それは大相撲の八百長である。冒頭の「土俵に賭けろ」編は、力士の野球賭博がテーマである。前巻では白竜が野球賭博をネタに力士を恐喝していたヤクザを脅して手を引かせる。この巻では、力士に恩を売った白竜が星を売買する力士の慣行を悪用してシノギのネタにする。
野球賭博の捜査によって大相撲の八百長が発覚したことは周知のとおりである。「土俵に賭けろ」編の恐るべき点は、大相撲の八百長が公式に発表される前から、野球賭博と八百長を結び付けていたことである。『白竜』では、現実に起きた事件を下敷きにすることが多い。「土俵に賭けろ」編も、力士の野球賭博という既に起きた事件を題材にしたものだが、そこに追加した八百長相撲というフィクションが、現実を予見する結果になった。
これは「原子力マフィア」編も同じである。福島第一原発事故を連想する生々しさが連載打ち切りの背景だが、題材は過去の日本の原発事故である。作中では原発の配管の問題を指摘するが、静岡県の浜岡原発では、2001年に緊急炉心冷却装置の作動試験中に配管が爆発・破断する事故が起きている。
また、福井県の美浜原発でも、点検不足が原因で、配管からの蒸気漏れで作業員が死亡する事故が2004年に起きた。新潟県の柏崎刈羽原発は、2007年の中越沖地震で放射性物質が流出する事故が起きたが、そこでも消火系配管が損傷し、放射性物質を含む水が溜まった。「原子力マフィア」編は、過去の原発事故で指摘済みの内容をまとめたつもりが、福島第一原発事故とリンクしてしまった。
次の「漂流チルドレン」編では、白竜の人間味が描かれる。保育園が地上げの対象になり、黒須組の事務所が一時的な託児所になった。白竜は組事務所で騒ぐ子ども達を見て驚く。冷静沈着で感情を表に出さない白竜としては珍しいシーンである。この「漂流チルドレン」編は、白竜が誰よりも子どもを大切に考えていたという人情味あふれる好エピソードになっている。
(林田力)