スポーツ
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スポーツ 2013年06月29日 17時59分
二軍戦で試運転 斎藤佑樹の復活と昨季ペナント覇者・日ハムの低迷
10勝17敗、勝率3割7分。何の数値かといえば、昨季のペナントレース覇者・北海道日本ハムファイターズの対戦カード初戦における勝率を表したものである。 一般論として、プロ野球ペナントレースの対戦カードは主に3連戦で行われ、その初戦を勝利することで2戦目以降を有利に展開できるという。近年では対戦チームとの相性等も汲み、エース投手のカード初戦先発を回避させる戦略もないわけではない。しかし、今季、日ハムが低迷した要因の1つに『カード初戦の弱さ』も挙げられるではないだろうか。 日ハムの初戦勝率はリーグワーストだ。それに対し、偶然かもしれないが、リーグ首位の千葉ロッテは16勝10敗1分け、2位・東北楽天は19勝8敗、3位・福岡ソフトバンクも15勝11敗1分け。奇しくも、ペナントレースのAクラスチームが6割近い勝率を挙げているのに対し、Bクラスチームは『初戦の勝率』は5割以下だ。 この日ハムの初戦勝率の悪さについて、投手出身のプロ野球解説者に聞いてみた。 「今季の日ハムですが、カード初戦の先発は多田野、中村、谷元といった『ローテーションの4番手以降』も投げています。エースの武田勝が本調子でないのも影響しているんでしょうね」 去る6月22日、二軍戦で斎藤佑樹(25)が今季初登板”を果たした。実戦マウンドは『昨年の日本シリーズ第5戦以降』であり、試合後、「自分のなかでは100%(の力)で腕を振れた」と本人は安堵していたが、この男が『エース』としてカード初戦に先発していたら、今季の低迷はなかったのではないだろうか。 出遅れの理由は右肩痛だ。ネット裏に陣取っていたライバル球団の関係者がこう評していた。 「あと、(二軍戦で)2、3回投げたら、一軍に合流すると思うよ。右肩の痛みは解消されたみたいだけど、体全体のキレがないというか、調整そのものが遅れていると思う。後半戦のチームを救うキーマンになるかどうかは、今日のピッチングだけでは判断できない」 ネット裏にはライバル球団の関係者が複数いた。後半戦のカギを握る男として、他球団も警戒を強めているわけだ。 斎藤は『将来のエース候補』として1位指名された。その2010年ドラフト会議当時、日ハムは“エースの風格”を感じ、直前で1位指名を澤村拓一(中央大→巨人)から乗り換えたという。翌11年ドラフトでは菅野智之(東海大→巨人)も強行指名した。2年連続で即戦力タイプの投手を1位指名したのは、ダルビッシュ有の退団後の『新エース』を求めていたからである。 故障はアクシデントだが、今季の斎藤がカード初戦を託せる好投を見せていれば、最下位なんてことはなかったはずだ。(データは6月25日時点)
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スポーツ 2013年06月28日 16時00分
諏訪部早紀 大注目の水球五輪候補は バスト98Gカップ巨乳
先ごろスポーツ番組でも取り上げられた水球の諏訪部早紀選手(21)は知られざる逸材アスリートだ。実力はもちろんのこと、美人で大迫力のバディ。これからは水球がガ然注目! 水球は1チーム7人、両サイドにゴールがあり、お互いボールをゴールに入れ合う水中のハンドボールともいえる球技だ。 「発祥の地はイギリス。五輪の正式種目でワールドカップもある。男子は東欧、女子はヨーロッパに加え北米も強い。日本では正直マイナー。たまに五輪中継などで映ったりしますね」(スポーツ紙記者) そういった競技だけに諏訪部選手の名前はまだまだ無名だが、6月8日、彼女がスポーツ情報番組『すぽると!』(フジテレビ)で紹介されるとネットを中心に一気に大盛り上がり。 現在、彼女は東京女子体育大学の4年生。同大は日本選手権4連覇、日本学生選手権9連覇という輝かしい歴史を持つ名門。彼女は主将を務めている。 「実力に加えアイドル並みのルックス。彼女が『すぽると!』に出るや否やネットの書き込みだけでなく、視聴率が1%上がったという噂もある。現在、関東学生リーグ、日本学生選手権、日本選手権の三冠を狙っているのですが、彼女はその要。垂涎の水着美人です」(ネットライター) しかも、美貌だけでなくだれもが目が釘付けになったのは巨乳。 「身長は156センチと小柄。でもバストは90センチは優に超えて98センチ級。身長から考えるといかに大きいかです。たぶんGカップはあるでしょう。水球界のスイカップで季節にピッタリ」(前出・スポーツ紙記者) 当然、水着のほうは超ピチピチ。丈夫に作られているのであろうが、いつ水着が弾けても不思議ではない。 「水球は別名『水中の格闘技』と呼ばれ、つかむ、蹴るは当たり前。そのため引っ張られた拍子に水着が脱げオッパイ丸出しになるのは日常茶飯。彼女も、そんな経験があるらしく、何度かピンク色の美乳首が見えたとか」(投稿雑誌編集者) 純粋なスポーツをあまりアダルト的な視線で見てはいけないが、 「彼女にはぜひグラビアや水着リポーターもやってほしいですね。水球はみんなハイレグでヘアが見えるのも普通ですし、なんでも大胆にできるはず。素晴らしい素材です」(前出・投稿雑誌編集者) 早紀選手を応援する!
