オフィス北野によると、たけし本人から「軍団を含め、これまで背負ってきたものをいったんおろしたい。自分の時間を増やしたい」と申し出があったという。
オフィス北野は、1988年にビートたけしが太田プロダクションから独立する形で設立したプロダクション。ビートたけしを筆頭に、彼の弟子である「たけし軍団」が追随する形で移籍。たけしが映画監督として活動しはじめてからは、寺島進など俳優も所属するようになり、2000年代以降、組織の大型化から、たけし軍団にはカウントされないお笑い芸人なども多く所属するようになっていた。
たけしが何時頃から独立を決めていたのかはわからないが、関係者いわく、今回の「たけし独立」にはいくつかの伏線があったという。
「今回のたけしさんの独立ですが、すでにオフィス北野内部では話し合いが進んでいたようで、一部の軍団メンバーの間では察知されていたのか、拠点を関東から移動する芸人が相次いでいました」(某芸能記者)
拠点を移動した芸人とは、4月から故郷の熊本へ住居を移す井手らっきょのことで、ほかラッシャー板前や松尾伴内といった古株の団員も、数年前から活躍の場を地方へと移している。
また、近年ではオフィス北野はマキタスポーツや馬鹿よ貴方はなど、たけしと直接の師弟関係のない芸人の所属も増えており、今後のオフィス北野はたけし軍団が消え、30〜40代の若手が中心の芸能事務所になる可能性が高いという。
そのため、ビートたけし直系の弟子であるたけし軍団のメンバーは現在、たけしとともに事務所を抜けるか、残留するかの瀬戸際にいるという。
もっとも、たけし軍団は「たけしの弟子」ということが一番のウリであるため、たけしという後ろ盾がなければ食っていけないメンバーが続出するのは明らかであり、一部のたけし軍団のメンバーの中には、すでに「芸能界引退」を視野に入れているベテランも多いという。
果たして、「たけし軍団」は「ビートたけし」から独り立ちできるであろうか…。