『エースの系譜』は、私立高校の野球同好会の顧問となった教師が甲子園出場を目指して奮闘する小説である。『もしドラ』は高校野球とドラッカーの『マネジメント』という組み合わせの斬新さがヒット要因となった。これに対し、『エースの系譜』は純粋な高校野球小説である。
監督や選手が実在の理論や技術を適用する点は『もしドラ』と共通する。『もしドラ』が物語中で『マネジメント』本文を多数参照したように、『エースの系譜』もページ下部に多数の注釈がある。『もしドラ』との相違点は、基本的に解説は野球に関する内容であることである。一部にプロ雀士・桜井章一の思想を野球に当てはめている箇所もあるものの、ほとんどが高校野球やプロ野球、大リーグの一流選手の実話に基づいており、野球のウンチクを楽しめる。
『エースの系譜』は『もしドラ』より後に出版されたが、執筆は『もしドラ』よりも早い。著者が1989年に書き上げた処女作である。『もしドラ』は、イメージしやすい高校の部活動を題材に難解な『マネジメント』を解説するというビジネス書的な意味合いでヒットした。しかし、『エースの系譜』では単なる素材としてではなく、野球そのものへの著者の愛が前面に押し出されている。
『エースの系譜』の特徴は、野球部監督が主人公であることである。それによって、弱小野球同好会が強豪野球部に成長するまでの長いドラマが可能になった。そこには10年もの期間があり、10人ものエースが登場する。エースが交代していく点は、ちばあきおの『キャプテン』に類似するが、『エースの系譜』では監督を主人公とすることで、敗北を繰り返しながらも成長するチームの物語に一貫性を与えた。
一方、監督目線でエースの系譜をたどるというテーマを徹底しているため、特に前半では具体的な登場人物が監督とエースのピッチャーしか登場せずに話が進む。これは野球というチームスポーツの小説としては異様である。物語が進むとエースを支えるメンバーやマネージャーなどの描写も深まり、野球小説らしくなる。この流れ自体がエースを育てること自体が大変であった初期からの成長を物語っている。
(林田力)