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スポーツ 2013年06月27日 15時30分
日本ハム・大谷に“不敗神話” 登板試合でチームは負けなし
“投手”大谷翔平(18=日本ハム)が、“不敗神話”をつくり上げそうだ。 大谷は6月26日のソフトバンク戦(東京ドーム)で、プロ4度目の先発。1回表には内川聖一外野手に、2回表には長谷川勇也外野手に、それぞれソロ本塁打を浴びて、早々に2点を先制された。しかし、3回からは立ち直って、5回までの3イニングは無安打無失点に切り抜けた。 その間に、味方打線が奮起。3回裏に中田翔外野手、5回裏に陽岱鋼外野手、ミチェル・アブレイユ内野手と3本のソロ本塁打が飛び出して、5回終了時点で3-2と日本ハムがリードした。 この時点で大谷は勝利投手の権利を得て、いつもなら、5回で降板するのがパターンとなっていたが、この日は続投。ところが、6回表に松田宣浩内野手にタイムリー安打を打たれて、3-3の同点にされ、この回でマウンドを下りた。 チームは8回裏に2点を取って、いったんはリードしたが、9回表に2点を奪われて、5-5の同点。10回裏に、無死2塁から敵軍の送球エラーの際に得点を挙げ、6-5で日本ハムがサヨナラ勝ちした。 大谷は同点の場面で降板したため、2勝目はならなかったが、登板した試合は先取点を奪われても、自軍が追い付くケースが続いており、4戦3勝1分けで負け知らず。2度目の先発となった6月1日の中日戦(札幌ドーム)以降は、チームが3連勝。大谷自身に勝ち星が付かなくても、チームに勝ちをもたらす“運”をもっている。 日本ハムは、この勝利でゲーム差なしながら、勝率の差で5位オリックスを抜いて、待望の最下位脱出を果たした。 大谷はプロ最長の6回を投げ、98球で、4安打2四球1死球3失点(自責点3)、奪三振5。最速153キロ止まりだったが、変化球を多投して、これまでとは違う一面を見せた。 「変化球を交ぜながらの投球は持ち味。今日はカーブがよかった」と、自身の投球を評した大谷。栗山英樹監督は、「バランス良く投げようとか、変化球でカウントをつくろうという目的意識がハッキリ見えた」と一定の評価を与えた。 オールスター戦(7・19札幌、7・20神宮、7・22いわき)のファン投票では、パ・リーグ外野手部門で28万4737票を獲得し、3位となって、選出が決まり、球宴での二刀流披露に期待も高まる。 日本ハムは、かつての本拠地である東京ドームでの故郷凱旋試合では集客に苦労している。今季、同所の主催試合では、2万人を集めるので精いっぱいで、1万人台の試合もあった。しかし、この日は大谷が4万210人の大観衆を集め、いつもより、ほぼ2倍アップで、観客動員にも大きく貢献した。 このまま、ローテーションから外されなければ、次回登板は7月4日のソフトバンク戦(ヤフオクドーム)が有力。大谷の“不敗神話”が続くのか注目されるところ。(落合一郎)
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スポーツ 2013年06月27日 14時00分
尾崎行雄死去 柴田勲が語る浪商VS法政二高 伝説の名勝負秘話(2)
《肩の酷使と、ボウリング狂が投手寿命を縮めた?》 プロ入りから4、5年間が尾崎さんの一番輝いた時だ。新人王に続いて最多勝利のタイトルも獲得している。体を揺さぶり、唸りを上げる剛速球に、他球団の打者たちはキリキリ舞い、三振の山を築いていく姿は、まさに“怪童”そのもの。 しかし、好事魔多しではないが、5年間の大活躍のあと、肩痛に襲われた。マッサージや医療的な治療も受けたが、肩は元のように戻らなかった。 当時、番記者を務めていたフリージャーナリストの児玉光雄氏はこう証言する。 「口に出しませんでしたが、キャッチボールができない状態のときがありましたね。苦しそうな表情は、今でも覚えています。原因は肩の酷使ですね。トレーナーやコーチも指摘していましたが、変則投法で目いっぱい体をねじ込むように投げ込む。肩への負担も大きかったと思います」 また児玉氏は「確証があるわけではないが」としながらも“ボウリング説”を挙げた。 