福岡PayPayドームで行われたオープン戦で(3月9日)、福岡ソフトバンクが対巨人の連勝を「12」まで伸ばした。
巨人サイドから見れば、“負けっ放し”ということになる。2019、20年の日本シリーズで4連敗を喫しており、19年交流戦3戦目からオープン戦含め、一度も勝っていない。左アキレス腱の断絶から復帰してきた野上亮磨投手の好投、売り出し中の秋広優人内野手が適時打を放つなど明るい材料もあったが、スタンドのファンはこう思ったはずだ。「このままでは、勝てそうにない」と…。
「これ以上、負けると、今季のペナントレースにも影響してきますよ。オープン戦とは言え、尾を引きそう」(プロ野球解説者)
過去にも、同じようなことが起きていた。83、87、90年、巨人は日本シリーズで西武ライオンズに負け続けた。
「90年シリーズで4連敗を喫し、翌91年はそのショックからか、12年ぶりのBクラスに低迷しました」(ベテラン記者)
当時のことは、筆者も知らない。だが、「西武に勝てない悪夢」を振り払うことができた94年日本シリーズは目の当たりにした。「今日は3対1で勝つ」と言って、本当にそのスコアで日本一になった長嶋茂雄監督(当時)の神懸かり的な采配にも驚かされたが、常勝西武を破ったキーマンは投手・桑田だった。
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桑田のクレバーなピッチングとその分析力に、今日のソフトバンクに対応するヒントがあるのではないだろうか。
「94年シリーズ第1戦、先発マウンドを任されたのは桑田でした。巨人は5投手をつぎ込み、11失点と大敗しました」(前出・同)
シリーズでの1試合11失点は巨人史上ワースト。26年後の昨季シリーズで13失点に更新された。
「桑田は6回4失点で敗戦投手になっています。でも、後日談として、桑田は西武打線のデータを取るため、勝負どころで意図的に甘いボールを投げていたとの話もあるんです」(球界関係者)
第2戦の先発マウンドは槙原寛己。完封勝利を収めたが、槙原-村田真一のバッテリーに桑田が助言を送っていた。スコアラーがシリーズ前に集めたデータに補足を加えていったそうだ。
「90年と94年では、選手もほとんど入れ代わっています。チーム再建には時間が掛かりますが、昨季シリーズでは、巨人の各投手は球種を狙い打ちされている印象も受けました。ソフトバンク打線を洗い直す必要があります」(前出・同)
桑田コーチは札幌遠征には参加せず、このソフトバンク戦から一軍に再合流した。帰京後の合流ではなく、わざわざ福岡まで呼び寄せたのは何か目的があったはずだ。桑田コーチの眼にソフトバンク打線はどう映っていたのだろうか。(一部敬称略/スポーツライター・飯山満)