山口敏太郎
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トレンド 2010年12月02日 16時30分
龍馬ブームの今こそ、関西弁の坂本龍馬をもう一度見たい!
11月28日の放送で最終回を迎えたNHK大河ドラマ『龍馬伝』。 坂本龍馬といえば、もともと日本の歴史上でも特に人気の高い人物の一人でありますが、龍馬伝の大ヒットもあって、今年は何度目かの坂本龍馬ブームが起きた1年だったとも言えるでしょう。 坂本龍馬ブームの今年は、龍馬にちなんだイベントやグッズ、番組などが多く登場してファンをおおいに楽しませてくれましたが、私が個人的に今年の龍馬ブームで一番嬉しかったことは、ひょっとすると『龍馬におまかせ!』が時代劇専門チャンネルで放送されたことかも知れません。 『龍馬におまかせ!』は、1996年に日本テレビ系列で放映されていた連続ドラマです。 脚本は後にNHK大河ドラマ『新選組!』も執筆することになる三谷幸喜。坂本龍馬を演じたのはダウンタウンの浜田雅功でした。 三谷幸喜と浜田雅功という豪華タッグ結成に大きな注目も集まったのですが、視聴率は奮わず、脚本を執筆した作品のほとんどがソフト化されている三谷幸喜ドラマの中にあって、数少ない例外と言える未ソフト化のドラマとなっています。そのようなこともあってか三谷ファン、浜田ファン双方からも時折「黒歴史」のように語られてしまうこともある本作品。 浜田雅功演じる坂本龍馬は関西弁で、一般的にイメージされる龍馬とは違って、常におちゃらけ続けていて、毎日だらだらと自堕落な日々を送っています。もちろん、日本の未来のことを考えるようなこともほとんどありません。そんな本作の龍馬を見て、一部の坂本龍馬ファンからは抗議の声も起こったのだそうです。 しかし、本作はそんなに酷い作品なのでしょうか? 実は私はリアルタイムでこのドラマを見ていた(当時・中2でした)のですが、このドラマはとても面白かったし(三谷幸喜とダウンタウンというお笑い界の二つの天才がタッグを組んで作っただけあってかなり笑えます)、そして、このドラマには非常に勇気付けられもしました。 それは本作が、坂本龍馬がまだ歴史の表舞台に出るよりも前のことを描いた話であり、坂本龍馬のような歴史に名を残すような人物にだって、世の中に何の影響を与えることも出来なくて、何も出来ないままだらだらと日々を過ごしていたような時期もあったのだと、このドラマを見て思うことで、やたらと大きな夢は抱いているけど結果的に何も出来ていないボンクラ少年は勇気をもらっていたからなのだと思います。 それに『龍馬におまかせ!』の龍馬は、確かに毎日だらだらと遊んでばかりはいますが、仲間思いであり、また自分と敵対する人物であろうと血が流れるような事態になるのは望まないという、人として大事な部分はしっかり持っていました。 決して、本作は坂本龍馬という人物を侮辱するような内容ではなく、歴史に名を残すような人物にだって、どうしようもない時期もあったんだから、みんなも諦めるなよ! …と、今、駄目な生き方をしている視聴者にエールを送ってくれる素晴らしい作品だったのだと思います。 ところで、『龍馬伝』を見ていたら、次々と斬新な発想を考え出して行動していくことで、改革を望まない者達から敵視されてしまうことを心配する仲間に、坂本龍馬はこのようなことを言っていました。 「命を狙われるくらいのことをせんと、日本は変わらんぜよ」 坂本龍馬のような過去の常識を次々とぶち壊していった男を描くのなら、命までは狙われなくとも、たくさんの批判も受けるくらいの革新的な作品を創る方が、坂本龍馬の本質を受け継いだと言えるのではないでしょうか? 私は、龍馬ブームが続いている今のうちに『龍馬におまかせ!』の初ソフト化に期待したいです。 このドラマを見れば、ニートや引きこもりだって志を捨てなければ、いつかは龍馬のように生きられる…そんなふうに思うことも出来るかもしれません。(「作家・歩く雑誌「幕末の人物では桂小五郎が一番好き」中沢健 山口敏太郎事務所)参照 山口敏太郎公式ブログ「妖怪王」http://blog.goo.ne.jp/youkaiou
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トレンド 2010年12月02日 15時00分
「仮面ライダーの中で一番現実的なのは誰?」〜理工大の先生に訊いてみた
