコーチだった。 来季、首位争いができるかどうかは高代ヘッドに掛かっているのではないだろうか。高代ヘッドは今季、打撃、投手(バッテリー)、守備の各担当コーチに配慮し、「見守る」「一歩引いて苦言を呈する」の立場を貫いた。 「若手に二軍降格を告げる役目、ミスをした選手を叱るのは高代ヘッドでした。いちばんイヤな役目を買って出たというか…」(チーム関係者) 前出のプロ野球解説者がこう言う。「金本監督は北條(史也=22)を認めつつあります。『(バットを)振る力が付いてきた』と褒めており、おそらく、正遊撃手として来季はスタートさせるでしょう。鳥谷をショートで競わせるより、両方を生かす方法も模索しているような印象を受けました」 高代ヘッドの教えが浸透すれば、攻守ともにレベルアップできる。北條、糸井、盗塁阻止率の不安を解消できる正捕手が出現すれば、チームの要ともいえるセンターラインも構築できる。また、北條にとって、来季が飛躍の年となれば、首位戦線で戦うのも決して難しいことではない。
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スポーツ 2016年12月16日 16時00分
プロレス解体新書 ROUND31 〈“椅子大王”が男泣き!〉 名勝負に昇華した喧嘩マッチ
大会場のビッグマッチやテレビ中継用の大会でもない、ごくありふれた興行へ気軽に足を運んだところ、思わぬ名勝負に出くわすことがある。 1990年8月3日の橋本真也vs栗栖正伸などは、その代表的な一つと言えよう。新日本プロレスの『バトル・ホール・ア・ウィーク』と題された後楽園ホール7連戦。このシリーズでは橋本のシングル6連戦、武藤敬司&蝶野正洋のタッグ6連戦、最終日には橋本、武藤、蝶野がそろっての6人タッグがラインナップされていた。 「同年4月に2度目の凱旋帰国となった武藤が、蝶野と組んでIWGPタッグ王座を獲得。橋本も前年の東京ドーム大会で、ビッグバン・ベイダーに負けたとはいえ、真っ向勝負を挑んだことで評価が高まっていた。いわゆる“闘魂三銃士”の呼び名が定着したのはまさにこの頃で、その売り出しのための大会でした」(プロレス専門誌記者) あくまでも主役は三銃士で大物ゲストの参戦なし。ほぼ新日所属選手のみのカード編成になっていた。 「言うなれば、翌年から始まる『G1クライマックス』のパイロット版のようなものでした。夏の暑い時期に全国を巡業するのではなく、都内の連戦で経費をかけずに稼ぐという、会社としての意図があったのでしょう」(同) 橋本の対戦相手を見てみると、初戦から(1)佐々木健介(2)馳浩(3)栗栖正伸(4)スーパー・ストロング・マシン(5)木村健悟(6)越中詩郎の順。最初の2戦は同世代、後半は中堅勢との対戦になっており、その谷間に配された外敵との試合は、ちょっと目先を変えるための箸休め。橋本が負ける相手ではないというのが、ほとんどのファンの認識だった。 「それは新日側も同じこと。当日の会場には収録用の機材もなく、今に残るのは社員が資料用として手持ちカメラで撮った映像だけ。のちにビデオ化して発売することすら、念頭になかったのでしょう」(同) '72年に新日でデビューした栗栖は、その後、ジャパンプロレスの一員として全日本プロレスへ移籍。長州力らと袂を分かち全日に残留すると、'88年に一度目の引退。しかし、翌年に旗揚げされたFMWで現役復帰すると、ほぼ椅子攻撃オンリーのラフファイトで“椅子大王”の異名をとるまでになる。 そのスタイルは'90年6月、古巣の新日に復帰してからも変わらず、試合会場では常に大ブーイングを浴びていた。 「もちろん、橋本との試合も大ブーイングから始まりました。ただ、このとき25歳の橋本に対し、栗栖は44歳。年齢差や実力差を見ての判官びいきからか、栗栖への声援もいくらか聞かれたようです」(スポーツ紙記者) 試合は大方の予想通り、花道から入場してくる橋本に栗栖が襲いかかってスタート。しかし、椅子での奇襲攻撃を左手一本で払いのけた橋本は、頭突きの連発で早々に栗栖を追い込んでいく。橋本の猛攻を浴びた栗栖は、右ふくらはぎを負傷。橋本は脚を引きずる栗栖を力任せに持ち上げ、決め技の垂直落下式DDTを炸裂させる。 