扉を開ければ正面の、板間の小上がりに思わず上がりたくなる。木の座卓は奥行きは狭く、横に広く、大振りな経机のようなたたずまい。それを2台、向かい合わせに付ける。薄目の小座布団が均等な間隔に置かれて4枚。そうしてこうして、3組をしつらえてある。口開けのふたり客なので、板間は空いているが今回は遠慮しておこうと、カウンターへ。椅子が2脚ずつ寄せてある。いい店かもしれない。
「鳥佐」の店の肩書きは「焼きとり・炭火焼・一品料理」。一品料理の、刺身の盛り合わせ(2人前1200円。3、4人前1600円)をそう言う。連れの都合もあってのことだったが、焼き鳥屋で刺身だけしか注文しない客に、板場の4人の男たちは動揺の色を、毛ほども見せない。板書された6品のうちから4品が盛り合わされた刺身は、どうやらご主人の自信作と見えて、包丁を握る磨きぬかれた板間のような赤銅色の顔が、どうだといわんばかり。こちらもケンカを売っているつもりはまったくないので、まずは一安心。
蕎麦屋で蕎麦をいただかないで出ようとして、いやな顔をされたことはありませんか。酒とつまみでそれなりの支払い金額になっても、せいろの一枚を手繰(たぐ)らないと、非礼に当たるものなのでしょうか。不調法で、わたしは存じ上げない。
刺身の山葵(わさび)はすりおろした山葵。焼き物にも使われていて、鶯色のサビが乗せられた塩焼きのシロとレバ(いずれも120円)、正肉とツクネ(いずれも180円)は、次回の楽しみにとっておきましょう。
この店は、連れの女性の隠れ家らしい。ひとりでよく飲みにくるのだそうで、この口開けの静けさからは想像もできないピーク時の賑々(にぎにぎ)しさに、身も心も沈められるのが快感だという。彼女がここで目撃したという、身も心も顔も真っ赤に炎上させて、小上がりで踊るネクタイ鉢巻男といえばもう懐かしいくらいの光景ですが、ま、あれはそれほどのものではありません。
道玄坂小路は、道玄坂通りと文化村通りを短距離で結ぶ、渋谷の歩行交通の要衝。裏路地だが、これだけ利用者が多いと、安全は確保される。台湾料理の「麗郷」や、蕎麦の「福田屋」が店を開いている小路に、もう1軒いい店を発見しました。
予算2200円
東京都渋谷区道玄坂2-29-13 道玄坂小路