社会
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社会 2019年01月13日 18時00分
またも“あおり運転” エリート医師ポルシェ時速200キロの凶器と狂気
あおり運転の死亡事故が今度は関西で起きた。 11月25日の昼すぎ、兵庫県尼崎市の阪神高速神戸線でポルシェが暴走し、運送会社のトラックに追突。トラックの運転手(70)を死亡させたのだ。 東名高速のあおり運転死亡事故裁判で懲役18年という判決が下ったばかりのことだ。 ポルシェを運転していたのは、芦屋市に住む開業医・久保田秀哉容疑者(50=自動車運転処罰法違反などの疑いで逮捕)だった。 「久保田は昨年3月、スピード違反などの交通違反を繰り返し、免許取消処分を受けていた。取り調べでは『70キロ前後で走行していた』ととぼけ、それ以外は『弁護士にしか話しません』と黙秘の姿勢を見せた。しかし、阪神高速に設置されているカメラ、周囲を走行していた車のドライブレコーダー、ポルシェやトラックの損傷具合から、制限速度60キロを大幅に超える200キロ前後で走行していたことを特定した」(捜査関係者) 事故の直前、久保田容疑者のポルシェが、BMWとカーチェイスのような状態でスピードを競っていたという目撃証言もあり、東名あおり事件と同様の悪質性が指摘されている。 「ただ、クズ中のクズだった東名の石橋和歩被告とは違い、久保田は超のつくエリート。東大の理科Ⅰ類から大阪大学医学部へ学士入学した秀才で、阪大付属病院で研修医を勤め、東大阪市立病院、西大阪病院など複数の大病院を経て、今年8月に大阪市でクリニックを開業しています」(全国紙記者) 祖父も東京帝国大学理学部出身で、我が国を代表する化学メーカーの副社長や相談役を務め、原子力委員会専門委員を務めたことでも知られる名士だった。 「名門の家系に生まれ、自身もエリートでしたが、自分の頭のよさをひけらかすタイプで、患者にも横柄な態度をとっていたようです。そんな性格が災いし、友だちもほとんどおらず、いまだに独身。芦屋で父親と兄の3人暮らしだったそうですから、淋しさやストレスをスピードで紛らわせていたのかもしれません」(同) 久保田容疑者が開業していたクリニックは2018年8月に新設したばかりの心療内科『夢の絆クリニック』。病院名の「夢の絆」とは全くかけ離れた容疑者の凶器と狂気の行動だった。
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社会 2019年01月13日 12時00分
1938年「津山30人殺し」犯人・都井睦雄の墓に込められた被害者・加害者遺族の思い
岡山県津山市から北へ20キロほど進んだ苫田郡加茂町(現津山市)の山村で、1938(昭和13)年5月20日未明、日本の犯罪史上、いや世界の犯罪史上でも稀にみる大量殺人事件が発生した。なんと集落の3分の1にあたる30人もが一晩の間に殺されたのだ。 犯人は同村の都井睦雄(当時22)。彼は、猟銃や日本刀の類を使い、5歳から86歳までの村人30人を殺害、2人に傷を負わせたのだ。それも、わずか数時間のうちにである。その後、都井は付近の山林に逃走、村人を殺した猟銃で自らの命も絶った。 都井をそこまで追い詰めたもの……それは当時、村に色濃く残っていた夜這いの因習と、肺病だったと考えられている。「犯人は肺病(結核)で近所ののけ者にされ、しかも女の問題で失恋していた」(朝日新聞、昭和13年5月22日付)とあるように、病気が犯行理由の一つだとされており、色白で秀才という同村には珍しいタイプの犯人を村の女たちは可愛がりもしたが、結核とわかったとたん、村八分のような扱いをされたことに起因しているという。 さらに当時、不治の病とされ感染性もあると考えられていた結核という診断。そんな状況に絶望した結果、都井は凶行へと走ったのだという。 事件現場となった岡山県苫田郡加茂町(現津山市)の貝尾地区では、凶行のあった「昭和十三年五月二一日亡」と刻み込まれた墓が無数が散在していて、今もこの事件が“終わっていない”ことを改めて感じとれる。だが、そんな空気も、この地区からちょっと距離を置くだけで変わってくる。 同町倉見地区ーー。