これで試合は決まったかに思われたが、栗栖は急所攻撃で辛くも逃れると、そこから反撃を開始する。椅子、椅子、椅子の大乱舞。橋本の反撃にフラフラになりながらも、やはり椅子、椅子、椅子…。若く伸び盛りの橋本に、ロートルの栗栖が必死に食らいついていく。 椅子攻撃という明らかな反則行為にもかかわらず、その懸命な姿はいつしか観客の心を捉えていった。橋本はミドルキック7連発からのDDTで栗栖をグロッキー状態に追い込み、これを引きずり起こすやロープに振ってのフライング・ニールキック。それでもフォールにはいかず、続くジャンピングDDTでようやくのフィニッシュとなった。 「実のところ橋本は、試合前の栗栖の奇襲で左手甲を亀裂骨折していました。それでも早々に試合を終わらせることはせず、持てる技のすべてを繰り出していった。やはり橋本も、栗栖の闘う姿に何かしら思うところがあったのでしょう」(同) 試合後、満場の観客からその健闘を称える“栗栖コール”を送られると、さすがの大ヒールも男泣き。 「なんで俺、泣いちゃったんだろう…。俺、ヒールなのに、嫌われ者なのに…」(栗栖) これ以降、どこの会場でも栗栖が椅子を持つたびに声援が飛ぶという、逆転現象が起こるようになった。 試合を終えてリングから引き上げる橋本は、栗栖の小学生の娘が涙ぐむ姿を見つけたという。父親を叩きのめした直後の後ろめたさから、何か声をかけようと近寄ったところ、その娘さんからビンタを受けてしまった。 「あれは栗栖さんの椅子よりも、心の底まで効いたなあ」(橋本) それぞれの生の感情が交錯する、プロレスの古きよき時代の話である。
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スポーツ 2016年12月15日 16時00分
大谷翔平「契約更新」で整った来季オフのメジャー移籍
今季パ・リーグMVPに輝いた大谷翔平の口から、日米の球界関係者を驚かせる発言が飛び出した。去る11月26日、北海道旭川市内のホテルでファイターズ選手による「プレミアムトークライブ」が開かれた。そこで大谷は「人類最速まであと4キロなので、一番速い球を投げる人になってみたい」と笑顔で語り、来季、前人未到の「170キロ」に挑戦すると明らかにしたのだ。 現在の世界最速は、レッズ時代の2010年と今年7月17日にヤンキースで、キューバ左腕のアロルディス・チャップマン投手(28)がマークした105マイル(約169キロ)。大谷は10月16日、ソフトバンクとのクライマックスシリーズ第5戦で、日本最速記録を更新する165キロをマークし、“あと4キロ”に迫っていた。 ほんの数年前まで、日本球界では150キロ台後半を投げれば“豪速球投手”とされ、160キロなど別世界だった。その大きな壁を、いとも簡単に乗り越えてきた大谷だけに、メジャーリーグのスカウトたちもブラフとはとらえていない。 「大谷が162キロを計測したのが一昨年の20歳のとき。それから肉体はさらに進化し、今季163、164と自己最速を更新し、165キロまで伸ばしました。それでも、本人は納得していない。さらに、トレーニングに励み、思い描くフォームが形になれば、あと4〜5キロなら上乗せできると考えています。実際、来春のキャンプ次第で記録が塗り替えられる可能性は十分あります。アドレナリンが出る大舞台になればなるほど球速が増すタイプの大谷が、世界最高峰のMLBのマウンドを望むのもそのためです」(日本ハムOBの野球解説者) もっとも、世界最速にこだわるのは、大谷が来オフにメジャー転身を想定しているからである。日程表に沿って、いかに自身の商品価値を高めるかに狙いを定めているのだ。 楽天時代の田中将大は'13年、開幕から負けなしの24連勝というド派手なパフォーマンスをやってのけ、ヤンキースと7年1億5500万ドル(約161億円)の巨額契約に漕ぎつけた。しかし、まだフルシーズンをローテーション通り投げ抜いた実績のない大谷にはそれは無理。そこで、名刺代わりに「世界最速の170キロ」をと考えているというのだ。 「大谷は、日本ハムの通訳で米国球界事情に詳しい野茂英雄氏の長男・野茂貴裕氏からたっぷり情報を得ています。