社会
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社会 2017年07月23日 14時00分
世の中おかしな事だらけ 三橋貴明の『マスコミに騙されるな!』 第230回 交通インフラと防災安全保障
7月1日、筆者は山口県長門市にて、山陰道建設促進総決起大会後の特別講演の講師を引き受けた。長門市は安倍晋三首相の地元である(長門市には安倍家の墓がある)。 山口県の長門市と下関市間には、高速道路が走っていない。長門市から下関市に向かうには、一般道(国道316号線)で南下し、中国自動車道に乗り入れる必要がある。 長門市から直接、下関市に向かう山陰自動車道は、長門-豊田間は工事が始まっている(平成31年開通予定)が、その先(豊田-下関間)は未定だ。というわけで、長門-下関間の高速道路早期開通を求め、山陰道建設促進総決起大会が開かれたわけである。 山口県の東、島根県の交通インフラの整備も、相当にお寒い状況だ。7月4日から5日にかけ、島根県に大雨が降った。気象庁は5日の朝、島根県西部の浜田市、益田市、邑南町、津和野町に大雨の特別警報を出した。特別警報とは、通常の警報の発表基準をはるかに超える大雨や大津波等が予想され、重大な災害の起こる恐れが著しく高まっている場合に出される警報になる。 鳥取県鳥取市から西に伸びる山陰自動車道は、現在は出雲市までしか届いていない。浜田市や益田市の辺りは「整備中」の状況なのである。しかも、山口県の萩市から島根県西部の須子にかけた路線は、完全に手つかずのままだ。 広島から北上する広島浜田線は、浜田市まで届いている。とはいえ、山陰自動車道に入ると、わずかな距離しか開通していない。大雨で国道9号線が通行不能になった場合、島根県西部は完全に孤立することになる。バックアップのルートが全く存在しないのだ。 日本にとって、交通インフラの整備は「防災」の意味を持つ。2011年3月11日の東日本大震災の際、震災の6日前に開通したばかりの高速道路「釜石山田道路」が、被災した多くの住民の命を救った。海岸沿いの道路が通行不能になったにもかかわらず、釜石山田道路が開通していたことで、釜石北部の住民たちが徒歩で市内に避難することができたのである。 現地の被災者を救った釜石山田道路は、現在は「命の道」と呼ばれている。釜石山田道路のB/C(費用効果分析)は、実に1.01であった。日本では、B/Cが1を割り込む道路は、基本的には建設されない。 釜石山田道路は、まさにギリギリのB/Cで建設されたわけだが、震災時に「住民の生命を救う」ことは「B(便益)」の中に含まれていない。日本の公共事業におけるB/Cは、人口が少ない地域に公共事業を実施しにくい指標になっているのだ。 B/Cとは、道路などの公共インフラを整備する際に、社会・経済的な側面から事業の妥当性を評価するために、費用(Cost)と便益(Benefit)を比較する指標である。B/C自体は、世界各国で事業評価手法として用いられており、ごく標準的な手法になる。 もっとも日本のB/Cの分析手法は明らかに特殊だ。日本の特殊なB/C分析は、まずは道路建設から適用が始まり、次第に他の公共投資へと拡大していった。 日本のB/Cの「B(ベネフィット、便益)」は、定義が極めて小さく、道路の場合は「走行時間短縮」「走行経費減少」「交通事故減少」の三つに限定されてしまっている。例えば、道路を建設することで、「地域経済が成長する」「自然災害時のバックアップルートとなる」などは、便益として認められてこなかったのだ。 本来、経世済民の精神に沿えば、交通量の少ない地域であっても、 「震災発生時にバックアップルートとして、被災地に救援部隊が向かい、緊急物資が届けられる」 という可能性があるならば、道路は建設されなければならないはずだ。 '16年2月、国土交通省はようやく「道路事業の評価の考え方および防災機能の評価手法」をリリースしたが、いまだに「暫定案」の状況だ。しかも、財務省は「プライマリーバランス(PB)黒字化」という、ナンセンスな目標に固執している。PB黒字化目標が存続する限り、B/C分析が改善されたとしても、例えば、山陰自動車道を下関から出雲にかけ、全線整備しようとした場合、 「他の予算を削るか、もしくは増税する」 という話になってしまう。 財務省のPB黒字化目標は、特にインフラ未整備の地方の国民について「災害が発生しても救わない」と宣言しているも同然なのである。 インフラが整備されない地域からは、人口流出が止まらない。結果的に、わが国は東京一極集中がさらに進むことになってしまう。 日本は世界屈指の自然災害大国だ。自然災害大国である以上、国民は可能な限り分散して暮らす必要がある。さらに、各地域はモノやサービスを生産する力、すなわち「経済力」を蓄積していかなければならない。いざ、どこかで大震災などの大規模自然災害が発生した際には、他の地域が保有する「経済力」で被災地を救うのだ。 しかし、高速道路のような基幹インフラすら存在しない地域が、経済力を強化することなどできるはずがない。交通インフラが整備されていない地域に進出する企業などない。経済力の強化は、もちろん民間企業が中心になるべきだが、そのためにはまずは政府が公共投資により、交通インフラを整備しなければならないのだ。 すなわち、山口県や島根県の山陰自動車道は、別にその地域の住民のためだけに整備されるわけではないのだ。交通インフラを整備することで、日本の各地に経済成長してもらう。非常事態に対応可能なモノやサービスの生産力、経済力を蓄積しておく。そして、いざ非常事態が発生した際には、互いに助け合うのだ。 わが国は、全国各地がそれなりの経済力を身に付け、非常事態発生時に助け合うことなしでは、国民が生き延びられない。 高速道路をネットワーク化することで、大規模自然災害発生時のバックアップルートを確保し、現地の住民を助ける。さらには、交通インフラの整備により各地の経済力を強化し、国民の防災安全保障を確立する。 そのためにこそ、筆者は全国を講演で回り、交通インフラの重要性を訴え続けている。みつはし たかあき(経済評論家・作家)1969年、熊本県生まれ。外資系企業を経て、中小企業診断士として独立。現在、気鋭の経済評論家として、分かりやすい経済評論が人気を集めている。