ここは睦雄が生まれ、3歳まで過ごした集落だ。しかし両親が相次いで死去し、祖母の故郷である貝尾へ連れられていった。彼の生家近くの小高い丘に一族の墓が固まっており、ここに稀代の殺人鬼は眠っている。しかし周囲に並ぶような墓石はなく、ただ手の平大の丸石があるのみ。これが殺人鬼の最後の姿だった。「こんなちっぽけな墓しか建ててもらえんで、かわいそうじゃよ」 付近で畑仕事に精を出す老婆は呟いた。しかし、その老いた口から出る言葉は、非常に同情的なものばかりだった。「(睦雄を)悪く言うのなんかいないよ。あんな墓じゃ可哀相だから記念碑でも造ってやろうかっていってるぐらいなんじゃから」 むしろ彼を殺人に駆り立てたのが現場の人々だった、と言わんばかりの口調である。 そこには当事者同士にしか分からない、相いれない世界があるようだった。
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社会 2019年01月13日 06時00分
福島県須賀川市「悪魔祓い事件」の実態③
●事件発覚の原因は、女同士の嫉妬? 須賀川の拝み屋だけでなく、その後は栃木や岡山の新興宗教に入信したという江藤幸子。その頃に夫が失踪すると、信仰への傾倒に拍車がかかる。そして、ついには自ら「神」と名乗ってお祓いを供するようになり、不特定多数の人間たちが家に出入りするようになったという。 被害者の三木護さん(56歳)と和子さん(48歳)は、長女の理恵さん(19歳)、高校生の二女、中学生の三女の一家5人で入信していた。そして、護さん、和子さん、理恵さんの3人が犠牲となった。入信のきっかけは、「よく当たるって評判のお婆さんで、糖尿病を患っていた護さんが江藤のお祓いを受けたところ、治ったことだった。 溺れる者は藁をも掴むという言葉の通り、信者たちは江藤のもとで救われることを望んでいた。しかし、江藤は神を名乗っておきながら、共犯で逮捕された元自衛官の男(当時21歳)を愛人とし、信者から金を巻き上げていった。太鼓のバチで信者を殺害したのも、愛人の自衛官に色目を使った女性信者への嫉妬がきっかけだったという。 そんな江藤が築いた「狂気の王国」は、バチで叩かれた信者が抜け出し、入院したことをきっかけとして崩壊へと向かっていく。危機を感じた江藤は、死体を寝かせていた部屋に大量の脱臭剤を置き、信者たちに大量のタバコを吸わせるなどして、近所にバレないように努めたという。それでも、隠し通すことはできずに警察が動き出し、冒頭の通り、悪行は白日の下に晒されたのだった。 その後の裁判で、江藤は遺体を放置したことについて、「魂は死んでいない、そのまま寝かせていた」と供述。だが、これが裁判官に信じられるはずもなく、彼女には死刑判決が下され、2012年9月に刑が執行された。
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社会 2019年01月12日 12時00分
下山事件
1949(昭和24)年といえば、日本が太平洋戦争に敗北して4年目の年。未だ東京は空襲の爪痕がいたるところに残り、天皇に代わってGHQ(連合国最高司令官総司令部)が間接統治していた時代で、政治では第3次吉田内閣(民主自由党)が発足していた。当時の社会の動きといえば労働争議が多発し、不可解な事件が連続して起きていた。「下山事件」(7月5日発生)「三鷹事件」(7月15日発生)「松川事件」(8月17日発生)だが、これらの事件の背後には、GHQ内の権力闘争が底流にあったことが後年、明らかにされている。 「三鷹事件」「松川事件」についての詳細は省くが、「下山事件」の結末はどうなったのかといえば、この事件こそGHQの組織にあった「キャノン機関=米軍の謀略機関」や「CIC=米軍の対敵防諜部隊」が登場し、また、旧日本軍の特務機関員や中野学校卒業生の関与が噂され、法医学も巻き込んで死体の「生前轢断(他殺)」説と「死後轢断(自殺)」説がマスコミの取材を、ヒートアップさせてしまった事件として、今も生々しく伝えられている。また、「犯人」が消えてしまい、真相がブラックボックスに閉じ込められていることから、「未解決事件」として見知っている方も多いのではないだろうか。 