雑司が谷の家から居酒屋「ふくろ」へ、930歩あるいて出てくる画商のOは、高校時代の同級生。いまフランス近代美術工芸家ガレのガラス製品を商っているが、口角泡を飛ばして熱弁をふるうのは日本神道および神社信仰で、そのまえに熱弁をふるっていたのは錬金術だった。このふたつには共通性があり、自分は終始一貫していると言い張る。説明させると長くなりそうなので、うかつに訊(たず)ねるわけにもいかない。
Oの日本語は(も)混乱している。岩手県生まれなので東北弁、東京の予備校に長期遊学したので関東風標準語、京都の大学に入ってからは京風関西弁、Sデパートに就職して黒崎に赴任したので小倉風九州弁、これが全部まぜこぜになってしまった。あげく、人格障害のミステリー小説「24人のビリー・ミリガン」の主人公が、毎日どの人格で現れてくるか予想がつかないように、Oが毎日どこの言葉で喋るか予想がつかなくなった。本人に自己改良の意思はすでになく、どうでもいいついでに車のプレートの北九州ナンバーもそのままだ。都内で道をきけば親切に教えてくれるとは、ずうずうしい。
この正月、Oは岩手県奥州市にいた。わたしは盛岡市にいた。歩み寄って飲もうということになった。そうすると花巻ということになる。花巻といえば宮澤賢治。賢治の好きだった吹張町の蕎麦屋「やぶ屋」へ向かう。賢治がここで三ツ矢シャンペンサイダーと天麩羅(てんぷら)蕎麦という組み合わせで食事をしていたことは(県内では)有名だ。当時、天麩羅蕎麦15銭のところ、サイダーは1.5倍の23銭。サイダーはメニューにあった。洒落(しゃれ)のわかる蕎麦屋だった。
8日は「ふくろ」の月1回の、料理全品半額デー。店の最高額おつまみの、刺身や天麩羅の盛り合わせが半額なので両方注文する。東京に舞い戻ったわれらは、花巻での小宴を懐かしんで、サイダー割りで乾杯した。つまみはしかし2人で一皿。この先、遊び相手を失う事態は避けたいので、相手に半分しか食わせない作戦なのだ。1階(朝7時から営業)はすでに満杯で、2、3階(夕方4時から営業)へぞくぞくと客が押しかけてくる。半額の日に、つまみを半分ずつ分けるセコな客は、椅子を譲ってさっさと退散すべし。
予算1500円
東京都豊島区西池袋1-14-2