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「西田隆維の映画今昔物語」 第9幕「番外編・銀幕?? …銀色デビュー」

 《今日のテーマ》「僕の環境問題」

 W杯、日本の白星発進で沸きあがった月曜日、僕はオレンジ色であった髪を銀色に染め、W杯ではなく、銀髪に一人盛り上がっていました。実はこれだけ髪をいじったのは9年ぶりの事なのです。
 あれは社会人2年目の冬、当時、『エスビー食品』に所属していた僕は、週に1度、中板橋にある会社へ“出勤”していたのです。その週1度の出勤日、前日に深い理由も無く、ノリで茶髪であった髪を「金色」に染めたのです。翌朝、朝練に行くとみんなは、一様に驚いた表情で口をアングリ…。
 「そりゃ、やり過ぎじゃん」「かなりヤバイんじゃん」
 という、冷やかな視線と気まずい空気が僕の周辺で充満したのです。
 勿論、一部選手の間では「こいつバカだな〜」的な笑いを取っていましたが…。案の定、大多数が思っていた事でしたが、瀬古利彦監督からは「今日は会社にくるな!」と、バッサリ。ただ一括ではなく苦笑いしてくれた事が僕の中の「勝ち点3」でしたね。やって良かった。
 瀬古監督は、苦笑しながらマネージャーさんに「写真一枚撮ってやれ…西田、お前はそれで満足だろ」と呆れながらですが、「金髪記念」を形に残してくれたのです。そして、その日の私の仕事は「走る事では無く髪を黒く染める」事になり、普段の練習よりも気合を入れて「黒髪」にしました。改めて振り返れば、呆れてはいましたが、瀬古監督の「寛大な処置」は大変、有難く(練習しなくていいのですから)感謝の念で一杯です。それにしても、スパイスが効いた笑える一日でしたね。

 そんな過去の事例を思い出しつつ、今回の「銀髪」挑戦−−9年前と異なり僕は実業団選手ではありません。全く違う人種に支配されている今は、皆さんどういった反応を示すのでしょうか−−期待と一抹の不安を抱きながら、皆さんの反応を確かめました。
 が、今回の反応は、思いもよらず実業団時代とは全く逆。恐ろしい事に、
 「役決まったの?」「役作り?」
 と、皆さん「良かったね」的、嬉しそうなテンションなのです。それはもう、この上なく明るい空気なのです。髪が尋常でない色に変化した為、口々に「仕事が決まった。良かったね」と言われました。しかし、そういった事実はなく、皆さんの先入観は大外れ。僕はその都度、
 「いや、ちょっと髪の色を変えてみたくなって…」
 と返答。何と、今度は僕が苦笑しながら話す羽目になったのです。その発言を受け、皆さんは一転、困惑。言葉が詰まってしまったのです。
 「あ、そうなんだ…」
 「似合っているね」の先入観から外れ苦しくて仕方ない空気が充満するのでした。

 今の僕は、「役が決まる」とか「役作り」では無く、「役を掴むためのオーデション用写真を撮る段階」なのです…。「銀髪」には、深い理由など、ある訳は無いのです。当たり前のことですが、環境が変われば周囲の反応も異なります。これぞまさしく「僕の中の環境問題」。9年前と変わっていないのは僕のこの「お気楽な性格」だけです。生活リズムは若干、変わってきていますが、ライフスタイルが「走る」から「演じる」に変わっている現実を見つめると「変わらなければいけない人生の分岐点」はじきに訪れる事でしょう。
 ま、そんな難しい事はともかく、「9年前が金」で、「今回が銀」−−よく考えてみたら、ワンランクダウンでは無いですか。
 周囲も目よりそのことが気になってしまう「勝負師」の僕です。
 こんな僕でも近々銀幕デビーを果たす??

<プロフィール>
 西田隆維【にしだ たかゆき】 1977年4月26日生 180センチ 60.5キロ
 陸上超距離選手として駒澤大→ エスビー食品→JALグランドサービスで活躍。駒大時代は4年連続「箱根駅伝」に出場、4年時の00年には9区で区間新を樹立。駒大初優勝に大きく貢献する。01年、別府大分毎日マラソンで優勝、同年開催された『エドモントン世界陸上』日本代表に選出される(結果は9位)。
 09年2月、現役を引退、俳優に転向する。10年5月、舞台『夢二』(もじろう役)でデビュー。ランニングチーム『Air Run Tokyo』のコーチも務めている。 

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