筆者がこの事件に関心を持ったのは、十数年にわたって追跡してきた「中野学校卒業生の戦後史」がきっかけであった。事件の核心に触れたのは卒業生の1人を取材した時で、本人は仮名(既に88歳で逝去)を条件に取材に応じてくれた。前沢義昭(仮名)の徳島の自宅で行われた取材で、彼はまず、中野学校出身であることを告げた。「中野は42年7月に三丙(入学は41年9月)で卒業しました。初任地は関東軍情報部のハイラル支部で終戦まで満州各地の支部を転属し、最終任地はハルビン特務機関で階級は大尉でした」 戦時中の活動について質問したが、答えは「特務工作」と語るだけで、工作の詳細は語ってくれなかった。「いろいろありまして、中野校友会の会員にも入っていません。仲間で私がここ(徳島)に住んでいることを知っているのは、秋田に住むCIC時代の友だけです。CICは『下山事件』とも関係のあったセクションなんです」 筆者は前沢の言葉に驚愕していた。元中野学校卒業生と下山事件の関係。筆者はかつて卒業生の複数人は「実行犯云々は別にして、あれだけの犯行を決定的な証拠も残さずに実行できたのは、謀略のノウハウを熟知した人間だろう」という証言を得ていた。そして、関心を持つ卒業生には「動機という点では金銭は関係なく、背景には政治謀略があったと思う」と分析する者もいた。だが大半の卒業生は「我々の仲間が事件に関与していたことなど絶対にありえない」と全否定している。だから、当事者の口から下山事件が出るとは思いもよらなかった。 事件に関する数多くの著作物についての感想を聞いてみた。「死因の究明よりも、この事件のキーワードが何なのかを考察すれば、おのずと事件の全体像が把握できるはずなんです。関連書で労作と評価の高い矢田喜美雄さんの本(『謀殺下山事件』祥伝社)に出てくる『フジイショウゾウ』。彼のことを中野学校出身の日系1世で、GHQのGー2(参謀部第2部)の指揮下にあったSPD(公安課)に勤務していた人物と書いていますが、フジイは「藤井正造」で、日系1世ですが中野学校の出身ではありません。私は、彼に協力して隠退蔵物資の摘発や労働組合の内部情報などを集める仕事をしていたんです」 前沢はCIC時代に「藤井」とチームを組んで仕事をしていたと証言した。 ここで藤井正造について簡単に説明しておく。フジイはシビリアンで、本国ではOSS(CIAの前身)の工作員をしていたが、日本語が流暢ということからGHQに志願してCICに配属された人物だ。諸々の著作物によれば「藤井」は工作活動に「下平」のトリックネームを使っていた中野学校出身者と書かれているが、前沢は「フジイは下平の変名は使っていません。下平は別人で、その人物は私の後輩で二俣(陸軍中野学校二俣分校)を卒業した男なんです」と証言、その言葉には有無を言わせぬ説得力があった。「藤井」の正体をここまで明かした人物を、筆者は初めて知ることになった。 だが、肝心の「下山事件」と中野学校の関係を前沢から聞くことは叶わなかった。一縷の望みは前沢が生前に語っていた「もう1人、真相を知る人物が秋田にいます。その男と相談してみます」と、遺した言葉であった。 その時、前沢は10年前に届いたという年賀状に書かれた名前(大山智也=仮名)、住所と電話番号を教えてくれた。 前沢義昭の訃報に接して1カ月も経っていなかったが、筆者は大山のことが気がかりで2009年の初秋、秋田に飛んだ。事前の確認で夫人から大山が闘病生活を続けていることを聞かされていた。病院は日本海に面する風光明媚な場所にあった。かつて秘密戦士として活躍していた大山は、3階の大部屋で南向きに据えられたベッドに横臥していた。大山は92歳になっていた。果たして真相を語ってくれるのか。突然の訪問なので、追い返されるのではないかと、正直不安であった。だが、不安は杞憂に終わった。 大山は車椅子を利用していた。ベッドを離れると器用に車椅子を操り、筆者を従えて屋上のサンルームに案内した。「あなたのことは前沢から聞かされていました。亡くなったそうですね、あいつ」 短い言葉に前沢の死を悼む情感がこもっていた。「いずれ、あなたが訪ねてくると思っていました。あなたの著作は読んでいます。下山事件と中野学校を結びつけて取材をされてこられたのは、あなたの成果でしょう。