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社会 2017年07月22日 14時00分
森永卓郎の「経済“千夜一夜”物語」 医学部の新設も認めるのか
6月24日に安倍総理は、神戸市内で行った講演で、加計学園問題に関してこう語った。 「1校だけに限定して特区を認めた中途半端な結果が、結果として国民的な疑念を招く一因となった」 「地域に関係なく、2校でも3校でも意欲のあるところには、どんどん獣医学部の新設を認めていく」 総理の発言を受けて、菅官房長官も27日の記者会見で、「安倍政権としては、まさに岩盤規制を突破していく、その改革の中で、まず1校を認定したわけだから、そこを突破口にして広げていくというのは、なにも獣医学部だけではなく、すべての分野において行っていこうという方針だ」と述べて、国家戦略特区は、まず風穴を開けて、好ましい効果が得られたならば、それを全国展開していくのだという大原則を強調した。 これに対して野党などは、「これまでの政府の方針を大転換するものだ」、「加計問題を切り抜けるための苦しい言い訳」などと批判している。 ただ、獣医学部以外でも規制緩和を進めていくという菅官房長官の発言で、大きな問題になるのが、医学部の新設だ。 今回の国家戦略特区では、加計学園の獣医学部だけでなく、千葉県成田市の国際医療福祉大学の医学部も新設が認められている。菅官房長官が主張する大原則に照らせば、今後、医学部についても、新設が認められるべきだ。 ところが、国家戦略特区担当の山本幸三大臣は27日の閣議後の会見で「獣医学部と医学部は少し性格が違う」としたうえで、「医療は公的な国民皆保険制度に支えられているため、引き続き学部設置を規制し、医師数の需給を調整する必要がある」としたのだ。これは完全な閣内不一致だ。 獣医の需給については、不足が続くという意見と、将来的には過剰になるという意見に分かれている。一方、医師については、今後の高齢社会の中で不足していくことが確実だ。すでに、産婦人科医、小児科医、へき地医療に従事する医師などが深刻な不足の状況を迎えていることは、反論の余地がないだろう。 国際医療福祉大学に関しても、成田市が23億円相当の土地を無償貸与しているほか、建設費用の約半分に相当する80億円を成田市と千葉県で負担している。その大きな目的は、地域医療への貢献、すなわち医師不足への対応のためだ。 こうした状況にもかかわらず、なぜこれまで医学部の新設がほとんど認められなかったのかといえば、日本医師会という圧倒的な政治力を持つ団体からの圧力を、自民党が排除できないからだろう。 もし、獣医学部はどんどん認めるけれども、医学部は認めないというのが安倍政権の方針であるというのであれば、獣医師会は影響力が小さいから切り捨てるけれど、医師会の政治的影響力は無視できないので、引き続き守っていくということになる。本当にそれでよいのだろうか。 私は、すべての政党が態度を明確化すべきことは、将来的な医師不足の状況を認めるのか、医学部の新設を抑制し続ける現在の政策に賛成か否かということだと思う。獣医不足の問題よりも、医師不足の問題のほうが、国民生活にとって、より身近な課題だからだ。
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社会 2017年07月21日 14時00分
「低血糖」乳児変死 ホスト好き23歳母親が与えた“悪魔のミルク”疑惑
抵抗のすべもない乳児を殺害した容疑がかけられているのは実の母親だった。昨年12月29日夕方、生後2カ月の女児が哺乳瓶でミルクを飲んだ直後に呼吸停止状態となり、病院へ搬送後に死亡した事件で、警視庁は7月7日、ミルクに劇薬指定の薬物成分を混入したとして、乳児の母親である田畑幸香容疑者(23=東京都目黒区)を殺人容疑で逮捕した。 死亡した田畑容疑者の長女・織音ちゃんは自宅で生まれた直後、未熟児だったために病院へ移され、危険な状態を脱した2カ月後にようやく退院。自宅へ戻っていたが、事件はその1週間後に起きた。 「使用された薬は、血液降下剤に含まれる『アムロジピン』と糖尿病の治療薬に含まれる『メトホルミン』。いずれも田畑容疑者の母親の処方薬に含まれていたものだった。本人は逮捕後、一貫して哺乳瓶に薬を入れたことを否認していますが、織音ちゃんがミルクを飲んだ時間帯、現場の部屋に誰も出入りした形跡はない」(捜査関係者) 乳児に成人用に処方された薬剤を与えた場合、その効果は20倍にもなり、命の危険がある。乳児が死亡した際は低血糖状態だったと言われている。 田畑容疑者は両親と妹、織音ちゃんとの5人暮らしだった。都内の都立高校在学中は演劇部に所属し、将来は女優になることを夢見ていたという。 「高校卒業後は、ある劇団に所属していたのですが、そこで手先が器用なことを見込まれメークを担当したことで、特殊メーク技術に興味を持ったようです。