昔、ある男がいつものように岡崎(愛知県岡崎市)の市場へ大根を売りに出かけた。八つ橋(愛知県豊田市)から岡崎まで三里(12km)なので、朝暗いうちから、大根を積んだ大八車にぶら下げた提灯の灯かりだけを頼りに歩いていた。来迎寺(愛知県知立市来迎寺町)のお堂の辺りまで来た時であった。突然、空からパーッと光が差してきた。男は何が起こったのか分からなかった。辺りを見回しても何も無い。ただ驚いて身を竦めるしかなかった。その明るさは足元で蟻が這っているのが確認できるほどであった。
暫くすると、光はスーッと消え、今までの明るさが嘘のように消え、もとの真っ暗闇に戻っていた。男は恐ろしくてガタガタ震えながら、市場へ急いだ。
男が市場に辿り着くと、今朝の出来事をみんなに話した。「それはてんぴじゃないか」と、市場にいた人は口々に言った。どうやら他にも見た人がいるらしい。別の男の話では、田植えが済んだ頃、夜中の2時に起きて田んぼの水を見に行くのが日課になっていた。いつものように家を出ると、急に山の方から明かりが差し込んできた。それは目が眩むほどの明るさであった。男は水を見に行くのをやめて、慌てて家に逃げ帰ったという。「光の正体はお天道様の悪戯で、わしらをからかっているのだろう」と、古老は言った。
(写真:「来迎寺」愛知県知立市来迎寺町)
(「三州の河の住人」皆月 斜 山口敏太郎事務所)
参照 山口敏太郎公式ブログ「妖怪王」
http://blog.goo.ne.jp/youkaiou