私が暗殺チームの一員であったことは前沢から聞き及んでいると思いますが、あの事件の背景には当時の社会情勢が重くのしかかっていたんです」 筆者は大山の無防備とも思える第一声に一瞬、自分の耳を疑ってしまった。大山は「暗殺チームの一員」と、はっきりと語ったのである。それと、「殺人事件」を「暗殺」という言葉で表現したのだ…。「私は、中野の前期を卒業しています。学校は今の東京外大、当時は東京外国語学校と呼んでおり、英文科を卒業したんです。初任地は関東軍のハルビン特務機関で、そこで前沢と出会ったんです。同窓(中野学校)の仲間でした。引き揚げてきたのは46(昭和21)年の夏でした。戦後、就職したのはCICで、ここを紹介してくれたのは中野時代の上官でした」 大山の口調は緊張感もなく、淡々としていた。「CIC、ご存じですね。この組織はウイロビーが実権を握っていたGー2の直轄部隊で、戦犯摘発から協力者のスカウト、共産党や労働組合の監視、政治家、官僚のスキャンダル探しなどを仕事にしており、活動は全国をネットワークしていました。隊員の日常業務は中野時代の偵諜という任務が主でした。偵諜とは視察対象者の行動観察のことです。我々はチームボスのことを『ファースト·ルテナント·マーカス』と呼んでいました。おそらく偽名だったでしょう。階級は陸軍中尉でした。私も中野時代は『丸橋』という変名を使っていましたから、マーカスの態度が分かるんです。彼は幹部の中では珍しく日系ではなく白人の将校でした。私のチームには前沢と下平の2人がいましたが、下山総裁を三越から拉致したのは別のチームなんです」 筆者は固唾をのんで大山の話に耳を傾けていた。そして次の言葉を待った。「私はマーカスの通訳兼連絡係でした。彼から聞かされたのは、あの事件では拉致実行班と暗殺実行班の2つのユニットが動いたそうです。私は直接、殺害現場を見ていませんが、千葉の館山が現場だったと聞いています。それと総裁暗殺の背景には、当時の国鉄労組を政治的に利用するというシナリオがあったんです。下山さんは、言ってみれば、その犠牲者だったんです。おそらく、下山さんに代わる人物が総裁になっていれば、その人物が犠牲者になったでしょう。下山さんはスケープゴートにされたんです。政治の力学は“総裁職”をターゲットにしたわけですから……。私は下山さんを暗殺した下手人ではありませんが、CIC時代はフジイにも協力して右翼、左翼の情報を集めていました。それと下山さんに関する情報も集めていたんです。中野時代に学んだ知識が大いに役立ちました。皮肉なものですね、占領下で中野の教育が役立ったとは」 筆者は質問を発せず必死になって取材ノートに大山の言葉をメモする。「下山事件。私にとって生涯消えぬ人生の汚点です。誰にも話すつもりはありませんでしたが、前沢の訃報を知ってあなたに話す気になったんです。下平も亡くなり前沢も逝った。私と前沢の2人は中野の校友会情報で、行方不明扱いになっている卒業生なんです」 筆者は最後の質問をした。大山さんは事件に関わったことを「人生の汚点」と言ったが、それは、どんな意味なのか…。「事件当時、私は31歳でした。CICに勤めたのも、中野時代のノウハウを戦後の社会で活かしたかったんです。しかし、“下山暗殺”目的が政治的動機にあったことを事件後に知り、50年にCICを辞めました。下手人ではありませんが、下山暗殺チームで仕事をしたことが私の人生の汚点なんです。イデオロギーや金銭は関係ありません。プロの諜報員としてのプライドが支えだったんです」 話し終えた大山の口元は微笑んで見えた。その心情は60余年の澱を一気に吐き出したあとの安堵感。微笑みがそんな心象として残った。「陸軍中野学校と下山事件」ーー。追跡行はやっと終着点が見えてきた。大山はいま、手記を書いている。大学ノート10冊になるという大山手記。どんな内容が告白されているのか。「下山事件」の真相が明かされる日も、そう、先のことではないのかもしれない。(文中、証言者は本人の希望で仮名とした)
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社会 2019年01月12日 12時00分
誰もしら内容い“吸血鬼”殺人事件 殺人鬼は何のために被害者の生き血を吸ったのか?
