1957年1月13日、東京は浅草の国際劇場では、正月公演「花吹雪おしどり絵巻」が行われていた。ひばりは舞台の左袖で出番を待っていたところ、客席からアズキ色のオーバーを着たポニーテールの女性が立ち上がり、ひばりの近くに近づいてきた。
「なんだね!君は!」
スタッフが少女を止めようとした。少女はコートの中から瓶を取り出し、ひばりに瓶を投げつけた。そして中の液体がひばりの左顔と服にかかった。
「熱い!」
瓶の中身は塩酸であり、彼女の顔は焼け、着ていた服は穴が開いた。
「おい!何をやってるんだ!」
少女は劇場に出入りするブロマイド業者の男性によって確保され、すぐに警察に引き渡された。
塩酸をかけられたひばりは、幸い軽いもので痕が残るような事はなかったが、ショックは強かったようで、そのまま滞在先の旅館で休むことになった。
また、瓶を投げた際に飛び散った塩酸は、ひばりの付き人の男性、大川橋蔵の付き人男性、舞台に出演していた俳優男性3人にも降りかかり、やけどを負った。
犯人の女性は、逮捕当時は興奮のあまり何も語れなかったが、バッグに入ったメモには「ひばりちゃんの美しい顔をいためなければ承知できない。醜い顔を一度見たい」という、ひばりに対する憎悪の気持ちが書かれていたという。
実は、この女性はかつては、ひばりの熱心のファンで、高校中退後、故郷の山形県を出て東京都内で女中奉公していたが、1月11日頃に奉公先を脱走。以来、都内をふらついており、たまたま浅草でひばりの出演する舞台の事を知り、「私と同い年のひばりちゃんは輝かしい場所にいるのに」と嫉妬の想いが沸き上がり、塩酸を購入し、ひばり急襲計画を立てたという。
この事件は、大スターの傷害事件およびファン少女による残忍な犯行ということで、マスコミはこぞってこの事件を取り上げ、現在も「芸能人傷害事件」の代表例となっている。