エンターテインメント性を重視するMLBは二刀流にとどまらず、世界最速投手であることを願っていると。大谷にしても、170キロなら1年間フルスロットルでいる必要がなく、肩の負担が少なくて済む。それでいてアピール力は桁違い。今季の大リーグで165キロを超えたのはチャップマンとカブレラ(ブレーブス)だけ。今でさえ、大谷は世界のトップ3入りしているわけで、自身の記録を更新するだけでも評価は一段と上がる」(スポーツ紙デスク) それでなくとも今季の大谷は、パ・リーグMVPに初選出されるなど、評価は急上昇。投打で規定投球回数、規定打席数に及ばなかったものの、投手として10勝(4敗)、防御率1.86、174奪三振。打者としても打率3割2分2厘、22本塁打、67打点と自己最高をマーク。投手とDHで「Wベストナイン」という史上初の勲章を付け加えている。 契約更改交渉は12月5日だった。現在の年俸から7000万円増の2億7000万円でサインした。しかし、大谷は金額にはさほどこだわらず、二刀流のもう一つの刀、「DHの定位置」を要望したという。 大谷は今季、「1番・投手」として出場して初球先頭打者本塁打を放ったばかりか、夏場には4番中田翔(27)に代わって主砲を務め、最大11.5差あったソフトバンクとのゲーム差を逆転する原動力となった。それでもDHを「不動の座」とするには至っていない。 大谷と親しい球界関係者によると、契約更改交渉では「先発登板は毎週日曜日、ウイークデーは先発でDH」を希望したという。 DHの定位置が約束されれば、登板数が少なくとも、打撃は今季以上の飛躍が期待できる。夏場は今季のように登板を回避することで調整しつつ集中力を高め、「170キロ」にトライしようという青写真を描いている。 そんな“手抜き”ができるのも、二刀流であればこそ。カネを稼ぐのは、メジャーに転身してからで十分で、今はいかに自分の価値を高めるかに集中している。 これには日本ハムも大歓迎だ。なにせ10年ぶりの日本一を達成した今季、選手年俸が高騰することは必至。既に中田の3500万円増の2億8000万円プラス出来高を筆頭に、中継ぎ投手の谷元圭介とファウルで粘る打撃を持ち味とする中島卓也遊撃手が1億円に到達。増井浩俊、宮西尚生両投手、田中賢介内野手の2億円超プレーヤーの更改もあり、今季約27億(7位)だった選手総年俸が10億円近くはね上がると予想されている。もはやチーム最高クラスの年俸となった大谷をこのまま保有し続ける限界に到達している。 大谷にとって170キロ達成は、最強のカードであるとともに、日本ハムへの置き土産でもある。
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スポーツ 2016年12月14日 16時00分
斎藤佑樹「4年連続年俸ダウン」提示で巨人へトレード放出
斎藤佑樹(28)が“トレードの店頭棚”に並べられた。4年連続ダウンとなった今回の契約更改には、そんな球界のシグナルが含まれていたようだ。 斎藤が契約更改に臨んだのは、去る11月29日。300万円ダウンの2000万円が提示され、それを受け入れた。会見では力なく、「下がったことは当然だろうと思います」と述べるにとどまった。今季は0勝1敗。チームはリーグ優勝、日本一に輝いただけに、疎外感があったのかもしれない。 「斎藤本人は先発投手でやっていきたいと思っているはずですが、今の成績ではチームの投手戦力的に中継ぎをやるしかない。それでも先発にこだわるなら、他球団に行くしかない。環境を変えるのは再起を図る手段だが、トレードに手を上げる側が『先発』を補償するかどうかは分からない」(ベテラン記者) しかし、今回のダウン提示はトレードの可能性を広げた。斎藤が先発投手として開花するかは未知数だが、2000万円ならネームバリューもあって他球団も獲得を検討するはずだからだ。 全選手の平均年俸は約2800万円。今年4月に選手会が発表したチーム別平均年俸でも、最も低いDeNAが2440万円だったから、今の斎藤は“お買得商品”ということになる。 「日ハムはダウン更改してからトレード放出する傾向があります。'02年オフ、下柳剛(現解説者)を放出したときも、大幅減俸を提示した上でのトレードでした。