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高橋四丁目の居酒屋万歩計(1) 「ダイヤ菊」(だいやきく、居酒屋)

 JR・東京メトロ銀座線、新橋駅から徒歩70歩

 映画監督小津安二郎が愛してやまなかった酒、ダイヤ菊。長野県茅野市にあるダイヤ菊酒蔵によると、その命名は金剛石であるダイヤモンドと、日本の秋を象徴する菊と、良いものをふたつ並べたのであると。
 「酒蔵 ダイヤ菊」は昭和26年に新橋駅東口に直営店を開き、46年にこの場所に2号店を開いた。酒の名を名乗る東京唯一の特約店は、ほかのブランドは置かない。店は父から娘へ継承された。そうして、新橋という立地がいい。北鎌倉に住んでいた小津も、ここへなら一本で来られる。
 小津は、後期の名作群を共同執筆していた脚本家野田高悟と、蓼科にある農家風の大きな別荘「無芸荘」にこもって、書いては飲み、飲んでは書き、脚本一本しあがるころには「天の美禄」ダイヤ菊の一升瓶30、40本を空にして、ずらりと並べてその戦果としていた。
 「蓼科の夜中、二人の初老の男がクックッと笑いながら書いていたに違いない」(「小津安二郎日記」都築政昭著、講談社)シナリオとは、たとえば最後の共同執筆作となった「秋刀魚の味」のラストシーン近く。娘の結婚式を終えて礼服のまま知り合いのバーに立ち寄った笠智衆が、「今日はどちらのお帰りーーお葬式ですか」とママに問われて、「うーむ、ま、そんなもんだよ」と答える場面だろうか。

 松竹を、小津を離れた、映画監督吉田喜重氏でさえも、「最後に到達した小津さんらしい至芸の諧謔ぶり」(「小津安二郎の反映画」岩波書店)ともらす、だれも文句のつけようがない脱帽の台詞。
 このシナリオの執筆中に小津の母が他界する。小津は生涯独身。散髪屋で結婚の話題を振られて「不愉快なり」などと若き日の日記に書いているような男で、母は最愛の母であった。葬儀を終えて蓼科へ戻った小津は、日記に書く。「もう下界はらんまんの春、りょうらんのさくら。此処にいてさんまんのぼくは『さんまの味』に思いわずらう。さくらはぼろの如く憂鬱にして、酒はせんぶりの如くはらわたににがい」。酒はいつも甘露ではなく、これもまたダイヤ菊の味だった。
 ところで隣席のカウンター客が気になってならない。この青年、どうみても小津ファンなのだ。さっきから挙動が怪しい。満足げな顔が怪しい。わたしに親切なのがさらに怪しい。
 キミね、わたしはね、小津映画は好きだけどファンじゃない。どう違うか? んなことどうでもいいの。ダイヤ菊に飲まれてもいいけど、小津安二郎に飲まれてはいけないよ。
 いくら三上真一郎氏(俳優)が、小津監督のダイヤ菊のお燗が「決まって温度は55度」と証言しているからといって、お店にそんなこと要求しちゃいけない。
 ええっ、してくれるの! じゃ、わたしもそうしてもらおうかなっと。(注・してくれませんのでそのように)

予算3000円
東京都港区新橋2-16-1 ニュー新橋ビルB1

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