その後、メークアップの専門学校へ行き、その方面の業界に就職したと聞いています」(高校の同級生) ところが数年前、思いもよらぬ事態が起きた。近隣住民の話。 「幸香さんの母親は長年、看護師をしていたのですが、あるとき体調を崩してしまったんです。そのために幸香さんは在宅勤務に切り替え、母親を自宅で介護するようになった。その後、交際相手との間に子供ができて結婚し、実家の近くに住んでいたのですが、彼女が妊娠中に実家に戻ってきて以降、旦那とは別居状態が続いていたようです」 母親の介護の一方で身籠るという、23歳にしては苦労が絶えない女性像が思い浮かぶが、田畑容疑者にはこんな一面もあったという。 「以前、仕事の関係でハロウィーンやイベントの際、新宿のホストクラブへ出向き出張メークをした時があった。それから彼女はホスト遊びに嵌ったようで、田畑容疑者が書き込んだと思われるSNSには『子供なんか邪魔だっ!』『ホストと遊べない!』とあったほどなのです」(夕刊紙記者) 交際相手は妻子ある男性とも言われている。不倫の挙句の悲劇か。大人の身勝手で、小さな命が星になった。
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社会 2017年07月21日 10時00分
日本なら首都機能がマヒ 世界各地で記録する50℃超え
イラン南西部アフワズで東半球の史上最高気温に並ぶ53.7℃を観測、米カリフォルニア州でも50℃を超すなど、世界気象機関が「人体に危険なレベルだ」と警告している。 「6月20日の米アリゾナ州フェニックスの最高気温は48.3℃で、旅客機が耐えられる限界点を越えたため物理的に飛び立てず、50便近くが欠航となりました」(通信社記者) 体温計の目盛りは42℃までのものが一般的だ。理由は、発熱によりこれ以上になるとタンパク質が破壊されてしまうからだ。 「哺乳類の細胞の限界温度は50℃ですが、極端に乾燥した127℃の空間に20分間存在することができたという記録もあるほどですから、空気が乾燥していれば高温でも耐えられます。その理由は、ヒトの体から出る汗はすぐに蒸発し、そのとき熱を奪うので体を冷却してくれるからです。中東地域では、日中に温められた水蒸気が夜間に残留することがないので、夜は涼しくなり、それで生きていけるのです」(サイエンスライター) イランで気温が50℃を超えても普通に生活できるのは、湿度が低いからだ。 「42℃の風呂に入れますし、80℃近いサウナにいても平気です。体が凝固せず無事でいられるのは、人間が恒温動物であるということが関係しており、外気の温度や水温が直接体温に影響することはないからです」(同) 日本の観測史上最高気温は高知県江川崎の41.0℃('13年8月12日)だが、コンクリートだらけの大都市部では水分の蒸発が少なく熱が消費されにくいため、実際の温度はさらに上昇する。米国の都市部では車のガソリンが沸騰し、給油口に蓋があるにもかかわらず隙間から噴出するという危険な兆候が現れている。大都市が最高気温50℃にさらされると、都市としての機能が停止してしまうのだ。 先頃、科学雑誌『ネーチャー』に「2100年までに世界人口の4分の3は死亡リスクの酷暑圏内」という論文が載った。シベリアやアラスカだけが人類の生存地になるかもしれない。
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社会 2017年07月20日 14時00分
ICBM発射の報復 米軍が北朝鮮・平壌へ向け出撃へ
7月4日、北朝鮮は大陸間弾道ミサイル(ICBM)『火星14』の発射に成功したと発表した。この日は米国の独立記念日で、象徴的な意味でも現実的な意味でも、紛れもない“ゲーム・チェンジャー(試合の流れを一気に変える要因)”の一発と言える。 果たして、金正恩党委員長はトランプ大統領の虎の尾を踏んだのか――。 「北朝鮮が核実験とミサイル発射を繰り返すのは、米本土に届く核ミサイルをカードにして米国に自らを『核保有国』と認めさせ、体制維持の保証を取り付けるためです。対するトランプ政権は北朝鮮の核保有を容認せず、軍事オプションを含む『すべての選択肢』がテーブルの上にあると繰り返してきました。ですからICBM発射を受けて、軍事攻撃か交渉かは不明ですが、近いうちに解決に向けて動くはずです。ただ中露、特にプーチン大統領が北朝鮮問題を引っかき回しており、ロシア次第で、米国が直面する不快な現実から目をそらしてしまう可能性もゼロではありません」(国際関係アナリスト) プーチン大統領は、米韓による“斬首作戦”に怯える金委員長に泣きつかれ、対特殊部隊作戦を得意とする旧KGBの精鋭部隊の一部を送り込んで身辺警護に当たらせるなど、後見人として振る舞い始めた。狙いは、米国に北朝鮮カードをチラつかせ、ウクライナ問題を巡る経済制裁を解除させることだ。 一方、トランプ政権が表明している北朝鮮軍事攻撃以外のオプションは次の三つになる。(1)中国を制裁圧力・説得工作に当たらせる、(2)米朝トップの直接会談による決着、(3)ロシアとの関係をテコにした解決策。だが、いずれも視界は不良だ。中でも(1)についてトランプ大統領は、ドイツで7月8日に行われた主要20カ国・地域首脳会議(G20サミット)での米中首脳会談で、もはや中国への幻想を捨てたとみられる。 「G20で日米は一致して北朝鮮への強硬策を求めたものの、結局は中露の賛成が得られず、当たり障りのない非難声明を出すのが精一杯でした。中国はすでにロシアの言いなりで、米国の意向などハナから聞く気がありません。