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阪神・木浪の“1回転キャッチ”で思い出される赤星の悲劇 軽症から急変し早期引退へ…セカンドキャリアにも悪影響が?

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 25日に甲子園で行われた阪神対中日の一戦。試合は「5-1」で阪神が勝利したが、試合結果以上に話題となったのが阪神・木浪聖也の“1回転キャッチ”だった。

 話題となったプレーが飛び出たのは、「2-1」と阪神1点リードの4回表。同戦に「8番・遊撃」で先発していた木浪は、この回先頭の中日・アルモンテが放った遊撃後方への打球を背走しながらダイビングキャッチ。だが、勢いのあまりそのまま頭から前に1回転して転倒してしまった。

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 しばらくして木浪は自力で起き上がりそのまま最後までプレーを続けたが、ネット上には「大ファインプレーだが大丈夫なのか?」、「大事をとって途中で下げても良かったのでは?」といった心配の声が多数寄せられた。一部からは「赤星を思い出してゾッとした」、「木浪の首が怖い、赤星みたいなことにはなりませんように」といったコメントも見られた。

 コメントで挙がっている「赤星」は、2001年から2009年にかけ阪神で活躍した赤星憲広。現役9年間で「.295・3本・215打点・1276安打・381盗塁」といった成績を残した俊足の外野手だったが、木浪と同様のプレーが現役引退の遠因となっている。

 2003年10月18日、福岡ドーム(現福岡PayPayドーム)で行われた日本シリーズ第1戦・阪神対ダイエー。同年に「.312・1本・35打点・172安打・61盗塁」の成績を残しリーグ優勝に貢献した赤星は、同戦に「2番・中堅」で先発。得点にはつながらなかったが、3回表に中堅前に落ちるヒットで一気に二塁を陥れるなど活躍を見せていた。

 その赤星をアクシデントが襲ったのは、「4-4」の両チーム同点で迎えた9回裏。この回2死一、二塁とサヨナラのピンチを迎えた阪神は、打席のダイエー・ズレータに左中間への大きな当たりを打たれてしまう。抜ければ当然サヨナラ負けとなるため、中堅の赤星は懸命にダイビングキャッチを試みたが、打球はグラブの先を抜けるサヨナラ打に。さらに、赤星はダイビングキャッチの勢いで頭から前に1回転し背中から落下してしまった。

 このプレーで赤星は左ひじの靭帯を負傷し、日本代表の一員として参加予定だったオフのアテネ五輪予選も辞退することになる。ただ、当時は首を故障したとは特に伝えられていなかった。

 しかし、赤星はそれから2年後の2006年ごろから首に違和感を覚えるようになり、翌2007年には頸椎椎間板ヘルニアと診断を受ける。当時の報道ではダイビングキャッチなどの激しいプレーで首にダメージが蓄積されたことによるものと伝えられたが、赤星は後年に日本シリーズでのダイビングがヘルニアを発症する主原因となった可能性があると口にしている。

 その後は首の痛みや手のしびれ、さらには睡眠不足といった症状に悩まされながらもなんとかプレーを続けていた赤星。だが、2009年9月12日・対横浜戦で横浜・内川聖一(現ソフトバンク)が放った打球にダイビングキャッチを試みた際の衝撃でヘルニアが悪化し、同時に中心性脊髄損傷も負ってしまう。赤星によると、診察を受けた医師からは「今の現状でプロスポーツに復帰するのは無理、というより次やってしまったら、不随になってしまったり、最悪命の危険もあり得る」と生命に関わるほどの大怪我だと告げられたという。

 赤星は現役続行を断念し、同年12月2日に球団に33歳の若さでの引退を申し出。引退後は44歳となった現在まで野球解説者として様々なメディアで活動しているが、2011、15年にそれぞれあった阪神でのコーチ就任要請を体調面の不安を理由に辞退するなど、首の故障は引退後のキャリアにも悪影響を及ぼしている。

 木浪は同戦後に「問題ありません」と語り、翌日以降も一軍出場を続けている。ただ、数年後に故障に発展した赤星のケースを考えると、球団側は今後も注意深く状態をチェックする必要がありそうだ。

文 / 柴田雅人

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