うなぎ串焼き一筋の店。鄙(ひな)びた空き地を囲んで建つ、中古レコード屋や同業他店の風情も申し分なく、期待はいやが上にも高まる。ひと通り(6串)ができるまでのつなぎに、燻製をいただきます。
作家の丸谷才一氏は、著書「食通知ったかぶり」(文藝春秋刊)のうなぎの章で、「東京ならまづ鰻。鮨よりも天ぷらよりも鰻だろう。(中略)東京の料理法で全国を席捲したものの随一はこれ(蒲焼)ではなからうか」としつつも、鰻の旨さの形容にどうにも物足りなさを覚え、探し続けた揚げ句、「ついにぴつたりの言葉が心に浮かんだ」と快哉を叫ぶ。「嬌柔(きょうじゅう)」。
私も、形容する言葉を探した。そして、ついにぴったりの言葉が心に浮かんだ。「郷愁(きょうしゅう)」。うなぎは、私の心に東北の寒村の小さな川を甦らせた。安比川。子供のころ、あの川のほとりで初めて熊を食った、鹿を食った、雉(きじ)を食った、鮎を食った、そして鰻を食った。藻の香りを含んだ鰻の、その清冽な川の味を忘れない。長じていま、川二郎のカウンターに停まって、この喉を落ちてゆくのはキンミヤの焼酎のストレートである。郷愁の虜になってしまった私には、キンミヤは川の水としか感じられなかった。少し飲みすぎたとすれば、そんな訳だ。
予算1800円
東京都中野区中野5-55-10