受け入れたくないとする下柳に、球団は受け入れなければ阪神との交換トレードをまとめられないと告げています。4年連続のダウン更改で、『斎藤を出す』というシグナルを感じ取った他球団編成担当も多いのでは」(球界関係者) 平均年俸以下ならば、ダメもとで「冒険しても」と思う球団も現れるだろう。 「糸井(嘉男)獲得に成功した阪神ですが、本当に補強しなければならないのは先発投手です。ドラフトで金本知憲監督のお願いがなければ1位指名は即戦力投手だったはずで、現時点では2位指名の小野泰己(富士大)以外の投手を補強していません。FAで主力投手を失ったDeNA、埼玉西武の出方も気になります」(スポーツ紙記者) しかし、本命は巨人だ。日ハムは巨人と「吉川光夫・石川慎吾と大田泰示、公文克彦」の複数トレードをすでにまとめたが、巨人側が交換リストに斎藤の名前があることを期待していたとの情報も飛び交っている。FAでDeNAから山口俊を獲得したが、ローテーション6人を予想すると、今季10勝した田口麗斗はまだ先発で1年しかやっていない。杉内俊哉、内海哲也の復活は未知数で、交流戦での変則日程には対応できなくなることも。まして、巨人にとって、近年の最大のトレード窓口は日ハムだ。 「パは速球派、セは技巧派が成功している。斎藤はパリーグ向きではない」(同) 来季の編成も決まりかけた、閉店間際の“お買得セール”品に、巨人が食いつくのは必至か?
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スポーツ 2016年12月13日 16時00分
男子バレー次期監督候補 中垣内氏 過失人身事故で白紙撤回も…
揉めにもめている東京五輪のバレーボール会場問題に遂に決着が付くか。林文子横浜市長は12月7日の定例記者会見で、2020年東京五輪・パラリンピックのバレーボール会場見直しで候補の一つに検討されている横浜アリーナについて、「競技団体の理解を得て開催してもらうのは大変難しいんじゃないかと思っている」と、事実上困難との認識を示した。 有明アリーナを新設するとなると高騰する建設費の話も重要だが、ここへきて肝心の選手たちをシラケさせてしまう危険が出てきた。 「リオデジャネイロ五輪は史上最多となる41個のメダル獲得で国民が沸きましたが、球技は苦しみました。卓球、テニス、バドミントンはともかく、このままだと自国開催なのにバレーボール、サッカー、ラグビー、ゴルフなどは決勝進出が危うい」(体協詰め記者) その中でも、バレーボールとサッカーの協会スタッフは上位進出の不確実性を伝えられていた。「東京でリベンジを」と一致団結していたが、両競技とも「監督問題」という一歩目でつまずいてしまっている。 「東京五輪で男子バレーボールの指揮を執る予定だった中垣内氏について、白紙撤回もあり得ます。サッカーは本命視されていた手倉森誠氏を日本代表のコーチにしてしまい、他候補者もクラブ監督の話を引き受けてしまった。候補者選びからやり直しです」(同) 中垣内祐一氏(49)が自動車事故を起こしたのは11月9日で、過失である可能性がある。第一報を知らされた際、日本バレーボール協会の林孝彦事務局長は、「大変残念」と答えるのが精一杯だった。 「中垣内氏を選出する理事会で『彼を推すのなら退席する』と言い放った理事もいました。過去の不倫問題もあり、国民的関心の高い東京五輪には相応しくないのではないかと。現役時代の人気は絶大でしたがね」(専門誌記者) 事故捜査の結果次第では、中垣内氏の次期監督就任は難しくなる。前女子代表監督・柳本晶一氏の名前まで聞かれるようになった。 「バレー、サッカーともに外国人監督になる可能性があります。指導者経験の浅い中堅、未知数の若手を抜てきするよりはメダル獲得の可能性は高まりますが、選手の気持ちが懸念されます」(前出・記者) 自国大会での敗戦となれば、その後の興行収益にも直結する。ただでさえ実力のない日本の男子バレー。視聴率と好感度がなくなれば、もう何も残らない。
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スポーツ 2016年12月12日 10時42分
ダイナマイト関西 “闘いの聖地”後楽園ホールで引退試合、対戦相手は尾崎魔弓