来年は仮面ライダーも1971年の放映から40周年を迎える。仮面ライダー1号から現在放送中の『仮面ライダーOOO(オーズ)』に至るまで、実に仮面ライダーと冠するキャラクターは80人を超える程になった。 「もし、実際に仮面ライダーが存在出来るとすれば、誰が一番現実性があるのか?」某理工大の先生に訊いてみました。【人類自らの手で生み出されるヒーローが一番現実的】 「歴代の仮面ライダーのデータにざっと目を通してみたんですが、意外と仮面ライダーってバットマンとかアイアンマンみたいに、表裏の顔を使い分けるヒーローという意味合いは無いですね。ちょっと驚きました。 現実性があると考えられるのは仮面ライダーG3(登場作品『仮面ライダーアギト』2001年)ですね。人類社会に害を及ぼす未確認生命体が現れたとき、警察機構が防衛と殲滅の任に当たるのかちょっと疑問なんですけど。軍事用のパワードスーツも開発されつつありますしね。警察組織の為に実装備されるユニットと言うのはすごく現実的だと思いますよ。近い内にテロ対策等の為にこうした武装が生み出される可能性は高いと思います」【社会的に認知されていないと厳しい】 「仮に仮面ライダーの様なヒーローが現れたとしても、社会的に認められるのがすごく難しいと思います。特に昭和の仮面ライダー等は敵が改造人間な訳でしょう。ライダー自身も勿論、戦う相手も元々は人間な訳で、これを倒すと仮面ライダーも殺傷行為を行っていることになってしまう。 仮面ライダーの戦闘行為が国家や警察機構等にも公的に理解され、認められなくてはならないでしょうね。仮面ライダーと警察との共闘が描かれた『仮面ライダークウガ』(2000年)の作劇は面白いと思いました。 テクノロジーと社会性との可能性として、現実性が高いと思われるのは『仮面ライダースーパー1』(1980年)でしょうか。惑星開発用の改造人間という設定ですが、将来的に宇宙開発が進めばこうしたサイボーグが生まれてもおかしくは無いですね。ただ、実際にはサイボーグよりもロボットの開発の方が進んでしまうと思います」【仮に、人知れず戦うヒーローがいたとしたら…?】 「いずれは生身の体を機械で強化したサイボーグソルジャーが現れる日も来るのかもしれません。が、まだまだ仮面ライダーの様にバッタの能力を備えた改造人間が生まれる可能性は未知の領域ですね。 仮に、“素姓の知れない謎のヒーロー”として仮面ライダーが存在し得るとすれば、一番現実的なのはライダーマン(『仮面ライダーV3』1973年に登場)だと思います。仮面ライダーの姿を模した強化服を纏って、義手が武器になっている。このコンセプトを満たしたヒーローとしてシミュレーションすれば、ライダーマンは存在の可能性から極論を言ってしまうと、既に存在していてもおかしくないとは思います。流石にこのデータファイル(設定本)のそのままの能力は厳しいと思いますが…」 因みに平成ライダーの殆どが、バッサリ。確かにモンスターやイマジンと契約するとか、鍛えたら変身出来るなんてのは非科学的にも程がありすぎるといったところだろうか。 次点で挙げられたのが『仮面ライダーX』(1974年)だったが、テクノロジーの問題とスーパー1同様にロボットの開発が先に進むであろうという推察、そしてトドメは「いくら実の息子だからと言って、人体改造をしたらそれは犯罪なんじゃないのか」とのこと。 混沌とした時代を打破してくれるヒーローが現れてくれる事を切に願うばかりだが、TVで見るようなヒーローはちょっと難しそうだ。(小野寺浩 山口敏太郎事務所)【参照】山口敏太郎公式ブログ「妖怪王」http://blog.goo.ne.jp/youkaiou
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トレンド 2010年12月01日 16時00分
『ゴーマニズム宣言』サイトの配信番組だけど、政治思想には触れません…『切通理作のせつないかもしれない』
小林よしのり氏による思想漫画『ゴーマニズム宣言』から生まれたサイト『ゴー宣ネット道場』。 様々な政治思想や社会問題について語る番組がこのサイトからはたくさん配信されているのだが、そんな中で政治にも社会問題にも触れることがない番組が一つだけ存在している。 批評家の切通理作氏(写真)がMCを務める『切通理作のせつないかもしれない』という番組が、それだ。 この番組は、切通氏が好きな本やずっと読んでいた本の著者に片思いをして、事前の根回しなしでラブコール(番組の次回にゲストで来て欲しいという思いを熱く語る)を贈るという内容になっている。切通氏の思いが届いた作家たちは、次回の放送にゲストとして登場して切通氏とトークを繰り広げることになる。 