「ねえ」
そう言ったあと、健太君は、また私の服を引っぱった。
健太君、けっこう、力を入れている。襟が二の腕の方に落ちそうだ。シャツが胸のボタンの所で、張りつめている。
健太君は、何を言おうとしているのだろう。
「なに」
聞いてみると、すました顔で言ってきた。
「やらないの」
健太君は、そう告げたまま、黙って私を見上げている。どうしたのだろう。アスレティックのことを言っているのかな。
健太君に聞いてみた。
「アスレティックのこと」
健太君は、私を見つめたまま答えてきた。
「そう」
昔、健太君がまだ幼稚園のころ、運動公園に行ったことがある。お母さんと、おばあちゃんと、伯母さんを休憩所に残し、健太君、伯父さん、私という三人で、アスレティックコースを回った。
アスレティックコースでは、障害物にたどり着くたびに、伯父さんが、健太君の脇腹を後ろから抱えて、持ち上げてしまった。健太君は伯父さんに抱かれ、その横で、私が、丸太や、池の中の丸石のコースを進んだ。
途中から、伯父さんは、健太君を肩車した。健太君は、ぐーにしたこぶしで伯父さんの髪の毛をつかんだり、伯父さんの頭をくしゃくしゃにしたりしながら、喜んでいた。
伯父さんは、いつものごとく、「やめろ、健太、やめろ」と、うれしそうな悲鳴をあげていた。
運動公園は、山の中腹にあった。谷につり橋がかかっていて、そこまでたどり着くと、さすがに、健太君は肩から降ろされた。
伯父さんが片足のつま先で、つり橋の板をけった。橋が左右に揺れた。ロープが、きしんだ。
伯父さんが、つぶやいた。
「危険だな」
私は、伯父さんのそんな声を聞いたことがなかった。見上げると、伯父さんは、眉を寄せ谷底をにらんでいる。
伯父さんが、一つ、舌打ちをした。それから、つぶやいた。
「どうするか」
つり橋は危険なのだとわかった。
けど、私は、伯父さんがいるから安心していられた。
(つづく/文・竹内みちまろ/イラスト・ezu.&夜野青)