OZアカデミー所属の“強すぎる女子プロレスラー”ダイナマイト関西が11日、東京・後楽園ホールで30年の選手生活にピリオドを打った。最後の対戦相手は、86年8月に旗揚げされたジャパン女子プロレス(消滅)の1期生で、唯一の同期である尾崎魔弓だ。 デビュー場所でもある“闘いの聖地”が、関西のイメージカラーであるグリーンに染まった。昭和と平成の女子プロ界をけん引した功労者の最後を見届けるために、2,100人の大観衆が集まった(超満員札止め)。リングには黄緑色の紙テープが大量に投入され、館内は蛍光ペンライト、「DYNAMITE KANSAI」と書かれたエアバルーンで彩られるなか、最後のゴングが鳴った。尾崎率いる正危軍のセコンド乱入、場外戦で袋叩きに遭うも、ハイキック、ラリアートで反撃。20分を過ぎるころには、10回連続のバックドロップで畳みかけ、衰え知らずの強さを誇示した。30分を過ぎると、得意技であるグリーンフォール、ダイビング・フットスタンプを披露して、32分25秒、スプラッシュマウンテンからのエビ固めでとどめを刺した。 30年のレスラー人生は、波乱に満ちていた。「ミスA」のリングネームでデビュー、JWP移籍後は、史上空前の団体対抗戦で最前線を走った。95年8月には、全日本女子プロレス(当時)のトップファイターだったアジャ・コングから、WWWA世界シングル王座を奪取。同王座初の他団体流出だった。フリー転向後はGAEA JAPAN(消滅)を主戦場にして、クラッシュ・ギャルズ(長与千種&ライオネス飛鳥)改めクラッシュ2000と好試合を展開。OZ所属後は、唯一無二のポジションをキープした。 しかしその一方で、97年8月、同期のプラム麻里子さんを試合中の事故で亡くす悲しみも経験。20代から膠原病を患っており、12年には肺がんが発覚。左肺の半分を摘出する手術を受けている。 ビッグファイターを労うべく、引退セレモニーでは俳優・谷原章介、クワバタオハラ・くわばたりえや、ジャパン女子発足メンバーのナンシー久美さん、元クラッシュの飛鳥さんほか、多くのOGが花束を贈呈。2児のママとなった同期のキューティー鈴木さんは、プラムさんの遺影を手にして涙を拭った。盟友のアジャには、最後のラリアートをブチ込んで、惜別の3カウントに泣いた。ビデオメッセージでは、デビル雅美さん、北斗晶も“出演”。セレモニーラストでは、尾崎から卒業証書が読みあげられると、関西もしたためていた手紙を読み、互いに涙で声を震わせた。 「この30年間、プロレスラーでよかった。いろんなことを経験できたし、最後にこの後楽園で引退できるのを、うれしく思ってます。今までダイナマイト関西と関わって試合をしてくれたみなさん、ありがとうございました。胸を張って、このリングを下りることができます。悔いはありません。これからはみなさんと同じく、リングの外からプロレスを応援していきます」。テンカウントゴングのあとは、黄緑色の紙テープと大きな声援が、再び関西を包みこんだ。 試合後は、「これでお客さんは納得・満足してくれたかな、ダイナマイト関西でお腹いっぱいになったかなって感じ」と笑み。10連続のバックドロップに関しては、「もう2度とあの角度は出ないだろうと思い、尾崎にできるだけ強くぶつけました。あいつほど受けっぷりがすごいレスラーはいない、あの(小さな)体で」と、ベタ褒めだ。今後については、「休養して、体を治してから、考えてることはあるので、第二の人生もスポットライトを浴びれるようにがんばります。後輩に恥ずかしくない人生、後輩が胸張っていける道を作っていければ最高ですね」という。体調は「いいか悪いかでいったら、決して良くはない」。そのため、「ここが限度。ここで決めて良かったと思います」と、節目のリタイヤに悔いはないようだ。 デカくて、強い。明るさと寂しがりな部分を内包させた完全無欠の女子プロレスラー、ダイナマイト関西。これにて、終結。(伊藤雅奈子)
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スポーツ 2016年12月11日 12時00分
通勤時間の駅前にタイガーマスクW! 新日本1・4ドーム大会プロモーションがスタート!