ですから、北朝鮮の行動を容認できないなどと繰り返し述べてはいますが、米国が韓国で配備を進めるTHAAD(高高度ミサイル防衛システム)を引き揚げるべきとの意見をロシアと歩調を合わせる形で表明していますし、また米韓が北朝鮮国境近くで実施している合同軍事演習の停止をも求めています。中国にすれば、対北制裁などという返り血を浴びるような面倒くさいことをしなくても、文在寅大統領をいたぶっているだけで米韓関係はどんどん悪くなり、黙っていても在韓米軍は撤収し、さらには米韓同盟破棄まで期待できるようになったのです。こうなると中国にとっては、北朝鮮の核・ミサイル問題は解決しない方がベターなのです」(国際ジャーナリスト) トランプ大統領は事前にこうした空気を察していたのか、去る6月20日、ツイッターに《北朝鮮を巡る習主席と中国の努力には感謝しているが、うまくいっていない》と書き込んでいる。 「トランプが軍事行動を取る場合の障害となるものは、現状“ロシアゲート”疑惑で追い詰められている中で国民の信頼を得るのが難しいという点。しかし、その状況に変化の兆しがあるのです。疑惑を巡り、トランプを司法妨害容疑で弾劾に追い込もうとしている元FBI長官のミュラー特別検察官に対する評価が、ここに来て揺らいでいるからです。徐々にですが、弾劾に追い込まれる可能性は小さくなっており、反対に大統領の支持率は上昇して、退勢挽回のチャンスを迎えているのです」(在米日本人ジャーナリスト) 仮にプーチン大統領の仲介で米朝トップ会談が実現することになれば、それこそロシアゲート疑惑など吹っ飛んでしまうだろう。 「ストックホルム国際平和研究所が7月3日に発表した世界の核軍備に関する最新報告書によると『北朝鮮は今年1月現在、10〜20発の核弾頭を保有していると推定される』としています。ただし実戦配備はいまだ整わず、米国に核を打ち込む能力を備えるまでには技術的ハードルが残されています。核弾頭をICBM先端に搭載可能なほどの小型化に成功していない上、今回の発射が示すように北のミサイルにはまだ米国中央部に到達するほどの飛距離がありません。しかし、モタついているとICBMの性能をさらに向上させるばかりか、核の小型化にまい進させてしまいます。トランプは、さすがにこれ以上の暴走を許すつもりはありません」(軍事ジャーナリスト) 韓国在住の米民間人は6月に避難訓練を行っているし、8月中旬から再び米韓合同軍事演習が予定されており、北朝鮮との間に軍事的緊張が高まるのは確実だ。 「米国はイラク戦争で長期戦に懲りていますから、トランプ政権が軍事力行使に踏み切るとしたら金委員長の斬首作戦などではなく、物量作戦で軍事拠点を一気にたたくことになると思います。平壌や金委員長が潜むアジトは、闇夜となる新月の8月22日前には緊張状態に入るでしょう」(北朝鮮ウオッチャー) 実質的にトランプ政権には、軍事力行使に踏み切るか、北朝鮮の威嚇に屈するかの二つの選択肢しかない。トランプ大統領はG20の前段として訪問したポーランドのワルシャワにおける演説で、「西側文明は危機にさらされており、生き延びようとするなら行動しなければならない」と訴えた。 米国の過去の“行動規範”からすれば、前者、つまり平壌に向けて出撃するのは明らかな状況だ。
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社会 2017年07月20日 10時00分
異常加熱 “ヒアリパニック”に踊らされるな! 「蟻は蟻でしかない」市販薬で死滅
「殺人アリ」と呼ばれるヒアリ。漢字では「火蟻」書く。その名の通り、刺されると火の粉をかけられたような熱さに似た激しい痛みを感じる毒アリだ。 環境省は7月7日、100匹を超える南米原産の強毒のヒアリが、東京港の大井埠頭(品川区)のコンテナ内で見つかったと発表した。いずれも働きアリとみられ、その場で殺虫剤をかけて駆除したという。 「コンテナは中国と香港を経由し、6月27日に大井埠頭で陸揚げされ、30日には千葉県君津市に陸送、中身が取り出されたという。コンテナが大井埠頭に返却された後、7月3日の時点で点検していた作業員が1匹を見つけており、“ついに東京にも上陸した”となったのです」(社会部記者) 日本国内で最初にヒアリが発見されたのは5月26日。兵庫県尼崎市で、やはり貨物船のコンテナ内だった。さらに神戸市、愛知県弥富市、大阪市でも相次いで発見され、大阪市では女王アリと見られるものも確認されたことから、大量繁殖の可能性も出たために国も本格的な対策に乗り出した。 まさに“ハチの巣を突いたような”騒ぎとなっているが、「これではまるで“ヒアリパニック”ですね」と言うのは、ノンフィクションライターの窪田順生氏だ。 「ヒアリは日本中に急速に拡大したということではなく、ここ数年でじわじわ広がったのでしょう。中国の検疫がザルになったというべきか、このような危なっかしいアリが入ってきた。しかし考えてみれば、日本には刺されると死亡することがあるスズメバチもいますからね」 ヒアリに刺されると激痛が走り、刺された箇所が赤く腫れ上がる。さらに、1度に何度も刺すため、同じような場所に複数の腫れができることもあるという。 「毒に含まれる成分に対して人体がアレルギー反応を起こしたり、時にアナフィラキシーショックを起こし、適切な処置をしなければ死に至る場合もある。これはハチに刺された時も同様です」(医療ライター) 環境省が公開している「ヒアリの簡易的な見分け方」は、(1)全体が黒色であればヒアリではない。(2)全体が赤茶色でも腹部が黒っぽい赤色でなければヒアリではない。(3)全体が赤茶色で腹部が黒っぽい赤色という特徴が一致しても、なおヒアリとは限らない。