ちゃん
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芸能 2019年04月03日 12時20分
「DVの一種」「愛してたら出ない言葉」妻への“モラハラ”でパンサー尾形に批判殺到
2日に放送された『ロンドンハーツ』(テレビ朝日系)でのお笑いトリオ・パンサーの尾形貴弘のある発言が物議を醸している。 この日は尾形について、「妻への嫉妬心が異常」とのことで、その真偽を検証する企画が放送。その中では、「もしも奥さんがナンパされたら?」という尾形に対する逆ドッキリも行われた。この逆ドッキリは、尾形には「妻をターゲットとしたドッキリを別室で見る企画」と説明されたものだが、実際にはナンパ師と妻をロンドンブーツ1号2号・田村淳が指示して動かしているというものだった。 ドッキリ敢行中、ナンパ師と妻の距離が縮み、雑談をしていると、尾形はモニター越しに「浮気だよ、これ」「こんなやつだと思わなかった。とんでもねえ嫁さんもらっちまった」と激怒。話しているだけにも関わらず、「俺が選んだ女性が間違ってましたわ」と呟き、最後にLINE交換すると、「ダメだ、コイツ」と吐き捨てていた。 その後、自宅隠し撮りも行われたのだが、宅配便の配達員と妻が談笑しただけで、浮気への発展を疑い、「俺がこんなに真面目にやってるんだから。芸人の俺がだぞ?」と発言。さらに、キックボクサーの武尊が掲載された雑誌に折り目が付いているのを見つけた尾形は「これが本当なら離婚」「お前がこうやっていっぱいめちゃくちゃ食えてるのも俺が働いてきてるから」と吐き捨てていた。 しかし、放送後、尾形のツイッターの元には「奥さんを愛してたら出ない言葉ばかり。最低すぎる」「最低ですね。一種の言葉のDVだと思います」「貴方の行動は嫉妬なんかじゃありません、立派なDVです」という批判が殺到。「モラハラ」を指摘する声も多く寄せられた。 「尾形といえば、現在の妻と婚約中の15年にファンの女性2人と浮気していたことが報じられましたが、妻がそれを許した形で結婚。それなのにも関わらず、自分の行動を棚に上げて妻を責め続ける姿に、多くの視聴者が不快感を抱いたようです」(芸能ライター) その後、尾形はツイッターで「どうしよう!!炎上してるよ。。あいちゃん(妻)、さくら(娘)、ミク(愛犬)、ごめんね。。どうしよう。。」とツイートしたものの、火に油を注ぐ形に。いまだ炎上状態は続いている。記事内の引用について尾形貴弘公式ツイッターより https://twitter.com/ogaogaoga399
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スポーツ 2019年04月02日 22時30分
プロレスラー世界遺産 伝説のチャンピオンから未知なる強豪まで── 「大木金太郎」“韓国の猛虎”波瀾万丈の頭突き人生
頭突きを武器に日韓で活躍した大木金太郎(キム・イル)。日本プロレスや国際プロレスのエースとしては成功しなかったが、再評価されてしかるべきレスラーの1人であろう。※ ※ ※ 1960年代あたりまでの生まれなら、頭突きのことを「チョーパン」と呼んだ記憶があるのではないか。 朝鮮パンチを略してチョーパン。今となっては真偽は不明だが、朝鮮学校のヤンチャな学生がケンカの際に頭突きを得意としたことで、この呼び名が広まっていったといわれている。 朝鮮半島出身者=頭突きというイメージは、かなり古くからあったようで、大木金太郎は’59年、日本プロレスに入門すると、力道山から直々に「おまえは韓国人だから頭を鍛えなさい」と言われ、以降、それを得意技とするようになった。 頭を鍛えるといっても筋トレでどうにかなるものでなし、ただひたすら額を壁や柱に叩きつけるのみ。頭突きの威力を高めるのと同時に、「自分が痛みに耐えられるようになる」ための特訓を積み重ねた。 そうするうちに、鉄柱に額からぶつかっていっても平気になったというのだから、常人には想像を絶するものがある。 「大木は後年、交通事故に遭ってそのとき頭蓋骨に食い込んだガラス片は手術でも取り除けず、以後は頭突きをするたびに流血するようになりました。さすがに大木自身も痛かったでしょうが、それでも頭突きを続けられたのは若い頃からの特訓のたまものでしょう」(プロレスライター) そうした頭突き一筋のスタイルを支えたのが、大木の信念とド根性だ。 