今月2日の朝7時から10時にかけて、JR品川、渋谷、新宿、水道橋、東京など都内11駅12箇所に全30体の『タイガーマスクW(ダブル)』(以降、タイガーマスク)が出現した。これを仕掛けたのは、スポーツ専門のフリーペーパー「Spopre」を発行している株式会社スポプレだ。今月号は『レッスルキングダム11 in 東京ドーム』新日本プロレス1・4東京ドーム大会の特集記事が組まれたということもあり、新日本協力のもと今回の企画が立案された。 「今回はやはりタイガーマスクのマスクを被って配布したので、SNSの反響がすごかったんですよ」 スポプレの担当者がこう話すように、当日の朝はTwitterをはじめとするSNSで、フリーペーパーを配布するタイガーマスクの画像が多数発信されていた。通勤ラッシュの時間帯にタイガーマスクが現れたインパクトはかなり強かったようだ。発信者のほとんどが、プロレスファンではなかったところに、今回の企画の価値があるのだろう。 担当者は今回の手応えについて「3万枚配布させていただいたのですが、手応えはありました。配っていて思ったのは、サラリーマンの方はもちろん、OLの方や学生さんにも反応が良かったので、新日本プロレスさんの人気を実感しましたね」と話している。今回のような企画は、現在のファンだけではなく、昔1・4ドーム大会に毎年のように行っていた層にも「1・4ドーム」を思い出してもらえる大きなチャンスである。1・4ドーム大会の見どころとともに、過去の試合を視聴することができる「新日本プロレスワールド」の情報も紙面に割かれており、これが再びプロレスに興味を持ってもらうキッカケになるかもしれない。 1・4ドーム大会は5万円のロイヤルシートが既に完売し、続くアリーナAも残り僅か。関係者によると、チケットは昨年を上回るペースで売れているとのこと。これは「新日本プロレス」というブランドが世間に根付いてきた証だろう。とはいえ、当然のことながら、まだまだプロモーションの手を緩めることはない。大会まで1か月を切ったことで、今回のタイガーマスクを皮切りに、選手のメディア露出も含め、今年も「“新日本プロレス”が目に入る」ような世間に向けた様々なプロモーション活動が行われる予定だ。 またスペシャルアンバサダーとして、人気俳優の安田顕が就任。安田は以前からプロレスファンを公言しているだけに、1・4ドーム大会への熱い思いを新日本のオフィシャルサイトなどで語っている。大会前日の3日には前夜祭的なファンイベント『大プロレス祭り2017』(ディファ有明)の開催も決定した。1・4ドーム大会は週明けにも全カードが出揃う予定だ。(どら増田)写真提供:Spopre【新日Times Vol.47】
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スポーツ 2016年12月09日 16時00分
プロレス解体新書 ROUND30 〈王座獲得でエース襲名〉 栄光のベルトをめぐるドラマ
力道山からジャイアント馬場へと受け継がれた伝統のインターナショナル・ヘビー級王座。そのチャンピオンベルトを巻いて正統後継者となるべく、ジャンボ鶴田は王者ブルーザー・ブロディに挑み続けた。 チャンピオンベルトに強い思い入れを持つファンが多いのは、プロレスというジャンルの一つの特徴だ。ボクシングの場合、世界王座のベルトは王者それぞれが認定団体指定のものを新規に購入する形式なので、過去の王者の数だけベルトも存在している(王座交代があったときには、リング上で一時的に前王者のベルトを借りて勝ち名乗りを受け、その後に返却するのが通例)。 また、UFCなど総合格闘技では、タイトル戦ごとに新規ベルトを制作するのが一般的だ。それに比べてプロレスは歴代王者の持ち回りが基本で、ボクシングなどのように1人の王者に1本のベルトではなく、チャンピオンベルトに歴代王者の闘いの歴史が刻まれている。 「IWGPベルトといえば、まずアントニオ猪木を思い浮かべるファンもいるだろうし、別世代のファンは連続防衛の橋本真也や永田裕志に思いをはせるかもしれない。