『はなまるマーケット』が始まった理由は、前年の1995年に起こった「オウムビデオ問題」に求められる。1989年にオウム真理教を批判した坂本堤弁護士のインタビュー映像を、放送前にオウム真理教の幹部に見せた問題が明らかになったのだ。放送前の素材を事前の了承なく敵対する利害関係者に見せる行為は、報道の大原則である「取材源の秘匿」に反する。この直後に、坂本堤弁護士一家殺害事件が起きており、原因の一つとなったのではないかとして、TBSは猛バッシングを浴びる。同局の『NEWS23』に出演していた故・筑紫哲也氏は「TBSは今日、死んだに等しい」と鋭く批判した。この後、TBSはワイドショーの廃止を発表し、『はなまるマーケット』がスタートしたのだ。
ただ、TBS的には、ほとぼりが冷めた頃にワイドショーを復活させたい思いがあったようで、薬丸裕英は「半年間のつなぎ番組」と伝えられていたという。しかし、下世話なワイドショーに辟易とした視聴者層をうまく取り込み、『はなまるマーケット』は大人気番組となって行く。
特に大ニュースが起きると、各局のワイドショーが横並びの内容を取り上げるため、そうした話題を求めない視聴者層は『はなまるマーケット』に流れた。1998年の松田聖子の“ビビビ婚”時には、当時歴代最高となる11.1%(ビデオリサーチ調べ・関東地区平均)も記録している。
もちろん『はなまるマーケット』の人気には、岡江さんの柔和な人柄も影響していたのは間違いない。岡江さんのご冥福をお祈りしたい。