《この下に白骨死体あり。110番通報頼む》 2011年4月、岐阜県下呂市の山中の道路にこんなメッセージが書かれた三角表示板が置かれていた。それを通勤途中の温泉旅館の仲居が発見したことから、世にも奇怪な事件が幕を開けることになった。 通報を受けた岐阜県警高山署が付近を捜索したところ、ほぼ白骨化した女性の遺体を発見。その遺体は約1カ月前から行方不明になっていた長瀬まゆみさん(44)であることが分かった。 高山署は長瀬さんの交遊関係を捜査するうち、勤務先のコンビニで同僚だった後藤明弘(当時46)を浮上させた。後藤は同署に任意同行を求められたが、その際に契約が切れたもう一台の携帯電話を大事そうにセカンドバッグに入れたところを捜査員は見逃さなかった。 その携帯電話を調べたところ、『死に際』というフォルダがあり、「レ・ティ・リー」というベトナム人女性の名前と共に、遺体を切り開いて内臓を露出させた写真などが見つかった。しかも、その写真には〈寝ている娘の頭めがけて鉄パイプを振り下ろし、首を絞めて殺した〉という犯行の経緯が、小説のように細かく書かれていた。 岐阜県警は2006年7月に発生し、未解決事件になっていた愛知県豊川市のベトナム人女性殺人事件の捜査本部に連絡。後藤はまず、ベトナム人女性のレ・ティ・リーさん(24)に対する殺人容疑で愛知県警豊川署に逮捕された。 死因は首を絞められたことによる窒息死。頭にも鈍器で殴られたような跡があった。だが、問題はここからで、レ・ティ・リーさんの遺体は胸が切り裂かれており、その傷口から血をすすったような跡があった。そこに残されていた唾液のDNAが後藤のものと一致したんです」(捜査関係者)遺体が語る“不自然”な痕跡第一発見者の男性も次のように語る。 「レ・ティ・リーさんは布団に横たわっていたが、何か不自然な感じがした。何で遺体に血がないのか、布団にもシワ一つない。不思議でしょうがなかった」 その後、後藤は長瀬まゆみさんに対する死体遺棄や殺人容疑などでも再逮捕されたが、やはり長瀬さんの遺体についても内臓の写真を撮っているのだ。 「後藤は死体の存在を警察に知らせるどころか、死体の足を開いて性器の写真を撮影したり、裂かれたお腹にも手を差し入れて臓器の写真を撮影している。公判では白黒写真にして開示されましたが、それを見た裁判員の若い女性は気分が悪くなり、自力で立つこともできなくなったため、公判が中止になったこともありました」(岐阜地裁詰め記者) もっとも、後藤は「なぜそんなことをしたのか分かりません」「内臓を見たいと思ったこともないし、性的興味を感じたこともありません」と、自身の性癖を否定している。研究が進んだ海外では報告例が多いが、ネクロフィリア(死体性愛者)は幼少期から孤独で、恐ろしい事件を起こして捕らえられても、かつての教師やクラスメートは彼をほとんど覚えていないことが多い。「あまり人と付き合わず、問題を起こしたこともない」という印象だ。 後藤もこれと全く同じなのだ。幼い頃を知る近所の人たちは「大人しくて礼儀正しい子だった」と口をそろえ、中学時代の同級生は「2クラスしかなかったのに、ほとんど印象にない」と話す。 「からかわれても、怒って向かってくるようなタイプじゃない。ひたすら耐えて黙っているような奴だった。年下からも『ガンキン(ばい菌の意味)』と呼ばれ、バカにされていた。校時代は不良たちのパシリにされていたと聞いている」 その鬱憤を晴らすため、異常な空想を積み重ね、犯行に駆られたのだろうか。
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社会 2019年01月12日 11時00分
地面師フィリピン強制送還で新橋資産家失踪事件に新たな展開
小山操、または小山武こと、カミンスカス操容疑者(58) が、不法滞在で身柄を拘束されているフィリピンから新年早々にも移送される見通しであることが明らかになった。カミンスカス容疑者は大手住宅メーカー『積水ハウス』から約55億円を騙し取った大型詐欺事件で、国際指名手配されていた主犯格と言われる。 「カミンスカスは新橋資産家女性失踪事件の関与も疑われている。カミンスカスに積水詐欺の指示を出したとして再逮捕されている内田マイクは、新橋資産家女性が所有する土地の売買契約の現場にいたことが分かっています」(捜査関係者) 新橋資産家女性失踪事件とは、東京・新橋のマッカーサー通りに隣接する土地を所有していた高橋礼子(当時60)さんが2016年3月に突然失踪。同年10月、自宅近くの通路で白骨死体で発見された事件だ。 「当初、警察は“事件性はない”と発表しました。