実際にはこれまで3度のデザイン変更がなされ、現在のベルトは4代目となるが、それでも闘いの歴史の連続性という点では他競技とは比較にならない」(スポーツ紙記者) プロレスのベルトは“コミッション認定”の体裁を取りながらも、実質的には各団体やプロモーターの占有物である。ありていに言えば興行を演出する小道具に過ぎないが、だからこそ団体ごとに独自の色合いが染み付いていて、そこがまたファンの思い入れを一層と深くしている。 今ではそれ自体が長い歴史を持つ全日本プロレスの三冠ヘビー級王座だが、これも統一される前はベルトそれぞれに特色があった。 PWFベルトといえばジャイアント馬場の代名詞。 全盛時には世界の強豪を相手に38連続防衛という、とてつもない記録を打ち立てながら、なぜかキラー・トーア・カマタごときに反則負けを喫した。これはビル・ロビンソンに王座を移譲するためだったが、やはり馬場でなくてはこのベルトは似合わない。 馬場が一線から退き、長州力や天龍源一郎がPWFベルトを巻くようになってから、すっかり色あせたように感じたファンも多いのではないか。 UNベルトは期待の若手の象徴。 日本プロレス時代には猪木や坂口征二、全日ではジャンボ鶴田や天龍源一郎というように、次代を担うべきホープが巻いてきた。 そして全日において最も高い価値とされてきたのが、インターナショナル・ヘビー級王座ベルトだ。 力道山がルー・テーズを破って獲得したベルトで、1965年に馬場が戴冠した際に巻いたのは4代目。以降、三冠王座に統一されてからも同じものが使われ続けた。'72年、馬場が日プロ退団に伴いインター王座を返上すると、大木金太郎が次の王者として、ベルトを腰に巻くことになる。 日プロ崩壊でコミッションがなくなった後も、大木は独自に猪木を韓国に招いて防衛戦をこなすなど大物相手に闘ってきたのだが、それでも馬場からすると、自身や力道山の過去の栄光と比べて物足りなく感じる部分があったのだろう。防衛戦が国際プロレスのリングで行われるようになると、大木にこれを返上させて、'81年には自団体で“復活トーナメント”を開催する。 復活後の“初代”王者としてベルトを巻いたのは、ドリー・ファンク・ジュニア。次の王者がブルーザー・ブロディ。いずれも馬場が認めるベビーフェースとヒールの本格派であり、さらにその防衛戦の相手も安易に選ぶことはしなかった。 「それだけ馬場にとっては、このベルトへの思い入れが深かったのでしょう。王者が外国人ということで、そもそも防衛戦自体の回数も少なく、これによって当時のファンもインター王座に対しては、PWFやUNに比べて重厚なイメージを抱くようになりました」(プロレスライター) 鶴田はブロディの持つこの王座に挑戦し、その高い壁にはね返されること4度(引き分けを含む)。5度目の挑戦となった'83年8月31日(蔵前国技館)は、奇しくもテリー・ファンクの引退試合と同日であった。 試合は場外から戻ろうとするブロディを、鶴田が後ろから引きずり下ろしてリングアウト勝ちを収める。3カウントやギブアップを奪う完全勝利ではなかったが、鶴田は何度も両手を突き上げて、リング上で感無量の表情を浮かべた。 「今日からお前がエースだ」 馬場は試合後、鶴田にそう伝えた。馬場でも外国人でもない全日トップの座は、この瞬間から伝統のインターベルトとともに鶴田へと受け継がれたのである。 なお、このベルトは'13年に新生・全日本プロレスが三冠ベルトを一新した際、馬場元子さんに寄贈されている。昭和の象徴がまた一つ表舞台から去っていった。
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スポーツ 2016年12月08日 16時00分
新番長・石川佳純が“新婚ボケ”福原愛に下す戦力外通告