実は筆者もそんな切通氏のラブコールを受けて、ゲスト出演させていただいた作家の一人なのだが、今回はこの魅力的な番組について、MCの切通氏から直接お話を伺った。 −− 『切通理作のせつないかもしれない』はゴー宣ネット道場から配信されている他の番組と比べると異質な気がするのですが、何故、ゴー宣ネット道場で「せつないかもしれない」という番組が始まることになったのでしょうか? 切通 小林よしのりさんはデビュー作からギャグ漫画を描いていたし、ゴー宣ネット道場にも、公的な話題ばかりじゃなく、振り幅を持たせたかったのだと思います。極端にいえばカメラの前でずっと餃子を食べてるような番組でもいいと言われました。 でも僕は普段内向的な書斎派なので、人前で<笑いどころ>を意図した芸は出来ない。どうしようかと思っていたら、ある人から「普段の切通さんは大人なのに怪獣映画を熱く語ったり、エロ映画で純愛を語ったり、どう考えてもめんどくさい人間と関わってしまうことを大真面目に語っているところが、外から見ると面白いんですよ」と指摘されました。「そうか。普段のまんまやればいいんだ」と。 ただライターとしての取材って、編集者の人たちがお膳立てしてくれるし、あとで話をまとめ直せますよね。でもここでは僕が根回しなしにラブコールを送るので、来てもらえないかもしれないし、僕がつんのめって、トンチンカンなことを言ったり、緊張しすぎてついうっかりボーッとしているのもそのまま流れてしまう。30分間を30分で撮って、それをほとんど編集なしで流そうという試みなんです。 −− 切通さんはこの『せつないかもしれない』という番組が、どんな番組になれば良いと思っていますか? 切通 政治というのは公的なことだけど、この番組は思いっきり私的なことなんです。しかも直接人生の役に立つことではなく、むしろ「なんでこんなアホな、どうしようもないことにこだわってるんだ!?」ってニヤニヤしながら、肩の力をほぐしてくれればと思います。 あと僕はいま46歳なのですが、50ぐらいまでにはワイドショーのコメンテーターになりたいので、動画に馴れていきつつ、そんな自分を売り込みたい。ドン・キホーテ的な野心を感じて頂ければ。 『切通理作のせつないかもしれない』を、まだご覧になったことがないという方は、私的なことに徹底的にこだわった番組の魅力を是非、体験していただきたい。『切通理作のせつないかもしれない』https://www.gosen-dojo.com/?page_id=31(「作家・歩く雑誌」中沢健 山口敏太郎事務所)参照 山口敏太郎公式ブログ「妖怪王」http://blog.goo.ne.jp/youkaiou
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トレンド 2010年12月01日 14時00分
平成版『トラック野郎』こと『デコトラの鷲』仕掛人・須藤為五郎さんインタビュー(2)
■須藤…須藤為五郎さん■山口…作家・山口敏太郎氏【平成の「デコトラの鷲」世代へ】 山口:このシリーズは完結したんですか? 須藤:いやっ、5作目で区切りが良いところで何かインパクトのある物を作って、なにかそれで「復活」しようかなぁって考えてるんです。 山口:なるほど! 第一部完…て形に。 須藤:要するに、一番最初の桃次郎じゃないですけど、好きになってフラれて失恋して…。 山口:失恋パターンですね? 須藤:そう。それで最後に、主役は一回死んでもらわないとダメかな? って思ってて(笑)。 山口:ははは(笑)。 須藤:それで、死んだのか死んでないのかって…次はあるのかないのかってところで一区切りにしたんですけど。あの寅さんのテレビ版じゃないですけど、沖縄のハブに噛まれて死んじゃったみたいって言っておきながら、その後に映画になりましたよね。ヒントにしたわけじゃないんですけど、何か(観客への)インパクトに「え!? 鷲一郎って死んだの?」「生きてるの?」というのを(印象に)残しておいて、次回作で「ぶら〜っ」と出てきて…亡霊じゃないけど(笑)。 山口:あぁ〜、いいですねぇ。 須藤:「どこへ行ってたの!?」って感じに(作品を)始めたら面白いかなと。 山口:第二幕が始まるわけですね。 須藤:そうですねぇ(笑)。 山口:面白いですね…。本当に(トラック野郎は)須藤さんにとってのライフワークですね。 須藤:ライフワークと言ったら、そうですね。大変でしたけど。 山口:あのー、菅原文太さんが特別に顔を出すってことはありますか? 須藤:いやぁー実はね、声をかけたんですけど文太さんは「もうやらない」って話で…。 山口:それは…年齢的にもうキツイよってことでですか…? 