力道山を尊崇し、日本に密入国したのはすでに30歳を間近に控えた頃で、日プロ入門後に20歳そこそこの馬場正平(ジャイアント馬場)やまだ10代だった猪木寛至(アントニオ猪木)とともに「若手三羽烏」としてしごかれたことは、肉体的にも相当な負担であったことだろう。それを耐え抜いた大木の精神力は並大抵のものではない。 力道山の死後には二代目力道山襲名の話も持ち上がったが、これを提案した豊登の失脚により立ち消えとなる。目標を失った大木は、韓国へ帰国して大韓プロレスを旗揚げし、一定の成功を収めたが、運命は大木の安定を許さなかった。 アントニオ猪木の東京プロレスへの参加により、日プロの選手層が薄くなったことで、その代役として大木が呼び戻されたものの、猪木の復帰により三番手以下に格下げられる。その後、猪木と馬場が立て続けに退団したことで、ようやくエースの座が巡ってきたが、頭突き一辺倒の試合ぶりは馬場や猪木に比べると華に欠け、ついには団体崩壊となる。 行き場を失った大木は、なし崩し的に全日本プロレスに入団するが、冷遇を不服として退団。ちょうどその頃に、国際プロレスを退団したストロング小林が猪木と名勝負を繰り広げたのを受けて、大木はターゲットを猪木に定める。★猪木と因縁対決激闘の末の涙! 大木はまず内容証明郵便で挑戦状を送りつけるが、当初、猪木はこれを無視することになる。 「これは猪木というよりも、日プロから新日本プロレスへ参加した坂口征二の意向によるもの。坂口にしてみれば日プロ崩壊直前、新日との合併話に猛反対して潰した大木が、何を今さらというわけです」(同) 猪木としても同じ釜の飯を食った先輩とでは、やりづらさはあっただろうし、後のない大木が何をやってくるか分からないという怖さもあったろう。 しかし、大木は猪木の自宅や宿泊先のホテルにまで押しかけて対戦を直訴。結局、猪木が根負けする格好で試合が組まれたが、大木は「勝利ではなく頭突きで猪木を破壊することが目的」と豪語した。 「ガチとアングルが微妙に混じり合った、のちの小川直也vs橋本真也みたいな状況だったようです」(同) 試合当日、大木は必殺の「原爆頭突き」に懸ける思いから、キノコ雲の絵柄をあしらったガウンで入場。猪木が徹底してこれを封じ込めようとする緊張感あふれる攻防が続く中、ついに頭突きが炸裂する。 防戦一方となり「猪木危うし」の空気が流れるが、中腰で立ち上がった猪木は「もっと打ってこい」と挑発のポーズをとってみせた。 「そのとき額からツーッと一筋の血が流れたのは、プロレス史上屈指の名場面。猪木のものまねで『来い! コノヤロー』とやるのは、これが元ネタです」(同) 大木は挑発に応じて頭突きを連発するが、これを耐え続ける猪木の形相に一瞬ひるんだところに、猪木のナックルパートが炸裂。乱打戦の中、バックドロップを決めた猪木が勝利を収め、激闘に感極まった両者は抱き合って涙を流した。 以後も大木は坂口との因縁マッチなどで、新日に活況をもたらすことになる。これに焦った馬場が、大木を全日に引き抜いたことで抗争は終結したが、それがなければ日本における大木の立ち位置は、また異なっていたに違いない。大木金太郎***************************************PROFILE●1929年2月24日〜2006年10月26日。大韓民国(日本統治時代の朝鮮)出身。身長185㎝、体重120㎏。得意技/頭突き。文・脇本深八(元スポーツ紙記者)
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芸能ネタ 2019年04月02日 21時20分
結婚8年目、加藤茶の妻へのバッシングを見かけなくなった理由
