そうよ、吉原君、もう少し。あとはそこの岩を越えるだけ。そうすれば、私が待っている。
吉原君が、がけを登り終えた。あとは、広場をこっちへ来るだけだ。吉原君が歩き始めた。そう、その調子。私のこと、好きなんでしょ。早く来て。そして、私を抱き上げて。私、汗びっしょり。
吉原君が、立ち止まった。なんで。こういうとき、男の子は脇目も振らずに女の子のもとへ駆けつけるはず。けど、吉原君は私のことを見ていない。空を気にしている。どうしたのだろう。
空には怪鳥が戻ってきていた。怪鳥が吉原君の所へ降りてくる。吉原君が襲われる。
でも、怪鳥は、真下にいた吉原君をやり過ごした。吉原君を襲うはずだったのに、羽をばたばたさせたまま、空中にとどまっている。何をしているのだろう。
怪鳥と目が合った。怪鳥は両足の爪を広げて、私のほうへ向かってきた。
どうしよう。怪鳥が探していたのは私だ。あの爪に捕まってしまう。そうしたら、私はどうなるのだろう。きっと、お城まで連れて行かれちゃうんだ。私、パジャマなのに。
怪鳥はのどがしわだらけだ。鳴き声をあげるとき、のど仏を苦しそうに震わせる。気持ち悪い。
どうしよう。逃げなきゃ。怪鳥に捕まったら、とんがった爪で体じゅうを締め付けられてしまう。体をよじっても、びくともしないんだ。岩影に隠れよう。けど、どうしても、体を動かせなかった。
吉原君がようやく、私のほうへ駆けてきた。遅いよ。私のこと、好きなくせに。けど、吉原君が私のことを見ている。どうしよう。体が熱い。私、汗だらけだ。吉原君のところへ行きたい。けど、体を動かせない。何かに縛り付けられているみたい。体が重い。
どうして私は体を動かせないのだろう。夢の中だからかな。寝ている間は、ほんとうの私は体を動かせないのかも。寝ているから、私は目もつぶっているはずだ。だから、体が重いんだ。なんだか、目の前がぼんやりしてきた。
(つづく/文・竹内みちまろ/イラスト・ezu.&夜野青)