須藤:ええまぁ。…愛川欽也さんは「いいよ」って言ってくれましたよ。 山口:ああ欽也さん! 名コンビでしたね。 須藤:ちょうどその時、梅宮辰夫さんがOKしてくれたので、梅宮さんも何度かトラック野郎のゲストに出ていた方なので、「梅宮さんに探しているお父さん役」で演じてもらったんです。 山口:いつか共演を見たいって気がしますけどね…文太さんがオリジナルの主役の方で…。 須藤:文太さんがまた、年取ってからもトラックに乗ってるって、いいですよね…。 山口:渋くていいですねぇ。 須藤:でも皆思っていますよ。文太さんと愛川欽也さんとの(共演)ね。 山口:今の30代40代は仕事に夢中になっていて、トラック野郎シリーズがまた違った切り口で始まっているって知らない人が多いですよ。僕らも仕事が忙しくて、なかなかレンタル店やセルビデオに目が行かないところがあって…。ところで今回の記事は、ネットニュースとして約30万人の人が見るんですよ。 須藤:それはありがたいですね…。 山口:30万人中、30代40代の男が見てる率が高いと思うので、そこで「ハッ」と気づいてくれれば、同窓会に似てるかなってところがあるので(笑)。今回こういうインタビューがやりたかったんです。 須藤:あぁ、ありがとうございます。 山口:今後とも是非よろしくお願いします。お忙しいところありがとうございました。 須藤:いえ、とんでもない。ありがとうございました。※写真は『デコトラの鷲 火の国熊本親子特急便』DVD(劇場公開は2008年)
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トレンド 2010年12月01日 12時00分
進化した萌えキャラに萌える? 泡盛リキュール! あわもえ2
泡盛のイラストキャラクターに初の萌えキャラを導入して酒造業界に衝撃を与えた「あわもえ」が進化した! 2010年11月26日、シークワサーの泡盛リキュール「あわもえ2」が発売された!(請福酒造有限会社) 萌え寺(了法寺)のアートワークで知られる「とろ美」を起用し、眼鏡をかけたキュートな新キャラクター「上運天にらい」を描いている。 「上運天にらい」は架空のアニメ「琉Q大戦 はぶ×まん」の主役で魔法を操る高校二年生という設定である。 沖縄で「萌え旋風」を巻き起こす請福酒造有限会社の担当者に萌えこだわりを聞いてみた。 ◆「あわもえ2」は、パッケージのキャラクターが一新されましたが、アートワークに「とろ美」さんを起用したのはどのような理由からですか? A:あわもえ泡盛は評判は良かったのですが、お客様より「絵が萌えない」「有名な絵師さんのものがあれば…」というご要望もありましたのでそれに応える形で今回はとろ美さんにお願いしました。 ◆新キャラクター「上運天にらい」の評判はどうですか? A:発売に先駆けて、秋葉原の萌えの聖地といわれるディアステージでお披露目イベントも行ったのですが「とっても可愛い」、「萌えます」と出演者の萌えアイドルの子達や会場のお客様にも大人気でした。 ◆「あわもえ2」を開発する上でどのような味や香りにこだわりましたか? A:泡盛を全く飲まれたことが無い方でも抵抗なく、おいしく飲めるようシークワーサーのさっぱり感、さわやかな香りを意識して作りました。 ◆企画されてから発売が決定するまでどのくらいの期間を要しましたか? A:約1年ぐらいの期間をかけて満を持して出しました。 ◆沖縄のリキュール市場規模はどのぐらいでしょうか? A:最近は弊社の梅酒もよく出ていますし、まだまだこれから伸びていくと思います。 ◆泡盛に「萌え」を起用するようになってから周囲の環境は変化しましたか? A:『もやしもん』という大人気のまんがのドラマ化にあったてタイアップのお話を頂いたりとコラボ商品の企画のお話が増えています。 ◆「あわもえ2」の美味しい飲み方(割り方)をいくつか教えて頂けますか? A:ロックやソーダ割り、トニックウォーター割などがお薦めです。また、泡盛の水割りに加えても美味しいです。あわもえ泡盛の水割りに入れて「萌えもえ割り」はいかがでしょう?※請福酒造有限会社本社:沖縄県石垣市新川148-3http://www.seifuku.co.jp/※文科系忍者記者ドラゴン・ジョー(山口敏太郎事務所)参照 山口敏太郎公式ブログ「妖怪王」http://blog.goo.ne.jp/youkaiou
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トレンド 2010年12月01日 10時00分
豊臣秀吉と徳川家康の両方に関わったお寺が!
