運動場を10往復。調子のいい日は、周囲の公園内も歩くようになった。
その際、子犬を連れて散歩する主婦や顔見知りになった男性らと会話する余裕すらある。また、T広報や介護士と野球の話にも花を咲かせている。少し離れた所にいても、その情景がわかるほどミスターの声は大きい。
最近ビックリした光景があった。麻痺している右手ではなかったが、ゴルフボールくらいの柔らかい玉を、ミスターが下から投げたのである。5月5日に予定されている松井の引退式の始球式用にサプライズで準備しているのか。
“ミスターが投げ、ゴジラが打つ”。スポーツ紙の見出しではないが、その練習をしているのでは、と思わせる微笑ましい光景だった。
ミスターと松井のW国民栄誉賞受賞で親しい読売関係者はこう話していた。
「これは明らかに会長(渡辺恒雄球団会長)が画策していますよ。秀喜(松井)は読売に帰ってこない−−という情報を報告されてからは、会長の機嫌が悪くなった。自分が“イチローを巨人監督に…”との発言を棚に上げ、メンツばかり気にしている。『絶対に他球団に渡すな!』が至上命令ですよ。会長は一度、決めたことはなんとしても成し遂げないと気がすまない性格。政治力を使ってでもね」
さて、リハビリ開始から全く変わっていないことが一つある。時間だ。
前述のように、月曜日は多摩川台公園に7時10分に現れリハビリ。火曜日から土曜日までは7時50分に都内・自然教育園に到着する。多少時間がずれても5分くらいの正確さだ。
私が長い間、リハビリ取材を継続できたのも、ミスターのこの時間厳守に助けられたのかもしれない。
実は、ミスターへの密着取材は読売サイドに拒絶されている。再三の取材要請を断られ、「止めてくれ」との忠告まで受けている。
しかし、'11年10月4日、多摩川台公園で初めてミスターに「お元気になられて良かったですね」と挨拶した。ミスターは最敬礼して「おはよう。ありがとうございます」と返してくれた。これこそがミスターの魅力にほかならないと思う。
医学的に再起不能とまでいわれたミスターが社会復帰を成し遂げている。次なるリハビリ目標は「もうすぐ走れますよ」。このことの方が国民栄誉賞ものだ。