もし間違いが冤罪につながり、ひとりの人生を奪ったとしたら、それはとりかえしのつかない罪であり、科した刑以上の量刑をその人は負うべきでしょう。そんな思いを〈袴田事件〉を借りて映画にしたいのです」と、この映画に対する熱い思いを語る。
GW明けに高橋伴明監督に直接インタビューをする機会を与えてもらった。監督のこの映画『BOX 袴田事件 命とは』、袴田事件、そして裁判員制度に関する考えを聞いた。
リアルライブ編集部(以下RL)「最初に、今回の映画を監督することになった経緯をお聞かせください」
高橋伴明監督(以下TB)「最初、共同で脚本を担当した夏井辰徳君から、彼が書いたものを読んで欲しいとの依頼がありました。しかしそれはまだ脚本とまでは言えないものでした。ただ、私自身も<袴田事件>に以前から興味を持っており、また裁判員制度というものが気になっていましたので、一緒に仕事をしようということになりました」
RL「多くの方々の見識では、袴田さんは冤罪なのではないか、と思われています。しかしながら、実際に司法の判断では、いまだに有罪であり死刑囚のままです。この映画の中で、この事を描くにあたり有罪無罪のバランスは考えられましたか」
TB「この映画を製作するにあたって、自分の立場を明確にしないとずるいのではないかと考えました。有罪か、無罪か、どちらでもとれる作り方はあり得たと思います。ドラマ仕立てで、真犯人はだれなんだろう、と見る側に想像させるやり方もあったのでしょうが、私の考えは袴田さんが冤罪であるという立場を最初から貫き、かつ今も存命である関係者の方々に配慮して、いたずらに気持ちを引っ掻きまわすようなことはないように心がけました」
RL「映画の中では、袴田さんが逮捕された後に世間で噂された真犯人については全く触れていないですよね」
TB「自分の中では、イメージしていることはありましたが、それはしませんでした」
RL「実際に袴田さんのご家族に会われましたか」
TB「私自身は会っていません。夏井君など周りの方々には会ってもらいましたが、私はできるなら会いたくありませんでした」
RL「それは何か理由があるのでしょうか」
TB「客観的な気分でこの映画に臨みたかったためです。あくまでも私の立場は、袴田さんが冤罪である、という考えでしたから、情緒的に流される嫌いを避けました。普通に考えれば、会うことが常套であると思いましたが、今回はあえて会うことをやめました」
RL「それでは、この事件の元判事である熊本さんには実際にお会いになられましたか」
TB「はい」
RL「どのような話をされましたか」
TB「熊本さんとお話して、今でも袴田さんに対して申し訳ない、という気持ちが切実に感じられました」
RL「今回の映画撮影に関して、困難などはありましたか」
TB「特にありませんでした。しかし最後の雪原のシーンを撮るにあたり新潟や長野辺りで可能ではないか、と考えていましたが、その時期に雪が積もっていなくて、最終的に知床で撮影をすることになりました」
RL「雪原の幻想シーンはとても印象的ですが、袴田さんと熊本さんが一緒に走るという演出には何か意図があるのですか」
TB「実際には、二人は法廷でしか会ってないですよね。心の中では結び付いていると思われるその二人を一緒にしたかったことと、袴田さんが家族に宛てた手紙の中で思い切り外を走りたいと書かれていたので、幻想シーンの中だけでも走らせてあげたかったというのが私の思いです」
RL「裁判員制度に関する監督の考えをお聞かせください」
TB「正直なところ、非常に問題がある制度だと思っています。用意された限定の証拠を見せられて、あのような短い時間の中で裁判に関して見識のない素人が、職業裁判官でも間違うことがある判断をどうして出来るでしょうか。法務省や裁判所は、国民に裁判にもっと関心を持ってもらうようにと考えていますが、裁判員の守秘義務には矛盾を感じざるを得ません。裁判員が判断に至るまでの心情や苦労を伝えない限り、国民は理解できないと思います」
RL「そうしますと、監督はこの裁判員制度には反対の立場であると断言されますね」
TB「反対です。出来ることなら、廃止を望みます。それより私は、この国の裁判官をもっと増やすことを望んでいます」
RL「最後にこの映画についてのコメントをお願いします」
TB「人は本来間違うものです。しかし、メディアによって作り上げられたイメージに対して、情緒的になってはならないと思います。情緒に流されることで、冤罪を作り上げてしまいます。これは絶対にあってはならないことだと考えています」
RL「監督、どうもありがとうございました」
TB「ありがとうございました」
『袴田事件』とは?
袴田事件(はかまだじけん)は、1966年に静岡県清水市(現静岡市清水区)で発生した強盗殺人放火事件、およびその裁判で死刑が確定した袴田 巖(はかまだ いわお、1936年3月10日-)死刑囚が冤罪を訴え再審を請求している事件である。2010年5月現在、最高裁判所に出した再審請求は棄却されている。
袴田は30歳で逮捕されて以来45年近くにわたり拘束され、現在も東京拘置所に収監中である。死刑確定後は、長い拘禁生活、厳しい監視と死の恐怖に耐え切れず精神に異常をきたし、拘禁反応による不可解な発言が多く、特に事件や再審準備などの裁判の話題については全くコミュニケーションが取れなくなっているという。このため、2009年3月2日より袴田の姉が保佐人となっている。
高橋伴明監督作品『BOX 袴田事件 命とは』5月29日(土)ロードショー
【出演】萩原聖人 新井浩文 葉月里緒奈 村野武範 保阪尚希 ダンカン 須賀貴匡 中村優子 雛形あきこ 大杉 漣 國村 隼 志村東吾 吉村実子 岸部一徳 塩見三省 石橋 凌 他
監督:高橋伴明 脚本:夏井辰徳 高橋伴明 制作プロダクション:ブリックス 製作:BOX製作プロジェクト
配給:スローラーナー (2010年/日本映画/35mm/1時間57分/DTSステレオ) (C)BOX製作プロジェクト2010
2010年5月29日(土) 渋谷ユーロスペース、銀座シネパトスにて公開
名古屋シネマテーク、シネ・リーブル梅田、京都シネマ
他全国順次 ロードショー
公式HP:http://www.box-hakamadacase.com/