「昨夏の優勝投手、今井達也(作新学院高−埼玉西武)のようなケースもあるんです。スカウトの世界は『栴檀は双葉より芳し』、極端な話、中学時代から目を付けてきた選手がどれだけ成長したかを見るものなんです。正直に言うと、今井はその指名リストに入っていませんでした。甲子園で急成長した逸材です」(在京球団スカウト)
下級生時代の今井は制球難に苦しんでいた。「このままではダメだ」と思ったのだろう。コントロールを習得するため、脱力投球の練習をした。そして、全力投球しなくてもキレのあるボールを投げるにはどうすればいいのかを考え、そのための練習も重ねた。その努力の積み重ねが甲子園で発揮されたのだ。
今夏は「今井パターンの好投手」が見られそうだ。2年連続出場の木更津総合の左腕・山下輝は注目だ。山下は千葉県大会の準決勝、決勝でも好投し、得点圏に走者を置いた場面でも対戦打者の膝元を攻めていたが、本格的な投手の練習を始めたのは昨夏の甲子園大会後だった。中学時代の投手経験はあっただろうが、冬場の徹底した走り込みも経て、球速は140キロ台後半を計測するまでになった。
明豊の右サイドスロー・橋詰開斗も野手から投手にコンバートされた。バッターに背中を向けるトルネード投法で、球速は決して速くない。しかし、変化球を巧みに操り、大分県決勝戦では大分商の強力打線を散発3安打に抑えてみせた。また、明豊は選手層が厚い。春の県選手権では右オーバーハンドの好投手が2人、一年生左腕もいて、橋詰を加えた4投手を継投して勝ち上がった。プロ注目の4番・杉園大樹をスタメンから外す“余裕”も見せ、その杉園がスタメン復帰した同準決勝ではいきなり本塁打を放つ圧倒的な勝ち方をしていた。
ひと昔前の高校野球は1つのポジションを複数の選手が争い、それに敗れた選手は控えにまわるしかなかった。しかし、今日は違う。選手の長所を伸ばすためにコンバートをさせ、複数の選手を使いながら勝ち上がっていく。打撃優先で投手から野手に転向させた話はひと昔前もあったが、「野手から投手へ」はちょっと珍しい。
8月1日、天理(奈良)が各校に割り当てられた甲子園球場での練習を行ったが、打撃投手役でマウンドに立ったのは、輪島大地。第54代横綱・輪島大士のご子息である。中村良二監督が各メディアに話したところでは、大会中の横綱ジュニアの登板も見られそうだ。選手層の厚さといえば、大阪桐蔭もブキミだ。今春のセンバツ大会(対静岡)で先発した左腕・横川凱が府大会で温存された。春の府大会4試合計21イニングを投げ、失点は「3」。横川は2年生なので「3年生優先」だったのかもしれないが、上位進出を狙う強豪校は好左腕に対するデータもないため、警戒を強めていた。
花咲徳栄(埼玉)の綱脇彗、清水達也の両右腕はプロ注目の好投手だ。綱脇は一年生から投げていて、その時点から「ストレート、変化球ともにプロのレベル」と称賛されていた。甲子園のマウンドも経験しており、彼の視察を楽しみにしているスカウトもいた。清水も昨夏の甲子園を経験している。腕を振り下ろす角度を変えたのが良かったらしく、球速はさらに速くなった。甲子園で150キロを計測するかもしれない。とにかく、球質が重い。埼玉県大会では他投手とは明らかに異なるキャッチャーミットの捕球音を響かせていた。炎天下の大会では投手力がカギを握るとされている。コンバートで開花した異色投手、経験値豊富な早熟組は、どんなピッチングを見せてくれるのだろうか。
(スポーツライター・美山和也)