と解説している。 ちなみに、アメリカ全土でヒアリに刺される人は年間約1400万人で、毎年100人程度が死亡。一方、日本でスズメバチに刺され死亡する人は年間約20人いる。 「報道では『殺人アリ』と呼び、ヒアリが虫などに群がって食べ尽くす映像と重ねて日本地図が出てくる。もっと冷静にできないものかと思ってしまいます」(前出・窪田氏) かつて日本で発見され“殺人グモ”と騒ぎになったセアカゴケグモは、すでに41都道府県で生息が確認されているという。専門家筋は「外来生物の侵入を水際で完全に食い止めるのは現実的に無理だろう」との見識を明らかにしている。外来種と言っても、蟻は蟻なので、市販の殺虫剤で普通に死滅させることができる。とにかく、ヒステリックなパニックがさらなるパニックを呼ばないように冷静に対応することが肝心だ。
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社会 2017年07月19日 14時00分
小池都知事国政へ 安倍一強崩壊で公明党がトンズラ準備完了
日本中が注目した東京都議選は、小池百合子東京都知事率いる都民ファーストの会が公明党と選挙協力して圧勝、自民党は歴史的大敗北となった。この事態に永田町の最大の関心事は、小池氏が国政に打って出るかどうか、さらには自公連立がどうなるかに移っている。 都議選直後、小池氏は報道陣に対し、「色々な動きは国政で出てくると思うが、私たちは都民ファーストならぬ、国民ファーストということをベースに考えていく必要がある」と述べ、国政進出に強い含みを示していた。 「小池さんの立場では、そりゃ都議選が終わったばかりでハイ国政、とは明確に言えないでしょ。ただし以前から、都議選で圧勝した場合“次は国政”というのが既定路線。120%国政進出しますよ」(小池氏周辺関係者) 一方、国政での自公連立はどうなるのか。選挙アナリストがこう言う。 「安倍首相は今年3月に公明と都民ファーストが選挙協力することを公表した直後、『公明党抜きの単独で勝利するいい機会だ』などと余裕の発言をかましていた。当時は憲法改正に慎重な姿勢を示す公明より、積極的な日本維新の会との連携を念頭に置いていましたからね。しかし、いざ都議選でフタを開けてみれば、自民は57から23と半分以上議席を減らす結果となった。一方で、候補者23人全員が当選を果たした公明と、支持母体の創価学会は、次の総選挙でも小池新党と連携する方向で模索し始めたようなのです」 この公明党の動きには、いくつかの理由があるという。 「都議選直後、共同通信社が都議選の票数データを衆院選に置き換えて試算しているのですが、それによれば大方の予測通り、都内の定数計42議席(小選挙区25、比例代表東京ブロック17)のうち20議席を小池新党が獲得するという。そのため公明では、国政で自民と組むより小池新党と組む方が得策との声が大きくなっている」(公明党関係者) それは、公明党が衆議院で唯一、東京選挙区で議席を持つ12区の都議選での情勢でも顕著だ。 先のアナリストの分析によれば、北区が大半を占める12区は、自民党が候補擁立を見送り、公明党の太田昭宏前代表を当選させてきた自公連立の象徴区。衆院では公明、都議選では自公が協力し、議席を分け合ってきた。 「今回の都議選では北区の定数が4から3に減り、自民が高木啓幹事長、公明は都民ファーストと組み大松成氏がそれぞれ4期目に挑んだ。結果、都民ファーストの音喜多駿氏がぶっちぎりのトップ、次点の大松氏は前回より6000票増、3議席目が共産の曽根肇氏が当選し、高木氏は前回より約5000票も減らし落選。自民では、次期総選挙で太田氏の支持を見直し、独自候補を出すべしとの強硬論まで出る始末です。しかし公明にすれば、都民ファーストのほうがより安定すると分かったのです」(全国紙政治部記者) 公明党の自民党離れの理由は、改憲への反発もある。 「もともと創価学会では、今の日本国憲法が最善という考え。特に公明の山口那津男代表はバリバリの護憲派だけに、安倍首相が組む改憲へのスケジュールをチャンスがあれば潰したいと思っている。その最大のネックとなっていた選挙で、自公ではなく小池新党と組むほうが勝てるとなった。山口氏が都議選直後の7月5日の会見で、いきなり『憲法改正は政権が取り組む課題ではない』と改憲批判をしましたが、あれには今後の舵取りに向けた、そんな背景があるのです」(前出・公明党関係者) 公明党にとって見限りの最大のポイントとなっているのが、菅義偉官房長官のパワー崩壊の兆しだ。 「策士である菅氏の力の源泉は、官僚を牛耳ることと、創価学会に太いパイプを持つことの二つだった。それが前者は、加計学園疑惑を巡る前川喜平前文科事務次官の反乱により、官僚の制御に狂いが生じ始め、後者は菅氏と昵懇の佐藤浩学会副会長に対し、内部から“自民とベッタリしすぎだ”との非難が巻き起こっている。双方使えない状態になってしまった」(学会ウオッチャー) 加えて、創価学会、公明党内で大きな力を持つ公明党中央幹事会会長の漆原良夫氏も、菅氏と佐藤氏を批判し始めている。 加計学園疑惑では当初、菅氏は獣医学部新設計画を巡り『総理のご意向』と書かれた文書の存在について、『怪文書みたいなもの』として再調査しない考えを示していたが、漆原氏は「なぜ再調査しなくていいのか、官房長官の口からご説明していただくことが望ましい」と苦言を呈している。 「これらの意向は漆原氏だけの声ではなく、学会の中枢部で菅氏や佐藤氏への批判が噴出したことを受けてのものと言われている。そもそも学会内では、安倍政権がゴリ押しして成立させた安保法、“カジノ法”への反発も大きく、その都度振り回される事態に嫌気がさしている。学会で幅を利かせる婦人部での小池人気も高いようで、“自民不要論、小池新党と連携”の向きは強まるばかりなのです」(前出・公明党関係者) 自公連立からの公明党のトンズラは、小池氏の国政進出の強力な後押しとなりそうだ。
