尾崎豊没後20年・死の真相は未だ解明されていない

トレンド 2011年05月09日 15時30分

 今から約20年前の1992年4月25日、10代のカリスマことロック歌手・尾崎豊が亡くなった。その死因は覚せい剤など薬物の大量摂取による肺水腫だと公表されてきた。彼の体内からは致死量の2.64倍のメタンフェタミンが検出されたのだ。

 しかし、彼が死んだ直前の行動は以外に知られていない。彼がどのような経緯で死に至ったかを改めて検証してみたい。

 死の前日、尾崎は都内であるイベントに招待されて夫婦で出席した。その後、尾崎夫妻はホテルへと移動をするが、そのとき知人と出会い、妻を一人残し、当時芝浦にあった「OBAR」という酒場で酒を飲んでいたところまでは知られている。その後、尾崎は深夜2時過ぎに酒場を出てタクシーに乗り込んだ。その後民家で発見されるまでの約2時間が定かではない。 

 噂によると、タクシーの運転手と尾崎が口論になって千住大橋の派出所へ向かい、そこから尾崎は徒歩で家路に就いたとも言われている。

 1992年4月25日の午前4時ごろ、彼は足立区の自宅から1キロほど離れた民家の庭先で見つかった。家の人間が全裸の尾崎を発見したのだ。

 尾崎は苦しそうに仰向けになり、身体を地面へ付けたまま、身体を地面へこすり付けるような姿勢をとっていたと言う。

 民家の住民が救急車と警察に連絡をして、尾崎は最寄の救急病院へ運ばれた。そこで病院側が尾崎の妻に連絡をして、転院して治療することを勧めたが妻は断り、点滴をしただけで尾崎は自宅へ戻った。

 自宅での尾崎はソファに寝転がり、たびたび苦しそうに嘔吐をしながら、幻覚と戦っていた。その後、3時間ほどして寝息を立てたので家族が安心していたところ、突然寝息が聞こえなくなり、呼吸も脈も止まってしまったと言う。午前11時頃のことだった。急いで日本医科大学付属病院へ救急車で搬送されるが、既に尾崎は死亡していた。時計の針は12時6分を指していた。

 1999年、写真週刊誌『フライデー』8月13日号には、病院で蘇生処置を受ける尾崎の生々しい写真が掲載され、当時の尾崎ファンを驚かせた。写真に写る尾崎豊の顔の右眼は、人の拳によると思われる殴られた痕があり、卵大に腫れ上がっていた。

 しかも身体中に傷があり、尾崎は「外傷性クモ膜下出血」とも診断をされていた。当時の警察は、常時20人体制で尾崎豊の事件当日を徹底的に捜査したと言うが、尾崎の行動の全てを探ることは出来なかった。その為に尾崎の死は、街のチーマーに襲われたという都市伝説や、更に尾崎は誰かによって毒殺されたと言う暗殺説まで登場したが、定かではない。

 彼の死後2年後に、10万人近い署名を集めた再捜査嘆願書が警察に提出されたが、警察側は事件性がなかったとして受理しなかった。

 尾崎豊の本当の死因は、尾崎本人しかわからないのではないだろうか。

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