『進撃の巨人』は人類が存亡を賭けて巨人と戦うサバイバル作品である。圧倒的な巨人に対し、非力な人間が生き残りを賭けて戦う構図である。人間を生きたまま食べるという原始的な恐怖と絶望感が人気の要因である。必ずしも美しいとは言えない絵柄も絶望感の演出に一役買っている。しかし、主人公エレン・イェーガーが巨人化し、巨人を倒すという展開によって巨人対人間という緊張感は弛緩した。
『進撃の巨人』は現実とは異なる世界の物語であるが、架空の世界なりの約束事はある。人間の巨人化は『進撃の巨人』の世界においても非現実的で、巨人化によって窮地を脱するという展開は御都合主義の香りがする。
巨人化したエレンには他の巨人を撃破する力があるが、反対に暴走して人類を害することもある。その点では御都合主義ではないが、巨人の力の制御はエレンの精神世界の問題とする描写があり、主人公の精神的成長を描く内向きの物語に進む可能性がある。
これに対して、この巻では原点に戻る内容となった。序盤ではエレンの扱いをめぐって人間社会の醜い面が表出する。保守派や宗教団体は巨人の侵攻という危機から目を背け、自分達の思惑から身勝手な主張を繰り広げる。巨人との戦いに危機感を抱くエレンと、相対的に安全な場所にいる人間の温度差が浮き彫りになる。これは物語開始時の外界への探検を望むエレンと壁の中の平和に甘んじる一般人の対比を深化させている。
後半では調査兵団に入隊する新兵の決意が描かれる。ここでは絶望的な戦いに身を投じる悲壮な覚悟が描写される。これも物語開始時の主人公らの入隊動機を深化させるものである。
そして調査兵団の遠征では、巨人との絶望的な戦いが繰り広げられる。巨人との戦いのノウハウを蓄積している調査兵団であったが、これまでのノウハウが通用しない巨人に苦戦させられる。巨人の謎もますます深まり、今後も展開に注目である。
(林田力)