江戸時代には、人に飼われている猫でも年老いたら猫又になり、様々な怪異をなすと信じられるようになっていた。愛知県名古屋市に、尾が二股に裂けた猫の怪異が、富永華陽著『尾張霊異記』に記されている。
昔、伝馬町(愛知県名古屋市熱田区)にある井筒屋久兵衛の家ではちょっとした不思議な出来事が続いていた。風呂場の竿に掛けておいたはずの手拭が風も無いのに縁側に落ちていることが多々あり、小うるさい久兵衛の女房は使用人達に「使った手脱ぎは竿に掛けておくように」と、常々叱りつけていた。
ある夜、久兵衛が夢中になって本を読んでいたところ、八つ(午前2時)頃に縁側から物音が聞こえ、部屋の障子に小さな黒い影が映った。久兵衛がそっと障子を開けて覗くと、親分の大猫が4匹の猫を引き連れ、縁側に集まっていた。猫の頭にはそれぞれ手拭を被っており、親分の大猫は、尾の先が二股に裂けていた。やがて、親分猫の合図で、猫たちは歌い、手拍子を取って踊り始めた。猫たちの奇妙な踊りは、空が白みかけた頃にようやく終わった。親分猫は「手拭は竿に掛けておけ」と合図をすると、縁側から消え去った。
久兵衛の家の縁側で何故、猫たちが踊っていたのか、その理由はわからなかったが、友人である医者の吉田秀伯にも見せてやろうと思い、翌日の真夜中に招待した。その夜、秀伯は九つ(午前0時)に久兵衛宅にやって来た。久兵衛は酒と肴を用意し、「この縁側で真夜中に猫が踊るから観ていなさい」と、障子を少しだけ開け見せた。
やがて、猫たちは縁側に集まって、今日もまた踊り始めた。秀伯は、その踊る猫の様子をしばらく見ていたが、思わずくしゃみをしてしまった。すると、驚いた猫たちは蜘蛛の子を散らすように闇の中に消えてしまったという。
(写真:「猫又モエちゃん」妖怪プロジェクト)
(皆月 斜 山口敏太郎事務所)