お笑い芸人・加藤茶の妻でタレントの加藤綾菜が自身のInstagramを更新し、鈴木奈々夫妻とともに「ダブルデート」と楽しんだことを報告した。 綾菜は、自身と加藤茶、そして鈴木夫妻と4人で仲睦まじく写った写真とともに、「鈴木奈々ちゃんの旦那さんは本当に素敵です!」と絶賛。そして、「ウチもカトちゃんとずっと仲良しでいたいです」と綴り、“45歳差婚”で話題となった加藤とのこれからに期待を寄せていた。 これを受け、ネット上では「お互いが信頼して今を大切に過ごされているのでしょう」「今や財産目当てなど言われなくなった純粋にいい夫婦」「奥様は頑張ってる」といった声が挙がっていた。結婚当初こそ、綾菜に対するバッシングがすごかったが、結婚8年目を迎え、二人の関係を認める人が多くなっているようだ。 「当時は、綾菜さんの年齢が加藤さんの長女の年齢とほぼ変わらないことで、『お金目的』や『売名行為』などとバッシングされました。脂っこい食事を作れば、加藤さんを殺そうとしていると言われ、実際、加藤さんの体調が悪くなった際は、綾菜さんが毒を盛ったのではないのかとまで言われました。しかし最近、綾菜さんがテレビに出演する機会があり、ごくごく普通の夫婦生活を語ったことで、世間から『誤解していた』という声が多く挙がりました。綾菜さんは、加藤さんの体調が悪かった時は、身を削って看病し、日常生活でも魚の骨を取ってあげたり、靴を履かせてあげたりしている。本当に大切に思っているのでしょう」(芸能記者) こういった綾菜の行動でバッシングが和らいだともいえるが、加藤のおのろけ発言も、世間から認められるようになった要因の一つかもしれない。 「世間からは綾菜さんのごり押しで結婚したと思われがちですが、加藤さんの行きつけのお寿司屋さんで綾菜さんに、ダメ元で声を掛けたことで二人は急接近しました。結婚後は綾菜さんを綺麗だとべた褒めし、『嫁さんをもらうなら若い方が絶対にいい』だなんて話していますよ。これまで飲み歩くことが多かった加藤さんですが、今は麻雀もゴルフもやめ、夫婦の時間を楽しんでいるそうです」(前出・同) 綾菜は二人の出会いを振り返り、「運命としか思えない」と語っていたが、まさにその通りと言えるだろう。記事内の引用について加藤綾菜の公式Instagramよりhttps://www.instagram.com/katoayana0412/
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芸能ネタ 2019年04月02日 18時10分
広瀬すず&広瀬アリス 巨乳姉妹の“肉欲奔放”濡れる下半身①
いま芸能界で最も有名な姉妹といえば、女優の広瀬すず&広瀬アリスだろう。4月から妹すずは朝ドラヒロイン、姉アリスは月9に重要役で出演する。演技もさることながら、2人とも巨乳美人として誉れ高い。イケメン大好き姉妹のエロ肢体を丸裸にした! 「共演というわけではありませんが、美人姉妹のドラマ対決。どちらに軍配が上がるのか、けだし、見物です」(テレビ局関係者) 今期のNHK朝の連続テレビ小説『なつぞら』(4月1日スタート)のヒロインに抜擢された若手人気女優の広瀬すず(20)。 「北海道・十勝で育ったヒロインが、開拓精神を生かしてアニメーションの世界に挑戦する姿を描きます。これが記念すべき100作目の朝ドラで、彼女は“私の前の99人には負けたくない”と話しているようです」(芸能レポーター) 1996年の朝ドラ『ひまわり』に主演した松嶋菜々子もヒロインの養母役で出演する。会見で先輩として広瀬について問われると、「“天性の女優さん”だと思います。安定感が半端じゃありません。セリフ覚えもよくて頼もしいです。私からアドバイスすることは何もありません」 と大絶賛。 それを受けて広瀬は「よくも悪くも、プレッシャーは感じていません」と明るい笑顔を見せた。 大晦日の『NHK紅白歌合戦』の司会で歌手名を間違えてもケロッとしていた広瀬。プレッシャーを感じないのは大いに結構なのだが…。 「朝ドラというのはドラマの中でも特別な存在で、全国の女性たちが意地悪な目で見るものなんです。広瀬は容姿がパーフェクトすぎて突っ込みどころがなく、憂いを感じさせません。『まんぷく』の安藤サクラとは対照的ですね。安藤には悪いけど、朝ドラのヒロインは、ちょっと愛嬌のある顔の方が人気が出るんです」(前出・テレビ局関係者) さらに、キャラクターも気になるところ。 「バラエティーやトーク番組などで見え隠れする、ちょっと勝気で奔放な感じが40代以上のオバチャンたちに悪く取られないかと心配です」(同)(明日に続く)
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芸能 2019年04月02日 18時00分
『なつぞら』、視聴率が好発進 トトロ、ハイジ、ルパン…名作アニメのオマージュいくつ気付いた?