滋賀県長浜市にある大通寺。このお寺は、なんと秀吉と家康の両方に関わりのあるものが残されています。 まず大通寺台所門ですが、長浜城の大手門なのです。長浜城の城門だけあって、とても重厚な造りです。大正二年(1913)に解体修理が行なわれ、多少構造は変わったようですが、それでも門柱や金具は当時のものだとか。秀吉がおそらく何度も通った門を近くで見ることができます。 そして、家康関係で言いますと、大通寺の本堂です。もともと伏見城の建物で、家康が本願寺教如に贈り、それをこのお寺に移築したもの。その他にも多くの重要文化財があります。特に山門(写真)は、文化五年(1808)に造られ、完成まで33年もかかったというだけあって、見ごたえがあります。 ということでここ大通寺では、秀吉と家康に関連した建造物や重要文化財を見ることができるのです。長浜に訪れた際は、是非足を運んで当時を偲んでみてはいかがでしょうか。(戦国お城ライターAsami 山口敏太郎事務所)参照 山口敏太郎公式ブログ「妖怪王」http://blog.goo.ne.jp/youkaiou
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トレンド 2010年11月30日 14時00分
平成版『トラック野郎』こと『デコトラの鷲』仕掛人・須藤為五郎さんインタビュー(1)
昭和の戦隊ヒーロー『秘密戦隊ゴレンジャー』にて、二代目キレンジャー役で活躍した須藤為五郎さんが出演した痛快なデコトラ映画作品『トラック野郎』シリーズ。 この作品は昭和映画を代表する『男はつらいよ』シリーズなどと同時期に放映されていた。当時、スクリーンの中に現れたデコトラのド派手な姿と迫力満点に走る様子は、子供だけでなく大人たちをも惹きつけた。 オカルト作家・山口敏太郎も少年時代「トラック野郎」に魅せられた一人。 そして今、須藤為五郎さんも制作に参加し出演している平成版「トラック野郎」こと、俳優・哀川翔主演の『デコトラの鷲』シリーズ誕生の秘話などをインタビューすべく、作家の山口敏太郎氏が直撃した。【昭和から平成の「トラック野郎」】 須藤:僕はずっと東映にいたんですけど、東映の撮影場時代、新人の哀川翔が入ってきて、もう彼とは25〜6年の付き合いなんです。 山口:そんなに長いんですか。 須藤:はい、それで僕は撮影場にいたからプロデュースのことも考えていたので、「俺がトラック野郎みたいな映画をやったら、出てくれる?」という話を最初は飲んでる中で二人で話していて、「うん いいよ」なんていう話が8年くらい前かな…? それが現実になったっていうか…。 山口:そうなんですか…。須藤さんは元々、若い頃に文太さんのオリジナルの方のシリーズに出てらしたんですか…? 須藤:ええ、出てました。僕は後半なんですけど、7・8・9・10作目…。(※注:7…トラック野郎突撃一番星、8…トラック野郎一番北へ帰る、9…トラック野郎熱風5000キロ、10 …トラック野郎故郷特急便) 山口:僕らが子供の頃は、桃さんのシリーズをけっこう観ていたんで。徳島東映の、創業者の孫が僕の友達だったんですよ 須藤:へぇ! 山口:「あれはね「寅さん」を食うために「トラック(寅食う)」なんだよ」って話を聞いたんで、「絶対嘘だぁ」なんて思っていたんですけど、あれって本当なんですか? 須藤:まぁ、松竹映画に対抗して「寅さん」に対抗して、『トラック野郎』を作ったんです。 山口:やっぱり対抗して…。 須藤:ああ、その前にね『お祭り野郎』っていうのがあったんですよ。松方弘樹さんで。その「野郎」シリーズにしようと思ったんですけど、それがあまりウケが良くなくって…そんなこと言っちゃいけないよな? …もう時効だからいいか(笑)。 山口:(笑) 須藤:30年以上前ですね。 山口:『お祭り野郎』って何作か続いたんですか? 須藤:いや、一作で終わりました。一作で駄目でした…。それで一作目にそんなに予算を掛けないで、『トラック野郎』という映画を作ろう! という話で。僕が聞いた話なんですけど、当時低予算で、トラックも八王子の実際に乗っているトラックを借りたりして…。 山口:撮影用に作った物じゃなくて、既存のやつを? 須藤:えぇ、それを使って撮ったのがバカ当たりしちゃって。 