健太君は川の方にいる。私は、近くあった大きな石に腰を掛けた。
川がうねっている。水位が増してるんだ。川のよどみにつかえた流木が、流れに押されたり底石に跳ね返ったりしていた。
対岸で、雑草が風になびいた。
突然、草の中に、男の人が見えた。呼吸が詰まって、腰掛けたまま足踏みしてしまった。けど、また見ると、誰もいなかった。
男の人がいた場所で、草がなびいている。誰もいない。けど、確かに人が見えた。それも、髪の毛が短くて、黒い服を着て、肩幅の広い男の人だ。
なんだろう。
どんなに眺めても、対岸には人の気配すら見つけられない。川の上流へ目を向けてみた。空はぼんやりしていて、もやがかかっているよう。山の方が暗い。
川の上を、鳥が一直線に飛んでいった。山へ行ったみたい。くちばしがするどくて、すれ違う時に、私を盗み見ていった気がした。
なんだろう。体が冷える。
吉原君は、怪鳥が天下に大乱を起こすって、言っていた。空がずっと真っ暗なままになって、鳥たちがくちばしをとがらせて、世が乱れる。橋の下に人が吊される。
さっきの鳥、魔界へ行くのかな。だったら怪鳥だ。けど、怪鳥があんなに小さいわけがない。きっと、怪鳥の手下だ。
魔界の鳥は、あの雲の中。世を乱す怪鳥は、あの雲の中にいるんだ。
健太君が、いつのまにか目の前に来ていた。ずっと私を見ていたのかな。私、ぼんやりしていたのかも。
「そろそろ、帰ろっか」
座っていた石から腰を上げると、健太君の顔も私の動きにあわせて上を向いた。健太君の表情が、少し違う。どうしたんだろう。笑っているみたい。
「行こっか」
健太君をさそって、土手を上がった。すべり下りた時よりは楽だったけど、手をついたひょうしに、爪の間に土が入ってしまった。おばあちゃんの家に着いたら、洗い流そう。
(つづく/文・竹内みちまろ/イラスト・ezu.&夜野青)