NHK連続テレビ小説『なつぞら』が1日にスタートし、第1話目の平均視聴率が22.8%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)だったことが分かった。朝ドラとしては4作連続で20%台を突破で好発進となった。 戦争で両親を亡くした少女・奥原なつ(広瀬すず)が、北海道・十勝の酪農家に引き取られ、やがてアニメーターを目指して成長していくストーリーが描かれている本作。朝ドラとしては通算100作目ということもあり、注目が集まっている。 第1話では、東京大空襲が描かれたシーンでアニメーションが使用されるという異例の演出で好評を博したが、ほかにも視聴者から評判を呼んだ演出があったという。「オープニングもアニメーションで構成されており、ヒロインを想わせる少女と動物たちがたわむれるものとなっています。監修プロデュースをジブリの『となりのトトロ』『魔女の宅急便』などを手掛けてきた舘野仁美氏が務めていることもあり、第1話放送後、視聴者からは『ジブリみたいで可愛い!』『ジブリ感あって癒されるわ』といった声が聞かれました」(ドラマライター) また、第1話冒頭の、なつが麦わら帽子をかぶり、草原で絵を描いているシーンが『風立ちぬ』、東京大空襲のアニメーションは『火垂るの墓』に似ていると指摘されているほか、幼少期のおかっぱのなつ(粟野咲莉)と、ひげもじゃでなつに厳しく生きる術を教えていくおじいさん・柴田泰樹(草刈正雄)の組み合わせについても、「ハイジじゃん!」「少女と気難しいおじいさんってまんまハイジだよね」という声も寄せられている。「第2話では、なつが柴田家の面々に『私をここで働かせてください』と訴えるシーンもありましたが、それについても『千と千尋の神隠し』の状況に似ているという声もあります。また、剛男(藤木直人)が布団の中から妻の富士子(松嶋菜々子)に『俺も寂しいよ。ふ〜じこちゃん』と呼びかけるシーンについても、『ルパンじゃん!』『思いっきりルパンのオマージュだった』と、『ルパン三世』の名セリフのオマージュではないかと指摘する声が続出しています」(同) まだ2話目にも関わらず、このようなオマージュの連続に、視聴者やアニメファンからは「オマージュは見てて嬉しくなる」「オマージュ見つけるのすら楽しい」という高評価の声が続々集まっている。果たして第3話もアニメ作品のオマージュは続くのだろうか。楽しみにしたい。
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芸能 2019年04月02日 12時30分
辻希美『新元号』でも炎上 「赤ちゃん連れまわすな」「2日同じ服」「占拠するな」と言われたい放題
何をやってもブログが炎上することで知られる、元モーニング娘。の辻希美が「新元号」を巡っても、物議をかもし出している。 辻は1日更新のオフィシャルブログで、夫と4人の子供とともに、家族6人で名古屋のレゴランドを訪れた様子を報告。「新年号」のタイトルのついたエントリーでは、「新年号が発表されましたね」として、レゴブロックで「令和」の文字を作り、その様子を写真にアップロードしている。「私は昭和生まれなので2個前の時代に生まれた事になるんだね」「令和…どんな時代になるのかなぁ⁇ ワクワク」と感慨も記している。 だがこれに、ネット上のアンチは「ほかの人も遊びたいのに、写真撮りたいがために占拠していいの?」「というか、生後4ヶ月の赤ちゃん連れ回すのって信じられない。完全に親のエゴだよね」「2個前の時代って、まだ平成終わってないし……」といった声が聞かれる。さらに、この旅行は2日目であり、昨日のエントリーと比べて「2日連続同じ服着てない? そんな状態で赤ちゃん抱っことか信じられない」といった声も聞かれる。アンチの小姑チェックは今回も冴え渡っているようだ。だが一方で、「レゴランドって地元の人も行かなくてガラガラだから別にいいんでは」といった声も見られた。 辻は旅行前の3月30日には、加護亜依と組んでいたユニット「W(ダブルユー)」を13年ぶりに復活させている。これに対しても、「加護ちゃんは健気に生きているのに、辻は何も考えてなさそう」「というか、旅行行くならもうちょっとマシな場所行けば?」といった声が聞かれる。 やはり、アンチから厳しい声が挙がっているが、「何でもブログ炎上の辻希美」はもはやネットの風物詩のひとつとなっている。このほかにも、ネット上では「辻って令和生まれの5人目の子供も欲しがりそう」といった声も見られただけに、平成から令和となっても、炎上は続きそうだ。記事内の引用について 辻希美のオフィシャルブログより https://ameblo.jp/tsuji-nozomi/
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スポーツ 2019年04月01日 21時40分
ロッタンが那須川天心に「ONEで待ってます」とラブコール、チャトリ会長も後押し!