山口:斬新ですよね! あの当時デコトラをフィーチャーした映画ってなかったですし… 須藤:なかったですねぇ。 山口:僕の親父は運送屋だったので、運送屋の人たちが喜んで見ていたので。 須藤:ははは(笑) 山口:で、現存している物が数台残っているのは…? 須藤:一番星ですか? 山口:一番星の撮影に使った物が、雑誌のミリオン出版の『ナックルズ』に載っていると…。 須藤:あれはレプリカっていいますか…。 山口:レプリカも何台かあったのですか…!? 須藤:あれは真似て作った人がいるんですよ、四国の人で。 山口:じゃあ、発見されたものはオリジナルじゃない? 須藤:オリジナルじゃないんです。『カミオン』(日本文芸社)とか『トラックボーイ』(日本文芸社)」とか、いろいろな雑誌があって、「一番星号どこにいるの?」って僕は追っかけたんですよ。最後に栃木県のパチンコ屋にあるって言っていましたね…。 山口:その後行方不明に? 須藤:そのまま行方不明になっちゃって…どこかで買取り、買取りでも今はないんですかね…。それで四国のトラッカーの人が再現で作ったのが「一番星号」で、現に今乗っていますね。 山口:そうなんですか。 須藤:イベント車ですね。 山口:じゃあイベントで盛り上がるために…。 須藤:ええ。 山口:それで、須藤さんがずっとお世話になっていて、シリーズを新たにやりたいという希望があったわけですか? 須藤:終わった後も…「トラック野郎復活」みたいなこともやっていたんですよ。 山口:文太さん主演で…? 須藤:文太さんもそうでしたけど、それから黒沢年雄さんで、『ダンプ渡り鳥』ってのをやったんです。 山口:えぇ! そういうのあるんですか? 須藤:それからトラック野郎が終わって、3〜4年経ってからかな…。『ダンプ渡り鳥』をやったんですけど…評判がいまいちだったんですよ。それで段々影が薄くなって。 自分の気持ちの中で、『トラック野郎』がずーっと残っていて。その頃に文太さんの『トラック野郎』の映画がやっていた時に、東映で「グループ一番星」というトラック仲間のグループを作って、翔は一番若手で入っていて。ちょうど西に、京都の方は「ピラニア軍団」というのがあって、川谷拓三や室田日出男がいて。それに対抗して東京で作ったんです。 山口:あぁ〜…懐かしいですね。 須藤:そんな流れがあって「一番星グループ」ってのが残って。 山口:役者の繋がりで…。 須藤:そう、繋がりで。トラックのイベントも盛り上がっていったんですよ。いつか『トラック野郎』みたいなことやりたいねってずっと気持ちの中で残っていたので、どこかでやりたいなと思っていたんです。それで色んな話を持っていったら、「平成のトラック野郎は誰だろう…? ああ、哀川翔だ。前に一緒に飲んで話をしていた哀川翔を使おうかな…」っていうことで、哀川翔に。ちょうどその時、翔ちゃんもヤクザ映画全盛期のVシネマの方に集中していたんで、コメディはやらないだろうと周りから言われたんです。 山口:あぁ、ちょっとコミカルなシーンはありますものね。 須藤:それで誰も言わなかったんですけど、僕には自信があったので、言ってみたら二つ返事でOKしてくれて。 山口:へぇ…。それは何年前ですか? 須藤:8年前かな。 山口:それでスポンサーも見つけて。 須藤:そうですね。 山口:昔の仲間も集まったんですか? 須藤:そうですね、初代の文太さんのモデルになった宮崎さんという人がいるんですけど、ウチの作品に出てもらって…。 山口:出たんですか! 須藤:ええ。それでアートトラックの仕切りをやってもらったりとか。 山口:いいですねぇ。 須藤:おかげ様で、全国のイベントに行くんで、北海道から九州までデコトラの会があるんですよ。 山口:子供の頃見ていた我々の世代が、お金や時間に余裕が出てきて、なんだかそっち(イベント事)の方に向き初めている動きがあるような気がするんですよ。模型とかプラモとか…。今の中学生とか高校生でも、自転車をデコチャリにしたりして。けっこう皆凝るようになっていて。 須藤:ええ、そうですそうです(笑) 山口:なんかこう、ブームが一回転してまた復活しているのかなぁって思うんです。 須藤:飾りも段々変わってきてるのはありますけどね。 山口:進化が見られるのですね…。 須藤:ええ、いろいろありますね。今までは灯りを主にしていたところがアートになっているとか。 山口:そうですね…。