「尾崎さんは大のボウリング好きで、遠征先の地方でも、ボウリング場があれば行くんです。他の選手は麻雀やパチンコですが、彼はひたすらボウリング。これは逸話になりますが、ボウリングの球を豪速球ばりにレーンに転がすため、ピンが壊れたという話もあるんです。同じ右肩を使うし、ここでも酷使し過ぎたというのが、もっぱらの噂でしたね」 尾崎さんは高校を中退してプロの世界に入った。甲子園で夏に全国制覇し、その年秋の地区大会でも優勝。翌春のセンバツ出場もほぼ手中に収めていたときに、突然のプロ入り宣言となった。ドラフト会議が始まる4年前の話である。 「学校が嫌いになった」「家庭の経済的事情で、プロで早く腕試しをしたかった」など諸説が乱れ飛んだが、真相は定かではない。 高校を中退した剛腕の少年に、プロのスカウト陣が大挙して押しかけた。セ・パ両リーグ全12球団が破格値の契約金を提示しながら入団交渉に臨み、結局、6000万円(当時)の契約金で東映と契約、プロの世界に入っていった。 オールスターで一度だけ対戦した長嶋茂雄・現巨人軍終身名誉監督も「球が速かったですね。打席に立っていて、踏み込んでいくのに勇気がいりました」と報道関係者に語っている。 法政二高で柴田氏の1年後輩にあたるメジャーリーガー第1号のマッシー村上(村上雅則)氏も「マスターズリーグで顔を合わせ『元気かい』と声を掛けられたり、3年前の浪商と法政二高のOB戦(東京ドーム)で1イニング投げた姿が脳裏の焼き付いていますね」と話した。 プロ通算364試合で107勝。その怪童伝説は、永遠にファンの脳裏に刻み込まれている。合掌。
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スポーツ 2013年06月26日 14時00分
尾崎行雄死去 柴田勲が語る浪商VS法政二高 伝説の名勝負秘話(1)
『怪童、死す!』 6月13日、大阪・浪商(現大体大浪商)高のエースとして夏の甲子園で優勝し、プロ野球東映(現日本ハム)でも活躍した尾崎行雄(おざき・ゆきお)さんが肺がんのため都内の病院で逝去。68歳だった。 剛速球を武器に『怪童』と呼ばれ、プロ1年目の1962年に20勝を挙げ新人王に。そして'65年には27勝で最多勝のタイトルを獲得した。16歳で甲子園のマウンドを踏んだころから、変則投法のロッキング・モーションから繰り出す剛速球は、計測すれば優に“160キロ”を超えていたとの伝説を持つ大投手だった。 だが、『怪童』として大きな脚光を浴びたものの、尾崎さんの野球人生は長く続かなかった。豪速球で肩を酷使した影響もあり、6年目の'67年夏に右肩を故障。翌'68年以降の6年間でわずか3勝しかできず、29歳の若さで引退した。 その後は、東京・台東区内で欧州料理レストランを経営。監督やコーチなどで再びユニホームを着ることはなく、評論家などの依頼もすべて断るなど、球界とは距離を置く生活をしていた。そんな尾崎さんも時間さえあれば「楽しい野球がしたい」と地元で少年野球を熱心に指導し、自ら草野球のマウンドに上がることもあったという。 昭和の時代に異彩を放った『怪童・尾崎』の太く短かった野球人生−−。そんな中の“球跡”から、いくつかの秘話を拾い上げてみよう。《甲子園での“名勝負”》 『尾崎』の名前とともに持ち前の剛速球に注目が集まったのは、昭和35年('60年)夏である。高校1年生ながら浪商のエースとして甲子園に出場。柴田勲=元巨人=をエースとする強豪、法政二高(神奈川)と対戦した。同校とはこの試合を含め3季連続での激突だった。 初対決は0-4で敗退。翌春のセンバツ大会でも準々決勝で対戦したが、柴田にまたもや0-3の完封負けを喫した。 そして3度目の対決が昭和36年の夏の大会で、甲子園準決勝という絶好の大舞台。延長11回の激闘の末、浪商が法政二高を4-2でついに破ったのだ。決勝の桐蔭高を1-0で下し、尾崎は完封で全国制覇を成し遂げた。 尾崎と甲子園で3度対決した本誌評論家でもある柴田勲氏に、当時の“名勝負”を振り返ってもらった。 「あのときの尾崎君の球は間違いなく速かった。