“新婚ボケ”の福原愛(28)に、新番長・石川佳純(23)が引導を渡す。 「このままいけば、福原の出場はないと見て間違いない。本人も焦っていないというか、のんびりしたままですよ」(体協詰め記者) そんな福原が出場を見送るのは、来年1月の全日本選手権。同大会は'17年世界選手権の代表選考会も兼ね、出場辞退となれば自動的に世界選手権への出場権も失う。この件について、卓球女子日本代表の馬場美香監督は「例外は認めない」と明言している。 「2012年、ロンドン五輪後もそうでした。友人とディズニーランドや大阪を旅行した。今回は9月に結婚し、夫・江宏傑の生活拠点でもあるドイツで暮らしています。世界大会の会場はそのドイツなので、福原も出たいと思うのではないか、と見られていたんですが…」(関係者) 福原は公式戦から完全に遠ざかっているため、来年1月、世界ランクから消える。リオ五輪はそれでも間に合ったが、今回はそうはいかない。若手の台頭が目覚ましく、ランク上位に復帰するのは並大抵ではない。 「対照的に、下からの突き上げに危機感を持っているのが石川です。彼女もリオ後に1カ月ほど休みましたが、すぐにスウェーデンオープンに出場し、優勝している。影で相当、練習を積んでいるはずです」(前出・体協詰め記者) 馬場監督の「例外は認めない」とする強気の発言も、石川のエースとしての自覚を知ってのことだろう。さらにその石川は、福原に“牽制球”を放っていた。 「お正月特番のバラエティー番組収録で福原、伊藤美誠と再会した際、福原が結婚指輪を見せると、石川は悲鳴を上げて祝福していましたが、いかにも“どうぞお幸せに”と一線を引いている感じでした」(関係者) 伊藤を加えたこの3人は、リオ後に焼き肉を満喫している。“女子会”と言えば聞こえはいいが、1人が出し抜いて「幸せ」になってしまうことは、グループ内に亀裂を生みかねない。 新婚中の先輩を出し抜き、東京五輪の主役は新番長“かすみん”で決まりか。
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スポーツ 2016年12月08日 10時00分
稀勢の里 途中まで横綱相撲も終盤「やっぱりなあ〜」のため息土俵
日本人横綱への道は果てしなく遠い−−。 「もはや国技ではない」との辛辣な声も聞こえてくる。 九州場所(福岡国際センター)は11月27日、横綱鶴竜の優勝で幕を閉じた。だが、場所を大いに盛り上げ、大きな溜め息を誘ったのは、鶴竜でも、綱取りに挑んだ大関豪栄道でもなく、大関稀勢の里(30)だった。 先場所の稀勢の里は、3場所連続して挑んだ綱取りに失敗。同じ大関の豪栄道が初優勝を全勝で飾ったこともあって、支度部屋でこの世の不幸を1人で背負い込んだような顔をしていた。 「無理もありません。この結果、大関以上でただ1人、“優勝していない力士”という不名誉なレッテルを貼られてしまったんですから。愚痴の一つもボヤきたくなろうというものです」(担当記者) この失意のどん底から這い上がるには、基本的なことだが、稽古するしかない。事実、この秋巡業で、上位陣で最も稽古したのは稀勢の里だった。 「貴乃花巡業部長に、やりすぎるな、とブレーキをかけられる場面もあったほどでした」(同) この積もり積もったうっぷんを晴らすように、九州場所後半戦の稀勢の里の闘いぶりは、例えようのないほどすごかった。9日目の豪栄道を皮切りに、白鵬、鶴竜、日馬富士とどっちが横綱かと見紛うばかりの力強い相撲で、文字通り粉砕。優勝戦線に食い込み、九州場所を熱く盛り上げたのだ。 この“横綱3連破”は史上10人目で、過去の9人中7人が優勝している。勝ち方があまりにもすごかっただけに、ファンが逆転優勝、綱取り再挑戦を夢見たのも当然だった。 ところが、横綱3連破直後の13日目、平幕の栃ノ心に右四つに持ち込まれ、最後は右からの下手投げで思い切りたたきつけられて3敗目。これで逆転優勝も綱取りも、一瞬のうちにパー。館内には「またか」という声が充満した。 この裏切り行為に、さすがの稀勢の里も意気消沈。 「迷いはなかった。敗因は右四つになったことかって? そういうことじゃないですか」 支度部屋で呆然としていたが、八角理事長も「あれも稀勢の里、これも稀勢の里。負けられないという気持ちが強すぎたのだろう」と呆れ顔。 毎度おなじみのパターンと言ってしまえばそれまでだが、いつまでもこんなことを繰り返していては賞味期限が切れてしまう。 今の大関陣はいまひとつ信頼がおけない。角界に頭一つ抜きんでた日本人力士が出てこないものだろうか? 一発で横綱を決めてくれる猛者が…。
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