ONEチャンピオンシップ『ONE:A NEW ERA-新時代-』▽3月31日 東京・両国国技館 観衆11,098人(超満員札止め) 『RISE125』幕張メッセ大会(昨年6月)で、“神童”那須川天心を延長まで追い込んだロッタン・ジットムアンノン(タイ)が3月31日、ONEチャンピオンシップ(ONE)日本初進出となる『ONE:A NEW ERA-新時代-』両国国技館大会に出場。ムエタイルールでハキム・ハメッシュ(フランス)と対戦した。 「今回、体調が良くなかったのが残念」というロッタンは、ハキムにフルラウンドまで持ち込まれたが、判定で勝利を収めた。試合後、インタビューに応じたロッタンは10カ月ぶりの日本について「東京には僕のファンがたくさんいる」とファンに感謝し、天心戦のリベンジプランについて次のように話した。 「テンシンがONEに上がればやりたい。テンシンがONEに参戦してくれれば、キックボクシングルールでもムエタイルールでも構わない。昨年の試合の判定に僕としては不満がある。(10月に日本大会を予定しているが)テンシンとの試合を実現させたい。待ってます!」 ロッタンは天心に熱烈なラブコールを送った。現在RISEで開催している世界トーナメントに出場予定だったが、今大会に出場することもあり、トーナメントには参加しなかった。天心はトーナメントの決勝で、ロッタンと再戦することを想定していただけに、“肩透かし”を喰らった形となっていた。いずれにせよトーナメントを優勝し、本人もスッキリしていないロッタンとの再戦に臨みたいところ。 「きょうフロントロー(客席の前方)に天心は来ていた。本人が『ONEに出たい』『ロッタンとやりたい』と言っていたことを知っている。将来的に実現させたい」 ロッタンの発言をONEのチャトリ・シットヨートン会長兼CEOは歓迎した。今大会の中継にはフロントローで観戦する天心が、カメラに笑顔で手を振る場面もあった。山口芽生のセコンドに父の弘幸氏がつき、試合後はケージ内に入り一本勝ちを収めた山口を祝福していた。RISEの伊藤隆代表も来場しており、パイプがないわけではない。 天心はRIZINとの契約もある。ONE参戦はひと筋では行かないかもしれないが、敵地に乗り込んでいくつかある“宿題”のひとつを片付けるようなことがあれば日本のキックや格闘技が盛り上がるのは必至。天心の次戦は4.21RIZIN横浜アリーナ大会が予想されるが、ボクシング企画同様、今後の展開が見逃せない。取材・文 / どら増田写真 / 萩原孝弘
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スポーツ 2019年04月01日 21時20分
【DeNA】「横浜は永遠に忘れない」ダンディな名将・権藤博さん殿堂入りセレモニー
30日のベイスターズ対ドラゴンズ戦に先駆けて、今年1月に競技者表彰委員会・エキスパート表彰で野球殿堂入りを果たした権藤博氏を称え、セレモニーを行った。 権藤氏は1998年、横浜の地に38年振りにチャンピオンフラッグをもたらした際の監督で、2000年まで指揮を振るった名将。現役時代は中日ドラゴンズに所属していたこともあり、球場全体がお祝いムードに包まれた。ビジョンには98年当時の教え子達が登場し、思い出や秘話が明かされた。 不動の司令塔だった谷繁元信氏は「自分のプランを崩さない。信頼感があった」、左腕エースの野村弘樹氏は「信用してくれていたから、責任感が出た」、絶対的クローザー大魔神・佐々木主浩氏は「やりやすい環境を作ってくれた。成長出来た」、三浦大輔現一軍投手コーチは「投手としての姿勢を教えてくれた」、98年の開幕投手、川村丈夫現二軍投手コーチは「弱気になるのがわかると怒る。ピッチャーはストライクを投げろと教わった」、マシンガン打線の3番打者・鈴木尚典氏は「監督と呼ぶなと言われた。同じ立ち位置で戦うボスだった」、ヘッドコーチ(当時)の山下大輔氏は「選手も個性派揃いだったが、その上を行く個性派監督だった」と各々の話に、詰めかけたファンもビジョンにくぎ付けとなっていた。 「監督と呼ばせない」、「ミーティングはしない」、「送りバントはしない」、「2ストライクナッシングから1球ボールを投げさせる意味が分からない」、「中継ぎピッチャーにもローテーション」、などの常識に囚われない野球観は、時に非難も浴びた。しかし、結果で黙らせる様はその風体とともにダンディズムが漂っていた。 