浅草に住んでいる友が3人いる。1人は観音堂裏。1人は竜泉。1人は入谷。この店は入谷が贔屓(ひいき)なのだそうだ。入谷はかつて育ち盛りの息子を伴い、食欲旺盛な一時期には週に2度ずつ河金に通ったという実績を誇っている。
男の子は、トンカツに飽きたとは言わない。入谷は、ビールに飽きたとは死んでも言わない。なるほど確かにここなら、息子の千切りキャベツをつまみながら、週2回でも3回でも入り浸れる。そんなわけなので、ご亭主やおかみさんと顔なじみであることはあたりきしゃりきであるのみならず、長年いる店の飼い猫もそれを承知のはずだというので観察していたら、人間は挨拶する動物だからまだしも、挨拶しない動物である猫にはしっかり無視されていた。入谷は、そういう人ではある。
匁(もんめ)というのはおぼろな記憶がある重さの単位で、メという言い方で、お使いに出された子供のころは、まだみんなの口の端に上っていた。河金のとんかつを有名にしたのが百メ(100匁)カツ。1匁が3.75グラムだから375グラムという分厚さになる。
河金二代目の河野清光さんが命名した大ヒット商品の由来は「ウチに出入りしてる肉屋がね、進駐軍に400グラムのステーキ用の切り身を納めてくれって言われたんだ。それじゃひとつ、敵に負けちゃいられないから、こっちはカツでいこうって、それで最初、始めたわけ。ほんとは375グラムなんだけど、それじゃゴロが悪いし、あとになって永(六輔)さんが尺貫法を唱え続けていたから、それで百メってしたんだ」(「大衆食堂」野沢一馬著・ちくま文庫)。
販売戦略のコツを心得ていらっしゃる。店の壁に貼られてある新聞記事によると、この店はカツカレーの元祖でもあって、名前を「河金丼」。この戦略も上手というしかない。
お客が騒々しく入ってきたくらいでは、毛ほどの動揺も見せないチャトラとクロの2匹の猫は、椅子に敷かれた客用の小座布団で午睡の最中。丸々と太って、それぞれ200メはありそう。トンカツを一度も食べたことはない、とは言わせないぞ。
ここまで来たら、せっかくですから「入谷キャラバン」というコーヒー店に寄りましょう。良い飲み屋の近くには、なぜか必ず良いコーヒー店が存在するという法則からすれば、近所に渋い飲み屋があるはずなのだが…。発言と行動を言動というが、その言動に信頼の置ける入谷に、こんど会ったら聞いてみよう。
予算1800円
東京都台東区入谷2-3-15