島津は原作とドラマで設定変更された人物である。原作では田口公平の学生時代の同期である。ところが、ドラマでは白鳥圭輔(仲村トオル)がスイス・レマン大学から招聘したことになっており、田口との接点はない。この設定変更は前作『チーム・バチスタ2 ジェネラル・ルージュの凱旋』と共通する。『ジェネラル・ルージュの凱旋』でも田口の同期であった速水晃一が、白鳥の同期に設定変更された。
これらの設定変更は原作の一つの魅力を損なうものである。原作には大学時代という青春の一時期を共に過ごした者達にしか存在しない絆が描かれていた。確かに医療ミステリーが一番の魅力であるが、旧友達の同窓会的雰囲気も作品に良い味を与えていた。だからこそ速水の学生時代の剣道生活を描いた『ひかりの剣』のような小説も生まれる。
『ジェネラル・ルージュの凱旋』で速水の設定を変更した背景は、ドラマではダブル主役に格上げされた白鳥に絡ませるためである。これに対して、『アリアドネの弾丸』の島津の場合はミステリーのキーパーソンとして登場させるための設定変更であった。
島津は設定だけでなく、性格も変更されている。原作では田口の麻雀仲間で、入院中の子ども達から「がんがんトンネル魔人」と親しまれる存在であった。ところが、ドラマでは硬直的なAi信奉者にキャラ変更された。原作に比べて何とも面白味のない人物に変貌してしまった。
これは「平成の怪物」「ミラクル安田」の異名を持つ安田顕のキャラクターらしからぬ役である。ところが、次第に怪物の片鱗を見せていく。警察に拘禁されてからの態度が意外なほど落ち着いている。これは海外生活が長いために人権意識が普通の日本人よりも高いと説明できたが、より明確な理由が今回明らかにされた。
島津は警察に敵意を抱いても当然の重たい過去を背負っているが、何よりも重要な点は自分自身の行為に対する反省の念を抱き続けていることである。それが島津という存在を重厚にした。
その対極に位置する存在が、非を認めず謝罪しない斑鳩芳正(高橋克典)警察庁長官官房情報統括室室長である。北山錠一郎(尾美としのり)警察庁刑事局審議官の死は悼むが、人生をメチャクチャにされた冤罪被害者への謝罪の念は持たない。それどころか警察という立場上、謝罪できないと正当化する。
ドラマでは主人公の田口が島津を非難する一方で、斑鳩の涙を真実と評価する。また、白鳥は島津を殴る斑鳩を止めようとしないなど、善悪の価値判断が歪んでいる。しかし、主要キャラの紅一点、笹井スミレ(小西真奈美)は島津に謝罪する一方で、斑鳩と決別する。過去を背負っている笹井スミレの方が主人公よりも、善悪の価値を体現している。だからこそ笹井の言葉は島津を動かすことになった。
島津の人生も変えてしまった20年前の冤罪事件は今後のドラマに関係していく。人間味を増す安田の演技にも注目である。
(林田力)