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天下の猛妻 -秘録・総理夫人伝- 吉田茂・雪子夫人(中)

 細かいことには一切セコセコせず、人の好き嫌いもまったく忖度せずで顔に出す。加えて傲岸不遜な発言丸出しの吉田茂と、文学的素養豊かで神経これこまやか、物事を真っ直ぐ受け止める妻・雪子との夫婦生活は、とくに私生活においてスレ違いの連続だった。とくに吉田のそれには、次のようなエピソードがある。

 外務省の奉天総領事時代、ある有力な政治家が訪ねてきた。その政治家を気に食わなかった吉田は迎えにも出ず、領事館から逃げ出そうとしたが運悪く鉢合わせ、政治家いわく「総領事はどこだ」に対し、吉田は「いまいない」。「そんなはずはないだろう」との押し問答の末、「本人がいないと言っているんだッ」と一蹴した件。
 また、初めて高知から衆院選に立候補したとき、「演説はキライだ」と言ってはばからなかった吉田は、街頭演説にやむなく立った。しかし、冬場ゆえ外套を着たままで演説を始めると聴衆からヤジがあり、吉田いわく、「外套を着てやるからガイトウ演説と言うんだッ」。運動員の気苦労など、歯牙にもかけなかったのである。
 こんな吉田だったから、私生活でもカミナリを落とすことは度々で、一方の雪子は常にオロオロするばかりだった。また、ジョーク好きでもあった吉田は、機嫌のいいときは冗談を投げかけるのだが、雪子は敏感に反応することはなく、吉田を満足させられず、常に不機嫌にさせるのだった。

 そうした生活の中でも、夫妻は5人の子供をもうけた。
 なかでも一番、吉田が可愛がり、ウマが合ったのが、3女・和子であった。和子は「九州の石炭王」として知られ、のちに代議士となる麻生太賀吉に嫁ぎ、3男3女をもうけた。現在の麻生太郎副総理兼財務大臣は、この和子の長男にあたる。和子は、のちに吉田が首相になると、事実上の秘書として陰に陽に「吉田政治」を支えることになるのである。

 その和子は自著『父吉田茂』(光文社)の中で母・雪子の“外交官の妻”としての横顔を次のように記している。
 「海外にいるときの母は家庭内とは一変、なかなかの社交家でした。外国人の友人も多く、パーティーに呼んだり呼ばれたりで、外交官の妻の役割は十分に果たしていたように見えました。ただ、本当に社交家だったかというと決して派手ということではなく、母は内気でしたから、むしろ努力してその役割を果たそうとしていた部分が大きかったのかも知れません。こうすれば日本のためになる、ああすれば日本人が重きを置かれるようになるという気遣いが、日常になっていたように思います。母の一生が幸せだったかというと、父とはあまりにも性格が違い過ぎましたから、決して幸せだったとは言えなかったのではと思っています。それでも死ぬ前の母の胸の中に浮かんだのは、楽しかったことばかりだったのではないでしょうか」

 雪子は日米関係が悪化する一方の昭和16年5月、乳がんが発見されて入院・手術、しかし、その年10月に51歳で死去をよぎなくされた。雪子の最期の一言は、和子の言葉にあるように「いままで生きていて楽しかった。幸せでした」というものだった。
 結婚生活31年。当時、千代田区平河町にあった吉田の自宅を訪ねた弔問客を前に、さしもの吉田も「女房をもっと大事にするのだった…」と、目を赤くしていたものだった。

 終戦の翌昭和21年5月22日、吉田は旧憲法下最後の「大命」として内閣を率いることになる。折から戦後初の総選挙が施行され、鳩山一郎率いる自由党が第1党を制したが、GHQ(連合国軍総司令部)が「鳩山首相」に待ったをかけたことによる。
 GHQは戦争責任者、国家主義者とみなされる人物をノー、パージ(公職追放)によって排除する方策を取った。鳩山はこれに引っかかり首相の座を逸し、外務省時代から一貫したリベラル姿勢かつ英米派でもあった吉田にお鉢が回ってきたということだったのである。

 首相を引き受けたときの吉田の胸中を、前出の自著で和子は次のように述懐している。
 「(父は)『こんなことになっちゃって、和子は怒るだろうな。済まない』と、まるで悪いことを見つかってしまった子供のような顔をしていました。しかし、この時点で父が首相として敗戦国日本を引っ張っていく自信があったかどうかというと、これは怪しかったと思います。義理の甥にあたる武見太郎(注・元日本医師会会長)が『自信はあるのか』と尋ねたのに対し、『戦争で負けて、外交で勝った歴史がある』などと答えたと言います」

 吉田内閣はその後、第1次から5次まで都合7年2カ月の長期政権となるのだが、それを支え続けた“陰の女性”がいた。花柳界・新橋で名を馳せた名妓「小りん」であった。=敬称略
〈この項つづく〉

小林吉弥(こばやしきちや)
早大卒。永田町取材48年余のベテラン政治評論家。抜群の政局・選挙分析で定評がある。著書に『決定版 田中角栄名語録』(セブン&アイ出版)、『21世紀リーダー候補の真贋』(読売新聞社)など多数。

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