僕も130〜140キロくらい投げ、速球派といわれたが、その比ではなかった。球種は僕も同じで、速球に“ションベンカーブ”と少なかったが、彼はあの体を揺らし、反動をつけて投げるロッキング・モーションからの剛速球。あれで十分。他の球種はいらない。打つ方では、それでも5番打者として3試合で4、5本は打った記憶があります。しかし、何と言っても3度目の対決で、逆に尾崎君に三遊間を破られ同点に追いつかれた。延長戦に持ち込まれた末に敗戦、3連覇を阻止されたのが痛い思い出ですね」 この甲子園での柴田、尾崎の3度にわたる対決は、オールドファンに今も語り継がれている。
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スポーツ 2013年06月24日 11時45分
米球宴明けにも昇格? 松坂「メジャー早期復帰説」の光と影
「球宴明けにメジャー昇格」−−。松坂大輔(32=インディアンズ3Aコロンバス)の早期復帰を予想する声が出始めた。 松坂は6月16日のシャーロット戦に先発し(現地時間)、被弾を含む4安打4失点で敗戦投手となった。左脇腹を痛め、リハビリに1カ月以上を要したため、まだ本調子ではない。同試合も「70球メド」という投球制限の下での“試運転”だった。 「ピッチング内容が良くありません。ストレートに本来のキレがなく、変化球で必死に凌いでいました」(現地特派記者の1人) 米メディアが正反対の『早期昇格』を予想する根拠は…。 「インディアンズは6月に入って、先発スタッフが総崩れしてしまいました。資金力が豊富なチームではありませんし、先発タイプの投手を途中補強するとは思えません。従って、ローテーションの4、5番手を頻繁に入れ換えながら中盤戦以降を戦っていくでしょう」 つまり、本調子とは程遠い松坂も駆り出されるというわけだ。 しかし、松坂の今後をこうも予想していた。 「松坂は日本のアマチュア時代からたくさんの修羅場を潜り抜けた投手だから、本調子でなくても最小失点に抑えるテクニックも持っています。その投球テクニックがあるから、松坂は『多少の無理が利く投手』とも位置づけられているんですよ」 無理をさせられたら、どうなるか…。 松坂の完全復活が遅れている理由は、怪我に尽きる。昨年6月、右ヒジのトミージョン手術もそうだが、リハビリ続きで体の筋力そのものが落ちているのだろう。オープン戦終盤に右ふくらはぎを故障。3Aで開幕を迎えた後も左脇腹を痛め、「故障のデパート」と皮肉る米報道もあったくらいだ。 「右手の指にマメができて、投げにくそうにしていた日もありました。復帰登板となった11日は40球までの投球制限でした。投球制限は左脇腹痛の再発を恐れたというよりも、体力面に不安があったからなんです。故障続きでまともな練習ができないので」(米国人ライター) 先の16日の先発も「70球メド」と、怪我の再発防止に配慮されたものだった。松坂の将来を考えれば、今季1年は調整に専念した方がいいのではないだろうか。 「いや、インディアンズ首脳陣が許しませんよ。100球前後の先発を2回くらい経験させたら、即昇格。ローテーションの4、5番手として投げさせられるでしょうね」(前出・同) 16日の登板を好意的に伝えた日本のスポーツ新聞もあったが、「手術前には程遠い。前回(11日)よりは良くなってきたが…」というのが、現地入り取材陣のホンネだ。こんな状態でメジャーに駆り出されたら、松坂はどうなってしまうのか。「投手生命に繋がるような大怪我も…」と不安視する米メディアもあるそうだ。※メジャーリーグに関するカタカナ表記は、『メジャーリーグ名鑑2013年版』(廣済堂出版)を参考にいたしました。
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スポーツ 2013年06月23日 11時00分
モンゴル出身力士が活躍する理由
