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逆恨みで家族5人を惨殺し、出所後も凶悪犯罪で捕まった少年【衝撃の未成年犯罪事件簿】

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画像はイメージです

 第二次世界大戦から4年が経過した1949年(昭和24年)。神奈川県小田原市で世にも無残な一家惨殺事件が発生した。

 1949年9月14日深夜1時頃、小田原市内にある銭湯に一人の男性が忍び込み、就寝中であった45歳の男性、その妻である43歳の女性、8歳の娘と3歳の息子、同居していた妻の母(81歳)の計5名を殺害した。

 その殺害方法は残忍そのもので、犯人の男は持ち込んだ肉切り包丁および銭湯に置いてあった薪割り用のナタを手にし、45歳の男性、43歳の女性、81歳の女性の頭をナタで殴りつけて殺害。さらに8歳の娘と3歳の息子の首を電気コードで縛り、肉切り包丁で首を刺して殺害した。唯一、生き残ったのは、この家の長女(19歳)のみだったが、彼女もナタで頭を割られ瀕死の重傷を負っていた。

 >>少年たちが無抵抗のホームレスを次々に殺害『横浜浮浪者襲撃殺人事件』【衝撃の未成年犯罪事件簿】<<

 最初は強盗殺人かと思いきや、部屋に荒らされた箇所は無く、タンスが僅かに開けられているだけ。頭を中心に割られ、よく切れる肉切り包丁を用意していたことから、「以前からこの一家に恨みを抱いている人物ではないか?」とされた。

 深夜に行われたこともあり、当初は捜査は困難かに思われたが、意外な事に、犯人は事件発生から僅か8時間後の9月14日朝9時頃に取り押さえられた。

 近くの交番に犯人を名乗る19歳の少年が自首してきたのだ。

 この少年は、銭湯の隣に住む少年で、両親を早くに失くし叔父に引き取られていたという。
 犯行に至った動機は「逆恨み」であった。この少年は以前から家の二階から隣の銭湯の女湯を度々覗いて(本人は否定している)注意されており、窓を塞ぐなど対処策を取られ逆上。一家皆殺しに至ったという。

 翌年少年は死刑が言い渡されたが、1952年のサンフランシスコ講和条約による恩赦で無期懲役に減刑。事件から20年が経過した1970年頃に仮出所したという。

 だが、仮出所から14年が経過した1984年。既に53歳になっていた元少年は、2人の女子中学生をナイフで刺した罪で逮捕された。この時、元少年は刺したうちの少女一人と同棲生活を送っており、またもう一人も以前からの知り合いで度々、家に遊びに来ていたという奇妙な事件であった。

 その後、元少年は再び刑務所に入れられ、二度と出所できず獄死したという。

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