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社会 2017年07月19日 10時00分
古文書から紐解く巨大地震発生デー 最終弾
日本列島には歴史上、地震の活動期が幾度となく襲来しているが、その一つに江戸時代末期がある。 1854年12月23日、静岡県から愛知県にかけての遠州灘沖を震源とした、安政東海地震(M8.4)が起きた。静岡県沿岸に約6メートルの高さで襲った津波は、房総半島から四国地方の沿岸にも到達。その影響は内陸部にも広がり、山梨県、長野県も震度5〜7の激しい揺れに見舞われている。 「さらにその翌日、先の震源地から西方の紀伊半島、四国などの南海道沖で、M8.4の安政南海地震が発生している。立て続けに起きた2つの巨大地震と大津波による死者は、約2000から3000人。当時は'53年に黒船が来航し、幕府が相次ぐ開港を迫られるなど国内が混乱した時期だった。被害を受けたのは日本人だけでなく、開港交渉のため下田に停泊していたロシアのプチャーチン提督のディアナ号も、津波を受け大破しています」(サイエンスライター) このディアナ号は翌年、修理のために静岡県沼津市へ向け曳航される途中で嵐に遭い、富士市沖で沈没するのだが、沼津藩の祐筆・山崎継述の『嘉永七甲寅歳地震之記』には、沈没後に田子の浦に上陸する乗組員の様子のほか、以下のように地震の被害の様子が記されている。 《沼津城から一里北東にある小林村で12軒の家が土地の陥没により地面に飲み込まれ、死者9人のうち7人が掘り出されたが2人は発見できなかった。陥没の範囲は、幅50間(約100メートル)、長さ2町(約217メートル)、深さ4〜5丈(約12〜15メートル)であった》 この時期に起きた関東地方を襲った地震は、それだけではない。安政東海・南海地震の前には、'47年に長野県を震源とした善光寺地震(M7.4)、'53年に小田原地震(M6.5)、地震後の翌年には遠州灘を震源とする安政東海地震の最大余震が起きている。 地震学が専門の武蔵野学院大特任教授・島村英紀氏はこう言う。 「江戸時代は、現代と比べものにならないくらい地震が多かった。東京は関東地震(1923年)以来、震度5の強い揺れを3回しか経験していませんが、それが普通と思ってはいけません。しかも、東京は関東地震のような海溝型と、直下型の2つのタイプの地震が起きる可能性がある。文明が進んだ分だけ被害は大きくなるので、今、東京を大きな地震が襲ったら大変なことになりますよ」 地震はまだ続く。前述の遠州灘での余震が起きた4日後、関東地方南部を震源とした直下型の安政江戸地震(M7級)が発生した。 当時、江戸で剣術の師範をしていた沼田藩士の藤川整斎は、『安政雑記』でこう記している。 《近年畿内より東海道・相模辺迄地震津波の災危ありて、人民多く死亡せるよし成れども大江戸近くには其憂患なく、諸人快楽安逸に恒の産を守りて、是はた余処の事とのミ聞過し居なりしに、今年安政二年十月二日夜亥時大地震ありて――》 地方が大地震で壊滅の被害を受けたが、江戸は自分には関係ないと多くの人が快楽を貪る日々。その報いは遠からずやってきた。まるで現代の東京と同じ状況を思わせる文章だ。 この地震は江戸開府以来の大地震で、震源地は墨田区深川近辺。当時の記録によると、日暮れ時に寺がつく入相の鐘が鳴り、夕食も済んで、これから読書でもしようという夜10時頃に大きな揺れが起き、たちまち家屋が倒壊した。同時に約32カ所から火の手が上がり、家の下敷きとなった人は見殺しとなり、助かった人は右往左往するばかりだったという。 さらに火に追われ、川へ飛び込み死んだ者も数知れず。吉原では地下室に逃げ込んだ遊女たちが蒸し焼きになってしまったという、なんとも生々しい記録まで残っている。 「この地震の揺れで、最も強かったのが墨田区本所、江東区深川で、次に中央区の湊・日本橋・築地、台東区浅草、さらに港区芝・田町・高輪、品川区などが続く。台東区の吉原では焼死・圧死1560人、負傷2300人余りだったという。江戸での民家の倒壊は1万4000戸以上、死者は1万人との説もあり、一方で『安政雑記』では、供養数だけで各宗派合計21万9900余人となっている。これには多少誇張しすぎとの説もありますが、死者・行方不明者の実数は把握できていないほどです」(前出・サイエンスライター) この江戸における直下型地震から162年。現代の東京においても、直下型地震の襲来が刻々と迫っているとされる。 「専門家の間でいま、最も注目されているのが、東京のド真ん中を走る“推定断層”の存在です。その名の通り、地形的な特徴などから今後、地震を引き起こす活断層の可能性があると推定されつつも調査資料が少なく、詳細な位置や状態がはっきりしていない断層。これらが動けば、首都機能がマヒするほどのM8クラスの直下型地震が起きるとされているのです」(同) 日本活断層学会の豊蔵勇・元副会長は散歩中に見つけた違和感のある地盤、地震データ、地盤データなどから、東京都心に推定断層を見つけている。防衛省近くを通る市ヶ谷推定断層、飯田橋推定断層、迎賓館近くの九段推定断層ほか、束のように南北を走る銀座推定断層、築地推定断層、勝鬨橋推定断層、月島推定断層などだ。 