世襲制の是非をめぐって、かまびすしい政治の世界である。是に決まっているので、躊躇(ちゅうちょ)なく寿(ことほ)ぎ祝う歌舞伎の世界である。少し前になるが、「週刊現代」誌に好評連載中の「その人 独身?」の酒井順子さん(エッセイスト)がうまい。麻生太郎氏は「母方の大名跡『三代目 吉田茂』」を名乗ればよいし、安倍晋三氏は「『三代目 安倍寛』と言われてもあまりピンとこないでしょうから、母方の祖父の名前を襲名して『三代目 岸信介』ではどうか」と、世襲制賛否のボールを外野にきれいに打ち返してうならせる。この方は、小中高の12年間を立教女学院というプロテスタント系の女子学園で過ごし、高校時代から文才を買われて、早くから「オリーブ」などのコラムニストとして活躍したお人。立教大学在学中に「お年頃 -乙女の開花前線-」(主婦の友社刊)なるものも上梓している。赤とピンクに彩られた、この本の初版を持っているわたしは、いっかな衰えをみせない、どころか最近冴えに冴え渡るその筆致に拍手を惜しまないものであります。
さて、取材時、まだ梅雨のころ、歌舞伎座の呼び物は、四代目松本金太郎初舞台である高麗屋三代揃い踏みの「門出祝寿連獅子(かどんでいおうことぶきれんじし)」。歌舞伎の観劇体験を「歴」と称する。「70歳 歴65年」と自己紹介して「歌舞伎座掌本」に投稿している国分寺市のK子さんは5歳から観続けているわけで、高麗屋でいえば曽祖父白鴎、祖父幸四郎、父染五郎、金太郎と、もしかすれば自分の家族よりも完璧な家族を目撃していらっしゃったのかもしれない。幸四郎丈の「金太郎が一人前になるまで、どうかお客様にもがんばっていただき」という笑いをとるはずの口上に、おばさまがたがまんざらでもない表情でうなずいていらしたのが、男のわたしには理解不能だったのではあるが。
しのつく雨の夜、その歌舞伎座をあとに東銀座から勝鬨橋方向へ、橋を渡らずに左折すればお目当ての灯が見えてくる。築地本願寺裏に「やまだや」ありと、客が引きも切らない店に育てたのは、築地育ちの若きご亭主「やまだ」さん。家は代々つづく中卸らしいが、「やまだや」は初代。食いしん坊向け居酒屋として、女性たちが目を向けないはずがなく、連れがいるばあいは予約をしなければ、いまのところ無理かもしれない。この初代、あなどるべからずと、酒「歴40年」の四丁目はおもいましたが、お歴々はいかなご感想をお持ちになることでしょうか。
予算3500円
東京都中央区築地7-16-3クラウン築地102