大相撲界は今、夏場所も終わり、ひと息ついているところ。このつかの間のノンビリした時間の過ごし方もさまざまだ。夏場所、25回目の優勝を全勝で飾った横綱白鵬をはじめ、新入幕の東龍、十両で勝ち越した貴ノ岩ら、モンゴル出身力士たちはいっせいに母国に帰国した。 「故郷に錦を飾る、という言葉がありますが、彼らにとっては文字通り凱旋帰国。どんな思いでこの日が来るのを待ち焦がれていたことか」(部屋関係者) 白鵬はノンビリする時間はあまりないようで、観光大使を務めている北海道滝川市と共同研究している白鵬米の田植や、少年野球チームの指導などスケジュールがぎっしり。 対照的だったのは、もう一人の横綱・日馬富士。夏場所11勝はしたものの、またしても優勝争いに絡めず、場所後に横審から「次の名古屋場所(7月7日初日)では13勝以上してもらいたい。成績次第では『激励』(引退勧告、注意に次ぐ横審からのペナルティー内規)を通告する可能性がある」と奮起を促された。これでは、とても白鵬らのように晴れがましい顔で帰国はできず、場所後もしばらくは日本にとどまり、稽古一色の日々を過ごす羽目に…。やっとモンゴルに向かったのは、みんなより1週間遅れの6月10日だった。 好成績を挙げれば、胸を張って故郷に戻り、楽しい時間が待っている。しかし、思うような成績を挙げられなければ、肩身の狭い思いをせざるを得ない。なるほど、これではモンゴル勢が目の色を変えるのも当然か。 平成18年春場所以降、琴欧洲、把瑠都が優勝した2場所を除き、あとの覇者はすべてモンゴル勢。日本人力士は、ただの1人もいない。 モンゴル出身力士が活躍する理由はクッキリだ。
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スポーツ 2013年06月22日 17時59分
千葉ロッテが元阪神・ブラゼルを獲得 高年俸のDeNA・ラミレスより“格安助っ人”に白羽の矢
パ・リーグ首位を走る千葉ロッテが6月22日、元阪神のクレイグ・ブラゼル内野手(33)の獲得を発表した。年俸は1年契約で15万ドル(約1470万円)プラス出来高払いと超格安だ。ブラゼルは、今月中に来日する予定。 ロッテは伊東勤監督(50)の「メジャーのように、チーム状態がいい時に補強をしたい」という強い希望もあり、この時期に新外国人の獲得に動いた。 現在、首位ではあるものの、ロッテの弱点は長打力と指名打者だった。チーム本塁打は41本で、リーグ5位。指名打者は主にジョシュ・ホワイトセル内野手(31)が務めていたが、打率.200、4本塁打、14打点と極度の不振。おまけに、右手首を痛めて戦列を離れており、20日には検査のため、米国に一時帰国した。 代わりに、指名打者はベテランのサブロー外野手(37)や福浦和也内野手(37)が入っているが、いずれも長打力に乏しい。4番は今江敏晃内野手(29)が務めているが、アベレージヒッターで4番のタイプではない。 そこで、4番指名打者候補として、白羽の矢が立ったのがブラゼルだ。伊東監督は「日本で実績があるし、本塁打が狙える打者。一振りで試合を決められるのが魅力」と期待を込めている。 ブラゼルは08年に西武に入団し、27本塁打をマーク。1年で退団したが、09年途中に阪神入りし、10年には47本塁打、117打点、打率.296と活躍。日本での5年間で、118本塁打を放っている長距離砲で、ロッテが求める選手に合致する。 現在、ブラゼルは米独立リーグでプレーしており、27試合に出場し、4本塁打、21打点、打率.347と好調で、ブランクの心配もない。 ロッテといえば、6月に入って、一部スポーツ紙がDeNAとアレックス・ラミレス外野手(38)のトレード移籍を交渉中と報じた。ラミレスは2000本安打達成後、控えに甘んじることが多く、本人も、この報道にまんざらでもない様子を見せていたが、ロッテ幹部陣は移籍交渉を否定している。 ラミレスのネックは3億5000万円(推定)の高年俸。仮にロッテが半分を負担するとしても、1億7500万円の出費となる。そもそも、渋チン球団のロッテが、そんな高い年俸の助っ人を獲るとは考えがたく、格安のブラゼルを獲得したのは当然のなりゆきといえそうだ。※記録は6月21日現在(落合一郎)
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スポーツ 2013年06月22日 11時00分