ところが、失踪前に高橋さんは周囲に“私は土地を売っていないし、印鑑も押していない”と話していたのに、高橋さんの死体が発見されるまでの間に所有していた新橋の時価総額6億900万円の土地が地面師グループによって売買されていたんです」(事件ライター) 積水事件では、これまで16人が逮捕されているが、そのうちのカミンスカス容疑者を含めた4人が新橋資産家女性失踪事件に関与していると見られている。 カミンスカス容疑者は、詐欺師グループの間では「金になるなら何でもやる事件屋」と呼ばれていた。10年前には不動産会社『ABCホーム』の塩田大介元会長が法人税法違反容疑で逮捕された際、カミンスカス容疑者も一緒に逮捕され、実刑判決を受けている。 「その後、不動産ブローカーに転身したが、上手くいかなかった。積水事件の主犯格の1人として15人目の逮捕者となった土井淑雄容疑者の事務所に転がり込んで、地面師として頭角を現したんです」(同) 積水ハウスがだまし取られた63億円の行方は、これまでのところわかっていない。報道によると、カミンスカス容疑者はフィリピン入国時に少なくとも500ユーロ札100枚(約640万円)を持ち込んだとされるが、拘束時の所持金は日本円換算で360万円だったという。事件の全容解明にはまだ時間がかかりそうだが、加えて新橋事件の捜査も新たな展開を見せそうだ。
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社会 2019年01月12日 06時00分
福島県須賀川市「悪魔祓い事件」の実態②
●同地に受け継がれる拝み屋信仰の源流 須賀川の現場に足を運ぶと、事件が起きた家は今も壊されずに残っていた。それにしても、なぜこのような陰惨な事件が発生したのか。まずは祈祷師の江藤幸子の半生を紐解いてみたい。 江藤は福島県内の高校を卒業後、化粧品の販売員となり、瞬く間にトップセールスレディーに上り詰めた。夫は高校の同級生で、塗装業などを営んでいたそうだ。事件を起こす11年前の1984年に事件現場となった場所に家を建てている。 「化粧品のセールスとい職業柄か、格好は派手でした。見栄っ張りなところもあって、高い調度品を集めていたり、当時は手に入れるのが大変だった金木犀の木を植えたり、家の石や屋根瓦なんかも、高いものを使っていて。車も2台あったし、旦那さんも会社の社長然としていて、地味ではなかったですね」 引っ越してきた当初は近所付き合いもあり、家に招かれることもあったと近所の住民は言う。そして、マイホームを手に入れ、傍から見る分には生活は安泰のようにも見えた。 しかし、江藤は人に言えない悩みを抱えていた。夫のギャンブル癖に頭を悩まされていたのだ。さらに、夫が転職したこともあり、家のローンの支払いにも苦慮していた。 そんな江藤は、その頃から、近所にいた「拝み屋」と呼ばれる祈祷師のもとに通い始めたという。江藤と同じ新興住宅地に暮らす男性が言う。 「よく当たるって評判のお婆さんで、そこに通っていたそうです。この辺りでは、お祓いするために、寺や神社だけじゃなく、拝み屋さんのところに行くのは普通のことなんですよ。今は少なくなりましたが、昔は何人も拝み屋さんがいました」 人に相談できない悩みを拝み屋に話すことによって、江藤の心が満たされていったことは想像に難くない。すると、次第に傾倒が始まっていく。そして、いつの間にか、化粧品のセルスレディーも辞めて、自身が祈祷師となったのだ。 拝み屋と呼ばれる民間の祈祷師たちは、ここ福島だけでなく、日本各地に存在した。その名残りが、青森県のイタコや高知県の山間部にいるいざなぎ流の神官である。 福島の拝み屋は、かつて、「巫女さん」や「法印」と呼ばれたという。明治時代には、日本民俗学の礎を築いた柳田国男が、福島県いわき市の巫女さんを調査している。福島県内には1980年代まで、100人ほどの巫女さんがいたという。そのほとんどが、須賀川市などの県南部に集中していた。理由は、同地の大部分が阿武隈高原の山間部であり、以前は生活が厳しく、病気の治癒など日常生活において人々を支えてきたのだった。さらには、須賀川市と接する玉川村の山間部は平安時代から山岳信仰が盛んで、江戸時代まで修験者たちが庵を結んで暮らしていたという。江戸時代以降、そうした者たちが、祈祷師などになった。巫女さんや祈祷師が日常生活に溶け込んでいることが、江藤の犯行だけでなく、悪魔祓いの被害者を生む要因となった。(明日に続く)
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社会 2019年01月11日 23時00分
