衝撃の事件が発生したのは1966(昭和41)年5月9日のことであった。刺されたのは双子のデュオ歌手「こまどり姉妹」の妹である並木葉子で、腹部と左手を刺身包丁で刺されたのだ。
葉子は、鳥取県倉吉市で行われたコンサートで事件に見舞われた。こまどり姉妹は1959年にデビュー。愛らしい見た目と歌唱力、特技の三味線を生かし「演歌版ザ・ピーナッツ」としてデビュー2年目の1961年から『NHK紅白歌合戦』に連続出場するなど絶頂期にある中での悲劇だった。
犯人は当時18歳の少年Aで、彼は「こまどり姉妹」の熱狂的ファンであった。彼は鳥取県で生まれ中学を卒業し、16歳で県内の会社に就職したが、しばらくして退職し、以来家に引きこもっていたという。
そんなAが熱中したのがテレビで歌う、こまどり姉妹の姿であった。
彼は姉である栄子の大ファンで、所属事務所宛てにファンレターを約20通送っていたが、返事がなく落ち込んでいたという。
そんななか、鳥取県でこまどり姉妹のコンサートが行われることを知った。Aは返事がなかったことへの恨み、そして「栄子さんと結婚できなかったら死ぬ」という想いを胸にコンサートに出かけた。
そしてAはコンサートが終わる直前、舞台上のこまどり姉妹に花束を渡すために近づき、葉子に抱き付いた瞬間に腹を包丁で刺したのだ。
驚いた警備員がAと葉子を引き離そうとしたが、Aは自分の腹も切り裂いており、会場は一転、大パニックとなってしまった。
なお、Aが大ファンであった栄子ではなく葉子を刺したのは、気が動転しており間違えてしまったためという。
腹を刺された葉子は一時重体だったが、奇跡的に回復し1カ月ほどで復帰。その後Aの傷も回復し、Aは殺人未遂で逮捕された。懲役4年以上、7年以下の不定期刑を言い渡されたという。なお、こまどり姉妹は2021年現在も引退せず現役で精力的な活動を続けている。
文:穂積昭雪(山口敏太郎事務所)