ガチンコ、アポなし、超ハードな海外ロケ。その先駆けであり、芸人を死の一歩手前まで追い込んだ伝説のバラエティ“電波少年”。視聴率もうなぎのぼりで、社会現象となった。そんななかでも、先の有吉と肩を並べる立役者は、松村邦洋。ノンアポ突撃ロケ“渋谷のチーマーを更生させたい!”は、代表作のひとつだ。ヤンキーの巣窟だった渋谷の歓楽街に、ロケ車からひとり降ろされた松村が、若者に近づいて、注意をするのが与えられた任。ところが、チーマーたちは集団で暴行。身ぐるみも、はがした。まさに間一髪となったところで、松村はロケ車に逃避。最悪の事態を免れた。
場所を池袋西口に移した企画“エアMAX狩りを体を張って注意したい”でも、暴力沙汰に遭っている。当時、NIKEのエアMAX95を履いて歩いていると、チンピラたちに囲まれて、脱がされるという事件が相次いでいた。NIKE人気を物語る現象だったが、それを松村が体を使って実験・注意喚起しようというのが、企画意図だ。しかし、囲まれた途端、ボッコボコに…。陰惨なそのシーンは、放送できないほどだった。“出張ホスト詐欺のおとりになって退治したい!”では、拉致の憂き目に遭っている。詐欺師たちに連れ去られ、脅迫され、ギリギリのところで、テレビの企画であることをカミングアウト。難を逃れた。
いっぽうでは、毛色の違った体当たり失敗企画もある。“有名人の豪邸のトイレでウンコがしたい!”シリーズが、それだ。松村がロケ弁を食べ、そのあとに下剤を服用。便意をもよおしたところで、有名人宅のトイレを借りられるか、交渉するというものだ。残念ながら、ロケ途中で失敗=脱糞してしまうことがあったため、中止にせざるを得なくなったことも…。それでも、峰竜太&海老名美どり夫妻宅には潜入し、豪邸でウンコをすることに成功している。
そもそも同番組は、芸人に挑戦させる内容を告げるファーストシーンからして、斬新だった。国内の場合は、待ちあわせ場所に集合してから内容を告げ、直後から開始。海外の場合は、パスポート持参で集合場所に来ることだけを告げ、到着と同時にアイマスクとヘッドフォンを着けさせる。そのまま飛行機に搭乗させ、到着した空港で初めて国が判明。これが、通例だった。松村もご多分に漏れず、毎回どこで何をするのか、まったく知らないまま、指定場所に足を運んだ。あるとき、スタッフに「今日はどこに行くんですか?」と聞くと、「天国だよ」と返ってきたことがある。当時は麻痺していたため、「そうかもなぁ」と感じ、現に何度も三途の川を渡りかけた。特に思い出深いのは、“豪邸のプールで泳ぎたい!”シリーズで、アラブ首長国連邦を訪れたときだ。砂漠を車で移動している最中に、車が停止。プロデューサーたちは救助を求めるために、徒歩で砂漠を脱出した。ところが、車で待機していた松村ら一行は、夜になっても救助が来ないため、待ちぼうけ。手元にあるのは、1.5リットルの水が2本だけ。仮眠をとりながら、歩くも、ついに脱水症状になってしまった。と、そのとき、救助隊が到着。発生からおよそ1日たって、ようやく命拾いをした。
そんな松村と、番組後期は司会者というポストに収まった松本明子も、じつは功労者。ノンアポ企画の第1回目は、じつは松本。“憧れの227cmの岡山さんに会いたい!”という企画だった。これは、松本が「羽田のモノレールで見かけた大きい人」に会いたいという単純な理由でスタート。元バスケ選手であることまで突き止めたが、すでに一般人なので取材はNG。それでも引き下がらず、強行突破で待ち伏せ。粘った末に、「高い高い」をしてもらうことに成功して、別れる際には涙を流すほどの感動巨編となった。このたった1回が、有名プロデューサー・土屋敏男さん(番組内では「T部長」として出演)の琴線に触れ、アポなし取材をきわめるというコンセプトが生まれた。テレビ局側からすれば、ノドから手が出るほど、数字が取れる企画が欲しかった。いっぽう、行き詰まったタレントからすれば、テレビに出られる手段が欲しかった。“電波少年”は、そんな両者の利害が一致した末に誕生したのかもしれない。
(伊藤雅奈子=毎週木曜日に掲載)