15歳から29歳の約4分の1が失業…韓国・文大統領の“夢想政策”
韓国の文在寅大統領は、人権派弁護士の倫理観から国民の労働時間を減らしつつ賃金を増やしたいと考えている。それを達成すべく、韓国政府は最低賃金を上げ、週の労働時間の上限を引き下げた。 昨年7月1日に法定労働時間が1週68時間から52時間に削減されて以来、多くの企業が従業員を増やすよりも終業時間を早めている。その結果、収入の3分の1を失う労働者が続出している。 もう1つの問題は、昨年1月に実施して、過去17年で最大の上げ幅となった17%の最低賃金(時間額)引き上げが、低所得層の収入に逆効果をもたらし、投資や求人を抑制しだしていることだ。 「下位層20%の家計所得は、昨年第1・四半期に前年同期比で8%低下し、韓国統計庁がデータを集計し始めた03年以降で最大の下げ幅を記録しました。また15〜29歳の約4分の1が失業しています。この層の誰もが、もっと長く働きたい。できるだけ夜勤に入りたいと切望しており、文政権の失政だと非難轟々です」(在日韓国人ジャーナリスト) それでも韓国の労働時間は、経済協力開発機構(OECD)に加盟する36カ国の中で、メキシコとコスタリカに次いで3番目に長い。しかも労働生産性の伸びは昨年、同機構加盟国の中で19位にとどまっている。 それでも文大統領が最低賃金に関する選挙公約を実現するには、2020年までに時給を1万ウォンに引き上げなくてはならない。OECDは昨年6月に発表した韓国リポートの中で、そのような上昇は加盟国でも前例がないと警告し、文大統領に対し、これ以上最低賃金を上げる前に経済的影響を評価するよう推奨している。 そんな中、ソウル市中心街で「金正恩マンセー」を叫ぶ人たちの群れが現れた。 「左派の国民主権連帯や韓国大学生進歩連合など、13の組織が昨年12月7日に結成式を行った『白頭称顕委員会』という組織です。マンセー(万歳)と叫んだ集会を行った場所は、大通りを挟んで100メートル先に米国大使館があります。このような親北集会を保守派が批判しても、当局は目をつむり、親北団体の結成や集会は野放し状態というから、完全に政権がやらせているとしか思えません」(韓国ウオッチャー) 真昼間から働きもせず、デモや集会をする何て、よほど生活に余裕があると見える。
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社会 2019年01月11日 22時10分
アメリカの言いなり「ファーウェイ排除」は日本にとって“危険な賭け”
日本政府は名指しこそ避けたものの、「サイバーセキュリティーを確保するため、情報システムに悪意のある機能が組み込まれた機器を調達しない」と明言し、事実上中央官庁システムなどの政府調達からファーウェイと中国・ZTEを排除する方針を固めている。 ファーウェイの実態は、世界トップクラスのICT企業だ。通信事業者向けネットワーク事業、法人向けICTソリューション事業、スマホなどコンシューマー向け端末事業の三本柱で売上高は10兆円を突破しているが、その半分を中国以外の海外で稼いでおり、孟晩舟同社CFOが日本からの励ましレターに謝意を表明したほど日本や日本企業との結び付きは深い。 「実はファーウェイは日本経済団体連合会(経団連)加盟企業なのです。2005年に日本法人を設立していますが、それから6年後の11年に加盟しています。中国企業としては初めてのことでした。ですから経団連としても、加盟企業を日本市場から締め出そうというのですから内心穏やかであるはずがありません」(経済ライター) 日本及び日本企業との結び付き方は3つだ。〇コスト・パフォーマンスの高いファーウェイ製品の評価は高く、次世代通信規格(5G)ネットワークでも無線機市場のシェアを拡大させようとしており、実際にソフトバンクやNTTドコモと5G中核技術の実証実験を行っていた。また日本の通信事業者(キャリア)向けサプライヤーとしては、最も関係が深いのはソフトバンクだ。ソフトバンクの携帯基地局の中核装置の大部分にファーウェイ製の無線機が採用されている。〇ジャパンディスプレイ(JDI)の液晶パネル、ソニーのCMOSイメージセンサー、村田製作所や京セラの多様な電子部品がファーウェイ製スマホに搭載されており、これら日本からの調達額は、17年で約4916億円に達している。〇日本メーカーから部品を調達するだけではなく、その調達先企業とR&D(研究開発)のパートナーとして共同開発することで、互いに技術革新のスピードアップを図ろうとしていた。 米国の圧力下、日本企業が一斉にファーウェイ排除に動くとなれば、その損失は大きいと言わざるを得ない。