前は僕らが子供の時に喜んで見ていた物はお母さん連中に「悪趣味だ」って言われて。 須藤:ええ(笑) 山口:子供はキラキラしてて綺麗だから好きだっていうのがあるじゃないですか。それが今はわりとモダンアートなんて言われて、「あぁ、これはかっこいいんじゃない?」って評価に変わっていますよね。 須藤:変わっていますね。 山口:露骨な男の趣味みたいな所が女性にも認められるようになって、面白い動きだなぁって思って。ブームって何度も繰り返すもんだなって気がしてきて…。 須藤:そうでしょうね…。(つづく)※写真は『トラック野郎 故郷特急便』DVD(劇場公開は1979年)
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ミステリー 2010年11月30日 12時30分
「死後の世界」は必要なのか?
誰しもが一度は疑問を持ったことのある問題に、 「人間死んだらどうなるか?」 というものがある。人は死後の世界というものが気になって仕方がない生き物であるらしい。世界の宗教を観ても、そのほとんどが死後の世界について語っている。 なぜ人類は、死後の世界を考えるのであろうか? それは人間が巨大な脳を持ちながらも「生まれる前の記憶」や「死んでからの記憶」がないからだといわれている。 また、人間はもちろん、生物というのは、死や痛みを恐怖することで生存競争に勝ってきたのである。死や痛みが平気であったら、種は子孫繁栄どころか、たちまちにして滅んでしまったであろう。 まして巨大な脳を持ってしまった人類にとって、 なぜ生まれてきたのか? 生まれる前はどうだったのか? なぜ生きるのか? 死の恐怖から逃れることはできるのか? 死んでしまった人はどうなるのか? といったことが気になって仕方がない生物のようだ。 さらに人類にとっては、死後の世界は在った方が「都合が良い」とも考えられる。 近しい人が死んだとき、それはただの土くれになってしまうと思うよりも「どこかで見守っていてくれる」「天国に行くのだ」と考えたほうが、いいのである。 悪事を働きそうになったとき「ご先祖様が見ている」「神さまが見ている」「悪いことをしたら地獄に落ちる」と、思うことで秩序が保つ効果がある。 人に殺意を持ったとき「殺せば祟られる。呪われる」「悪い奴は地獄に落ちる」と考えることで殺意を抑えることができる。 自分の命が尽きるとき「天国へ行く」と思うことで死の恐怖から遠ざかることができる。 このように考えると、人類にとってたとえ科学では証明できなくとも「死後の世界は在った方が良い」ということになるのかもしれない。(巨椋修(おぐらおさむ) 山口敏太郎事務所)参照 山口敏太郎公式ブログ「妖怪王」http://blog.goo.ne.jp/youkaiou/
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社会 2010年11月30日 10時00分
西三河地方の妖怪 「天火(てんぴ)」
一般に天火とは突然、空から降ってきて、屋根に落ちるか、地面に落下し、転がるように民家に入り込んで火事のもとになる怪火のことである。愛知県奄渥美地方で起きた現象は、夜間、自分の目の前が昼間のように明るくなる現象であった。西三河地方でも天火が目撃されたという話が残っている。 昔、ある男がいつものように岡崎(愛知県岡崎市)の市場へ大根を売りに出かけた。八つ橋(愛知県豊田市)から岡崎まで三里(12km)なので、朝暗いうちから、大根を積んだ大八車にぶら下げた提灯の灯かりだけを頼りに歩いていた。来迎寺(愛知県知立市来迎寺町)のお堂の辺りまで来た時であった。突然、空からパーッと光が差してきた。男は何が起こったのか分からなかった。辺りを見回しても何も無い。ただ驚いて身を竦めるしかなかった。その明るさは足元で蟻が這っているのが確認できるほどであった。 暫くすると、光はスーッと消え、今までの明るさが嘘のように消え、もとの真っ暗闇に戻っていた。男は恐ろしくてガタガタ震えながら、市場へ急いだ。 男が市場に辿り着くと、今朝の出来事をみんなに話した。「それはてんぴじゃないか」と、市場にいた人は口々に言った。どうやら他にも見た人がいるらしい。別の男の話では、田植えが済んだ頃、夜中の2時に起きて田んぼの水を見に行くのが日課になっていた。いつものように家を出ると、急に山の方から明かりが差し込んできた。それは目が眩むほどの明るさであった。男は水を見に行くのをやめて、慌てて家に逃げ帰ったという。「光の正体はお天道様の悪戯で、わしらをからかっているのだろう」と、古老は言った。(写真:「来迎寺」愛知県知立市来迎寺町)(「三州の河の住人」皆月 斜 山口敏太郎事務所)参照 山口敏太郎公式ブログ「妖怪王」http://blog.goo.ne.jp/youkaiou
