「軽く一杯いかがでしょう」とお誘いして、待ち合わせを池袋で、と提案すると返事に一拍おくご婦人がときにいらっしゃるものだ。このようなお方に赤羽で、と申し上げればお返事はいただけなくなり、北千住の名を出そうものなら、席を蹴立ててお帰りになるやもしれない(急いで申し添えなければならないが、池袋は柳家喬太郎師匠が、北千住は三遊亭円丈師匠が、それぞれ地元賛歌として古典になるべき新作落語をものしている。赤羽はちと思いつかないが、とにかくアーチストに創作意欲を沸き立たせる町であること間違いない)。
こういうけしからぬ、友だちとしてもいかがかと思われるような、しかしどうにも気になってしょうがない、そんなご婦人をお持ちの殿方に提案がある。「北千住の割烹(かっぽう)に案内するから、西口大歩道橋下で待て」とご婦人に申し渡し、指示に四の五のいうのであれば、今後の展開を再考する覚悟で臨むのである。それというのも実験に勝算ありと踏んでのこと。帰り道で、お連れは破顔一笑していること必定。割烹は割烹でも、立ち食い割烹。そうして味は一流。これで破顔一笑しなければ、それこそ本当にお付き合いを再考しなければならないのだが、あとは知らない。
なんとも幸せな気持ちにさせられるお店で、1度目は、40歳を目前に退職勧奨されて応じることにした男の友と。2度目は、30歳を目前に男ができてそこはかとなくうれしげな女の友と。周りを見渡せばお客の世代は広く、それぞれおっつかっつの人生の波枕に漂いながら、似たような話題に花を咲かせている。3度目の今日はひとりで来た。
出される物は、315円均一の、驚くべき割烹風小料理。この値段で、季節の刺身・焼き物・天麩羅(てんぷら)・煮物を網羅してしまう。もうワンランク、ツーランクアップすれば、さらに驚愕(きょうがく)のつまみが供される。高級割烹に引けを取らない料理を気軽な料金で提供すべく開いた「徳多和良」。採算ぎりぎりなので「徳俵」(相撲の土俵の東西南北に俵の幅だけ力士がねばれる場所がある)なのか、客にとっては「得俵」。今宵も開店時間まえに人影がちらりほらり。支度に余念の無いご主人のまとっている鬱金木綿(うこんもめん)の仕事着がなんとも粋である。鬱金染めの風呂敷は、防虫作用があるので着物を包んだり、器を包んだりする。
割烹料理店で修業をつんだご主人だから、なにかいわれがあってそうしているのかもしれない。ウコンは、SMAPの中居正広さんが宴席に乱入して「ウコンの力」を力説するCMでおなじみのウコンでもある。立ち飲みだから、連れがいても、滞留は小一時間。二日酔い予防の「ウコンの力」を借りなくても済むことになっている。
予算2500円。
東京都足立区千住2-12