セレモニーで横浜DeNAベイスターズ・岡村信悟社長から記念の盾とプレートを、ベイスターズから三浦コーチ、ドラゴンズからは98年の2番センターだった波留敏夫一軍打撃コーチから花束が贈られた後、権藤氏は壇上でスピーチ。第一声で「カッコイイですね。わたし」と発し、ハマスタを沸かせた後、「お客様の声援で日本一になりました。殿堂入りも出来ました」と、観客に感謝の弁を述べ、スタンドからは盛大な拍手が送られた。 1998年以来リーグ優勝、日本一からも遠ざかっているベイスターズ。権藤氏からは「いい選手が揃った面白いチームになったので、チャンスはあると思います」との言葉を送られた。名将のエールを受け、21年振りの歓喜の時が秋にやってくる事を信じたい。写真・取材・文 / 萩原孝弘
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スポーツ 2019年04月01日 21時10分
【追悼】「北尾さんがいなければ僕は…」“プロレスラー”北尾光司さん逝去に弟子の望月成晃、高田延彦氏が悼む
元大相撲の横綱、双羽黒こと北尾光司さんが2月10日、腎不全により亡くなられていたことがわかった。55歳の若さだった。ここではプロレスラー時代の北尾さんを振り返るとともに、レスラー時代に北尾さんとゆかりがあった人物の追悼コメントを掲載したい。 1990年2月10日。この日は北尾さんがプロレスデビューを飾った日だった。横綱からプロレスラーになったのは、故・輪島大士さんに続いて2人目。その後、現在欠場中の曙が3人目のプロレスラーとなったが、横綱まで登りつめてプロレスに転向したのはこの3人しかいない。北尾さんは新日本プロレスのオファーを受け、『'90スーパーファイトIN闘強導夢』のセミファイナルで、クラッシャー・バンバン・ビガロを相手にデビューを飾り、ギロチンドロップでフォール勝ち。新日本にとって2回目の東京ドーム大会で、セミファイナルの破格なデビュー戦。入場テーマ曲はデーモン閣下がオリジナル曲を書き下ろし、デビューまでの指導は“鉄人”ルー・テーズが行った。この大会は直前でトラブルがあり、急遽、故・ジャイアント馬場さんが、全日本プロレスの所属選手と、スタン・ハンセンを新日本に貸し出したことから、全日本のファンも大挙として来場。デビュー前の言動や、相撲界の離れ方が悪かったこともあり、カード発表の段階から大ブーイングが発生。試合も終始ビガロコールが起こるなど、北尾さんにとっては気の毒なデビュー戦だった。しかし、同大会がゴールデンタイムで放映されると、最高視聴率は20%を超えており、世間的な注目度が高かったことが窺える。ちなみに、アントニオ猪木氏の「1、2、3、ダァー」はこの日のメインイベント終了後に初披露されるなど、ドーム大会史上最高興行として、今でも語り継がれる大会となっている。 その後も、北尾さんのビッグマウスは『徹子の部屋』(テレビ朝日系)など、プロレスメディア以外でも見られるようになり、新日本内でも孤立していくが、田中ケロ・リングアナウンサー(当時)は「北尾さんが亡くなっておられました。新日本時代、悪い印象ないんですよ。長州さんと揉めた時もホテルの部屋まで話にいきましたが、ちゃんと話せば、お互いわかるんちゃうかって思った気がするなあ。めちゃくちゃ恵まれた体格に甘えちゃってる感じがあったんで、もったいないなぁと。早すぎますよ」とツイッターで悪い印象がなかったことを明らかにしながら、早すぎる死を悔やんでいる。田中リングアナが書いているように、当時の現場監督だった長州力と衝突したことから、新日本を離れ、メガネスーパーが同年に旗揚げした新団体SWSへ。大相撲の先輩である天龍源一郎氏を慕って入団となった。天龍氏とは憧れだったWWF(WWE)のリングにも上がっている。だが、ここでもジョン・テンタ(元大相撲力士)を相手に不可解な反則負けを喫した上に、暴言を吐いたことから解雇されてしまう。 新日本、SWSと続けて解雇されてしまった北尾さんは、総合格闘家への転身を模索。そこで声をかけたのがUWFインターナショナルだ。1992年10月に高田延彦(現RIZIN統括本部長)氏との『格闘技世界一決定戦』が実現。この試合で北尾さんは高田氏のハイキックにKOされてしまい、高田氏が最強神話を築くキッカケになる試合となった。高田氏は自身のインスタグラムを更新し、「元横綱の北尾光司さんが亡くなったとの一報を聞いて茫然とした。