その自然に囲まれた風景は観光地としても人気であるが、それと同時に熱海は数多くの映画の舞台にもなった。小津安二郎監督の『東京物語』や特撮映画『キングコング対ゴジラ』、『おもひでぽろぽろ』等々…。熱海は映画にとても縁が深い場所なのだ。
しかし、2010年現在熱海市に映画館は一件も営業していない。かつては熱海市内に映画館は5件あったのだがどれも閉館となってしまったのだ。「映画の街だった熱海に一件も映画館がない−」なんとも切ない現状ではないか…。そんな思いを胸に抱き、筆者は熱海市内に最後まで残っていた映画館「熱海ロマンス座」へ取材に向かった。
熱海ロマンス座はビーチからほど近い熱海銀座という繁華街にひっそりとあった。熱海銀座には海水浴に来た水着姿のカップルや家族客等といった姿は一切なく、色濃く焼けた地元のオジサンやオバサンが慎ましく商店を営んでいる。
熱海銀座を少し歩くと街道の脇に「熱海ロマンス座」という釣り看板が見える。閉館したと聞いていたが建物は当時のまま残っている。しかし館内はすでに閉鎖されており、うす暗いロビーが侘びしくガラスに映る。
筆者は隣のクリーニング屋の店主に熱海ロマンス座についてなにか知っていないか? と聞いてみたところ、近くに当時の関係者が働いている店があると教えてくれた。
さっそく、案内されたお店に着くと初老のおじさんが奥で電卓を叩いていた。恐る恐る声をかけたところ、おじさんは熱海ロマンス座についてゆっくりと話し始めた。
「ロマンス座はねぇ…今、休業中なんですよ」
「休業中? じゃあ近いうちに復活という事も…」
「いや、それはないです。もう電気も通ってないし映写機もないしね」
元従業員のおじさんは明るくどこか切なそうにそう答えた。
「ロマンス座はいつくらいに閉館になったんですか」
「ここ数年です。開館は昭和26年で60年前ほど前です。当時はこのあたりにもたくさんの映画館があって活気がありました。特に『君の名は』を上映した時は凄かったですよ。熱海銀座をぐる〜っと人が囲んで客がわんさか押し寄せたんです」
「ロマンス座が休業した理由は…?」
「時代が進むにつれ利用客が少なくなったんです。あと建物の老朽化ですね…うちは封切り館じゃないし、みんな映画を見るときは伊東や下田のシネコンに行くんです」
「映画の街だった熱海市に映画館がないのは寂しいですね」
「そうですねぇ…」
おじさんは、やや間を置いてそう呟いた。
おじさんと別れた後、筆者はもう一度ロマンス座の前に行ってみた。
ビーチ、リゾートマンション、温泉、美術館…熱海は長年に渡り観光地、保養地として独自の地位を築いた。観光地化した熱海にはもう二度と映画館が作られることないのだろうな…そんな事を改めて思うと、とたんに切なくなった。
筆者はロマンス座を後にし、他の観光客と同じように海へ温泉へと遊びに向かった…。
(昭和ロマン探求家・穂積昭雪(熱海の風俗店も取材したい24歳)山口敏太郎事務所)
【参照】山口敏太郎公式ブログ「妖怪王」
http://blog.goo.ne.jp/youkaiou