みのは1979年、文化放送のアナウンサーからフリーに転身。89年に放送がスタートした日本テレビ系「午後は○○おもいッきりテレビ」の司会時には、週に16本ものレギュラー番組を抱え、06年12月には「1週間で最も多く生番組に出演する司会者」としてギネス記録に認定されていた。
しかし、同番組は現在唯一のレギュラーで、降板によってレギュラー番組が消滅することになった。
「13年に次男が逮捕されてバッシングを受け、モチベーションが大幅にダウン。さらに、現在のテレビ界は、みののようなズバっと指摘する発言は敬遠される傾向にあるだけに、自分の“居場所”がないことを悟ってしまったのでは」(テレビ局関係者)
みのは芸能界を引退する意向はないというが、今後は水道メーター製造・販売会社「ニッコク」の社長業に力を入れることになりそうだ。
「テレビで見る機会は減ったが、相変わらず銀座のクラブには通い続けているようだ。これまで稼いだ蓄えはたっぷりありそうで、今はそれで飲み歩いているかもしれないが、いつまでも貯金を切り崩しているわけにはいかないのでは」(同)
しかし、知名度もスキルもあるみのだけに、今後もたっぷり稼げそうだというのだ。
「今後、講演会や、結婚式など各イベントの司会の依頼が殺到するのでは。講演会のギャラはみのクラスだと1本200万円、司会業だと1本100万円は下らないだろう。それを月に10本ほどでもこなせば、テレビに出演するよりも、かなり割のいい稼ぎ方ができる。4月以降、さっそく依頼が殺到するのでは」(芸能記者)
そのうち、芸能の仕事が“副業”になりそうだ。