あの北尾光司がまさか55歳の若さで逝ってしまうなんて今でも信じられない気持ちだ。いつか再会して言葉を交わしたいと思っていたが叶わなかった。本当に残念でならない。心よりご冥福を祈ります」とお悔やみの言葉を送った。 1994年には格闘技塾、北尾道場(後の武輝道場)を設立。再び天龍氏のもとに戻り、WARに参戦。この時、北尾さんに弟子入りしたのが、ドラゴンゲートの岡村隆志前社長、望月成晃、フリーのTARUなどがいる。望月はプロレスリング・ノアの試合前に訃報を知ったそうで、「試合直前に知りました 北尾さんは引退されてから、プロレス界とはほぼ断絶されていたので、僕もお会いする事はありませんでした ただ一つ…間違いなく言えるのは、北尾さんがいなければ、僕はプロレスラーになれなかったという事です 心よりご冥福をお祈りいたします 合掌」とツイッターに悼む言葉を綴った。高田対北尾を見てプロレスラーを目指した望月にとってはショックが大きかったようだ。 その後はPRIDEやUFCなど総合格闘技での活動が目立ち、高田対ヒクソン・グレイシーが行われた1997年10月の『PRIDE.1』東京ドーム大会では、ネイサン・ジョーンズを相手に総合初勝利。この時の喜び方は凄まじく、今でも鮮明に覚えている。1998年、全日本の東京ドーム大会で田上明戦が発表されるもこの試合は中止に。理由は明らかにされていない。同年7月18日にSWS、WARで一緒だった、北原光騎氏が主宰するキャプチャー新宿ACBホール大会での『地下室プロレス』で北原氏を相手に引退試合、10月11日の『PRIDE.4』東京ドーム大会で引退セレモニーを開催し、マット界から完全に離れた。 プロレスラーとしては早すぎた逸材と評価する声も多く、実際、ビガロ、ビッグバン・ベイダー、スティーブ・ウイリアムスといったスーパーヘビー級の外国人選手と対峙しても見劣りはしなかったし、新人とは思えぬほど、肝が座っていた。最初の過度な売り出しが、本人の勘違いを招き、最後まで尾を引いてしまったのは残念でならない。 和製ハルク・ホーガンを目指したプロレスラー北尾光司は、平成を全うして天国へ旅立っていった。 合掌。文・写真 / どら増田 ※文中一部敬称略
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スポーツ 2019年04月01日 20時00分
「最強のMMAファイターになる」“新星”若松祐弥が躍動!メインは青木真也が一本勝ち!
ONEチャンピオンシップ『ONE:A NEW ERA-新時代-』▽3月31日 東京・両国国技館 観衆11,098人(超満員札止め) ONEチャンピオンシップ(ONE)初の日本大会となった両国国技館大会。客席を見るとアジア圏の来場者が多い。多数の海外メディアも早くから会場に詰めかけていた。演出や映像の作り方も日本とは明らかに違う。世界最大のプロレス団体WWEが初めて単独で日本公演を行った時と似ている。ONEのパッケージで、少しだけアジアンテイストを強めにしたのが、今回の両国大会だったのではないだろうか。 そんな中、7試合のプレビューマッチの後に、K-1などで日本でも活躍したキック界のレジェンド、アンディ・サワー(オランダ)が久々に来日。しかし、ヨドサンクライ・IWE・フェアテックス(タイ)に一方的に攻められ2R、わずか51秒でKO負けを喫した。サワーは「蹴りではなくボクシングで来たので衝撃を受けた」と敗因を分析していたが、ショッキングな結末だった。 「24年間生きてきたのはこの日のためにある。スーパースターのDJをKOして、新時代を築きます」 大会直前にこう話したのは24歳のパンクラシスト若松祐弥。UFCからベン・アスクレンとのトレードで、ONEに移籍したDJことデメトリアス・ジョンソン(アメリカ)のONEデビュー戦の相手に抜擢された。この試合はフライ級ワールドGP準々決勝。ONEとパンクラスの提携がきっかけで、若松が抜擢されたのだ。ONEには2度目の出陣、前回は判定負けだったが、会見では誰よりもギラつきを放っており印象に残った。 「作戦というのはなくて、本当に全部の攻撃で仕留めるということを考えていました。技術は絶対あっちの方が上なので。ハイキックを警戒していたのと、右ストレートを合わせてくるだろうと。でも狙っていた攻撃が当たったので、打撃も出ました。