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【不朽の名作】事件でお蔵入りとなった伝説の戸塚ヨットスクール映画「スパルタの海」

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パッケージ画像です。

 今回は1983年製作の、あの戸塚ヨットスクールを題材にした作品『スパルタの海』を扱う。

 83年製作だというのに、この作品の存在を知らない人も多いだろう。それもそのはず、公開直前に例の「戸塚ヨットスクール事件」が発生し、校長の戸塚宏氏とコーチ15名が逮捕され20年以上お蔵入りになっていたのだから。2005年の有志による劇場公開、さらに同年にDVDが発売されるまで、関係者以外は誰も見た経験のない作品だった。

 同作は実際に戸塚ヨットスクールの合宿所に泊り込んだ、ノンフィクション作家の上之郷利昭が執筆した『スパルタの海 甦る子供たち』が原作となっており、映画でも戸塚ヨットスクールが協力しており、フィクションではあるが、校長は実名である戸塚宏のままで、伊東四朗が演じている。

 さて、作品の評価ではあるが、死亡事件を起こした事実や、当時、いや現在でも噂となっている、ひどい体罰などの問題を関係なしで、面白いか面白くないかを判断すれば、かなりの力作であることは間違いない。ただ、当たり前ではあるが、内容は完全にスクール寄りなので、全ての行動や理念に誰もツッコミを入れないので、捕らえようによってはカルトムービーの側面も持っている。

 大枠のテーマは家庭内暴力を働く若者を更生する戸塚校長の奮闘記となっている。どことなくホームドラマを思わせる部分もある。まあ、殴る蹴るの体罰は当たり前なのだが…、しかも死人も出る。当時の体育系の部活動も似たようなことをやっていただろうけど、しかし、ここまでではないはず。確実に体育系の部活のはるか上をいく理不尽でキツイしごきだ。

 戸塚校長と共に物語の中心となるのが、校長や教官から「ウルフ」と呼ばれるようになる松本俊平(辻野幸一)だ。この少年の更生にストーリーの大部分が割かれている。高学歴な父母に反発して、家庭内暴力に走り、面倒を見きれないとヨットスクールにやってきた。最初こそ暴れまわり、檻つきの寝床などに閉じ込められるが、最後は見事に更生するという感動的なエンディングが待っている。ここはネタバレしても良いだろう。本作の魅力はそこではないと判断するからだ。

 この映画では、こういったスパルタ式の教育をせざるをえなかった、ヨットスクール側の言い分というのが随所にあり、その辺を知ることができるのは、かなり貴重な部分かと。まず親が「もう死んだものだと思って」とスクールに預ける、若干無責任なのではと思わせる描写が所々にある。当時は今より家庭内暴力が問題になっていた時代だ。親が手に負えない問題児を更生するために、スクールで世の中には、子供の力ではどうにもならないことがあると教える訳だ。もちろん、体罰も込みで。冒頭のウルフを入校させる場面でも、いきなりジャージ姿の男たちが、息子を強引に取り押さえるが、世間体を気にするエリート両親は、この事に関しては気にする様子もない。一応ここで体罰も了承した入校であることが確認できる。

 入校前の段階で、子供の病状を隠す親がいるという問題も描写されており、とにかく子供を救いたいと思っている戸塚校長は、素性が怪しくても受け入れてしまう。後で確認して問題ありという状況でも、戸塚校長は子供を帰さず、教育を続ける。その影響でその子供を死なせてしまうことになってしまう。さすがにこの状況で、親が病状を隠したことは関係ないとばかりに戸塚校長に食ってかかり、警察に泣きつく様は無責任すぎる。まあ、直後に、亡くなった生徒に対して、スクールの支持者である女将が「生きる気力が無いほうが悪い」と言い放つ場面の方が驚愕ものだが。

 さらに、「無責任」の部分に注目すると、後半の生徒の死亡事故が起きた抗議の電話シーンでも強い批判が込められている。何も知らない部外者が、マスコミの報道だけをうのみにして「人殺し」と抗議するだけならまだいいが、脅迫めいたことを言う人もおり、戸塚校長の妻・戸塚幸子(香野百合子)もまいってしまう。その苦境を、部外者は黙っていろとばかりに、夫婦で乗り切る姿が印象的だ。

 この作品において戸塚校長はヒーローだ、しかし完全無欠という訳ではなく、悩む部分もある。とにかく方針はどうあれ、人を「救おう」として悩むのだ。この点は、神話の作りに非常に似ているかもしれない。神話の神や超越者、英雄は時にやむを得ずに“力”を行使する時がある。その場合死人が出ようが関係がない。むしろ理想の完成のためには“良き事”なのだ。この作品も同様に、人によっては怒りや恐怖すら覚えるであろう、数々の体罰も「良き事」として、包み隠さず描写している。このおかげで、スクール内が楽園であると過度に強調したプロパガンダ的要素はない。

 おそらく同作は、世間一般での道徳観、価値観で作っていない。戸塚ヨットスクールの教育方針が絶対に必要なんだという自信に満ちあふれている。それを受け手が反社会的だ、または逆に理想的だと判断したとしても、創作物にとっては刺激的な要素となる。大人しくまとまった退屈な作品などより、非常に見応えのある作品だ。まあ、個人的には、「つべこべ言っていると戸塚ヨットスクールへ送るぞ!」と脅された世代なので、戸塚ヨットスクールは怖いものだと思っているが!

(斎藤雅道=毎週土曜日に掲載)

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