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ミステリー 2010年11月29日 15時00分
死んでも離さない…女の執念
鎌倉時代に制定された御成敗式目第34条で、不倫は所領半分没収の上職務罷免とされていた。中世カトリックでは死刑である。一途な愛といえば聞こえはいいが、一線を越えると愛情は狂気と化す。 14世紀イタリア。裕福な家庭でキアラという中年女性が、夫と二人幸せに暮らしていた。しかし、それは表向きの話で、キアラは夫に隠れて、美青年パンドルフォと浮気をしていた。ある日、体調を崩したキアラは病院で死期が迫っていることを告げられる。死について考えたキアラが、一番気がかりだったのはパンドルフォである。自分亡き後、すぐに他の女を作るに違いない。 それから暫くの後、いつものように情事に耽っていると、夫が部屋へとやってきた。咄嗟にパンドルフォは、隅に置かれた長さ2メートル程の衣類用木箱に隠れ、キアラがそれに鍵をかけた。間一髪部屋に入ってきた夫にキアラは、自分がもう長くはないことを告げ、大事な思い出の品を詰めた木箱とともに埋葬してくれるよう頼んだ。パンドルフォを閉じ込めた木箱である。このままでは生き埋め、声をあげ助けを求めても、その先は死刑である。木箱の中で、戦慄に耐えるしか術の無いパンドルフォとは裏腹に、他の女にパンドルフォを取られる懸念を解消したキアラは安心したのだろう、その夜が明けるのを待たずに死んだ。悲しみに暮れるばかりで、木箱に何の疑問も持たない夫とは違い、キアラの甥3人が埋葬前に木箱を開けに来た。ただし、それは愛人ではなく、財宝が隠されていると思い込んでの、言わば墓泥棒である。3人で木箱を無理にこじ開け蓋が開かれると、絶叫と共にパンドルフォが飛び出した。何も起こらなくても怖い夜の墓場である。3人は逃げ出し、パンドルフォは無事に脱出できた。その後、3人は墓泥棒がばれる為、この件を人に話すことも無く、パンドルフォはキアラの執念に人生を絶たれずにすんだ。七海かりん(山口敏太郎事務所)山口敏太郎公式ブログ「妖怪王」http://blog.goo.ne.jp/youkaiou/
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ミステリー
特命! 日本ダービーを予想せよ! 馬の姓名判断、霊能犬の動物予知で大予想
2008年05月28日 15時00分
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ミステリー
衝撃!! 羽田の鳥居の祟り事件はインチキだった!!
2008年05月13日 15時00分
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ミステリー
グラビアアイドル疋田紗也がゴム人間に襲われた!!
2008年04月01日 15時00分
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ミステリー
船橋の神社で、狐の生首が出現!
2008年03月18日 15時00分
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ミステリー
東京にザシキワラシ出現!!
2008年02月19日 15時00分
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ミステリー
小さな侍幽霊 新宿に出現!
2008年02月05日 15時00分
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ミステリー
うずまき生物
2008年01月22日 18時18分