「中でも全長7キロに及ぶという飯田橋推定断層には、飯田橋駅でJR線、地下鉄が走る。巨大地震により外濠が破壊されれば、一帯は水浸しとなり、多くの死者が出ると見られているのです」(同) 果たして、これらの推定断層が動くことはあるのか。そこで気掛かりなのが、6月25日に長野県南部で発生したM5.7、震度5強の地震だ。 サイエンスライターが続ける。 「この地震は火山性との見方に加え、中央構造線に絡んだものという見方もあります。6月20日、大分県佐伯市で震度5強を記録した豊後水道を震源とするM5の地震でも分かるように、昨年の熊本地震以降、中央構造線に沿った活断層が活発化している。この中央構造線は、東京近くにまで達している恐れがあり、地下を走る推定断層と連動する可能性も指摘されているのです」 中央構造線は、九州から関東にかけて日本列島を貫く大断層だ。鹿児島県から熊本県、大分県を通り、四国北部を経て紀伊半島を横断。伊勢湾を横切って天竜川沿いを北上し、長野県諏訪湖付近で、本州中央部を縦断する地溝帯「フォッサマグナ」にぶつかる。この中央構造線のズレにより、京都で発生した慶長伏見地震(1596年)など、度々大きな揺れが引き起こされた。 「6月25日の長野の地震は、フォッサマグナの西の縁を垂直に走る日本有数の活断層『糸魚川―静岡構造線』の歪みによる影響も考えられる。火山性とも考えられるが、中央構造線の周辺では地震の発生が集中しており、その延長線上にある首都圏への影響も心配されるのです」(前出・島村氏) 首都圏を襲う巨大地震としては他にも、茨城県南部が「地震の巣」とも呼ばれ、近々、ここを震源とした直下型が起こるとも言われている。 「茨城県南部の地下では、陸側のプレートの下に太平洋プレートとフィリピン海プレートの2つのプレートが沈み込んでいる。そのためひずみが溜まりやすく、プレートの相互作用で地震が起きやすいと言われているのです」(前出・サイエンスライター) 政府の中央防災会議は、同地域を震源としたM7.3の地震を想定しており、2020年までにその直下型が起きる確率を100%とする専門家もいるほどだ。 文部科学省の公式見解では、南関東でM7クラスの地震が発生する確率は「30年以内に70%」。その具体的な例は、東京湾北部地震のほか全部で18ある。 「M7クラスの地震は、東京や神奈川などの南関東で平均28.3年に1度起きている。直近では、1987年の千葉県東方沖地震がそれに当たります。今年はすでに30年が経っているため、南関東の地震はいつ起きても不思議ではないのです」(同) 中央構造線は、群馬県下仁田、埼玉県寄居、そして茨城県鹿嶋へ抜けているとの指摘もある。つまり、活性化している中央構造線絡みの地震が、茨城県方面で突如、発生する可能性もあるということだ。 《相模国、武蔵国ではすべての建物が壊れた。百姓の圧死多数。相模国分寺では本尊など仏像が破損し、地震直後の火災で焼失してしまった》 平安時代に編纂された歴史書の『三代実録』にこう記されているのは、878年に南関東を襲った相模・武蔵地震(推定M7.4)の様子だ。 「震源は神奈川県を走る伊勢原断層と見られています。直下型とはいえ、安政江戸地震も震源は墨田区近辺。首都機能が集中する東京の真下を震源とした地震が起きた場合はどうなるか。想定外の事態が方々で起こることは間違いないでしょう」(同) その場合、倒壊したビルの下敷きになる人もいるだろうが、ビルが首都高速にもたれかかり、走行中の車を巻き込むことも考えられる。木造家屋の多い下町方面は火の海となり、火災旋風の発生も十分に予想される。 「内閣府が公表した首都直下型の被害予測は死者2万3000人となっているが、それどころでは済まないというのが、多くの専門家の見立てです。直下型では緊急地震速報は役に立たず、突然にして爆発的な揺れが襲う。電車も震度7の場合は90%以上が脱線するとされる。大混雑の地下鉄施設は40分で予備電源が停止し、一気に二酸化炭素濃度が上がる。複合的な被害で10万人単位の犠牲者が出るとの見方もあるのです」(社会部記者) 果たして、その地震が起きた際、後世にどのような記録として残されるのだろうか。
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社会 2017年07月18日 14時00分
販売先制限で衰退する国内自動車メーカー系列サプライヤー
トヨタ自動車系列の二次サプライヤーとして電装部品の製造などを手掛けていた酒井製作所(愛知県名古屋市)が7月3日、民事再生法の適用を申請した。リーマンショック後の借入金の返済負担が重くのしかかり、余裕のない資金繰りが続いていたという。 「欠陥エアバッグ騒動により、戦後最大級の倒産劇に見舞われたタカタに続く、日本のお家芸である製造業、特に自動車産業の“赤信号”と言えます。日本の自動車メーカーの生産台数はフォルクスワーゲンと世界一を争うトヨタをはじめ、日産、ホンダがベスト10に食い込むなど、一見、順風満帆のように見えますが、サプライヤー業界に目を向けると、デンソーが世界3位に食い込んでいるのみです」(経済記者) かつて日本の自動車メーカーはサプライヤーと資本・人的ともに深いつながりを持ち、メーカーは無理な納期や単価、または販売先の制限等を強いる反面、将来の取引を約束し、新技術も共同で開発することで一蓮托生のような関係が築かれていた。 一方、ドイツをはじめとした欧米のサプライヤーはメーカーと対等な立場にあり、メーカーが車種ごとにサプライヤーを変えることは日常茶飯事。逆に、サプライヤーもメーカーを超えて販売していく。 「技術力を磨かなければならない厳しさはありますが、販売の制約がないため、新技術の製品などをメーカーを超えて販売することができ、一気にコストを下げることが可能。商品の競争力が高まるという好循環が生まれるのです」(同) 従来の国産自動車メーカーとサプライヤーの関係、いわゆる“系列”では、販売先が制限され、生み出す技術が世界基準として採用されるハードルは高くなるばかり。この自動車産業ピラミッドの空洞化が急速に進んでいるという事実は“メイドインジャパン”が終焉へ向かっている証しなのかもしれない。