そういうのが全部通用したし、組まれたら終わりだと思っていたのに全然立てた」 試合は2Rフロントチョークで敗れたが、試合後、若松の目からギラつきは消えるどころか増していた。それだけ、UFCでトップを張った男に若松のスキルが通用したのだ。 「俺が主役だと思ってやってきました。負けたのはめちゃくちゃ悔しいですけど、世界の感覚と渡り合えたし、それは俺しか体験していないことで、間違いなく自信になりました。パンチが当たった感覚で相手がひるんだことも覚えています」と若松は手応えを口にする。 「めちゃくちゃ悔しいです。でも、この手応えが肥やしになると思っています。いままでの人生で一番興奮しました。夢の中にいるみたいで。ぶっちゃけ、いつもは試合前、あんなに気合いを入れたことないんですけど、今回は本当に死んでもいい覚悟でやってきました。でも、まだ甘かったです」 人生の全てをかけて挑んだ一戦は結果は黒星となったが、それをはるかに上回る収穫があったようだ。甘いマスクの持ち主で、コメントにも芯がある。24歳とまだまだ伸び代があるのが魅力的だ。このままONEとパンクラスの舞台でうまく育てていけば若松自身がスーパースターになれる可能性はあると言ってもいい。それぐらい今から“見ておくべき”選手である。 「負けて言うのもなんですけど、僕の方が技術的にも威力も上だったと思います。寝技は、もっと差があると思っていましたが、組んで倒せたし、立ち上がれました。全然、そんなにできないわけじゃないなと思いました。今回は、右のアッパーと左フックも当たりました。総合の打撃は僕がトップだと思います。キックやボクシングはまた違いますけど、総合での打撃は僕がフライ級でトップだと思っています」と若松は続けた。 今後については「これで(予定が)全部崩れてしまったんですけど、終わってみたら、思ったよりスッキリしたし、極められたけど惨敗ではなかったと思っています。立ち直って、最強のMMAファイターになりたいです。今、その手応えがあります。特に打撃では、絶対に僕の方が強いと思います」 世界のDJと日本で闘い、敗れはしたが「総合の打撃は俺が一番」と確信を持てた。あとはまだ「一番」になれていないピースを埋める作業をすれば、最強のMMAファイターになれる。「スッキリした」という若松はとても輝いていた。次戦はどんな試合を見せてくれるのか。3度目のONEでは結果も求められるが、ギラつきがあればやってくれるだろう。さらなる飛躍に期待したい。 日本初大会のメインはDREAMなどで活躍した青木真也が、エドゥアルド・フォラヤン(フィリピン)のONEライト級王座に挑戦。大青木コールの中、青木は1R、2分前にタックルでテイクダウンを奪うと、そのまま肩固めを極めて一本勝ち。見事、王座奪還に成功した。 「35歳になって、好きなことやって、家庭壊して、一人ぼっちで格闘技やって、どうだお前ら?うらやましいだろう。俺はな、こうやって、明日もコツコツ生きてくんだよ」 試合後、マイクを持った青木は久々に青木節を全開。試合前はナーバスになっていただけに、とても晴れやかな表情を浮かべた。最後は「みんな俺たちのファミリーになってるから、みんな頼むぞ!俺たちはファミリーだ!ケツにGOって書いてあるけどな、みんな明日もGOだ!」と絶叫し、青木らしく強引に締めた。 インタビュールームで青木は「日本でやると決まってから、この大会を引っ張るためだけに1年間やってきた」と強調。まだONEが小さかったころ、DREAMがなくなり、上がるリングがない中、「チャトリ(会長兼CEO)が拾ってくれた」恩返しをするため、今大会成功にかけていたことを明かしている。 チャトリ・シットヨートン会長兼CEOは「ツイッターのトレンドで日本とアジア、そしてアメリカでも1位だった。アメリカの団体を集めて対抗戦もやってみたい。世界には若松のようなまだ知られてない素晴らしい選手がいる。青木は傷ついている世の中を闘いを通じて癒やしていこうという、われわれが目指していることを実践してくれた」と総括した。 次回の日本大会は10月の予定。初の日本大会は運営面のバタつきがあったものの、また見たいと思わせるような大会だった。ONEは生観戦をオススメしたい。渋谷から30分で行けるシンガポールは素敵な空間だった。取材・文 / どら増田写真 / 萩原孝弘
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