山口敏太郎(以下「山口」) 僕は作家として、主に不思議な映画を中心に評論してるんですが、今回の作品『恋するナポリタン』は、人格が移るということで超常現象かなと思いまして。
茂木 なるほど、そういうことなんですね(笑)。
山口 脳内で創られる幻覚の一種である脳内幽霊の話とか。あと宇宙人にさらわれる人がだいたい、幼少期にドメスティックバイオレンスの経験があったりですね、結構、超常現象って脳に関係あるじゃないですか?
茂木 あります。僕も好きなんで超常現象の話になっちゃいそうですね(笑)。
山口 今回の作品『恋するナポリタン』なんですが、VTR見せていただきました。大変面白かったです。先生がお医者さんの役で出てらっしゃって、思ったより違和感がないんですよね。学者さんとお医者さんって、職業が違うはずなのに、脳というテーマが絡むだけで、なんとなく本当に脳外科関係のお医者さんかなって思えてきちゃうのが、やっぱり脳への刷り込みなんでしょうかね。
茂木 僕は映画って、とにかく凄くリスペクトを持ってるんです。僕は子供の頃から日本映画をいろいろ観て育ってきたんで、自分がまさか出るなんて思わなかったんですけど、今回プロデューサーの野間さんが突然押しかけてきて「出てほしい!」って言われて(笑)。
山口 (笑)。
茂木 相武紗季ちゃんと共演できるって聞いたから、「じゃあ出ようか」と思って台本見たら、共演シーンなんて全然なかったんですよ(笑)。また現場では、真琴さんが凄く素敵な人で、いろいろ教えていただきましたね。それにしても、役者って別の人格が憑依する職業だと思うんですよ。そういう意味でいうと、僕は地でやってまして、たまたま役柄が医者だったからそれらしく見えた。科学者と医者って近いじゃないですか? だから、僕は素で出演している気がして、ちょっとだけ恥ずかしい感じかな。
山口 映画でも、演技は恥ずかしかったですか?
茂木 うーん、出来上がりを見るとね。「おっ、素で出てる」みたいな(笑)。
山口 皆がペルソナ(仮面)を被っている中で、一人素顔ですからね。
茂木 やっぱり、いい役者っていうのはね、豹変しますからね。
山口 その人格になりきっていますよね。
茂木 カメラがパッと回った瞬間に、全然パーっと変わるから。相武紗季ちゃんだって、絶対これはペルソナ被ってる。可愛い顔をしてるけど可愛くないとか、そういうんじゃないよ(笑)。可愛い女の子を演じるっていうプロ根性が凄いと思いましたね。今回の映画出演を契機に、脳科学者として解明しようと思ったんですけど、なかなかそこまでは。
山口 結構、お芝居って民俗学的にも意味が深いんですよ。日本だと神前芝居といって、神社に奉納するお芝居であったり。役者さんって神を降ろして、演技を神に捧げるってところがあるじゃないですか? そういった部分で人格変換っていうのは興味深いです。
茂木 だからね、真琴さんなんかもそうなんですけど、いい役者さんって、自分を外から見てるカメラみたいな、もう一人の自分がいるんですよね。我々の言葉でいうと「メタ認知」っていうんですけど、メタ認知が立ち上がっていて、そういう風に熱く演じている自分を、ちょっと客観的に見ている。そういうことができる人ほどいい役者だと思うんです。
山口 みうらじゅんさんも、先生と同じような話をされていて。矢沢永吉は自分のことを「矢沢」と客観視し、水木しげるは自分のことを「水木さん」と客観的に呼ぶ。だから二人は成功したんだっていう話があるんですよ。
茂木 そうだと思います。ああいうキャラクター性が高い人っていうのは、必ず自分を客観視する。
山口 面白いですね。
茂木 だから、映画ってメタ認知のアスリートたちが集まってやっているという点では、凄いなって僕は思いますけどね。
山口 今回の映画は模造記憶というのがひとつのテーマですが、他人の記憶が自分の中に入ってしまう現象について描かれていますが。
茂木 おーっ、そっちからきたか(笑)。
山口 映画というものも、ひとつの模造の現実じゃないですか? 模造の現実という映画の中で、ある人物の中に他人の記憶が入っていくという模造が描かれる。二重の模造構造を映画の客席から客観的に見るという点に関してはどう思われますか?
茂木 そこは、やはり一番エキサイティングなところだと思うんですよね。事故で他人の記憶が脳内に入るということは科学的にはないんですが、でもおっしゃっているように、そういう妄想を抱いてしまうということは大いにありうる。自分が他人の記憶を持ってしまっている。つまり、多重人格、最近は解離性同一障害というのがありますし、そういう症例がいっぱいあるので。
山口 移植ってどうなんですか? よく、他人の臓器を移植したら趣味思考が変わるとかいいますよね?
茂木 それも科学的にはないんですよ。でも、脳って暗示にとても弱いんです。自分の心臓が他人の心臓に変わったっていうことを、知るだけですでに暗示されているわけです。
山口 今までの俺とは違うぞ、みたいな暗示が無意識にかかってしまうんですか?
茂木 直接的なメカニズムとしては、ちょっとそう考えてもいいですかね。脳が暗示にかかりやすいということに、人間の真実が現れていると思うんです。設定として脳が入れ替わるっていうのは、様々なドラマが生み出されることになると思うんですよ。
山口 そうですね。例えばiPhone同士で情報交換とか、携帯同士で赤外線交信とかで番号を交換したりするじゃないですか? 頭と頭が触れ合うことによってデータが移転してしまう。そういう設定が今風で面白かったんです。ひょっとしたら主人公である彼女の気持ちが、ナポリを失ったということを受け入れられないことから生み出した模造記憶かもしれないし、はからずもアクシデントを引き起こしたピアニストが罪の意識から、シェフの模造記憶を脳内で作り上げてしまったのかと。
(その2に続く)
映画『恋するナポリタン 〜世界で一番おいしい愛され方〜』
9月11日(土)よりヒューマントラストシネマ渋谷、シネ・リーブル池袋ほか全国ロードショー
<ストーリー>
「プロポーズの返事をしないといけない!」
幼なじみでグルメライターの佐藤瑠璃(相武紗季)から入っていた留守電のメッセージ。驚いたイタリアンシェフ田中武(塚本高史)は、彼女の元へ駆けつけるが、瑠璃の傍には先輩シェフの水沢譲治がいた。
武が瑠璃に想いを伝えようとしたその時、ピアニスト槇原佑樹(眞木大輔)が起こしたアクシデントに巻き込まれてしまう。
奇跡的に一命を取り留めた佑樹には、なぜか武の記憶が宿っていた。
あの日、武が瑠璃に伝えたかった想いとは?
〔STAFF & CAST〕
企画/プロデューサー:野間清恵
監督:村谷嘉則
出演:相武紗季 眞木大輔 塚本高史/市川知宏 岡山智樹/茂木健一郎/真琴つばさ 市川亀治郎/北大路欣也
(C)2010「恋も仕事も腹八分目」フィルムパートナーズ