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社会 2017年07月17日 14時00分
天下の猛妻 -秘録・総理夫人伝- 岸信介・良子夫人(上)
男にとって、「良妻」の条件とは何だろう。 男はしばしば、こんな“夢”を見る。子供の教育をよくし、家庭をしっかり守って外で働く亭主に余計な神経を使わせない。亭主の女性問題が発覚しても、決して大騒ぎをしない。何事も「亭主の好きな赤烏帽子」で、ハイ、ハイ、分かりましたと従ってくれる――。 そんな、今の世なら、まずあり得ない“夢”を、“正夢”にしてしまったのが「超短命内閣」、石橋湛山のあと首相の座に就いた岸信介であった。現首相の安倍晋三の祖父である。 岸の実弟はのちに首相の座に就き、憲政史上“初の兄弟首相”として知られる佐藤栄作である。岸は旧制山口中学3年生のとき、父の実兄・岸信政の養子となり、その信政の長女・良子と結婚した。 良子は実践女学校を卒業すると、東京帝国大学法学部在学中だった岸と結婚を前提に同棲したということだった。 岸夫妻を知る関係者のこんな証言が残っている。 「良子夫人はガサツな岸とは裏腹で、しとやかでやや引っ込み思案の性格だった。岸家に人が来ると客とペラペラやることもなく、座敷の隅に座ったまま両手を膝の上に重ね、問われたことだけを答えるような女性だった。首相になる前の岸は、これをいいことに養子のくせにやりたい放題だった。仕事が忙しいとして、定時に家に帰ることはほとんどなく、カネは使うし、女遊びもまたハデだった。それでも、目くじら一つ立てないのが良子夫人だった」 太平洋戦争が終戦を迎えたあと、岸は故郷の山口県田布施に身を置いた。しかし、東条英機内閣で44歳の若さで商工大臣のポストにあったことで戦犯とされ、そこへGHQ(連合国軍総司令部)から出た逮捕状を、県の警察部長が持ってきた。良子は東京へ引かれていく岸を見送ったが、涙一つこぼさずだった。 「冷たいのではなく、良子夫人は『“戦地”に送り出すとの思いだった』と、のちに語っていた」(前出・岸家を知る関係者) その岸はA級戦犯として、3年3カ月を東京・巣鴨の拘置所に収容された。人間、位階勲等を取り上げてしまうと、素の姿が見える。元大臣・元大将もさすがに「巣鴨プリズン」では多くが意気消沈、“青菜に塩”の体であった。その中でケロリと元気のよかったのが岸、もう1人がのちに日本船舶振興会会長としてラツ腕を振るうことになる笹川良一だった。 笹川はプカプカ、ドンドンの楽隊に送られて“巣鴨入り”した男であり、むしろ獄中生活を楽しんでいるといった風情であったと言われている。その笹川をつかまえて、ある日、岸はこうこぼしたのだった。 「わしは、毎晩イチモツが隆起して困っている。1週間に一度は夢精する。その洗濯がつらくてね。なんとかならんものだろうか」 笹川も、女性の嫌いなほうではない。戦時中は「東洋のマタハリ」と言われた美貌の川島芳子との付き合いもあった男である。しかし、巣鴨では、もとより“聖人君子”で通していた。笹川は自分より3歳年上の岸のそんな言葉に、さすがに「参った」としてカブトを脱いだというエピソードがある。 生前の岸と親しかった政治評論家の今井久夫は、岸の「巣鴨プリズン」出所時の話を次のように記している。 「(出所とともに)田布施に飛んで帰った岸は、その晩、良子を寝かせなかったという噂が流れた。田布施の古い家は、かなり震動したに違いない。その晩の夫婦和合の回数が、とんでもない数字になって友人間の話のタネになった」(『月刊ペン』昭和55年10月号) ここでは“心技体”亭主操縦術にたけた良子の「良妻」ぶりが浮き上がるが、一方、その後の岸の政治家としての豪胆ぶりもまた窺えるのである。 岸内閣で誰もが思い出すのは、旧日米安保条約を改定した新安保条約成立の際の「60年安保騒動」である。 岸首相は、吉田茂元首相がやむなく選択した「日本の安全保障をすべて米国の意にゆだねる」ことからの脱却を目指して政権をスタートさせている。このままでは米国の一州にすぎず、独立国とは言えない、との思いからの新安保条約である。日米対等のものとして、以後の国際社会の一員たるを目指した。ために、岸にとっては新安保条約は譲れない一線だった。 首相官邸、国会周辺には岸内閣打倒をスローガンにデモ隊の波が連日押し寄せ、世情は騒然としていた。新安保条約が自然成立した昭和35年(1960年)6月19日、岸首相と実弟の佐藤栄作大蔵大臣の2人は命の覚悟を決め、デモ隊に包囲された官邸の中で一夜を徹したのである。 岸をしての“代名詞”に、「昭和の妖怪」という言葉が残っている。「妖怪」の妻は、押して知るべしのタイヘンな一生を送ったのである。=敬称略=(この項つづく)小林吉弥(こばやしきちや)早大卒。永田町取材48年余のベテラン政治評論家。抜群の政局・選挙分析で定評がある。著書に『決定版 田中角栄名語録』(セブン&アイ出版)、『21世紀リーダー候補の真贋』(読売新聞社)など多数。
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