「これで引退するかもしれないし…」。今年で40歳を迎える吉田の口から初めて「引退」の二文字が飛び出した。
吉田は03年の田村潔司、05年の小川直也、06年の西島洋介と、これまで日本人対決では全勝してきた。だがこの日、三崎和雄、郷野聡寛ら数多くの名ファイターを輩出する名門ジムGRABAKAの総帥である菊田との対戦で格闘家転向後、初めて日本人選手に敗れた。
吉田は普段と同じように柔道着姿で入場。だが相手が、01年に寝技世界一決定戦、アブダビコンバット88キロ未満級で優勝した柔道出身者とあって、予告通り試合前に胴着を脱いだ。小川戦以来だった。
試合は予想に反して打撃戦。序盤からパンチを打ち合い、ハイキックにタックルを合わされグラウンドで下になっても、不利な体勢からパンチを打って菊田の鼻から出血させた。
2ラウンドにはスタンドで右ストレートを的確にヒットさせ、さらにグラウンドでもパウンドと鉄槌を振り下ろした。だが下から菊田に足関節を極められかける場面も。ラウンド終盤にはマウントポジションを奪われ、鉄槌を振り下ろされた。
15キロ減量の影響もあってスタミナ切れを起こした3ラウンド。右ストレートでグラつかせたが、グラウンドではバックを奪われチョークスリーパーを狙われ、マウントでパウンドも叩き込まれた。下から必死に抵抗したが、寝技師のテクニックに動きを封じられ、結果は判定1-2で敗北。勝負が決した後は胸に期するものがあったのか、エプロンに座り込んだ。
試合後、吉田の口から出てきたのは弱気な言葉ばかりだった。「ガス欠を起こした。結構、体重を落としたので体力がついてこなかった。昔の感覚でやったけど、年とった分だけ(感覚が)違った。今年は前厄だし…」。これまでは「オヤジだけど頑張る」と笑い飛ばしてきた男が、40歳の大台を前に衰えを口にした。約1カ月前にはヘルニアを発症し、左腕にシビレを感じる状態であることも告白した。
今後については「今年の抱負? 新年早々、この結果じゃ目標も何もない」とポツリ。さらに「自分のヤル気の問題。体とも相談だし…。試合できる状態なら試合をするし、そういう状態じゃなきゃ結果も出ないだろう。今まで体を酷使してきた部分もある」と復帰時期などは言葉を濁した。
吉田が引退を示唆したことについて、戦極を主催するワールド・ビクトリー・ロード(WVR)代表で、吉田をマネジメントするJ―ロック代表でもある國保尊弘氏は「体が思うように動かなかったこともあるんだろうが、それが引退に直結するものではない。悔しさがそういう言葉になったのではないか。戦極としてはまだまだ頑張ってもらいたい」と語った。
連敗していた時期に限界説がささやかれながらも、決して「引退」という言葉を口にしなかった男が初めて見せた弱さ。「体と気持ちがリフレッシュした時にじっくり考えたい」という吉田は、どんな決断を下すのか。