松井秀喜の巨人次期監督招聘情報の裏で流れる 高橋由伸引退説
左ふくらはぎ肉離れで戦線を離脱していた巨人・高橋由伸。実戦復帰予定だった6月11日からのイースタン・リーグ日ハム3連戦(鎌ケ谷)が連日の雨で中止となり、文字通り水を差された格好になってしまった。 21日のリーグ戦再開に合わせて一軍に合流する計画は微妙になったが、何よりも“去就”の方が微妙であることに変わりはない。 「同じく土俵際に追い込まれていたベテラン小笠原道大が、延長戦に決着をつける『代打・サヨナラ3ラン』を放ち、強烈な印象を残した。それまで高橋由の復帰時期について明瞭に答えていた原監督でしたが、その後、はぐらかすようになりましたからね」(担当記者) 高橋由が故障したのは、4月4日。当初、球団は詳しい状況を伝えずにいたが、ゴールデンウイーク明けに原監督自ら早期の復帰を示唆した。ところが、結局は長引く形になり、こんな話も聞かれるようになった。 「小笠原と谷佳知の2人は、リストラ要員と言われようと二軍でも腐らず、毎日黙々と練習していました。今回のけがで高橋由も加わりましたが、外様の2人は高橋由のことを気にしている立場じゃない」(ベテラン記者) 巨人にとって高橋由は将来を担うエリート幹部生候補のため、無下な扱いはされないのだ。一連のゴジラ次期監督就任説を指し、関係者がこう語った。 「松井が監督要請を固辞すれば、高橋由を兼任コーチにし、事実上の引退扱いにする。腰の手術からの復帰後('09年)はマジメに練習しており、阿部も一目置いていました。阿部が元気なうちに入閣した方が高橋由本人のためにもなる」 巨人内部から「松井が監督就任に難色を示すのは、エリートである高橋由の去就に気を使っているのでは?」の声も出始めた。テレビ中継数の復活等を考えれば“松井監督”だが、巨人はエリート幹部候補の晩節を気にし始めている。
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スポーツ 2013年06月21日 15時30分
右肩痛の日本ハム・斎藤佑樹が実戦復帰! 早期復活待望する球団営業部
昨年11月1日の日本シリーズでの巨人戦に登板後、右肩痛を発症。右肩関節唇損傷で、長期戦線離脱していた日本ハム・斎藤佑樹投手(25)が、ようやく復帰マウンドに立つ。 斎藤は6月22日に行われるイースタンリーグ非公式戦、フューチャーズ戦(鎌ヶ谷)で、約7カ月ぶりに実戦復帰する予定だ。 20日の練習後には、「体のどこかで、ブレーキをかけているかもしれないけど、試合で解放したい。今持っている100%の力で投げたい」と意気込んだ斎藤。右肩の痛みが消えたことで、闘争心もメラメラとよみがえってきた。 今回の登板後、右肩に特に異常がなければ、斎藤は本格復帰に向け、エンジンを全開することになる。 交流戦が終わり、リーグ戦は21日に再開するが、日本ハムの先発ローテーションは吉川光夫、武田勝、木佐貫洋、ブライアン・ウルフ、谷元圭介の5人までは、ほぼ確定しているが、6番手が流動的。斎藤が早期に1軍に復帰することができれば、ローテーションに割り込むチャンスも十分ある。 6番手といえば、二刀流を目指す大谷翔平投手(18)も狙っており、26日のソフトバンク戦(東京ドーム)で先発する見込みで、斎藤は投手・大谷とも、その枠を争っていかなければならない。 斎藤は「ライバルになってくる。ボクもいろいろ勉強しながらやっていきたい」と、大谷をライバル視した。 球団営業部としては、“元祖・客寄せパンダ”の斎藤が、早く1軍に戻ることを待ち望んでいる。大谷もプロ初先発となった5月23日のヤクルト戦(札幌ドーム)では、3万6608人の観衆を集め、今季の平日の試合では最高の入りを記録するなど、動員力ももっている。今後、斎藤、大谷の両輪が1軍に揃えば、低迷する観客動員の大きなてこ入れとなるはず。 まずは、22日の登板次第。投球内容も良く、右肩に異常がなければ、早期の1軍復帰がグッと見えてくる。(落合一郎)
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