『感染遊戯』は、『ストロベリーナイト』や『シンメトリー』などの姫川玲子シリーズのスピンオフ作品である。姫川玲子自身も登場するものの、今回は脇役である。「感染遊戯/インフェクションゲイム」「連鎖誘導/チェイントラップ」「沈黙怨嗟/サイレントマーダー」「推定有罪/プロバブリィギルティ」の4章から構成されるが、「感染遊戯」「連鎖誘導」「沈黙怨嗟」は、主人公も事件も異なる独立した話である。
「感染遊戯」では、姫川のライバル的存在の勝俣健作が、製薬会社従業員の殺害事件の顛末を語る。
「連鎖誘導」では、『シンメトリー』所収の短編「過ぎた正義」に登場した倉田修二が、二人の男女を襲った路上殺傷事件を捜査する。
「沈黙怨嗟」では、所轄に異動した姫川班最若手の葉山則之が、世田谷の老人同士のケンカの背景を調査する。
これだけでは短編集の趣があるが、最終章の「推定有罪」でキャラクターも事件も結びつく。
全体の骨格となっているものは、「感染遊戯」の最後の勝俣のセリフ「国民の、お上に対する逆襲」である。年金問題や天下りなど公共性を名目に税金を浪費して私腹を肥やす官僚に対する国民の怒りは大きい。官僚は政治家と異なり、表に出ることもない。そのため、国民のフラストレーションは蓄積する一方である。
最初の章の「感染遊戯」は、『小説宝石』2008年7月号に掲載されたものである。その数か月後の2008年11月に元厚生事務次官宅が相次いで襲撃される事件が起きた。年金記録問題で年金制度への信頼が失墜した後であったため、この連続襲撃事件は年金テロと騒がれた。官僚に対する国民の恨みが殺意となって具体化した点で、「感染遊戯」は連続襲撃事件を予見したものであった。
また、連続襲撃事件では事件当初、犯人が歴代の厚生事務次官の住所を把握していたことに疑問の声が出ていた。犯人は図書館で古い名簿を閲覧して住所を入手したとされるが、『感染遊戯』では一歩先を進む展開を描いた。そこではインターネットの活用によって殺意がウイルスのように伝播していく。
これは連続襲撃事件と大きく異なるところである。連続襲撃事件は単独犯による一過性の事件であったが、『感染遊戯』は複数人により同時多発的に事件が発生する。インターネットの特性を盛り込むことで、現実を超えた展開を描き出した。(林田力)