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社会 2019年01月11日 07時00分
「男女格差ランク」世界110位よりヒドイ“金持ち優遇”税制の日本
昨年12月17日に発表された世界149カ国の「男女の格差ランキング」で、日本は110位という不名誉に甘んじた。「この調査は、各国の政治・経済界のリーダーが集まるダボス会議を主催する『世界経済フォーラム』が行っているもので、経済、政治、教育、健康の4つの分野のデータをもとに、世界149カ国の男女の格差を調べています。今回の調査によると、日本は教育や医療・健康の分野で格差が少ない一方で、議員や企業の管理職における女性の割合が平均より低いことかが低順位の要因です。ただ、この調査の背景には、欧米式の特に欧州の日本社会への偏見が根強くあり、必ずしも実態を反映していません」(国際経済アナリスト) その一例を挙げよう。「米・ワシントンに拠点を置くシンクタンク、女性政策研究所が昨年末に発表した最新調査で、2001年〜15年における米国の女性の収入が、家族の世話のための休職などを考慮すると男性の半分程度だったことが分かったのです。調査ではこの期間の女性のインフレ調整後賃金が平均2万9000ドル(約330万円)とはじいており、過去より男女格差は縮小していますが、女性が1年以上休職する確率は男性の約2倍で、1年間休職した女性の在職期間中の給料は平均で男性よりも39%低いと指摘しています」(国際ジャーナリスト) 女性政策研究所は、有給で家族・医療関連の休暇が取得でき、保育費が手頃な水準になれば、女性は勤務を続け、より高い賃金を受け取る可能性が高くなると指摘している。米国も女性が子育てなどによって収入減に陥っているというわけだ。だから男性がもっと子育てや家族の世話を引き受け、全米規模でより厳格な同一賃金を導入すれば、男女の賃金格差縮小につながると指摘している。米国の事情も日本と大差ない。 日本の男女間格差は指摘されているほど劣悪なものではない。むしろ「税負担の格差」を問題にすべきだ。主要各国の個人所得税の実質負担率(対国民所得比:世界統計白書2012年版より)を見てみよう。〇日 本: 7.2%〇アメリカ:12.2%〇イギリス:13.5%〇ド イ ツ:12.6%〇フランス:10.2% この個人所得税というのは、先進国ではその大半を「高額所得者が負担しているもの」だから、国民全体の所得税負担率が低いということは、すなわち「高額所得者が負担していない」ということを表している。つまりは、日本の金持ちの税負担は、先進国の中で一番低いわけだ。しかも、かなりの差が開いてのワースト1位というのは決して看過できるものではない。「ざっくり言えば、日本の金持ちは、米国の金持ちの半分以下しか税負担をしていないということになるのです。日本の金持ちは『世界でもっとも税負担が大きい』と政府や財界は喧伝してきました。確かに日本の金持ちは“名目上の税率”は高い。先進国の最高税率は次のようになっています。〇日 本:45.95%(復興税0.95%を含む)〇アメリカ:37.0%〇フランス:45.0%〇イギリス:45.0%〇ド イ ツ:45.0% これを見れば、先進国の中で一番高いのは確かですが、実際の税収を見ると米国GDP比の半分以下だし、先進国のGDP比と比べても軒並み低い。つまり税率は先進国では高い方なのに、実際の税収は米国の半分以下となるわけです。その理由は『歳入庁』(税金、年金、健康保険、雇用保険、NHK受信料など公の制度として集めることが必要な金を一括して強制的に集めて、それぞれの財源として配分する役所。また脱税や裏収入を見逃さない制度)のない日本の所得税には、金持ちに対してさまざまな抜け穴が用意されていることを如実に表しています。代表的なものを指摘すれば、アベノミクスでウハウハな、個人投資家の株の配当所得で、日本の配当所得に対する税金は、投資家優遇として名高い米国と比べても日本の方がはるかに安いのです」(会計評論家) 金持ちから取らずに、不公平感満載の消費税を上げ、庶民の懐からなけなしの金をむしり取る。カッコいい奴はこういうことはしない。黒澤明監督の名作『用心棒』で、博徒の親分が「好きなだけ持って行け」と大枚を差し出すが、用心棒は「今はこれだけでいい」と小銭を袖の下に入れて去っていく。 政府にも見習ってほしいものだ。
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