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張本勲氏、“無言の計らい”で元阪神・江本氏を救う?「ストライク投げろやお前!」苦難の新人時代にあった秘話を明かす

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張本勲氏

 元横浜で野球解説者の高木豊氏が4日に自身の公式ユーチューブチャンネルに投稿した動画に、元阪神で野球解説者の江本孟紀氏がゲスト出演。元巨人・張本勲氏について言及した。

 現役時代に東映(1971)、南海(1972-1975)、阪神(1976-1981)の3球団で活躍した江本氏。今回の動画では、東映時代の1971年春季キャンプにあったという張本氏とのエピソードを語った。

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 前年のドラフトで指名漏れするも年明けの1月に突然東映のスカウトから誘いを受け、春季キャンプ後半の2月中旬にチームに入団したという江本氏。当時の土橋正幸コーチから「ぐずぐずやってんじゃないよ、お前(入団が)遅れてるんだから」と急ピッチで調整を進めるように言われたことから、全体練習後に球場のフェンスに壁当てをするなど自主練習で必死に肩を作ろうとしたという。

 そんな中、ある日のフリー打撃で打者相手に投げるよう命じられた江本氏だが、調整不足の影響でストライクが入らず。江本氏によると、チームの主力打者である大杉勝男や白仁天は江本氏に対し「ばかやろう!ストライク投げろやお前!」と激怒し、最後にはバットやボールを江本氏に投げつけその場を去ってしまったという。

 大杉、白の迫力に委縮し、その後に打席に入った張本氏に対してもストライクが入らなかったという江本氏。ただ、張本氏は江本氏に文句ひとつ言わなかった上に、「他の人と違って全部打つ。どこへ来ても打つ。(テニスの)ラケットを振ってるみたいに全部(打ち返した)」という。

 江本氏は1球投じるごとに張本氏に謝りながら投球を続けた。すると、10球以上ボール球が続いていたところから徐々にストライクが入るようになり、それ以降はボールがストライクゾーンから外れる割合が激減したという。

 張本氏がなぜボール球を打ち続けてくれたのか動画内では明かされていないが、当時、江本氏は「あの時もしあの人が全部打ってくれてなかったら、『やっぱりダメだ。田舎へ帰ろう』と(プロを諦めていた)」とまで追い込まれていたという。「(だから)今でもずっと感謝している」と、現在でも張本氏への感謝の思いは強いと語っていた。

 江本氏はこの他にも入団初日に張本氏の元に挨拶に行った際の話や、指名漏れした末に入団を決意した理由などについて動画内で語っている。

 今回の投稿を受け、ネット上には「先輩にキレられて物投げつけられたらそりゃコントロール乱れるわ」、「もし張本さんが打ってなければ今のエモやんは無かったのか」、「張本さんのバットコントロールで命拾いしてたとは貴重な話だ」、「3000本以上打った張本さん的には十分打てるボールだったんだろうか」、「理由までは語られてないけど、もしかしたら張本さんは江本さんに調子を出させるためにわざとボール球を打ったのでは?」といった反応が多数寄せられている。

 江本氏は現在73歳で、80歳の張本氏は東映・日拓・日本ハム(1959-1975)、巨人(1976-1979)、ロッテ(1980-81)で活躍した。両者は1971年に東映で共にプレーした後、1976年から1979年にかけてセ・リーグでしのぎを削っている。

 現役時代はNPB最高となる通算3085安打をマークし、首位打者も歴代最多タイの7回獲得した球界屈指の好打者であった張本氏。もし別の打者が相手なら、通算「113勝19セーブ」を記録した江本氏の活躍もなかったのかもしれない。

文 / 柴田雅人

記事内の引用について
高木豊氏の公式ユーチューブチャンネルより
https://www.youtube.com/channel/UCgr5CkgytiVfdnk4C0M42nQ

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